狂った世界は終わることを知らない

狼狼3

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終わることなき物語

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「そろそろ出てくるかしら。」
「あ~早く会いたいな。俺達の初めての赤ちゃん。本当は長老と一緒に少しながらの食料を探しに行かなきゃいけないが、可愛い赤ちゃんを見るまではここから動かないからな。」
「うふふ。早く生まれないかしらね。」

 リサル村の奥の洞穴から、夫婦どうしの微笑ましい会話が風に混じってから数分。今度は、微笑ましい声とは違った元気そうな声がリサル村に流れてきた。

「ゴギャァ~ゴギャア~」
「あら、なんて小さくて可愛い子なのかしら。頬もプルプルで柔らかいし、まるで天使ね。」
「おいゴブミ。お前ばっかり触ってないで俺にも触らせてくれ。俺も触りたいんだ。」
「もう仕方ないわね。」
「ゴギャゴギャ」

 奥の洞穴で生まれた新しい生命は、暖かい家族に囲まれて幸せそうに母親に抱かれていた。その寝顔はとても可愛いもので、貧乏な夫婦の生活の中の癒しの存在となっていた。
 そして、そんな癒しの存在である赤子が生まれてから数日。ゴブリンということもあってか、その頃には赤子ではなく子供になっていた。

「おい、ゴブタ。今日はお前が行きたがっていた狩猟に連れてってやるぞ。」
「本当なのゴブ父さん‼これで、やっと僕も母さんや父さんの為に働けるんだね。」
「ゴブタは可愛いなぁ~。でも、今日はゴブタにとって初めての狩猟だし、俺か他の男達や長老に付いていろよ。ゴブタの為に迷いにくい場所に狩りにいくが、初めてだから迷っちゃうかもしれないしな。」
「分かったよゴブ父さん。」
「うん。良い子だ。」

 頭をゴシゴシと撫でられ、嬉しそうに父親に抱きついているゴブタ。そんなゴブタを母親は、心配そうに見送った。

「よし。それじゃあここらで鼠を狩るぞ。あいつらは反撃をしてこなくて安全な奴だか、その分逃げ足が早くて狩ることが難しい。下手に追うと迷ってしまうから、無理だと思ったら諦めて、子供などの足の遅い奴を狙うように。それじゃあ開始だ。」
「「「「「おおっ‼」」」」」

 長老の息子であるゴブリンの開始と共に、男らしい声と守ってやりたくなる声が混ざって洞窟内に響く。手慣れた男衆は掛け声と同時に各方面に散らばり、それぞれの家族の為にテキパキと獲物に向かって石を投げ始めた。

「わぁっ。凄い勢いで鼠に向かって石を投げてる‼」
「そんなに見てないで、そろそろ俺達も狩りにいくぞ。少しでも多く狩って、十分に食べられるようにしたいからな。」
「うん。分かったよゴブ父さん。」

 立ち止まって、手慣れた男達の動きを眺めていた親子は、男ゴブリンがまだ行ってない場所で鼠を探し出した。そして、楽しそうな会話をしながら獲物を探す親子の元に、遂に獲物が現れた。

「チュー」
「居たぞゴブタ。早く石を投げて逃げられる前に倒すんだ。あれを倒せたら、今日の晩ごはんが増えるぞ。」
「いくよ。えいっ‼」 

 父親の声が掛けられると同時に、子供は目の前の獲物に向かって石を投げる。しかしその貧弱な体のせいなのか、石はふにゃふにゃしながら空中で軌道を作り、鼠に届くこともなく他の石と混じった。 

「あっ……」
「父さんがやる。えいやっ‼」  

 父さんは子供に良いところを見せたかったのか、張り切って石を投げるが当たらない。その後も、どんどんと離れていく鼠に向かって父は石を投げたが、結局当たることなどなく逃げられてまった。

「ゴブ父さん……。ご飯取れなかった。」
「落ち込むなってゴブタ。鼠は狩れなくて普通で、狩れたら逆に凄いんだぞ。旨い奴がやったって、五回投げて一回当たるか分からないし、当たらないのが普通だぞ。彼奴らが投げた石だって、一回も当たっていなかっただろ。」
「う、うん。だから、こうする……」
「どうしたゴブタ?」

 ゴブタは、捕まえる為の縄を取り出して分解すると、突如縄で洞窟の道を軽く塞いだ。そして、洞窟のでこぼこした穴に縄を張り巡らせて、走ったりすることが出来ないようにした。

「何がしたいんだゴブタ?」
「そしたらゴブ父さん。こっちに鼠を追い込んで欲しいな。大きければ大きい方がいいけど、追い込んでくれば大丈夫だよ。」
「…よく分からないが、とりあえず鼠をこっちに追い込めばいいんだな。ゴブタの為にも頑張るか。」

 ゴブタの言ったことに戸惑っていた一児の親だが、子の為に洞窟の穴を走り回り、どうにか岩で隠れたところにいた鼠を一匹見つけた。そして数分経った後、ゴブタが待ち構えていたところに、一匹の鼠が息の荒いゴブリンと一緒に走ってきた。

「はぁはぁ。ゴブタ、連れて来たぞ。これでいいんだな。」
「うんうん。その調子。そのままこっちまで走ってきて。」

 息子の応援の声に、疲れ果てているゴブリンはラストスパートで鼠を捕まえる勢いで走り出す。そして、それと共に息はどんどんと荒立っていく。そんな、洞窟内がうるさくなる程息を荒立てているゴブリンは、突如走ることを止めて、小さなゴブリンに視線を向けた。

「おいおいゴブタ。こりゃあ凄いぞ。あの鼠が、走ることもなく無防備のまま止まっている。」
「驚いてないで父さん。万が一逃げられた困るし、さっさと仕留めちゃおうよ。初めて試したことだし、逃げないとは限らないんだから。」
「おう、逞しいなゴブタは。」

 一匹のゴブリンは、息子の男気のある発言に驚いていると、動くことも出来ない、ただの的となっている獲物に向けて石を投げた。そして、そんな獲物は小さな体ながら大きな音を立て、静かに床へと背中を落とした。

「こんなにも簡単に鼠を倒してしまうなんて………」
「やったね父さん。これで僕達の食べる物が増えるよ。僕のお陰で倒せたって言ったら、お母さんは喜んでくれるくれるかな?」
「あぁ、そうだな。とても喜んでくれるんじゃないか。」

 父親は息子がしたことに、息子がどれだけ凄いことなのか理解してなかったことに驚いていたが、狩りの途中だというのに、家族特有の暖かさを身で感じていたので、特に何も言うことなく、息子の喜んでいる顔を見たり、男友達に息子がどれだけ凄いのか自慢しているところを妄想したりして、ただ獲物をひたすら狩っていった。
 そして、そんな風に狩ることをひたすら続けていた為、だんだんと狩るペースが早くなっていき、二分に一匹といったペースで狩れるようになっていた。

「……ゴブ父さん。もうこれ以上入らないよ。」
「そうだな。一つは鼠を狩るために使ってしまったとはいえ、流石に鼠を狩り過ぎたな。とりあえず他の奴等から籠を借りて、鼠を全部入れてしまおう。これだけの量があれば、ここ最近はお腹一杯になるまで食べることが出来るぞ。」
「やったねゴブ父さん。」
「あぁ、ゴブ太のお陰でこれだけ鼠が狩れたんだ。ありがとなゴブ太。」
「そ、そんなことないよ。」

 照れる息子に、父親はガハハと大声を立てて笑うと、息子は照れるのと同時に少し拗ね始めた。そんな息子の姿に更に声量をあげると、息子もそれと同時にもっと顔が赤くなっていった。
 そして、そんなことを続けていた為か、ゴブ太は若干泣きそうになると、父親も流石に笑うのを止めて一度ゴブ太に謝った。それと共に、父親は今怒ったことを妻に告げられると、自分の家の立場が危うくなるので、この話を一度止めて、鼠を拾うように誘導した。

「……こんななことよりゴブ太。そろそろ鼠を拾った方がよくないか?流石にそろそろ入れないと、光茸の光が消えてしまって、鼠は勿論のことだが、家まで帰れなくなっちゃうぞ。洞窟の中でもこのようにして暗くならないのは、光茸のお陰だからな。」
「そ、そうなんだ。じゃ、じゃあ早く鼠を籠の中に入れて帰らなきゃ。このまま帰れなくなるのは嫌だよ。」
「そうだな。早く籠を貰いに………と思ったんだが、どうやらその必要はなくなったな。」
「え、どういうことゴブ父さん?」
「もう少しでゴブ太にも見えるようになるぞ。」

 父親は、今まで歩いて来た方向にそっと指を向けると、複数の男達が少し経った後に現れた。男達が現れることを当てた父親に、息子は尊敬の眼差しを向けると、父親はそうではないよと、ごしごし頭を撫でながら息子に伝えた。

「俺達クラクトゴブリンこと弱小ゴブリンは、遠くに離れている仲間の状態が分かり、会話出来るという能力があるんだ。そして、この能力は俺達が狩りをする上で、迷った仲間を助けやすくなる便利な能力なのだが、子供の内は使えないから、父さんや他の大人と一緒に居ないと、迷った時ゴブ太は大変なんだ。一応ゴブ太の状態を父さんは確認出来るんだが、ゴブ太は会話が出来ないから、状態が分かっても父さんは会話は出来ないんだ。俺が奴等を当てられたのもこの能力のお陰だし、大人になるまでは父さんや他の大人と行動してくれよ。」
「そ、そういうことなのか。ふ~ん。」
「その様子、ゴブ太には難しかったか。とりあえず、大人になるまでゴブ太は使えないし、大人になるまで今のことを覚える必要はないぞ。大人になったらまた説明しようと思ってるしな。」
「分かったよ父さん。また大人になったら聞くね。」
「忘れてたら言ってくれよ。」
「うん。分かった。」

 父親が息子に大体のことを説明している内に、男達はどんどんと親子に近づいていく。父親はそんな男達を何度も見ている為、特に何も思うことは無かったが、息子であるゴブ太は見たことが無かった為緊張していた。

