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とある母の話
しおりを挟む〈母視点〉
「おぎゃぁ、おぎゃぁ」
「うわぁ!!初めて見た。華さんおめでとうございます。男の子が生まれましたよ!!」
「えっ?嘘?本当に?」
タオルにくるまれて、ぴょこんと頭を出す自分の可愛い赤ちゃん。
興奮しながら下の方を覗いて見ると、確かに女性には無いあれが生えていた。
私の名前は、波多 華。ちょっと給料の良い会社で働く部長だ。そんな私は、男を一度も間近で見たことは勿論、写真やイラスト以外で見たことは無かった。
そんな私は、人口受精で生まれてきた男である息子を見て、可愛いなと思った。人口受精をするのはこれで二回目。一回目の時に生まれた桜に寂しい思いをさせないようにと二人目を産んでみたら、まさかの男の子が生まれて私の心はこれまでないようなくらい興奮した。
「な、名前。名前どうしようかしら。」
正直、男の子が生まれてくるとは思っていなかったので、女の子の名前しか考えていなかった。
う~んどうしよう。
せっかく二千分の一を引いて生まれた男の子だし、仲良くしたい。
そういえば、狼って群れを作って仲良く生活するはずよね?
それじゃあ、名前は一狼にしようかしら。
意味は、群れを作って仲良く生活する狼の中で一番の存在で、一番仲間を大切にしてほしいから。その仲間になるのが家族だと嬉しいな。
「それじゃあ、君の名前は一狼ね。」
「おぎゃぁ。」
どうやら喜んでくれているようだ。
あぁ……幸せだ。
でも、いつかは暴力を振るったり暴言を吐くようになってしまうのだろうか。
私は、自分の胸で幸せそうに眠る息子をそっと抱き締めた。
息子である一狼は、他の男のように暴言を吐いたり暴力を振るったりしない男の子に育った。
最近は自分を避けているのか、あまり話掛けても口を開いてくれないが、たまにこくこくと頷いてくれるので、それだけで幸せだ。
三才くらいの物心のついていない時期は、私が居なかったら泣くような甘えっ子で今以上に可愛いかったが、十分私は幸せなほうだろう。
そんなことを思って生活していたら、一狼の頭に花壇が落ちて、一狼が病院に運ばれた。どうやら一狼が寝起きで頭を思い切り壁にぶつけてしまったらしく、その衝撃で花壇が運悪く落ちてしまい、一狼の頭がその下敷きになってしまったようだ。
一狼の送られた病院に直ぐ様行くと、一狼はあれから寝たままの状態らしい。既に、一狼が運ばれてから三日も経っている。心配だ。心配だ。
そんなことを思いながら、会社を半日で終わらせて病院へ向かうと、一狼は何と目が覚めていた。
よかった。何も無かったんだ。
そんなことを思った瞬間、私に向かって「貴女誰ですか?」と言われた。
もう、その言葉を言われた時は心が壊れるかと思った。
ナースさんに話を聞くと、どうやら一狼は記憶喪失らしく、一狼と育んだ幼い頃のあの記憶などが今の一狼には無いらしい。
いっそのこと死にたいという気持ちを抑えながら、何とか一狼に記憶が戻らないか一狼のことを話すと、結局記憶は戻りそうにならなかった。
あぁ……終わった。
そんなことを思った瞬間、満面の笑みを浮かべながら一狼が口を開いた。
「説明ありがとうお母さん。」
え?
これは現実か?
なんと、記憶を失った一狼は、幼い頃のようにとても優しくなった。
もしかしたら、他の男のように暴力や暴言を吐くようになるかと思っていた心配が、たったその一言で一瞬で消え去った。また、久し振りに一狼の笑顔が見えたことでとてつもない幸福感を感じ、心の中がぽかぽかする。
幼い頃の記憶が無くなったのは悲しいが、一狼が幼い頃のように優しくなったので、これから新しい思い出を作ろう。
幼い頃との一狼の記憶は、そっと心の奥に大事な思い出として残しておけばいいのだ。
私は、これからの生活が楽しそうになるなと思った。
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