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とある一室

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「ーーところでザマテス。あの家での調子はどうだ? 」
「……貴方様に言われた通り、計画は順調に進んでおります。マルクスについては、もう少しで人未満の存在に落とせるかと。」
「……よくやった。これで、これで、ティアちゃんは僕の物になるんだね。嬉しいな。嬉しいな。ティアちゃんと婚約者になれるまで、後もう少しの辛抱……早く婚約者になりたいなぁ。」

 にへへと妄想に浸るように顔を歪ませながら、装飾の多く付いた椅子の上で貧乏ゆすりを始めるご主人。カーテンの閉まった薄気味悪い部屋で響くカタカタとした音は気味悪く、その脂肪の詰まった体と相まってかなりの不快感を感じる。
  そんなご主人に、私はそっと頭を垂れる。

「……そういえば、手紙って書いたか?」
「手紙ですか? 多分、まだ書かれていないかと。」
「まだ手紙を書いていなかったとは……我としたことが早く書かなければ。」

 重そうな脂肪の付いた腕を動かしながら、机の引き出しを開けて取り出した手紙を書き始めるご主人。見上げる形で膝を付きながら軽く手紙の一部を見てみると、そこには五歳の子供にでも書かせた方がマシだと思える字が広がっている。お嬢様ティアに対する恋文を書きたがっているようだが、お嬢様は果たしてこの字を読み取ることが出来るのだろうか。生憎、耳を不快にさせるような声で文字を読みながら書いているので、何を書こうとしているのかは分かるが、そうでない状態でこの手紙を見れば暗号なのかと疑ってしまうだろう。
 お嬢様が苦労するところを想像して溜め息をつくと、手紙を持ちながら椅子の上でご主人が嬉しそうに跳ねた。

「なぁなぁ。これでいいと思うか?」
「……大丈夫だと思います。」
「よかった……『一目惚れです。拘束したいくらい好きです。愛してます。』……やっぱり愛を伝えるのが一番いいよな。ティアちゃんとは話したことがないけど、これを伝えればティアちゃんも答えてくれる筈……」

 自分の手紙を持ち上げて見ながら、重そうな首を振って自分の手紙を見て感心するご主人。本人は首を振っているつもりなのだろうけど、脂肪が邪魔をして全然振れていない。カーテンが閉まっているのが唯一の救いだろう。窓の外から偶然見られていたりでもしたら、怪物が出たという噂が立ちねない。手紙の内容も内容で、あんな手紙を渡されたら恐怖しか感じないと思うが、字が字なので分からないことがまだ救いだ。
 そんなことを思いながら嬉しそうなご主人に首を振って適当に合わせると、ご主人が落ち着いた様子で聞いてきた。

「……ところで、マルクスは何処で売ることにするんだ?」
「いいえ。まだ分かっておりません。ですが、貴方様に言われた通り殺したりはしません。奴隷として、更なる苦痛を与えるんですよね?」
「あぁ……そうだ。一応言っておくが、ティアちゃんの街の近くには売るなよ? あいつは、僕がいるというのにティアちゃんを幼い頃から独占してたからな。その罪を味わって貰わなければいけない!!」
「…はい。」

 手に力を入れながらそう呟くご主人。
 ご主人はマルクスとお嬢様の婚約が無理矢理行われたと勘違いをしていて、お嬢様の運命の相手は自分だと勘違いしている。お嬢様の家にご主人の命令でやってきて十何年。ご主人に勘違いを伝えたとしても、全然聞いてくれない。むしろ、聞きたくないのかその度に殴ってくる。マルクスのことはご主人よりもお嬢様の恋人として相応しいと思っているが、仕方がない。
 

 ……多分、マルクスには嫌われているだろう。
 ーーだが、それでいい。

 ーー私は、このご主人よりも最低で醜いものなのだから。

 マルクスに嫌われることについて胸の中で区切りを付けると、ご主人が手を二度こちらに振る。ーー早く作戦を実行してこいということだろう。

 その合図と同時に部屋を出ると、『駆け落ち』と大きく見出しが書かれている紙を持って、国中を駆け回ることにした。
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