「は、初めまして。」
「おう、おめぇがゴブ父の息子か。俺はゴブ佐って言うんだ。よろしくな。………で、お前とは初めて会ったが、ゴブ父から聞いていた通り女みたいに小さいな。ゴブ嬢って呼んでもいいか?」
「……こう見えても、僕は体が小さいだけだし男の子だよ。今はまだ小さいけど、これから大きくなるんだ。」
「冗談だ。それにしても、これはお前が何かしたのか?この量は、いつもの十倍以上の量があるんだが?」
「うん。でも、縄で鼠を動きにくくさせただけだよ。」
「………どういうことだ?」

 良く分かっていないゴブ佐に、ゴブ太は簡単に説明すると、ゴブ佐は深く頷いて、ゴブ太を肩に乗せた。ゴブ太は、ゴブ佐の急な行動に小さな手をブンブンと振ったりと驚いたようだが、ゴブ父は微笑ましくその様を見ていた。

「そんなに慌てるなって、ゴブ太。ゴブ太が今されているのは、クラクトゴブリンにおける喜びだ。ゴブ太にも分かると思うが、肩って言ったら顔や心臓の近くで、肩の近くに敵がいたら恐いだろ?でも、ゴブ太はそんな肩に乗っている。これはつまり、親愛の証みたいな物だ。こいつは、基本こんなことしないような奴だから、随分気に入られたなゴブ太は。愛情なんて無い奴かと思ってたけど、意外とあるんだな。」
「五月蝿いぞ、この愛情百パーセントマンが。お前は愛情有りすぎて気持ち悪いんだよ。それに、単純に俺はコイツのやったことがすごいから肩に乗せただけで、愛情なんてない。分かったか愛情野郎。」
「……そういうことにしてやるよ。」
「なんか腹立つな。喧嘩するかオイ。」

 二人の大人の喧嘩に、周りの男達は鼠を拾いながらゴブ太に「いつものことだから。気にすることはないぞ。」と言う。ゴブ太は、大人の喧嘩を見ることが初めてなわけで、最初の方は心配そうな目で自分の父親を見つめていたが、男達の声やじゃれているようにしか見えない喧嘩を見ると、次第に気にしないようになって、疲れたのか寝てしまった。
 そんな息子を、ゴブ父は喧嘩という名のじゃれあいに夢中になってしまっていたので、ゴブ太が寝てしまったことに気が付くのは、ゴブ太が寝てから20分以上経っていた頃だった。

「はぁはぁ。一児の親になったから、少しは弱くなったと思ったが、やはり強いな。本気じゃないと勝てそうにない。」
「何を言ってんだ。一児の親になったからこそ、強い男でいなければいけないんだ。それに、お前が本気を出したところで俺が負けるとは限らん。」
「流石は愛情百パーセントマンだな。言うこと一つが、凄く重たい。……ところで、お前の大事な大事な息子ちゃんはおやすみタイムだがいいのか?」

 ゴブ父は、ゴブ佐に言われると同時にゴブ太のいた場所を見ると、ぐっすりと自分の息子が寝ていることに気付く。そして、息子のぐっすりと寝ている様に「ゴブ太は可愛いなぁ~」と言葉を漏らしながら、天使のような息子に近付き、起こさぬように肩に乗せた。

「やはり寝ているゴブ太も可愛いな~起きているゴブ太も可愛いが、寝ている時のゴブ太も勿論可愛い。俺の夢は、親になって家族を守る存在になることだったが、今になって痛感する。この夢で俺はよかったと。」
「………お前って奴は、本当に家族思いだよな。周りの奴を見たって、お前だけは人一倍家族愛が凄い。やっぱり、情があると強くなれるのかな。一人のゴブリンとして……」
「お前も、愛妻家にでもなればいいんじゃないか。……お前に妻なんて出来ないと思うけどな。その性格じゃ。」
「何を言ってんだこの愛情マンが。俺にだって一人の妻くらい簡単に出来るわ。」
「……静かにしろ。ゴブ太が寝てるだろ。」
「ちっ‼後で覚えてろよ。この愛情マンが。」
    
 二人のゴブリンは、男仲間に兎の沢山入った袋を貰いに行くと、一人の子供を起こさないように、ゆっくりと家へと向かって歩き出した。

■■■■■

「ふぅっ。……にしても、お前は凄いな。お前が新たな鼠の取り方を教えただけで、こんなにも食にありつけるようになるなんて。体は小さいが、俺より頭はいいようだな。」
「小さいなんて言わないでよ。僕も前より少しは大きくなったんだから。それに、僕はそんなに凄くないよ?ただ、鼠の逃げ道を封鎖しただけだし。」
「………まぁ、お前にとってはそうかもしれないが、俺達はここ何十年そのやり方に気が付かなかったからな。お前は自分のことを凄くないと思ってるかもしれないが、俺達は凄いと思っている。別に、凄いと思われることは悪いことじゃないんだから、素直になれよ。お前の発想力は、俺達にとっては凄いんだから。」

 ゴブ佐は、大きな岩にちょこんと座っているゴブ太の隣に座ると、首に掛かった物を見て、溜め息をつく。ゴブ太は、ゴブ佐の首に掛かった物が何かは分からなかったが、ゴブ佐が悲しそうな目をしていることは分かった。

「……ねぇねぇゴブ佐?首に掛けている物は何?ゴブ佐にとって苦しい物?」
「お前には関係ねぇよゴブ太。……っていうか、お前ゴブ父に稽古をつけて貰うんじゃなかったか?強くなりたいって。」
「た、確かに。今すぐゴブ父さんの所に行ってくるよ。じゃあねゴブ佐。」
「またな。ゴブ太が強くなったら俺も稽古つけてやるよ。」

 ゴブ佐は、無邪気に父親の元へと走っていく子供に軽く手を振ると、ゴブ太がいた隣に目を向けて溜め息をつく。

「ゴブ太って、ゴブ花に似てるんだよな。無邪気なところや、自分をあまり凄いと思っていないところ。ゴブ太には、同じ運命を辿って欲しくないな………」

 ゴブ佐は、石のうえから降りると、腰に掛けている石剣を何度も振る。左手で首に掛かった小さな骨を力強く握りながら。

■■■■■

「それじゃあゴブ太。今から剣の振り方を教えるぞ。剣っていうのは、こうやって振るんだ。」
「うん?こう?」
 
 小さな体で、木剣を「えぃっ」という声と共に振るゴブ太。
 大人であるゴブ父から見たらへなちょこな剣使いだが、初めて剣を振ったとすれば、上出来。
 まだ体が小さい状態で剣を振るのはとても難しく、大抵は振れなかったり、勢い余って転んでしまうからだ。

「そうそう。その調子だ。やっぱり凄いなゴブ太は。」
「えへへ、そうかな。えいえいえいえい。」
「嬉しいからって、そんなに連続して振るな。下手に体重が乗ると、そのまま転んじゃうぞ。ほら、危ない危ない。」

 ゴブ太は、父親であるゴブ父に剣のことで褒められたからか、気分が良くなって剣を連続でブンブンと振る。
 いつものゴブ太なら、少し褒められたくらいじゃここまで上機嫌にならないが、ゴブ父は男衆のトップのゴブ佐ともやりあえる一流の剣士。
 そんな一流の剣士から褒められるということは、自分の力を認めて貰ったということ。
 ゴブ父は、自分の息子の上機嫌な姿が好きな為ゴブ太を持ち上げたが、子供であるゴブ太では持ち上げられたことに気付くはずもない。その為、純粋に一流の剣士に褒められたことを喜んだ。
 そして、ゴブ太は上機嫌ということもあり、父であるゴブ太の稽古に真剣に取り組んでいった。
 
「えいー」
「そりゃー」
「うんしょー」
「………それじゃあゴブ太。そろそろ稽古を終わりにするぞ。明日は、三日ぶりの鼠取りに出掛けるから、体を休めなきゃいけないし。今日は早く寝るんだぞ。」
「は~い。」
「その調子だ。体を休めなきゃ、体を壊してしまうからな。それに、こうして稽古が出来る程時間が作れたのは、ゴブ太が鼠の画期的な捕まえ方を見い出したからだ。ゴブ太の考えが、今の生活を大きく変える可能性もあるし、何か思い付いたらどんどん父さんに言ってくれ。手伝うぞ。」 
「うん。思い付いたら言うね。」

 ゴブ父に存分に褒められたゴブ太は、軽く走りながら洞穴の中へと入っていく。
 中では、ゴブ太がゴブ父に沢山褒められたと母親に自慢する姿があり、暖かい空気が暗い穴の中で流れを作っていた。

■■■■■

「ゴブ父さん。早く稽古しようよ。今回こそは、絶対に勝って母さんやゴブ佐に強いって認めて貰うんだ。」
「……にしても、ゴブ太も強くなったよな。最初は、剣を振って転びそうになってたこともあったのに、今では俺でも受けきれないような剣使いになっているんだからな。子の成長が早いと言われているのも、納得する。」 
「そんなこと言ってるけど、一回も僕の剣は父さんに届かないじゃないか。昨日だって、父さんに剣が一回届きそうになったことはあったけど、それ以外は全部ダメ。父さんが、力技で僕の剣を吹き飛ばしちゃうんだもん。あれは剣技じゃなくて、ただぶっ飛ばしてるだけだよ。」
「……それじゃあ逆に聞くが、ゴブ太は父さんの剣を吹き飛ばすことが出来るか?ただぶっ飛ばしてるだけっていうが、結局は出来ないだろ?剣技を磨くにしても何にしても、結局は出来なければ意味なんてない。ゴブ太はただぶっ飛ばしてるだけって言うが、あれは剣士殺しの技だ。
剣士にとって、剣は命。剣が無ければ、相手を斬ることも出来ないし、相手の剣を受けることも出来ない。そんな剣を吹き飛ばす技を、ただぶっ飛ばしてるだけって言っていいのか?」
「うっ…」
「ゴブ太にとって、父さんの吹き飛ばしは卑怯に見えるかもしれない。だけど、そういうことをしてでも生き残ければいけない。そもそも、剣を磨いて剣士になることは、家族や同胞を守る為だろ。実際、俺達クラクトゴブリンは元居た場所を、他のゴブリンに襲われ洞窟に追い込まれた。それは、俺達クラクトゴブリンに力が無いからだし、結果同胞は沢山殺された。だから、吹き飛ばしのような卑怯な手を使ってでも生き残らなけらばいけないんだ。それが俺達における、強い者へ抗うことの最善の道だから。」

