売られていた奴隷は裏切られた元婚約者でした。

狼狼3

文字の大きさ
上 下
7 / 15

とある一室

しおりを挟む

「ーーところでザマテス。あの家での調子はどうだ? 」
「……貴方様に言われた通り、計画は順調に進んでおります。マルクスについては、もう少しで人未満の存在に落とせるかと。」
「……よくやった。これで、これで、ティアちゃんは僕の物になるんだね。嬉しいな。嬉しいな。ティアちゃんと婚約者になれるまで、後もう少しの辛抱……早く婚約者になりたいなぁ。」

 にへへと妄想に浸るように顔を歪ませながら、装飾の多く付いた椅子の上で貧乏ゆすりを始めるご主人。カーテンの閉まった薄気味悪い部屋で響くカタカタとした音は気味悪く、その脂肪の詰まった体と相まってかなりの不快感を感じる。
  そんなご主人に、私はそっと頭を垂れる。

「……そういえば、手紙って書いたか?」
「手紙ですか? 多分、まだ書かれていないかと。」
「まだ手紙を書いていなかったとは……我としたことが早く書かなければ。」

 重そうな脂肪の付いた腕を動かしながら、机の引き出しを開けて取り出した手紙を書き始めるご主人。見上げる形で膝を付きながら軽く手紙の一部を見てみると、そこには五歳の子供にでも書かせた方がマシだと思える字が広がっている。お嬢様ティアに対する恋文を書きたがっているようだが、お嬢様は果たしてこの字を読み取ることが出来るのだろうか。生憎、耳を不快にさせるような声で文字を読みながら書いているので、何を書こうとしているのかは分かるが、そうでない状態でこの手紙を見れば暗号なのかと疑ってしまうだろう。
 お嬢様が苦労するところを想像して溜め息をつくと、手紙を持ちながら椅子の上でご主人が嬉しそうに跳ねた。

「なぁなぁ。これでいいと思うか?」
「……大丈夫だと思います。」
「よかった……『一目惚れです。拘束したいくらい好きです。愛してます。』……やっぱり愛を伝えるのが一番いいよな。ティアちゃんとは話したことがないけど、これを伝えればティアちゃんも答えてくれる筈……」

 自分の手紙を持ち上げて見ながら、重そうな首を振って自分の手紙を見て感心するご主人。本人は首を振っているつもりなのだろうけど、脂肪が邪魔をして全然振れていない。カーテンが閉まっているのが唯一の救いだろう。窓の外から偶然見られていたりでもしたら、怪物が出たという噂が立ちねない。手紙の内容も内容で、あんな手紙を渡されたら恐怖しか感じないと思うが、字が字なので分からないことがまだ救いだ。
 そんなことを思いながら嬉しそうなご主人に首を振って適当に合わせると、ご主人が落ち着いた様子で聞いてきた。

「……ところで、マルクスは何処で売ることにするんだ?」
「いいえ。まだ分かっておりません。ですが、貴方様に言われた通り殺したりはしません。奴隷として、更なる苦痛を与えるんですよね?」
「あぁ……そうだ。一応言っておくが、ティアちゃんの街の近くには売るなよ? あいつは、僕がいるというのにティアちゃんを幼い頃から独占してたからな。その罪を味わって貰わなければいけない!!」
「…はい。」

 手に力を入れながらそう呟くご主人。
 ご主人はマルクスとお嬢様の婚約が無理矢理行われたと勘違いをしていて、お嬢様の運命の相手は自分だと勘違いしている。お嬢様の家にご主人の命令でやってきて十何年。ご主人に勘違いを伝えたとしても、全然聞いてくれない。むしろ、聞きたくないのかその度に殴ってくる。マルクスのことはご主人よりもお嬢様の恋人として相応しいと思っているが、仕方がない。
 

 ……多分、マルクスには嫌われているだろう。
 ーーだが、それでいい。

 ーー私は、このご主人よりも最低で醜いものなのだから。

 マルクスに嫌われることについて胸の中で区切りを付けると、ご主人が手を二度こちらに振る。ーー早く作戦を実行してこいということだろう。

 その合図と同時に部屋を出ると、『駆け落ち』と大きく見出しが書かれている紙を持って、国中を駆け回ることにした。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

この雪のように溶けていけ

豆狸
恋愛
第三王子との婚約を破棄され、冤罪で国外追放されたソーンツェは、隣国の獣人国で静かに暮らしていた。 しかし、そこにかつての許婚が── なろう様でも公開中です。

真実の愛(笑)だそうですよ。

豆狸
恋愛
魔導学園の入学式の朝、私の三度目の人生が始まりました。 アルノー王国ギャルニエ公爵令嬢ベアトリーチェの一度目の人生は、婚約者のフリート王太子殿下に婚約を破棄されて不幸のどん底に沈みました。 二度目のときは一度目の経験を活かして婚約破棄を回避し、王妃となって── 今回の人生では殿下に真実の愛を確かめていただくつもりです。 なろう様でも公開中です。

この世で彼女ひとり

豆狸
恋愛
──殿下。これを最後のお手紙にしたいと思っています。 なろう様でも公開中ですが、少し構成が違います。内容は同じです。

愛していたのは昨日まで

豆狸
恋愛
婚約破棄された侯爵令嬢は聖術師に頼んで魅了の可能性を確認したのだが── 「彼らは魅了されていませんでした」 「嘘でしょう?」 「本当です。魅了されていたのは……」 「嘘でしょう?」 なろう様でも公開中です。

彼女の微笑み

豆狸
恋愛
それでも、どんなに美しいとしても、私は彼女のように邪心のない清らかな微笑みを浮かべるよりも、穢れて苦しんで傷ついてあがいて生きることを選びます。 私以外のだれかを愛しながら──

夜会の夜の赤い夢

豆狸
恋愛
……どうして? どうしてフリオ様はそこまで私を疎んでいるの? バスキス伯爵家の財産以外、私にはなにひとつ価値がないというの? 涙を堪えて立ち去ろうとした私の体は、だれかにぶつかって止まった。そこには、燃える炎のような赤い髪の──

勇者の凱旋

豆狸
恋愛
好みの問題。 なろう様でも公開中です。

この闇に落ちていく

豆狸
恋愛
ああ、嫌! こんな風に心の中でオースティン殿下に噛みつき続ける自分が嫌です。 どんなに考えまいとしてもブリガンテ様のことを思って嫉妬に狂う自分が嫌です。 足元にはいつも地獄へ続く闇があります。いいえ、私はもう闇に落ちているのです。どうしたって這い上がることができないのです。 なろう様でも公開中です。

処理中です...