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決断
しおりを挟む「正直に言う………俺はティアのことが好きだ。今でもそれは変わらない。」
「ーっ!」
「そもそも俺は裏切ってなんかいないんだ!! 全て仕組まれたことだっーー」
「……お喋りはそれぐらいにしてくれますか?」
「!!」
ザマテスの皺のある皮膚からは到底想像出来ない程の腕力で首が掴まれ、呼吸が出来なくなる。
苦しい。
苦しい。
だけど、ティアに真実を言えなかった苦しみよりは辛くも何ともなかった。
「止めてよザマテス!! 何でそんなことするの?」
「そんなの当たり前ですよ。こいつはご主人様の命令に背く行動をしたんです。死して当たり前です。」
「止めてっ!!」
俺の首を掴む腕の力がどんどん強くなっていく。骨からミシミシという音が聞こえたのは気のせいだろうか。
そんな俺を助けようと、俺の首を掴むザマテスにティアは、ザマテスが動きにくくなるように後ろから抱きつく。しかし、一向にザマテスの掴む力は弱まらない。本当に死んでしまいそうだ。
自分の死を覚悟した瞬間、扉が開く。
残り少ない空気で何とか扉を見ると、そこには先程の俺よりも顔を赤くしたティアの父さんが立っていた。
「やっぱりザマテス。お前だったんだな。マルクスを嵌めて、ティアとの婚約を破棄させたのは。」
「……何故領主様がそれを?」
「俺が娘の婚約者相手を調べていなかったとでも思っていたのか?勿論、表向きでない裏向きだぞ? さっきのは演技だ。お前が関係しているかを調べる為の。そもそも、あんなにティアにべったりだったマルクスがティアを裏切るなんてのは想像しずらい。」
「……なら、貴方も殺すしかありませんね。」
「ーーやれるものならな。」
俺を掴んだ状態のザマテスにティアの父が殴り掛かる。腕を見てみるとコブのように関節から上が盛り上がっている。ザマテスは避けようとしたようだが、俺の意地でザマテスの要所を押さえつけていたので、避ける暇もなくティアの父さんの拳が腹の辺りに命中する。 すると、当たりどころが悪かったのかザマテスは手を床について倒れる。
「ーー貴方が来る前に殺せておけば、今頃避けていられたというのに。」
「……もう領主様とは呼んでくれないんだな。」
「……死んでくれるならいいですけどね。」
「ーーそれは無理な話だ。」
ティアの父さんがそう口にした瞬間、床に四つん這いになっていたザマテスの背中に、容赦なく手刀を打ち込む。空気が切れる音が部屋中に響く。すると、勢いよくザマテスは床に身体全体を預ける。
「まだ状況がよく分かっていないと思うが、ティアとマルクスは逃げろ。王子の側近のザマテスにこんなことをしたんだ。いずれ足がつく。その前にこの国を出ろ。俺と母さんも後から行く。」
ティアのお父さんの言う通り、俺もまだ状況を理解することが出来ていない。ティアを見てみても、困惑の表情を浮かべている。だが、ティアのお父さんの言う通りここから逃げなければいずれ捕まってしまいそうだ。俺が捕まることには何の懸念も無いが、ティアが捕まるのは許せない。
「分かりました。……一度あんなことをしてしまったのに、ありがとうございます。」
「いいんだよ。その代わりティアを大切にしろよ。またティアを傷付けるような真似をしたら、骨を砕くからな。」
「お父さん。マルクスを助けてくれてありがとう。」
「あぁ。ティアもじゃあな。後で追い付くから。」
そう言って手を振るティアのお父さんに、俺はもう一度頭を下げるとティアの手を引いて館を出る。隣国へ逃げる際、ティアのお父さんが悲しそうな表情をしていたのが引っ掛かっていた。
「ねぇねぇあなた。本当にこれで良かったの?」
「……いいんだよ。ティアだってマルクスと一緒に居られるんだから。」
「それもそうね。……でも、出来たら赤ちゃんが見てみたかったわ。」
「そうだな……」
木材が崩れ、次々に壊されていく音を聞きながら、愛する妻と共に部屋で茶を嗜む。王子の側近であるザマテスに逆らったのだ。それは、王族の意思に反する行為だ。許される行為ではない。貴族とはいえ、問答無用で有りもないことを真実にされ、消されるのだろう。
「ザマテス様に反抗した者はお前達か!! どうなるか分かっているのだろうな。」
黒服を着た男がそう叫ぶ中、最後の一杯となるであろうお茶を冷めない内に頂く。愛する妻を横目見てみると、最後だということを決心したのか、死ぬ間際だというのにその表情は冷静で、誰も寄せ付けないような美しさがあった。
素早く足音を立てながら迫ってくる黒服の男に席を立つと、返り討ちにするように刀を素早く横に引き抜く。生身の何かを斬った感触を感じた瞬間、血飛沫を飛ばしながら紐の切れた操り人形のようにそいつはその場に力なく倒れる。
「最近改装したばっかりなのに、汚れちゃったわね。」
「……随分と余裕そうだな。ほら、次来てるぞ。」
「娘と花婿を逃がす為と思えば、余裕でいられるのよ。」
「…かもな。」
木材が踏みつけられる音がしたかと思うと、黒服の男が二人現れる。すると、仲間がやられたのを見てか、興奮した熊のように真っ直ぐこちらに迫ってきた。
「……先に死なないでよね?」
「そちらこそ。死ぬ時は一緒にな。」
「ふふっ。頑張るわ。」
そう妖艶な表情を浮かべながら言うと、迫ってきた黒服の二人相手に、俺よりも鋭さのある剣筋で斬りかかる。俺が教えた当初は木も斬れないような甘くて力の無い剣筋だったのに、時間とは恐ろしいものだ。
血飛沫が飛び、所々紅い斑点のある艶のある髪や金属特有の輝きを残す刀は、何年も共にした妻でありながら惚れてしまう程美しかった。
そんな妻の姿から、足音を立てながら近付いてくる敵に目を移すと、妻に負けないように柄に力を込めながら勢いよく振り抜く。
自分の血が枯れるまで。
妻と共に倒れるまで。
娘の幸せな未来を望みながら、体が動かなくなるまで刀を握りしめた。
「ーー私が領主様に打ち負ける訳がないでしょうに。わざと負けてあげたんですから、お嬢様を大切にしてくださいよ?」
紅に包まれながら床に全身を預けている夫婦を見ながら、楽しそうにお茶を楽しみながらそう執事は呟いた。
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