 ゴブ父はゴブ太にそう告げると、少し距離を取って剣を握る。
 物凄い気迫。
 ゴブ父は、息子の鼠取りにより食料事情が改変された為、今まで食料を探していた時間を自分の身を鍛えることに使うことが出来た。その為、食料事情が改変される前よりも気迫は鬼のように強く、更に威圧的なものへと昇華した。
 そんなゴブ父の気迫に、ゴブ太も負けじと剣を握る。
 ゴブ父もそうだが、食料の危機が無くなった為、クラクトゴブリン率いるリサル村の男衆は、全体的に強くなった。
 それはゴブ太も同じで、普段稽古をつけてもらっている父の剣技をどんどん吸収し、今では男衆の中でも一際目立つ剣士だ。

 そんな、若頭と期待されているゴブ太と、男衆の中でも群を抜いて強いゴブ父の闘いが、気迫で崩れ落ちた石が地面についた瞬間始まった。  

■■■■■

 闘いが始まり、両者剣を通して睨みあう。
 しかし、力でも経験でも優位なゴブ父がいる為、そんな無謀なことは続かない。
 
 そう……先程言っていた吹き飛ばしを、ゴブ父が使ったのだ。

 不意打ちとも呼べる攻撃吹き飛ばしに、ゴブ太は剣を固い地面に突き刺すことで、なんとか体制を整える。
 ゴブ太は、剣を突き刺すことで吹き飛ばしを何とか防ぐことが出来たが、剣を引き抜くのに隙が出来る。 
 そんな隙、ゴブ父が見逃す訳がない。
 結果として、ゴブ父はその隙を狙ってゴブ太に斬りかかる。
 だがしかし、隙の出来たゴブ太にゴブ父の剣は届かなかった。

 そう……先程やられた不意打ちを、今度はゴブ父にやったのだ。
 裾に隠し入れていたもうひとつの剣を使って。

「……準備がいいようだな。」
「ゴブ父さんは、準備が大切って言ってたしね。言ってないなんて言わせないよ。」
「覚えのいい息子だ。教え甲斐がある。」

 ゴブ父は、予備用の剣で逆に斬りかかってくる息子を見て、目を細めて軽くニヤつく。
 斬りかかられている状況でニヤつくなど異常。
 ゴブ太は、そんな異常な表情をする父親に違和感を覚えながらも、折角出来た隙を狙って剣を振るう。
 それが、ゴブ父の罠だと知らずに。

「っ‼」
「息子がしてることを親がしない訳ないだろ。卑怯なことを思いつく奴は、卑怯なことをされた時の対応も考える。卑怯な奴は、準備がいいんだぞ。」

 ゴブ父は、先程したようにゴブ太をもう一度吹き飛ばす。
 鬼のような気迫の通り、ゴブ父の吹き飛ばしはゴブ太の吹き飛ばしとは全く類が違う。
 ゴブ太の吹き飛ばしに対して、ゴブ父は剣を遠くにぶっ飛ばしてしまう。
 その為、ゴブ太は先程のように剣を地面に突き刺すことが出来ない。
 今のゴブ太は、体制を整えることが出来ずにふらふら。
 しかも、剣士の命とも呼べる剣もない。
 今のゴブ太の状況は、絶望的という言葉がお似合いだった。

「はぁ……はぁ…」
「剣が無い訳じゃ、これ以上は続けられないな。剣を服の裾に隠しておくのは見事だったが、そこまでだな。今回の経験を元に、もっと強くなれ。」

 淡々と告げるゴブ父に、ゴブ太は顔が歪む。
 勝ちたい。勝ちたい。
 勝って、自分の実力を認めて貰いたい。
 そして、お母さんに褒められたい。
 思う存分お母さんに撫でられたい。

 それに、剣が無いからといって闘えない訳じゃない。
 剣が無くたって、卑怯なことはいくらでも出来る筈だ。

 ゴブ太の中で、様々な感情が入り交じる。
 そして、武器を放棄しようとする父親に、ゴブ太は先程の気迫で地面に落ちた石を拾って、思いっきり地面へと投げつける。
 その石は地面を削る。
 そして、削られて粒となった石がゴブ父に襲い掛かる。
 そんな思いもしない攻撃に、ゴブ父は驚いた。

「っ‼何のつもりだゴブ太。」
「まだまだ勝負は終わった訳じゃないよ。放棄したりしたら、ゴブ父さんが負けちゃうよ。」

 やられたという顔をするゴブ父を見て軽く笑うと、ゴブ太は急いで石に突き刺さった剣を取りに走りだす。
 ゴブ父は、想定外の攻撃に思考が停止していたが、すぐさまここは闘いの場と思いだして、走りだすゴブ太を狙って剣を振るう。
 しかし、そんなゴブ父にまたしても石が襲いかかる。
 ゴブ太はゴブ父が近づくのを待って、もう一度石を投げつけたのだ。

 やったと思った瞬間。
 ゴブ太は、自分の目を疑う。
 何故なら、石によって動けないはずのゴブ父が目の前に居たからだ。

 ゴブ太は、もうすぐで抜けそうな剣を急いで抜く。
 しかし、目の前にいるはまってくれるはずもない。
 
 初の勝利かと思った闘い。
 そんな闘いは、ゴブ父の異常な強さで結局ひっくり返ってしまう。
 
 それもこれも、ゴブ太が投げた石をゴブ父が全て異常な反射神経で斬ってしまったから。
 ちょっと大粒な石や、小粒な石。
 固い石や柔い石。
 それらの石が、ゴブ父の意思とは別に斬れてしまったからだった。

 ゴブ太としては、もう一度石で時間稼ぎをしようとした。
 一回目は、勝負を長引かせようして。
 二回前は、剣を抜く時間を作ろうとして。

 そんなゴブ太の考えは、一回しか通用しない。
 鬼のような気迫をもつゴブ父は、鬼のような気迫が似合うように、不意打ちなど一回しか通用しないのだ。
 卑怯だから。
 卑怯の強さを知っているから。

 そんなゴブ父は、剣であっさりと強敵を寝かせて、洞穴へと担いでいってしまった。

■■■■■

 前回の闘いから数ヶ月。
 ゴブ太は、あの闘いの後ゴブ父との稽古をぴたりと止めた。
 どうして稽古を止めたのだと聞くと、『俺には経験が足りないから』と言った。
 ゴブ父は、実の息子の言葉に深く考える。

 前回の闘いでゴブ太が負けたのは、自分ゴブ父の動きを想定出来なかったから。
 恐らく、ゴブ太の言う経験とはするというところだろう。
 
 ゴブ太は、想定出来なかったことを経験不足と言っていたが、正直それは違うと思う。
 何せ、自分ですら石を斬れると思わなかったのだから。

 あの時の俺は、久しぶりの強敵ゴブ太に心臓がバクバクしていた。
 今でも思いだせるが、あの時のゴブ太は強かった。 
 ゴブ佐と同等……いやそれ以上か。
 それくらい自分の息子は強かった。

 最近はあまり闘わないが、ゴブ佐も十分に強い。
 クラクトゴブリンのリーダーとして、男衆達を率いているだけはある。
 剣の速度。
 状況の確認。
 地形を生かした作戦。
 
 彼奴は、リーダーとしてなら俺以上の力を持っているだろう。
 
 しかし、彼奴はそこまでいうほど強くない。
 俺が7割~8割程度の力を出したら、余裕でボコボコに出来るだろう。
 だから、彼奴には悪いが彼奴に対して本気を出したことはない。
 言わば、じゃれあいだ。

 だが、ゴブ太は違う。
 彼奴は、本気でやらないと俺がやられる。
 剣技。
 判断力。
 この二つは、俺は彼奴に敵わないと思っている。
 
 だから、俺はいかなる時でも本気を出すし、手を抜いたことなんて指で数える程もない。
 手を抜いた結果、負けそうになったことがあるからだ。
 それに、という技を考えるようになったのも、ゴブ太がいたからだ。

 ゴブ太に剣を教えたのは俺だが、彼奴は飲み込みがいい。
 いや、最早と言ってもいいだろう。

 剣の扱い方。
 剣を振るう速度。
 それに、俺が何十年もかけて築き上げた剣技。

 それを、ゴブ太はたった数ヵ月で物にした。
 剣技にいたっては、自ら改良して俺に自慢してくるほとだ。
 
 そんな才能溢れるゴブ太だが、だからこそ俺に負けたことが悔しいのだろう。
 俺と同等の力。
 俺以上の剣技。
 
 この二つの力が揃っていたのに、ゴブ太は一度も俺に勝てなかったのだ。
 ただ、経験が足りなかっただけで。 
 俺がもしゴブ太の立場だったら、発狂していることだろう。

 だけど、俺は今だに思う。
 いくら経験が足りないからといって、旅に出るなんて。
 過保護ではない親でも、一回は引き留めることだろう。
 
 しかし、そんな俺の思いを突き飛ばして、彼奴は夜の内に旅に出ていってしまった。
 俺が寝ている真夜中。
 卑怯なことなど、教えなければよかったと俺は後悔した。

 そんな後悔で俺は一杯だが、またしても俺は剣を振るう。
 いや……だからこそ振るのだろう。
 強くなって帰ってくる息子に、勝つために。
 後悔を打ち消す為に。

 だからこそ俺は強くなるように、今日も今日とて剣を振る。
 息子が唯一置いていった、『強くなって戻ってくる』という書かれた紙を見返しながら。

■■■■■ 

 ゴブ太が旅に出てから数年。
 ゴブ父がまた今日も剣を振ろうとした時に、村中から騒ぎ声が立つ。
 先月生まれた新たな生命の、幸せの叫び声ではない。
 殺意や憎しみを持った叫び声だ。

