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第4章 憎しみの結末

第176話 偽りと契約

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 親睦会が和やかに終わり、明日の武闘大会が無事に開催される事を皆が疑ってやまないそんな夜。一人だけ、苛立ちを隠しきれない男が居た。

「くそがぁぁ!この俺様を振るだと!!何を考えているんだあの女はぁ!!」

 息を荒げ、ぶつける場所がない怒りの矛先を、叫ぶことによって何とか解消しようと試みる。だがそれも上手くはいかず、彼の怒りは増していくばかりであった。
 
 その怒りを和らげてあげようと、私は心にもない言葉を彼にかけてあげる。

「まぁしょうがないんじゃない?相手が幼い頃からの許嫁だっていうんだし。皇帝になろうっていうんだから、その位は受け入れられる器の大きさ見せてあげないと」

「そんなこと分かっている!!だが私はノスターク帝国の皇子、ハロルド・ウィンブルトンだぞ!!あんな貧相な下級貴族のような奴と天秤にかけられた事自体が、私の沽券にかかわると言っているのだ!!」

 私の言葉は火に油だったようで、彼の怒りは頂点に達してしまう。その怒りを抑えることが出来ず、彼は机の上にのせていたコップを右手の甲で弾き飛ばしてしまった。壁に当たったコップがパリィーンと音を立てて割れてしまう。

 その様子に心底呆れながらも、彼の気分を良くするために私は提案をしてみた。

「そうは言っても、彼女が君を見ようとは思わないだろうし……いっそ洗脳してあげようか?君を心から好きになるようにさ」

 私の能力があれば彼女の心を操ることなど造作もない事。今目の前にいる彼ですら、私に精神を弄られている事を理解していないのだから。だが彼はそんな私の魅力的な提案を、いびつな笑顔を浮かばせながら否定した。

「そんな手を使っては意味がない!あの強情な女の顔を、私自身の力で歪ませてこそ意味があるのだ!あぁぁぁ……私に屈するあの女の姿を想像するだけで達してしまいそうだぁぁぁ!」

 彼は醜い本性を隠そうともせず、顔を歪ませ頬を紅潮させていく。どんな想像を膨らませているのか、私には微塵も興味がないが、下腹部のいきり立った様を見ればその内容も容易に想像できる。あの醜い彼に、頭の中とは言えどそういった対象にされた彼女には、少しばかり同情の感情を抱いてしまう

 だがその歪んだ心を持つ彼だからこそ、私は今この場にいるのだ。

「ほんと気持ち悪いほど歪んでるね。だから私達も君に協力してあげることにしたんだけどさ」

 私達はどうしても、アリス・ラドフォードもしくはハロルド・ウィンブルトンを傀儡にする必要があった。計画を実行するためには両者を同時に傀儡に出来ていれば、よりスムーズに事が運べたのだが、アリス・ラドフォードの洗脳はある邪魔者のせいで不可能になってしまった。
 
 私は邪魔者を排除しようと提案したが、グレンがそれを拒否したため仕方なく計画を変更したのである。今となってはそのお陰で計画の時期が早まったこともあり、グレンには感謝しているのだが。

 そんな事を微塵も知らないハロルドは、私達の事を誰にも言えない秘密を共有した『特別な存在』だと勘違いしている。自分が舞台上で踊らされている操り人形だとも知らずに。

「お前達には感謝している。私の力をこれほどまでに引き出してくれるとはな!!お蔭で、私が皇帝になるのは約束されたようなものだ!『闇の教団』とは今後も良い関係を築いていきたいと思っている」

 饒舌に語るハロルドだが、私はその言葉に笑うことしかできなかった。

「……そういえば、君は大会には個人戦で出場するんだったっけ?」

「そうだ。まぁ大会とは名ばかりで私が優勝するのは決まっているようなものだがな」

「ふぅーん。まぁそうじゃないと私達との約束が守れないもんねぇ」

 彼との間に結ばれた契約。彼の『ノスターク帝国の皇帝をハロルド・ウィンブルトンにする』という願いを聞く代わりに、私達が出した条件。それは『王帝武闘大会で優勝すること』だ。それを成しえなければ私達の関係は闇へと葬られることになっている。

 彼の存在と共に。

 それを彼も理解しているからこそ、優勝すると意気込んでいるのかと思っていたが、そうではなかったらしい。

「それもそうだが、そのために必死になることは無いという事だ。私の力は既に極限の域まで達している!その私を倒せる生徒が居るとでも言うのか?」

 彼の濁った瞳にはそう見えていたのだろう。仮初の力だというのに、さもそれが自分の真の力だと言わんばかりに言う様は、滑稽としか言いようがない。

そんな彼があまりにも可哀想で、君よりも強い存在なんてごまんといるんだよ、とは言えなかった。

「それもそうだねー。まぁ君の頑張りに期待してるよ。頑張ってね」

 そう言うと私は彼に背を向け、手をひらひらさせながら部屋の外へと出ていった。ヴァーランが居ないと、移動が面倒で仕方がない。だがまぁその面倒さもあと数日の辛抱だ。

「もう少し、もう少し」

 来る未来を想像し、愉悦に浸る私の顔は、彼が浮かべていた笑みよりもひどく歪んでいた。
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