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裏切られた私
しおりを挟む昼間空の上で照らしていた太陽も沈みかけ、後一刻もしない内に夜が来るという時間帯。婚約者に一昨日裏切られたことを知った私は、昨日の朝からあともう少しで丸々二日。ベットの上で、裏切られた婚約者について自問自答を繰り返していた。
「うぅ~どうして裏切ったんだよぉ……」
「……お嬢様、紅茶をお持ちいたしました。」
トントンと扉から音が聞こえたかと思うと、紅茶を持った執事であるザマテスが入ってくる。ザマテスは私が子供の頃から居た執事で、付き合いは長くザマテスはもう直ぐ六十歳を迎える。髪だって歳の割にはある方だが、昔は黒かった髪も年相応に白色に変化しているし、子供の頃に比べたらシワも増えている気がする。
私の様子を見てか、そっと入ってきた扉から出ようとしているザマテスを私は呼び止めた。
「ザマテス。……少し話を聞いて貰ってもいい?」
「……かしこまりました。」
ザマテスは小さく溜め息をつくと、机の上に紅茶を置いてベットの上に腰を掛ける。昔から何処か慌てん坊だった私は散々ザマテスに苦労させてきた訳だが、今回もその例に当たると考えてザマテスは溜め息をついたのだろう。
そんなザマテスは、何処か諦めたような表情で私の言葉に耳を傾けた。
「ザマテスは、私とマルクスの仲は悪かったと思う?」
「……いいえ。見ている限りでは、比較的良好な関係だと思いました。」
「じゃあ、何でマルクスは私を裏切って他の女と駆け落ちしたのかな?」
「…………分かりません。」
「私も、全く意味が分からないよ。」
込み上げる涙を今着ているドレスで拭こうとすると、ザマテスは手慣れた手つきでポッケからハンカチを取り出して、そっと私の涙を拭き取る。よく失敗を昔の頃からしていた私は、失敗した悲しさで泣いていた時によくやって貰ったことだが、その度にザマテスの優しさを感じる。私を見ると面倒臭がった仕草をするザマテスだけど、こういう時には私をしっかりと支えてくれる。そんなザマテスの優しさに甘えるように、私はそっとザマテスの胸を借りた。
「……それではお嬢様。」
「……何?」
頭上から聞こえる声に顔を上に向くと、ザマテスは優しそうな瞳でこちらを見つめる。するとザマテスは、一度呼吸を整えて軽く口を開いた。
「婚約者様のことでそこまでショックをお受けしているのなら、裏切ったりしない奴隷を買ってみては如何ですか?」
「え?」
ザマテスの言葉に、思わず言葉を直ぐ様返す。ザマテスの言う奴隷というのは、あの奴隷なのだろうか。見たことは無いが、借金を返せなかった時に親に売られた子供や、犯罪を犯した者がなるという……
「……元婚約者のような者が居るかは分かりませんが、奴隷と戯れていればお嬢様の心の傷が浅くなるのかなと。奴隷といっても犯罪奴隷から借金奴隷まで居ますし、借金奴隷の場合は今のお嬢様のように何らかの事情を抱えている場合が多いですし、今のお嬢様の気持ちを理解してくれるのではないかと。」
「………」
奴隷と聞くとそこまで良いイメージが無かったので、どういう意図があって言ったのか分からなかったが、ザマテスの言葉を聞いて私を思っての言葉だと理解すると自然と胸が暖かくなる。犯罪奴隷というのはあまり気が乗らないが、確かに借金奴隷に関しては今の私の心情を理解してくれる者が居るかもしれない。
ザマテスに私の考えを伝えるように、私は首を上下に振った。
「ふふっ。お嬢様が少し元気になってくれて、安心しました。紅茶は置いておくので、冷めない内に是非飲んで下さい。」
「あっ……」
私の方を微笑んだ後、ベットから立ち上がったザマテスは部屋に入る前よりも軽快な足取りで部屋を出ていく。ザマテスの言葉に目を触ってみると、気がつけば流れていた涙は止まっていた。
「……ありがとね。」
ザマテスの出ていった扉を眺めながら、私は冷めない内にお茶を飲むことにした。
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