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4話
しおりを挟む「あんな化け物相手にするなんて馬鹿よ。一度引き返すわよ!!」
「アンナの言う通りだ。一度引き返すぞ!!」
「ゲシャァァァォォォァーーー」
リーダーシップを取る伯爵令嬢のアンナに男勝りな性格のヌーナ。
いつもは下ネタばっかり言っているが、こういう時はリーダーシップがあって頼りになる。どちらもハルの天使のような可憐さには勝てないが、かなり顔立ちがよく、下ネタを言っているのが残念なところだ。これが残念美女という奴だろうか。
耳が痛くなる叫び声を出しながら、鋭い牙を光らせてこちらに向かってくる鬼のような化け物。全体が巨木並みの大きさがあるだけあって、筋肉が沢山あるのか移動速度はかなり速い。広場を抜けて洞穴に戻れば、体の大きさからしてこいつはそれ以上俺達のことを追い掛けることは出来なさそうだが、気を抜けば追い付かれてしまいそうだ。
「ぼーっとしてないで、急いで走らないとあの化け物に捕まっちゃうよティアちゃん。」
「で、でも彼処にキャーロット王女様が……」
「ーーっ。」
逃げることしか考えておらず、周りのことはあまり見ていなかったが、すっかりと元の色に戻ったティアの指差す先にはこの国の第三王女のキャーロットが膝をピクピクと陸地に上がった魚のように動かしていた。
恐怖で脚が動かなくなったのだろうか。
親が殺されていくのをただ眺めることしか出来ないような絶望と恐怖に染まった表情で、キャーロットにターゲットを定めてキャーロットの元へ一直線へ向かっていく化け物を見ている。
……魔法を使うしかないのだろうか。
俺の魔法ならば、どうにかしてあの化け物を倒す……或いは、一時的に止めることが出来るかもしれない。
しかし、ここで俺は直ぐに魔法を放つという決断が出来なかった。
何故か?
俺は強力な魔法を注目されたくないからと、隠している。
それはお母さんやハルに対してもで、全力は見せたことなんてない。
見せる時はいつも手抜きでだ。手を抜いたとしても、俺の魔法は国の中でもトップレベルの魔法の威力を誇る。
だから、それで済ませていた。
いつも通り手を抜いて今回も魔法を放てばいいかもしれないが、あの巨体だ。
倒せる気がしない。
だからといって、本気を出すかというと少し迷う。
折角ここまで隠して来たというのに、わざわざここで見せる必要があるのか。
正直言うと、あの王女を見捨てさえすれば俺の本気の魔法は人目に晒されることなく墓まで持っていける。俺の魔法は強力過ぎて、もし周りが知ってしまったら周りからは悪魔を見るような恐怖心に染まった目で見られることになるだろう。
俺の魔法は化け物よりも恐怖を煽る性能を持つ。
前世でいう転生特典という代物だろう。
化け物以上の化け物に俺がなるのだ。
別にハルのような家族でなければ、ティアのような親友でもない。
所詮は他人。同じクラスになったというだけだ。
人に嫌われる可能性のあるリスクまで負って、俺はキャーロットを助ける必要があるのか?
答えは否。
見捨ててしまえばいい。
……と言いたかったが、流石にそこまで俺の良心は腐っていなかった。
見捨てれば良かったのに、俺は自分で開発した自分が誇る最高威力の周りから見れば化け物のような魔法を唱えていた。
「黒薔薇の渦巻く漆黒の天」
化け物の上空に突如現れる漆黒の吸い込まれるような闇。
見ていると飲み込まれそうな異端さを放っていて、自分で作ったとはいえ見ていると何か分からない恐怖からか寒気がしてくる。
その闇の中は黒色に染まった気味悪い薔薇が何百何千という数舞っていて、少しすると化け物を闇の中から止まることなく出てきた黒い薔薇が覆い尽くす。その姿は、獲物に群れる蟻のようなものでびっしりと一ミリでも化け物の一部が見えないように、黒薔薇が化け物の体に突き刺ささっている。黒薔薇は魔力を奪うという能力があるので、魔力を力の源としている化け物はみるみる内に弱っていく。
十秒もしない内に、あんなにも迫力と威圧感のあった巨体の化け物は魔力が無くなったせいか小さくなっていき、少しすると跡形もなく化け物は黒薔薇に飲み込まれ消滅した。巨体の化け物があった場所にあるのは、巨体をまるごと食べてしまった黒薔薇だけ。その黒薔薇も、風に吹くように一瞬で消滅してしまった。
「………」
「………」
「ぐすっ… ぐすっ…」
広場に響くのは、化け物に襲われる恐怖で涙目になりながら必死に涙を堪えるキャーロットの声。他の女子達はあまりの出来事に呆然として、化け物がいた場所を一点に見つめている。ティアも同じだ。むしろ、俺の魔法の方が恐ろしかったのか、キャーロットに感染するかのように俺以外の全女子達は膝を地面につけながら脚をガタガタと震わせていた。
「……怖がらせてごめんね。」
「ぐすっ… ぐすっ…」
ガタガタと脚を震わせる女子達をおいて、俺はキャーロットの元に向かった。
そして、王女らしくしっかりと手入れされている繊細で艶のある金髪を安心させるように優しく撫でていく。
元はといえば、最初から全力を出していれば泣かせることは無かったのだ。
だから、俺は慰めて安心させるという責任がある。
……と少しでも格好良く見せる言葉を並べているが、 ただ泣かせてしまった罪悪感と恐怖心を少なくして安心させてやりたいと思っただけだ。
最初は震えていたが、少しすると俺に撫でられるのが嬉しいのか、恐怖心は消えていて気持ち良さそうに嬉しそうな顔をしながらリズム良く横に体を動かしていた。その姿は、メトロノームを見ているようで面白い。少し、メトロノームにしては甘い匂いがするが。
メトロノームのように揺れる王女に合わせて俺も揺れ動くことにすると、キャーロットから思いもしない不意打ちを受けた。
「んー 次は背中もやって欲しいです。」
「え?」
思わず声を出してしまったが、先程まで泣いていたのに今ではすっかり顔を紅くして、悪戯を考えたような保護欲を掻かせる子供のような顔で俺の胸に飛び付いて来た。
ハル以外には誰にもやられたことのない、逆胸ダイブ。
俺は豊満な胸に飛び込む方が好きなのだが、王女の癖して気品さも無く俺の胸に飛び付いて来た。
……もしかして、俺が男であることバレた?
でも、何で?
魔法見られるよりヤバイんですがそれは。
俺の胸に頭を擦り続ける王女。
引き離そうとしても、中々離れない。
剣技はズタボロでも、ある程度筋力でごり押せるように筋肉は鍛えていた筈だが、あり得ない吸着力で俺の胸に貼り付く。
王女の意地こんなとこで見せないで欲しいです。
そんな王女をクレヨンで塗ったような透き通りが全くない赤い瞳で、強く睨みつけるティア。少なくとも、国を支配する一族に向けての物ではない。俺が創り出した闇のように、ティアの瞳をずっと見ていたら何処か吸い込まれてしまいそうだ。
怖い怖い。
人によっては、俺の魔法よりも今のティアの表情が怖いと言う人が多いと思う。
その一人が俺だ。
いつものティアに帰ってきて欲しい。
……どうして王女慰めただけで、こんな状況になったんだ。
とりあえずこのままでは俺がティアに睨み殺されてしまいそうなので、俺はより強く腕の力を入れた。
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