 ゴブ父は、その叫び声の方へと急いで駆けつける。
 すると、そこにはゴブ佐などを含むリサル村の男衆が、血だらけで横たわっている青年を囲んでいた。

「おい、ザンダカゴブリンが攻めてきたぞ。既に、こちらに被害者が出ている。俺達に出来ることは時間を稼ぐこと。クラクトゴブリンの血を残すことだ。」
「「「「「おおーっ‼」」」」」

 洞穴のなかで、ゴブ佐の掛け声に応える男衆。 
 ゴブ父は、そんな男衆の声に自分の耳を疑う。
 声が大きいからではない。
 勢いがあるからではない。
 全ては、ザンダカゴブリンという単語だった。
 
 ザンダカゴブリン。
 その名を、クラクトゴブリンの中で知らぬ者はいないだろう。
 憎き相手。
 同族を滅ぼされかけた相手。
 
 そんな相手が攻めてきたという情報は、いくらゴブ父だって動揺を隠せなかった。
 
 ゴブ父にとって、ザンダカゴブリンとは恐怖の対象。
 これは、ゴブ父以外の全クラクトゴブリンもそうだろう。
 
 クラクトゴブリンは、もともとは森の自然が豊かなところで生活していた。
 キノコに木のみ。
 猪に兎や鳥。
 それに、水。
 今では多少ましになったが、ここでの生活ではあり得ないような生活を味わっていた。

 そんな幸福な生活を送っていたある日。
 憎き相手、ザンダカゴブリンがクラクトゴブリンの村を襲ってきた。
 勿論、クラクトゴブリンはザンダカゴブリンに対して、何もしていない。
 逆に、ザンダカゴブリンを歓迎していた。

 ザンダカゴブリンに襲われたのは、ザンダカゴブリンを歓迎する宴を開催した後。
 宴では、ザンダカゴブリンとクラクトゴブリン。
 二つのゴブリンは、賑やかに楽しく宴に浸っていた。

 宴に使れた食材は、風味豊かな果物や肉。
 それに、忘れてはいけない酒。
 酒のせいもあったが、宴では種族の差など関係なしに、楽しく気の抜けたおふざけや乾杯をしていた。

 しかし、そんな宴の後。
 先程のお祭り騒ぎが嘘かのように、村中の各家に火を付けていき、村中は大混乱。

 当時のクラクトゴブリンは、森林でとれた木材で出来た木造建築の為、どんどんと火は各地に広がっていく。
 酒を飲んで酔っていたもの。
 警戒などせずぐっすりと眠る子供。

 そのような者は逃げ遅れ、多くが火に飲み込まれてしまった。
 
 クラクトゴブリンの仲間の会話や状態がわかる能力。
 そんな能力は混乱の中ではあまり役に立たず、仲間がいなくなったことを告げることしか意味をなさなかった。

 そんな混乱に陥った中。
 ザンダカゴブリンは、自身の能力である“状態異常無効化“により、状態異常の火傷を無効化する。
 そして、火の中を悠々と駆け巡りクラクトゴブリンを狙い、一振りまた一振りと、クラクトゴブリンの仲間を消していく。
 そんな、仲間を淡々と消していくザンダカゴブリンに反応しようと、クラクトの男衆はするが、恐怖によって動けない。
 クラクトゴブリンは、ザンダカゴブリンにあることを知らない。
 その為、ザンダカゴブリンを火の化神と錯覚する。

 だからクラクトゴブリンは、仲間の叫び声が響く中、火の届かない洞窟へと逃げた。
 
 そして、今も暮らしずらい洞窟の中に今も居るのは、火の化身であるザンダカゴブリンが恐くて、迂闊に火の広がる外に出られないからである。
 目の前で仲間が燃える。
 楽しかった生活が火で滅茶苦茶になる。
 そんなトラウマを付けられた相手と戦うのならば、貧しい洞窟の中で生活した方がいいと、全てのクラクトゴブリンが思っているから、貧しくても洞窟の中に居るのだ。

 まだ成人を迎えていない、ゴブ太などのゴブリンはザンダカゴブリンの襲撃を知らない。
 だから、村を取り返しに行かないゴブ父達を不甲斐なく思っているが、それでもゴブ父達は村を取り返しに行くような真似はしない。
 一族を滅ぼしかけられたから。
 次は無いかもしれないから。

 そんなザンダカゴブリンにゴブ父達クラクトゴブリンは、何があっても関わらないことにしたのだ。 

 だが、ザンダカゴブリンはまたしても攻めてきた。
 自分達は何もしていないのに。
 関わろうとすらしていないのに。
 
 逃げることしか出来ない鼠に、またしても狼は近付いてくる。
 
 そんな事実に、鼠ことクラクトゴブリンは、逃げる為の時間を稼ぐことしか出来ない。
 抗おうとしたら、全滅もしくは壊滅。
 それを避ける為には、前代のように犠牲を払ってでも、時間を稼がなければいけないのだ。

 男衆達は自分が犠牲になることに気付いている。
 だが、恐怖に怯える者はない。
 かえって誇りをもっている者も居る。
 
 前回襲われた時、兄弟や家族を失った者が男衆の中には沢山いる。
 襲撃の後に感じる絶望は、想像出来るものではない。
 ここ現世は地獄。
 生きていても時間の無駄。
 
 死ぬということは恐怖でも、この絶望から逃れられるのならば、死んでもいいと思っていたものは少なからず居たのだ。

 そんな者達は、命を犠牲に血を繋げることを目標にする。
 同族を守る為に命を賭けて戦うこと。
 それはとても名誉なことで、一人の男としては憧れだ。

 だから、男達は戦う。
 血を繋げる為の、命を賭けた戦いを。

■■■■■

「「「「「おおーっ‼」」」」」

 クラクトゴブリンの男衆が、大声を挙げながら攻めてくるザンダカゴブリンに突撃する。
 全ては、ザンダカゴブリンから妻や家族の目を逃させる為。
 逃げることが出来るまで、興味を引く為。

 内側から出てくる恐怖の感情とも闘いながら、憎き相手と剣を構える。

 クラクトゴブリンの男衆は、ザンダカゴブリンが攻めてきたことを能力である“会話“を使って、直ぐに同族に伝える。
 伝える相手は、妻や彼女。
 決して子供には伝えない。
 子供に、“父さんが戦うなら、僕も戦う“と言わせない為だ。
 だから、男衆の中に入ったばかりの新米にも、危険なことをさせない“家族を守る役目“を与えて、戦うことを出来るだけ避けてもらう役職につける。
 
 そんな細かいことをするクラクトの男衆だが、相手は攻めて来ているので時間がない。
 だけども、妻や彼女との最後のお別れの言葉は、時間などを気にしないで、絶えず送られてくる。
 “絶対に帰ってきてね。“
 “家族は私が守るからね。“
 
 そんな泣きたくなるような言葉に、心苦しい思いで“絶対に帰ってくるよ“や“帰ってくるまで家族は任せた“と震えながら告げる。
 恐らく、帰ってこないことは妻や私も分かっているだろう。
 だけど、頼れる男の言葉に“ありがとう“とホットしたように言葉を漏らし、そっと言葉を止める。

 そんな妻や彼女の言葉が、恐怖心を和らげる。
 大切な者の言葉。
 大切な者がいることがとれだけ心強いことか、何度も身で感じる。

 だから、クラクトの男衆は火で体が燃えようが、剣で身を斬られようが、必死にその場で持ちこたえ、時間稼ぎ兼足を壊すことを狙う。
 足を壊しにいくことのメリット。
 それは、走れなくすること。
 いくら子供の足が遅いからといって、走れなくなったザンダカゴブリンには勝てるだろう。
  
 そんな思いで、ボロボロの体でまたしても剣を剣で受ける。
 クラクトゴブリンの能力である“仲間の状態がわかる能力“で、必死に戦っている仲間の状態を見たり、女子供が怪我などをしていないか見ながら。
 命の最後が告げられるまで。
 男衆達は、体が楽になる時まで休むことは出来ないようだ。

■■■■■

「はぁはぁ……これで四体目か。全く、割に合わない仕事だぜ。」

 俺は、目の前にいる敵が動かなくなったことを確認すると、体力が無くて瀕死の仲間がいるところに駆けていく。
 走る度に体が痛む。
 今頃彼奴ゴブ父はどうなっているのだろうか。
 やはり、俺とは違って痛みを受けず、軽々と敵を斬り倒しているのだろうか。

 俺は、親友でありライバルであるゴブ父のことを考えながら、休めと警報を鳴らす足や腕を動かし、仲間の助太刀をする。
 仲間の体はボロボロ。
 剣は折れかけ。
 正直、未だに立ってザンダカゴブリンの攻撃を耐えているのが、凄いと思える状態だった。

 そんな仲間に苦労をさせない為、俺は目の前の敵と剣を構えながら“少しでいいから座って休め“と言う。すると、“大丈夫だ。まだ動ける“と頭の中に言葉を並べて、俺が相手の剣を受けとめている隙に、横から足に向かってボロボロの剣を突き刺す。
 ギャアギャアと、“痛い痛い“と言うように鳴くザンダカゴブリン。 
 生憎、お前らが痛い痛いと言ったところで、俺達の怒りがたまるだけで、俺達は情けなどしない。
 
 俺は、足の使えなくなったザンダカゴブリンの腕を軽く切り落とすと、ザンダカゴブリンはその場でギャアギャアと、一層激しい鳴き声を出し、のたうち回る。
 ざまぁない。
 俺達を攻めてきた罰だ。

 俺は内心そう叫ぶと、瀕死の仲間を助ける為に足を動かす。
 今助けた仲間から“ありがとお。助かた。“との言葉が頭に流れてきたが、言葉を考えられない程疲れているのだろうか。
 
 俺は後ろが気になったが、他の仲間も瀕死な為、時間を後ろに割くことが出来なかった。

■■■■■

「ギャギャー」
 
「痛て……どんだけこいつ力強いんだよ。」

 俺は、斬られた傷のところを見て、軽く悪態をつく。
 傷は結構深く、血は結構な勢いで流れていく。
 それにしても、厄介な敵だ。
 火を纏っていて、近付くと燃えかねないのだ。

