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13(真実を知る国王ルガー)
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「私が、王妃になんてなってしまったから」
ルガーは最初、聞き間違いだと思った。そのあとで、言い間違いだろうと思った。
あまりに動揺して、言葉がおかしくなってしまったのだ。正しくはせめて「王妃になろうと思ってしまったから」でなければならない。
(いや……それは違う。リアは俺が王だなどと知らないはずだ)
そのはずだ。
知っていたのだろうか?
「あっ、でも、それは私にもどうしようもなかったんですけど! 急に嫁入りだって言われて連れて来られて……でも、ここに来てからすぐ出て行けばよかったです。オレーリア様はあんなに良くしてくれたのに、私の気が利かなくて」
「な、に、を言って……」
「だからオレーリア様の部下の人?が怒ったのは、ルーさんは関係ないと思いますよ? そういえば、ルーさんはオレーリア様とどういう関係なんですか?」
「俺は……」
「あっ! そんなことよりですね、助けてくれてありがとうございました! 怖かった!」
「そ、うだな。大丈夫だ、もう……」
ルガーは動揺しながらも、震える彼女をもう一度抱きしめようとした。
しかし、するりと逃げていく。
「急いで出ていかなきゃ!」
「な……待ってくれ、リア、君は……」
「オレーリア様に恩はありますけど、さすがに殺されたくないですもん! どうせ三年後には城から出る予定だったので、今から出ていこうと思います。ごめんなさい、何のお礼もできなくて。もし出世したら返しに来ますね!」
「リア! 君は、君は……リアンナ姫、なのか……?」
するとにこりと笑って答えた。
「そうなんです」
たったそれだけの一言に、がくりとルガーは地面に膝をついた。
なんということだろう。とんでもない答え合わせに、彼女との今までの会話が一気に蘇り、ルガーを混乱させる。
(下女じゃない、姫だと? オレーリアはよくやっていた? 美味しい料理を? 服を? こんな様子で? 洗濯をして……どうして、どうして)
結論としてただ、ひたすらに思う。
(どうして俺は、一度たりともリアンナ姫に会いに来なかったのだ?)
一度でも顔を合わせていれば。
そのせいでリアンナは不遇に耐えることになった。他でもないルガーが信頼して任せたオレーリアの手によって。最後には命さえ奪われるところだった。
(俺は……)
名乗れなかった。
ルガーは、とうてい名乗ることができなかった。
「待って、くれ……それならば、君がいなくなれば王が困るだろう……」
「そんなことないですよ? 一度も顔も見てませんし」
「……」
「全然どんな人かも知りません。三年後までずっとそのつもりだと思います。うちの国の王様もそうだったもの。だから」
「……」
「私がいなくても、上手くやってくれると思います!」
そうだ。
実際にリアンナ姫がいなくても何の問題もない。義務を果たしたとばかりにロキスタ国は何も言ってこない。リアンナ姫の行動は制限されてすらいない、放ったらかしだ。
三年後に出て行ったと言えばいい。それですんでしまうのだ。
「なのでルーさん、お城の出口を教えてくれませんか?」
「危険だ。一人で出ていくなど……」
「でも、ここにいるほうが危険ですよね?」
確かにそうだった。このような状況のリアンナを、即座に安全な状況に置くことなどできない。
正式な王妃にしようとすればなおさら、彼女の周りに危険を呼び込むことになる。王になる予定でなかった王は、強い実権など持たない。
「すまなかった、リアンナ姫、君が冷遇されていたのは、他でもないこの俺の……」
せめて謝罪をしなければと、ルガーが告げようとすると、リアンナは不思議そうにまばたきした。
「え? 冷遇されてたんですか? 私にとっては厚遇でしたよ!」
それがあまりに心からの言葉で、そして屈託のない笑顔を浮かべるのだ。
ルガーは彼女の強さを前に、何を告げることもできなかった。複雑な表情を心配していると受け取ったのか、リアンナは自信ありげに言う。
「大丈夫ですよ! レニさんて人がいるんですけど、いずれ町に出ることを相談したら、すごく親身になってくれて、頼れるところを紹介してくれたんです。あと、パンも乾かして保存してますし! ……ああ、急がないと、日が暮れる前に!」
「リア……!」
さきほど殺されかけたというのに、少女は羽のように走り出した。ルガーは彼女の名を呼ぶことしかできない。
引き止められなかった。
町に出たほうが確かに彼女は安全ではないかと、そして幸せになれるのではないかと、思ってしまったからだ。
どうにかルガーにできたのは、わずかな金銭を持たせることだけだった。無力のまま、新雪を見るような気分で、跳ねる少女の背を見送ったのだ。
ルガーは最初、聞き間違いだと思った。そのあとで、言い間違いだろうと思った。
あまりに動揺して、言葉がおかしくなってしまったのだ。正しくはせめて「王妃になろうと思ってしまったから」でなければならない。
(いや……それは違う。リアは俺が王だなどと知らないはずだ)
そのはずだ。
知っていたのだろうか?
