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奴隷

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「それではティア嬢。どのような奴隷をご購入になりますか?」
「……犯罪奴隷以外を見せて貰ってもいいかしら?」
「畏まりました。」

 手をすりすりと擦りながら常時笑顔でこちらを見てくる奴隷商人にそう言うと、奴隷商人は笑顔を崩さずに部屋を出ていく。おんぼろで古びた建物に入った私達は、貴族ということもあってか部屋に招待された。奴隷達の居る部屋とは違って、酷い腐敗臭もしないしふかふかのソファーもある。

「それにしてもお嬢様。ここは腐敗臭しなくて良かったですね。彼処の中に居ると、どれくらい耐えきれるか分からなかったもので……」
「確かに、凄く強烈だったもんね臭い。」

 商人とは違って砕けた口調で言葉を返すと、ザマテスは心底安心したような顔で頷く。建物に入ってから部屋に招かれるまでは時間が少しあって、檻に入れられている奴隷達を見る時間があった。檻に入れられている奴隷達は、この世に希望が残されてなどいないような表情をする者から、必死に檻を抜け出そうと傷だらけの体を必死に檻へとぶつけている者も居た。その姿を見ると、こういう人達を作ってしまった貴族しての責任感を重く感じてしまう。だけど、それは責任を感じることだけでどうしようも出来ない。奴隷商人とは貴族の結び付きが強く、私が対抗しようがそれまた違う奴隷商人や色々な貴族がやってくるのでどうしようも勝てないのだ。奴隷商人と仲良くする貴族は、人々の上に立つ者としてどうかと思う。


 部屋の中の空気を吸い尽くすかのように、しわのある口を大きく開いているザマテスを見ながらそんなことを考えていると、部屋が開く。先程の奴隷商人は、首輪を繋がれていてほんの薄い布を着せられた男一人と女二人をそれぞれ連れてきた。

「遅れてすみません。犯罪奴隷以外の、比較的健康な者を持って来ましたが如何でしょうか?」
「………」

 手慣れたようにビシッと直角に頭を下げると、見せつけるように奴隷を近付けてくる。先程見たような、この世界に絶望しているような奴隷や凄く反抗的な奴隷は居ないが、その目は止めて欲しい。助けを求めるような、救って欲しいと言っているような、期待や不安の込められた光の灯ってない黒く濁った目は恐ろしさを感じさせる。
 
 これが奴隷というものなのか……
 あまりの酷い姿に固まっていると、私が気に入らないように見えたのか、頭を掻きながら誤魔化すように商人は微笑むと、連れてきた三人の奴隷を連れて部屋を出ていった。

「……ねぇねぇザマテス。」
「どうしましたかお嬢様?」
「何か……奴隷買わなくてもいいかなって……」
「………」

 ザマテスも先程の奴隷を見て考えることがあったのか、無言で腕を組みながら考えている。今の奴隷を見てしまうと、婚約者に裏切られた私はあの奴隷に比べれば物凄くマシなんだと思ってしまった。同じ酷い目に合ったという共通点を持っていることから奴隷を買おうとしたけれど、あの様子を見ると全く共感して貰えるか分からない。むしろ、私達が慰める側になりそうだ。

 奴隷を買うことを止めようかと考えた時、再び扉は開く。また同じような目で見つめてくるのは嫌なので奴隷から目をそらそうとすると、目の片隅に入ってしまった一人の奴隷に目を大きく開く。

「え? マルクス?」
「……………」
 
 顔を急いで反転させて目を動かすと、そこには昔の頃からよく見ていた凛々しいマルクスの顔があった。
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