 俺は、一度火の範囲外から離れると、ザンダカゴブリンは火でガードされた盾の中から逃げる俺を追う。
 油でも掛かっているのか、全然火は消えそうにない。
 今まで見たザンダカゴブリンは火なんて纏っていなかったが、こいつは男衆のリーダーであるゴブ佐のように特別なのか?だったら、他の奴には任せられないし俺がやるしかないな。
 
 正直俺はこいつと戦うのが面倒臭く、出来ることなら戦いたくなかった。
 火を纏う敵。
 そんな厄介な奴と戦うなら、普通のザンダカゴブリン五体と戦う方がマシ。
 前回の襲撃時も多少戦った俺だが、こんな奴は見たことない。
 それなら、戦って倒したことのあるザンダカゴブリンの方が当然楽だが、ここで俺が逃げたら誰がこいつを対処するんだって話になる。
 疲れている時にこいつと戦ったら、恐らく死ぬ。
 これは俺の勘だが、俺が押さえないとヤバイと言っている。
 
 俺は、傷が広がらないように極力気を付けながらまた距離をあける。
 よし、これくらいでいいか。
 ポッケに入れていた石を見て、ニヤット笑う。

 俺は、火の塊が近づいてくるのを待つと、ゴブ太が投げたように地面に石を投げる。
 地面に石がぶつかると、石は削れ、刃となって火の中へ走っていく。
 尖った石や大きな石。
 小さな石や丸い石。
 様々な石は、ゴブ太が俺に仕掛けてきたとき、俺も仕返しが出来るように練習していた為か、かなりの速度が出る。
 
 どうなったのか。
 俺が、ザンダカゴブリンの反応を見ようとしたとき、突如火の中から火が走ってくる。
 熱い……
 どうして火が飛んできたんだ。

 俺は、火で見えない敵を睨むと、敵はギャアギャアと嘲笑うかのように鳴きだした。

■■■■■

「痛ぇ……でも、彼奴等も痛いんだよな。俺一人だけ痛いなんて言ってたら恥ずかしいし、何より情けない。痛みなんか気にしてねぇで、さっさと役割を果たさねぇとな。」

 俺は、であろう場所に、石で作った水筒から水を出し軽く水をかける。
 掛けてみてやはりと思ったが、感覚がない。
 血は流れているのだが、痛みがないのだ。
 
 やはり、ザンダカゴブリンの攻撃は恐ろしい。
 攻撃と言っても、火なのだが。
 恐らく、俺の細胞が破壊されたのだろう。
 奴等が持っている松明の火を当てられて。

 俺は、もう松明に向かって水は掛けないと誓うと、痛みを感じなくなった足で、仲間の状態を確認する。
 会話もしたいが、そんな体力残っていないだろ。
 ここは戦場死に場
 どれだけ時間稼ぎや相手を道連れに出来るかが勝負なのだ。
 だから、会話で体力を使わせるのはよくないだろ。
 それに、会話をしていると周りに気を向けることが難しくなるからな。
 自ら火傷をしに行った俺も、会話などしたら疲れてしまうしな。

 俺は、先程のゴブリンの持っている松明に水を掛けたことを思いだす。 
 奴等の力は火。
 だから、松明の火さえ消せばこちらの物だと思った。
 頭の悪い俺が、こんな考えを思いついただ。
 自分の土壇場の知能は凄いと、自分のことを誉めたりもした。

 だけど、現実はそう旨くいかない。
 水を掛けたら消えると思っていた火が、返ってこっちに飛んできたのだ。
 反射神経が良かった分、飛んできた火を最低限の被害怪我で抑えることが出来たからまだ良かったが、それで火傷を負ってしまった。
 
 ……ゴブ太が言ってたことが本当なら、油でも入っていたのだろうか。
 随分と前にスッと言われたことだから、俺の記憶が間違ってる可能性もあるが、火に油が注がれていると水を掛けても無駄らしい。
 それに、返って火が飛んでくると言われた。
 油……森に住む獣の油でも使ったのか?

 あの火をどうにかするか、回らない頭を無理矢理回転させて考えるが、何も浮かばない。
 …………
 ……ゴブ太がいたならな…

 俺は、子供と同じくらい小柄な青年を思い浮かべる。
 今もたまに考えるが、彼奴の頭は発想がおかしい。
 頭の悪い俺でも、頭の良い悪いであそこまで発想が異なるとは思えない。
 石製の武器、鼠の家畜化。
 彼奴が生まれてから、物新しいものが何個も生まれた。
 彼奴の考えは最先端を行っているだろう。 

 まず、石製の武器。
 これにより、俺達は体が他のゴブリンに比べて弱いのに戦えるようになった。
 木製の武器の相手に対して石製。
 前までは圧倒的に相手が有利だったが、今回の戦いでも分かるとおり、五分五分かこっちのちょっと有利。
 正直死を覚悟していた戦いだが、少しだけ生き残れるのではないかと希望を持った俺がいる。
 
 次に、鼠の家畜化。
 このという言葉も、またゴブ太から教わった新しいものだった。
 
 鼠の家畜化は、まず縄を張り巡らした穴に鼠を入れて鼠が逃げないようにする。外に逃げようとしても縄があるため、縄に引っ掛かって鼠は動けないはずだが、万が一といってゴブ太の言う通りに見張りを少しつけている。

 鼠を穴に入れたら、鼠の餌である蜘蛛や小さな虫などを鼠に放りなげる。これは、朝と夜に放りなげるのだが、上から降ってくる餌に鼠は興奮するのか変な声を出す為、村の奴等で変わり変わりやっているが、人気など全くなく、食料の為皆仕方なくやっている。そんなことを毎日と続けていると、鼠達は俺達が餌を与えているのか気付いたのか、前までは敵意丸出しで怯えていたのに、今じゃ好意的な目でこっちを見てくるから、それが気持ち悪くて不人気を加速させた。

 最後は、それの繰返し。
 ゴブ太が言うには、これをするだけで鼠が沢山増えるらしい。
 洞窟に行って毎日狩っているのに、数が減らない理由がよく分かった。
 それは奴等の繁殖力のえぐさ。
 雌の鼠一匹から生まれてくる鼠は、九十~百匹。
 ゴブ太は、「ゴギブリかよっ‼」と一人で叫んでいたが、俺には理解が出来なかった。
 
 こうして増えた鼠をある程度残して食料にすることで、最近は狩りに洞窟に潜りに行かなくてよくなった。
 その他に、狩りに行かなくなったお陰で、最近は狩りに行く時間を訓練に使うことが出来、更に戦力は増加。
 食料を安定して確保することが出来ことで人口も増え、時間が増えたとはいえ、子供達に戦い方を教えるなど、結局は暇ではなかった。

 そんな日々が過ぎると俺は思っていた。
 いや、過ぎて欲しかった。
 俺の妹……ゴブ花のようにならない為に。
 ゴブ花のような者がもう出ないように。

 俺は、火傷を負って多少感覚の無い手で、首にあるはずの首飾りを握る。
 白く固く、とても悲しい物。
 そう……これは、俺を庇って燃えてしまった妹の骨だ。

 俺の妹は二ヶ月下の妹で、とても活発な妹だ。
 女だというのに俺のやる訓練を見にわざわざついて来たり、女だというのに剣をぶんぶんと振る。
 女の中でもかなり可愛い方に入る妹だったので、男共の注目の的にゴブ花はなり、巻きぞえを喰らって俺まで注目を浴びる。
 
 森に居て、まだ失うことの痛みを知らない俺の妹の印象は、ちょっと面倒くさいだった。
 
 だって、訓練で疲れた俺を休日だというのに早くから起こして訓練に付き合わせたり、裁縫などの細かい作業が苦手な俺に裁縫などを「男だって裁縫くらい出来なきゃ駄目だよ。」と無理矢理させて、出来なかったら笑いながら一人前に指導してくる。
 しかも、無邪気にやってくるものだから、断りずらい。
 その上、俺の友達とかは容姿しか見ていないのか「ゴブ花ちゃんな好きなタイプ教えてくれ」とか言ってくるので、対応がキツい。
 あんな常識はずれに好きなタイプなどあると俺は思っていない。
 なので、俺は適当に「自分で聞け」と流していた。

 そんな日々の中、とあるゴブリンがやってくる。
 そう、ザンダカゴブリンだ。
 
 彼奴等は酒で酔っ払った俺達の隙を狙い、各家に火を付けて周った。
 村長の居る家や倉庫、女子供がいる民家。 
 その中の内の一つには、俺の家も含まれていた。

 酒が回り、ろくに動かない頭や体。
 そんな男共に、酒の酔いが効かないザンダカゴブリンの相手が出来るはずもなく、また一人とまた一人と斬られていく。
 そして、斬られていく父や兄を見て泣く女子供。
 それに加えて、時間は深夜。
 村で騒ぎが起きても、中には起きない者もいる。

 幸い、俺の家族全員は村の騒ぎを聞いて起きたようだが、場はカオス。

 火を付けて周る敵。
 後ろから剣を斬りつけてくる敵。
 女子供の泣き声や嘆き。
 それに加えて、重度の酔っ払い。

 駆られる者と駆る者の二局。
 駆られる者がどちらなんて考えなくても分かる。

 駆られる者が考えるのは、生き延びることだ。
 酔っ払った体を俺は前へ前へと動かした。

 そんな感じで体を前へ前へと動かしながら、俺は大きな声を出しながら後ろを見る。
 俺も仲間と一緒に戦い時間稼ぎがしたいが、体の小さいことから俺は、女子供を守る役割を与えられた。
 大きな声を出し、恐怖に陥らせることで、恐怖で動かない体を動かさせること。
 奴等が追い付いてきたら、自分の身を犠牲に時間稼ぎをすること。

 この二つの役割を守りながら、俺は必死に走る。
 仲間が全員生き残って帰ってくることを願って。

 だが、そんな願いなど意味を為さない。
 三分も経たない内に奴等が追い付いてきたのだ。

 俺は、俺の役割と同じ役割を持った者に声を掛け、俺はここに残り他の者は逃げてもらうことにした。
 敵の人数は3人。
 子供を脱出したばかりの者が一人や二人増えようがあまり意味はないだろう。
 
■■■■■

(糞、奴等は何処にいる。気配はするが、正確な場所が分からない。)

 忌々しい気配を元に、足や剣を動かす。
 忌々しい音を元に、相手の場所を探す。
 目が使えないから分からないが、恐らく敵は3~4体いる。
 違う足音が6~7回近く鳴るのだ。
 これで一体というのは可笑しいだろ。

 木が軽く潰れる音のする方へ剣を振る。
 目で確認出来ないが、恐らく当たりだ。
 骨と石が当たった時に鳴る、コンという音がなったからだ。

 当たったことに内心喜ぶと、剣の振る音がするところからステップを刻んで軽く逃げる。
 剣が振る音が同時に二つする。
 恐らく、敵の数は残り二体。
 倒れた仲間の仇を返そうと、怒りに身を任せて剣を振ったのだろう。

 一度その場で止めると、俺は石を投げる。
 火傷で手が痛むがそんなの関係ない。
 音のする方へ石をぶん投げた。

 石を投げ瞬間、石の擦る音が立つ。
 それと同時に、彼奴等の煩い喚き声が響く。
 
 煩い喚き声は、耳障りなので本当は聞きたくない。
 だが、今は火傷で目が開かなくなった俺に居場所を教えてくれるので、有り難く利用する。
 
 俺は、ギャアギャアと鳴く方へ剣を振ろうとしたが、足が下に引っ張られ、倒れてしまう。
 何が起こったか分からない俺だが、体勢を整えようと痛む体を気力で起こそうとする。
 しかし、立ち上がれない。
 感覚が可笑しくて気がつかなかったが、俺の腕は何者かに掴まれていた。
 ギャアギャアと嬉しそうに鳴く声。
 剣を持っていたら即斬りたいところだが、生憎転んでしまった時に落としてしまった。

 俺は、ギャアギャアと鳴く声の中でスキル念話を使う。
 
 先ずはゴブミ。
 ゴブミは先月生まれた娘を連れて逃げないといけないが、お前なら大丈夫だ。
 こうして二人も子を授かることが出来たし、神はお前を見ている。
 お前と会ってからの十五年間、本当に楽しかった。
 一緒に料理を作ったり、子供達の名前を考えたり、訓練をする俺に弁当を渡してくれたり、今住んでいる住み処を一緒に作ったり……………
 他にも言いたいことはあるが、これだけ言わせてくれ。
 こんな俺を支えてくれてありがとう。
 一人では辛いかもしれないが、娘と共にどうか生きてくれ。

 続いて、ゴブ太。
 お前は、正直に言うが何処にいるんだ?
 状況がこうなったから俺としては許すが、状況がこうなってなかったら、いつかお前を探す為に旅に出ようと思ってたぞ。
 結局成人を迎える前に村を出ていってしまって、出ていってから俺は一度も連絡を受けてないぞ。
 念話の使い方をお前に教えられなかったが、頭のいいお前のことだから、どうせ使えるんだろ。
 少しでいいから会話しようぜ。
 能力で、お前の無事は分かっているんだぞ。
 
 後、伝え忘れていたがお前は間違いなく天才だ。
 俺の長年鍛え上げた技術を簡単に覚えやがって。俺は実の息子に嫉妬したからな。
 それと、経験が足りなくて負けたと言っていたが、お前は村でナンバーワンだ。
 あの戦いも俺は負けそうだったし、お前が認めがれらってたゴブ佐よりもお前は強い。
 だから、強く生きろ。
 決して早くこっちに来るんじゃないぞ。

 最後にゴブネ。
 お前と会ってからまだ一ヶ月しか経ってないが、少しの間とても幸せだったぞ。
 お前には言ってなかったが、お前にはお兄ちゃんがいるんだ。
 ゴブ太って言うんだが、お前に似て可愛くてちっこい。
 成人に成り掛けていたのに、身長は俺の頭二個分くらい。
 俺がかなり大きいこともあるが、誰の血を引いたのか疑うくらい小さい。
 ゴブミも女性の中では大きいほうだし、俺は勿論でかい。
 彼奴が頭がいいのは、頭が発達したからでその分身長は発達しなかった。
 俺の中で決めたんだこれは。
 決して、頭が俺よりいいからって嫉妬したからじゃない。
 勝手に家に出ていった奴に文句言われる筋合いは無いから大丈夫だ。
 言われる権利も、俺にはもう少ししかないしな。

 話がずれたが、ゴブネ。
 お前には自由に生きてほしい。
 ゴブ太のように家を出ていってもいいし、好きな時に寝て貰ってもいいし、家族を作ってもらってもいい。
 だから、生きろ。
 これからやることを夢見て生きるんだ。
 父さんのすぐ後に来たら、怒るからな。
 
 …………
 …………言うことはこれくらいかな。

 上で木が軋む音がするし、そういうことだろう。
 この世に悔いはあるが、それでもいい。
 生きてくれれば。

 俺が手を両手に重ね、静かに鎮まろうとした時、温かい声が聞こえた。

(俺と剣をもう一度振り合うまで、くたばってもらっちゃ困るぞ。人に生きろ生きろ言ってないでお前が生きろ。可愛くてちっこい息子からの頼みだ。死んだら俺も死ぬからな。)

 温かい声に驚くと、さっきまで耳障りだった声はすっも無くなり、目の前には倒れた数体のザンダカゴブリンがあった
 目がどうして治ったのか。
 どうしてここに、お前がいるのか。
 このタイミングで何故来れたのか。

 これが運命というものなのか。
 これが奇跡というものなのか。
 軽く頬を緩ませている息子に、俺はどういうことか聞いてやりたかったが、息子の登場に体がホットして力が保てない。
 
「安心して寝てろ。」

 俺は、そんな息子の言葉に反抗しようとする。
 しかし、疲労している体は言うことを聞いてくれず、息子の言うままに目を閉じてしまった。

■■■■■
 
 剣を振るう。 
 痛いとか関係なしに剣を握る。
 一振り一振りに緊張が掛かると同時に、もう少ししっかり訓練をしていればよかったと思う。
 一振りすれば二回、二振りすれば四回。
 一人が俺の剣を受け止め、残りの二人が俺を無慈悲に蹴ったり殴ったりするのだ。
 剣を腰に付けているのに、剣を使わず素手で。
 恐らく奴等は、俺を遊び道具として見ているのだろう。戦場だというのにギャアギャアと喜びながら俺の顔を見てくるのだから、そうとしか考えられない。
 
 俺は、そんな奴等に腹が立つ。
 遊ばれているということは、一人の剣士として戦えてすらないということだし、じわじわと痛みを俺は受けているのに、奴等は無傷。
 圧倒的な力の差。
 剣士として、これほど屈辱なことは無かった。

 力が欲しい。
 力が欲しい。
 そんなことばかり考えると、また横から蹴りを喰らう。
 
 俺は蹴りで体勢を崩されると、体を地面に叩きつけられる。
 奴等は追撃をしてこない。
 立ち上がった瞬間に攻撃をして、また転ばせるのだ。

 俺は、わざと立ち上がれない振りをして体力を回復すると、起き上がって来なくなった俺に飽きたのか、奴等は剣で斬り掛かってきた。
 避けれない。

 そう思った瞬間、剣が俺の前でぴたりと止まる。
 それと同時に、声が漏れる。

「ゴブ…花?」

 恐る恐る声を震わせながら問いかけると、剣がぷすりと刺さった少女は首をこくりと立てに振る。
 幸せそうな顔でこっちを向きながら。 

「えへへ。ゴブ花間に合ってよかった。間に合わなかったら、お兄ちゃんが死んじゃうもん。」
「な………何でゴブ花がここに居るんだよ。」

 腹の中から、自然と声が出る。
 疲れて今でも倒れそうだというのに、不思議だ。
 
「ゴブ佐兄ちゃんが死んじゃいそうだったからだよ。ゴブ花先月成人を迎えたから、ゴブ佐兄ちゃんが壊れる状況だって分かるもん。だから、走ってここまで来た。ゴブ佐兄ちゃんが好きだから死んで欲しくなくて。こんな状況だし、別に誰にも止められなかったよ。」

 あははと笑いながら倒れるゴブ花。
 何故。
 どうしてゴブ花はここに来たんだ。
 お前のことを俺は面倒臭い奴だと思っていたのに。
 面倒臭いと思っていた俺はどうなるんだよ。

 倒れたゴブ花に群がろうとするザンダカゴブリンに、死に者狂いで剣を振るう。 
 早く。
 早く倒さなきゃ。
 早く倒さないと俺のせいでゴブ花が死ぬ。
 兄の手で妹を殺すことになってしまう。
 
 足、手、腕。
 頭以外の全細胞が、自然とリズムを刻むかのように動く。
 一体、二体、三体。
 気がつけば全員。
 無意識の内に倒れていた。

「おい。大丈夫かゴブ花。喋らなくてもいいから、どうか死なないでくれ。」

 血を撒き散らす害獣を無視し、酷く弱っているゴブ花の元へ向かう。
 軽く手を触るが、冷たい。
 血が少なくなったせいか、動いていた俺の体が熱いせいか、ゴブ花の手を冷たいと俺は感じた。
 
「だーーーー」
「喋るな。生きていることは伝わった。とりあえず、少しここから動くぞ。その体じゃ動けないだろうから、今からお前を背負っていく。」
「え。怪我が大きいのはゴブ佐………」
「喋らなくていい。喋れるだけ体力があるのは分かったが、とりあえず喋べるのを止めろ。流れすぎだから、血。そんだけ血が流れたら喋るだけでも辛いだろ。だから、今は喋らなくて体を休ませろ。死ぬぞ。」

 口を使わずに、目をパチパチと開いて合図をしてくる様子に、俺は内心ホットする。
 よかった。
 どうやら体が冷たかったのは、後者の方だったようだ。
 
 体についていた重りが外れるような気分を味わった俺は、そっと妹を背中に乗せる。
 軽くだが閉まった傷が開かないように。
 出来るだけ楽な姿勢を取らせるように。
  
 そんなことを考えながら妹を背中に乗せた直後。
 後ろから、常闇の中を照らす一本の光のような物が飛んでくる。
 奴等だ。
 ザンダカゴブリンの持っている松明が、背中を向けている間に後ろから投げられたのだ。
 
 二~三本投げられてくる松明を俺は避けようとするが、あっという間に草を通して、松明が落ちたところから火は燃え広がる。
 前を見れば火。
 横を見れば火。
 避けようとしたところから更に火は燃え、何時の間にか辺りは日が出ているのかと思うくらい明るくなる。
 どうすれば。
 
 そう思った瞬間、火の中からザンダカゴブリンが平然とした様子で、剣を振りながら出てくる。
 今だ。
 ザンダカゴブリンのスキルで消された火の壁から、一瞬の隙を使って抜け出すのだ。

 妹を背負った傷だらけの体で、一つしか使えない腕を使って相手の剣に対し踏ん張る。
 剣を受けるのではなく、流すのだ。
 時間が経ったら、あの壁の穴は無くなるぞ。
 
 相手の剣を流すと、少し小さくなった穴へ向かって走る。
 行ける。 
 行けるぞ。

 ゴール目前というところで、俺は足が壊れていくのを感じながらも、今出来る全力を出し走る。
 そういって足を一歩踏み出した途端。
 背中に感じていた重みが、すっと無くなる。
 それと同時に、嫌な考えを俺は頭に浮かばせる。

 背中にいるよなゴブ花。
 しっかりと腕を使って、抑えてたもんなゴブ花。
 落ちたなんて冗談、存在するわけないよな。
 
 恐くなった俺は、嫌な考えを退けて背中を見てみる。
 居ない。
 最悪だ。
 落としてしまったのか。

 今まで来た場所を振り返る。
 すると、暗く常闇に包まれた空間を照らす火の壁の所に、倒れている少女がいる。
 ーまだ間に合う。
 
 火の檻の中に突っ込む勢いで走ると、近付いていく俺に倒れている少女の振り絞った声が響く。

「こっ…ちに来ないで。私が居…たら、ゴブ佐兄ち…ゃんが逃げら…れなくなる。」

 俺は、妹の震えながらの声に、腹が立つ。
 どうして、女なのに。
 どうして、女だというのに。
 男の俺より度胸があって、無責任なんだよ。 
 
 死にかけていた俺を助け、俺を助ける為に命を落とす。
 こういうのは普通、女がするものじゃない。
 男がするものだ。
 
 それなのに、声を震わせてまで俺を逃がそうと、苦しそうな体を痛めつけながら、必死に俺の無事を叫ぶ。
 恐くないのかよ、死ぬことに。
 逃げたくないのかよ、本当に。
 こんな俺を助ける為に命を掛けるなんて。
 本当に面倒臭い奴だよお前は。

 妹の言葉を無視して俺は妹へ近付くと、ザンダカゴブリンが火の壁から急に出てきて俺を斬りつけてくる。
 痛いが対応しない。
 既に壊れた体に、新しく傷が出来ようが今更関係ないだろう。

 斬られたことに反応しないまま俺は走る。
 そんな俺に少女は、またしても声を荒げた。
 
「もう、止めて…よ。ゴブ花は…もう…ゴブ佐兄ちゃ、んを助けら…れて十分だか、ら。このままじゃ、無理だと……思って、自分から…背中の上から降りたし。」
 
 ゴブ花の言葉に、俺は衝撃を覚えるが決して表情を変えない。
 今ここで怒ったら負けだ。  
 自分の命を大切にしろと怒鳴ったら、声を辿って炎で視界が悪い他のザンダカゴブリンが来てしまうだろう。

 歩幅を変えずに走る俺に、ゴブ花は表情をどんどん変えるが、決して俺は止まらない。
 だが、あともう二三歩のところで、目を使うことを止めたくなった。

「ばいば…い。ゴブ佐兄ち…ゃん。生き延びて…ね。」
 
 ゴブ花は突如服を脱いで、燃え盛る炎の唯一の穴を潰すかのように、穴にめがけて血だらけの服をなげる。
 ゴブ花の服は周りの火に引火し、穴の無い完全無欠の火の壁となる。

 そんな状況に俺は絶望したが、穴の無い火の壁などどうしようもない。
 俺は、妹の残る所を見ないようにして、妹の望み通り生き延びることにした。

 今ここに俺が居られるのは、妹のおかげだ。
 誰が何と言おうと、その事実は変わることなどない。
 洞窟へ行くまで、皮肉にもザンダカゴブリンに遭遇することはなく、俺はボロボロの足を使って、何とか洞窟内の数の減った仲間達と合流することが出来た。
 途中で鹿や猪に遭遇し、命の危機が迫ったこともあったが、に必死に逃げ隠れした結果、何とか生き延びることが出来た。

 生き残る為、俺は必死に訓練した。
 彼奴等に負けない体を作る為、体の弱い俺は沢山訓練した。
 洞窟ということで、食料を探すのがかなり辛くなったが、時間を見つけては剣を振るということを、体が良くなってからは繰り返すことにした。

 ザンダカゴブリンの襲撃でボロボロになった体だが、不思議と俺は二ヶ月程で回復した。
 他にもう治らない奴や、俺より浅い怪我だったのにまだ治らない奴が居るから、自分でもこれは凄いと思う。
 これが俺の回復力の異常さと言うのなら。
 俺は、妹の奇跡と言うだろう。
 早く回復して、自分を強くする。
 こんなにも早く治ったのだから、俺は強くなろうと努力をしない訳がない。

 怪我治ったということで、妹が燃えてしまったところに危険を犯してまで行ってみると、妹の体の一部だった骨が微かに残っていた。
 小さくて弱そうな骨。
 しかし、小さくてもごつごつしている骨は、まるで妹のように小さくても力を持っていた。
 勿論、俺はこの骨を持ってきた。
 そして、首飾りとして大切に首に掛けている。

 力を持って、仲間を守れと。
 仲間を守る為に、命を掛けろと。
 命欠けても、一つ鎖のように太く繋がって、決して無駄の無い命にはならないと。

 これを胸に、俺は戦場を走る。
 死ぬ者が居ないように。
 妹を越える為に。
  
 妹には悪いが、俺はまだ妹の元へ行く気はない。
 彼奴は一人救った。
 なら、俺は沢山の人を救う。
 これが、俺に出来る男としての意趣返しだ。
 
 そう心を決めると、自然と痛かった体が動いていた。

■■■■■

(今回の条件は、俺が求めていた物が今のところ全て揃っている。このまま行けば…………全員生き延びさせることが出来る。 )

 俺は、ここまでやって来た自分にガッツポーズを取る。
 何回…いや何十回。両手では数えられないくらいの数。
 俺は、ゴブ太として何回も生まれて来た。
 いや、何回もことが出来たと言えば正しいか。

 俺には、どうやら不思議な力がある。
 ゴブ太として生まれてくる力。
 恐らく、俺にしかない力だ。
 ゴブ太として生まれて四回目、ゴブ父さんにぼそっと「この世界って何度も繰り返すの?」と言ったら、変な顔をされたから多分そうだ。

 俺が初めて生まれてきた時。
 体が小さいということで、俺は近所のガキ供に苛められた。
「女みたいな体しているな~」と煽られたり、俺の体が小さく自分は大きいから偉いと思っていたのか、雑用を押し付けられたりした。
 洞窟に転がっている石を拾わせられたり、遠くまで行って水を汲まされたり、料理、掃除、子守りなどをやらされた。
 やらなかったら叩かれ、手を抜こうとしたら親などにゴブ太がサボっているとチクられ、遅ければ遅いと怒鳴られるなど酷いことをされた。
 ゴブ父さんやゴブ母さんは俺のことを必死に守ってくれて、俺を苛めた子供の親などに「子供に教育をしっかりして下さい。」と直接文句を言いに行ってくれたが、結果は逆効果。
 ゴブ父さんが狩りに出掛けている昼間に「お前俺達のことを親に言ったな」とボコボコにされ、苛めがもっと酷くなった結果、体が小さく弱いこともあって俺は過労死で死んでしまった。
 
 ゴブ太に生まれて二回目。
 俺は、一回目の苛められた記憶などを全部持って生まれた。
 彼奴等に復讐したいという気持ち。
 もう苛められたくないという気持ち。
 当時の俺は、何度もゴブ太として生まれてくることを知らなかった為、嫌なことを繰り返されるのかと思って泣いた。
 そうしたら、一回目の自分とは違って苛められる機会が減った。
 苛められたくないと泣いたところ、ゴブ父さんが早い内から対策をしてくれて、俺を家から出さないようにしてくれたのだ。
 一回目は、友達を作ろうと家の外に出掛けたから目を付けられた。
 しかし、二回目は家から俺が出ることはなく、近所のガキ供に俺の存在がバレることなかった為、目を付けられることなんてなかったのだ。 
 
 その結果、一回目の自分は過労死をしたが、二回目の自分はザンダカゴブリンの襲撃まで生き延びることが出来た。
 死因は、体が弱くザンダカゴブリンから生き延びることが出来なかった為。
 体が弱く、外に行ったら苛められるという現実がある為、体が弱い癖に自分を鍛えることは出来なかった。
 仕事も、本当なら男だから狩りに行かなければいけないが、体が弱く貧弱な俺は女仕事をしていた。この体の大きさや弱く貧弱なところから、俺は女として見られていたの本気まじだ。
 実際、俺を苛めた内の一人の男から告白されたこともあったりしたし。
 ゴブリンは男女での顔の違いがあまり無いから、体の大きさで性別を大体判断するのだ。体が大きければ男。体が小さければ女。俺も体が大きい女の子と会った時、つい「〇〇君であってる?」と言ってしまったことがあって、その女の子を傷付けてしまうことがあった。

 女として俺が毎日を過ごして数年、今回のようにザンダカゴブリンの襲撃が始まった。
 女として見られていた為、俺は新しい地を求め他の女と逃げたが、ザンダカゴブリンは俺を男だと見抜いたのか真っ先に狙って来て、呆気なく死んでしまった。 

 ギャアギャアと喚いているようにしか聞こえないことから、頭が悪いように俺達は見えるが、力のあるであろう男から狙うことや、森に村があった時は酔っ払って動きが悪くなった俺達を狙える宴会の日に襲ったのだから、かなり頭はいいと思う。
 少なくとも、体が小さいだけで俺を苛めた彼奴等よりは。もしかしたら、ザンダカゴブリンから見たら俺達の方が頭が悪いかもしれない。

   こんなことを考え始めたのは、ゴブ太として生きて三回目くらいから。ちょうどこの時期に、俺は世界がループしていることに気付いた。
 ということも。
 
 俺が三人目のゴブ太として生まれて初めて思ったこと。
 それは、「これは本当に夢なのか?」ということだ。
 夢だとしたら、一回死んでしまったら覚めるだろう。
 しかし、覚めることはなく同じ見たことのある事が淡々と繰り返されていく。
 
 ここで、俺は一つ考えた。
 今繰り返されている世界は夢ではなくて、ループしているのではないのかと。
 いくら夢だとしても、同じことは繰り返されない。
 同じ言葉を同じ時刻に言ったり、同じ物がそのままそこにあったり、感覚がはっきりとしている。
 お腹が空いたり、喉が渇いたり、何かが欲しくなったり。
 怖い夢を見て、「怖い」という感覚を覚えたことはあるが、普通に生きていて思う人間の自然現象を感じたことはない。
   
 だから、俺はこの世界がもしかしたらループしているのではないかと思った。まだ確信した訳ではないが、夢の中で寝て夢を見るということはあるのかなども考えて。
 二回目のゴブ太として俺が生まれた時、俺は夢を見た。夢の世界の中で夢を見たのだ。一回目のゴブ太として生まれた時、そんなことは起きたことはない。だから、一回目のゴブ太として生まれた時に時が戻ったのかと思った。

 そんなことを考えながらまたゴブ太として生まれた俺は、女として振る舞った結果力不足で死んでしまったので、女として振る舞うと共に力をつけることにした。
 勿論、他の男に比べたら力は付けられないだろう。
 狩りには行かないし、筋トレだってしない。
 しかし、女として俺は振る舞う予定なので、少し時間を稼げば他の男が守ってくれる。
 だから、時間を少し稼げる力さえあればいいのだ。
 逃げる為の足の筋肉や、逃げる為の知識。 
 それだけあれば、生き残ることが出来る。
 せっかくもう一度生まれることが出来るのだから、寝床の上で死んでみたくはなるだろう。  
 だから、三人目のゴブ太として生まれた俺は、軽くジョギングをして体力を付けると共に筋肉をつけたり、石を投げて逃げる時間を作るということなどを学んだりした。
   
 そんな風にして、二回目で死んでしまったザンダカゴブリンの襲撃まで、俺は三人目のゴブ太として過ごした。二回目のゴブ太の頃にしていた女仕事にジョギングや石を投げる練習を追加したという感じだ。
 ザンダカゴブリンの襲撃が来るまでに、ゴブ父さんとかにザンダカゴブリンが攻めてくる時期を言おうかと思ったが、止めた。下手にザンダカゴブリンの襲撃なんか教えたら、普通に考えて「何で知ってるの?」と思われるだろう。「二回目のゴブ太として生まれた時、ザンダカゴブリンの襲撃で死んだから」とは言えない。そんなこと言ったら、普通に考えて俺はヤバイ奴という印象を貼られるだろうし、今いるお前は誰だよと言われるだろう。
 到底言ったところで、信じられる訳ない。だから、俺は言わないことにしている。言ったところで、信じられる訳ないだろうし、俺の印象が悪くなるだけ。
 だから、俺はゴブ父さんに言わないままザンダカゴブリンの襲撃を迎えた。二回目と同じように、俺は女として見られていたので他の女と共に逃げることになった。
 女として逃げると、俺はまたザンダカゴブリンに真っ先に狙われた。男が居るのだから狙われないだろうと思うだろうが、もう後ろの方で戦っているから、こっちへ来れないのだ。急に攻めてきたということで、作戦なんかも特に立てられた物でないし、出来るだけ守れという命令を出されただけ。これを責めるのは無理だろう。
 そんなことを考えながら後ろのザンダカゴブリンを見ると、やはりザンダカゴブリンは男を見抜く力があるのか、俺の周りには俺より体の大きい女が居るのに、わざわざ隙間を狙って俺に剣を振ってきた。
 剣を振られた俺は、二度目と同じようにならないように、一応の為に持っていた剣を使って、こっちに迫ってくる剣に合わせて剣を振るう。
 筋トレなどをせず、体の貧弱な俺はザンダカゴブリンの振る剣に手が痺れるが、何とか一度は絶えた。
 俺は、逃げるように持ってきた石を、痺れがあまりしない手で剣を握っているザンダカゴブリンの目に狙って投げると、ギャアギャアと喚き始めた。
 そんな喚き始めたザンダカゴブリンから、俺はジョギングで鍛えた足で逃げる。ジョギングで鍛えただけだから、戦闘などをしているであろうザンダカゴブリンから逃げられるかは分からないが、後ろにいるザンダカゴブリンは俺の投げた石で片目が使えない。
 片目が使えないということは、もう片方の目の死角をつくように逃げればいい。そうすれば、今は居ないが男達が来て助けてくれるだろう。
 これは、ゴブ父さんに教えて貰った技術だ。ゴブ父さんは女として生きる俺を責めることなく、優しく何でも教えてくれる。俺が、苛められると何度も言ったのが効いたのだと思ったのだが、どうやらそうでは無いらしい。
 これは、俺が寝ようとした時にゴブ父さんとゴブ母さんが話していた内容なのだが、俺がどう生きようと幸せになってくれればいいらしい。これを聞いた俺はそんな両親に感謝をしたが、どうやら二人は俺の体が小さいということで、そんな俺を産んだ責任を感じているらしい。
 俺としては、体が小さいのは自分のせいでも両親のせいでもないと思ってたし、そこは仕方がないと思ってた。なのに、そんなことで悲しんでる親に俺は恩返しをしたいと思った。
 そんな親の技を使って、襲ってきたゴブリンから距離を稼ぐと、少し経ってから男が助けに来てくれた。その男は、体に大きな傷を抱えていたが、兎のような子動物を斬るかのように容易くゴブリンを斬って、肉片へと変えてしまった。
 その動作に俺は目を奪われ、礼を言おうとしたが何も言わずにその男は去ってしまった。男は、首元に白い何かの飾りを付けていて、その飾りは暗い地獄の中を照らす月の光を更に反射し、暗闇の中をどんどんと進む男を守るかのように輝いていた。

 その男が去ってから、俺はザンダカゴブリンに襲われることなく、無事新天地へ辿り着くことが出来た。最近生まれた妹も、ザンダカゴブリンに襲われたところで離れ離れになってしまったが、どうやら女達に付いていったことで、無事辿り着けたようだ。
 俺は、生き残った妹に感謝をすると、ゴブ母さんやゴブ父さんを待つことにした。どうやらここまで来る途中、ゴブ母さんはザンダカゴブリンに俺と同じように襲われ、はぐれてしまったらしく、それを聞いたゴブ父さんが助けに行ったらしい。
 はぐれてしまったことを聞いた時は驚いたが、逃げる為の技術などを教えてくれたゴブ父さんが助けに行ったということを聞いて、ほっとした。 
 あのゴブ父さんだし、大丈夫だろ。
 今は、道に迷って来れていないだけなんだ。
 そんなことを思っていたが、ゴブ父さんとゴブ母さんはいつまで経っても此処へ来ることはなかった。まだ小さい妹も、俺と同じように一向に帰って来ない両親を不安に思っているらしく、毎晩夜中に突如泣き出したり、悲しくなったのか時々抱きついてくる。

 そんな妹を俺は優しく抱き締める。
 しかし、いくら待っても両親は帰って来ない。
 そんな俺は、俺が女として家事などをして仲良くなった女ゴブリンに、渡して崖から飛び降りた。
 もう、何度もやっているんだ。
 今さら怖くない。

 俺は、両親が帰った来ないという現実を許すことが出来なかったので、再びループをすることにした。大丈夫だよな、しっかりループしてくれるよな?
 不安に思いながら飛び降りると、気付いたらまた俺は小さい状態で生まれた。

 ここからだろうか。
 この俺の持つ真の力に気付いたのは。
 真の力とは、前回の努力を俺は受け継ぐことが出来るということだ。
 四回目で言えば、ずっとやり続けた家事や最後強い衝撃を受けた為、落下耐性を得ることが出来た。

 これに気が付いた俺は、必死に努力をした。
 小さな体でも、ずっと剣を振り続けた俺は、五十回程度ループを繰り返した辺りで、俺を苛めていたような奴等よりも強くなっていた。
 
 だが、それじゃザンダカゴブリンには勝てない。 
 それだけ、ザンダカゴブリンは強いのだ。
    さっき父さんを治すのに使った回復の魔術は、どうにかして治したいと何度も何度も、死んでは倒れて父さんに願っていたからから、気付けば手に入れていた。
 この力もあるし、俺のみ生き延びようとしたら、いくらでも生き残ることが出来る。
 だが、それだと誰か最低でも一人がこの逃げる戦いでやられてしまう。

 だけど、今回は今の状態で誰一人死んでいない。 
    襲われてから三十分近く掛かっているこの時点で、誰か一人いつもやられいたが、何と全員生きていることが出来ている。
 今回こそは、全員で生き延びるぞ。
 父さんも今回は何とか間に合ったし……絶対に生き延びて見せる‼

 血の臭いが漂う戦場を、兄は駆ける。
 今回もまた、どんなに頑張っても全員で生き延びれないということを知らずに。
 この物語は、終わることはない。
 何故なら、この妹である私もループするからだ。

 私は、兄がいなくなった場所で倒れる父に、兄によって倒されたザンダガコブリンが持っていた剣を手に取り、父に全力で大きく振る。
 今回、どんな顔を兄は見してくれるんだろう。
    絶望?
    怒り?
    ふふふ。
    絶望に染まった兄の顔はゾクゾクするし、何より格好いいし、何度見ても飽きないんだよね。
  
    どうやって、今回は壊そうかな♪

 度重なるループによって、心が壊れてしまった妹がいる限り、この物語は終わらない。  
 そう……これは悲しき物語。
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