「あっ、でも、それは私にもどうしようもなかったんですけど! 急に嫁入りだって言われて連れて来られて……でも、ここに来てからすぐ出て行けばよかったです。オレーリア様はあんなに良くしてくれたのに、私の気が利かなくて」
「な、に、を言って……」
「だからオレーリア様の部下の人?が怒ったのは、ルーさんは関係ないと思いますよ? そういえば、ルーさんはオレーリア様とどういう関係なんですか?」
「俺は……」
「あっ! そんなことよりですね、助けてくれてありがとうございました! 怖かった!」
「そ、うだな。大丈夫だ、もう……」
ルガーは動揺しながらも、震える彼女をもう一度抱きしめようとした。
しかし、するりと逃げていく。
「急いで出ていかなきゃ!」
「な……待ってくれ、リア、君は……」
「オレーリア様に恩はありますけど、さすがに殺されたくないですもん! どうせ三年後には城から出る予定だったので、今から出ていこうと思います。ごめんなさい、何のお礼もできなくて。もし出世したら返しに来ますね!」
「リア! 君は、君は……リアンナ姫、なのか……?」
するとにこりと笑って答えた。
「そうなんです」
たったそれだけの一言に、がくりとルガーは地面に膝をついた。
なんということだろう。とんでもない答え合わせに、彼女との今までの会話が一気に蘇り、ルガーを混乱させる。
(下女じゃない、姫だと? オレーリアはよくやっていた? 美味しい料理を? 服を? こんな様子で? 洗濯をして……どうして、どうして)
結論としてただ、ひたすらに思う。
(どうして俺は、一度たりともリアンナ姫に会いに来なかったのだ?)
一度でも顔を合わせていれば。
そのせいでリアンナは不遇に耐えることになった。他でもないルガーが信頼して任せたオレーリアの手によって。最後には命さえ奪われるところだった。
(俺は……)
名乗れなかった。
ルガーは、とうてい名乗ることができなかった。
「待って、くれ……それならば、君がいなくなれば王が困るだろう……」
「そんなことないですよ? 一度も顔も見てませんし」
「……」
「全然どんな人かも知りません。三年後までずっとそのつもりだと思います。うちの国の王様もそうだったもの。だから」
「……」
「私がいなくても、上手くやってくれると思います!」
そうだ。
実際にリアンナ姫がいなくても何の問題もない。義務を果たしたとばかりにロキスタ国は何も言ってこない。リアンナ姫の行動は制限されてすらいない、放ったらかしだ。
三年後に出て行ったと言えばいい。それですんでしまうのだ。
「なのでルーさん、お城の出口を教えてくれませんか?」
「危険だ。一人で出ていくなど……」
「でも、ここにいるほうが危険ですよね?」
確かにそうだった。このような状況のリアンナを、即座に安全な状況に置くことなどできない。
正式な王妃にしようとすればなおさら、彼女の周りに危険を呼び込むことになる。王になる予定でなかった王は、強い実権など持たない。
「すまなかった、リアンナ姫、君が冷遇されていたのは、他でもないこの俺の……」
せめて謝罪をしなければと、ルガーが告げようとすると、リアンナは不思議そうにまばたきした。
「え? 冷遇されてたんですか? 私にとっては厚遇でしたよ!」
それがあまりに心からの言葉で、そして屈託のない笑顔を浮かべるのだ。
ルガーは彼女の強さを前に、何を告げることもできなかった。複雑な表情を心配していると受け取ったのか、リアンナは自信ありげに言う。
「大丈夫ですよ! レニさんて人がいるんですけど、いずれ町に出ることを相談したら、すごく親身になってくれて、頼れるところを紹介してくれたんです。あと、パンも乾かして保存してますし! ……ああ、急がないと、日が暮れる前に!」
「リア……!」
さきほど殺されかけたというのに、少女は羽のように走り出した。ルガーは彼女の名を呼ぶことしかできない。
引き止められなかった。
町に出たほうが確かに彼女は安全ではないかと、そして幸せになれるのではないかと、思ってしまったからだ。
どうにかルガーにできたのは、わずかな金銭を持たせることだけだった。無力のまま、新雪を見るような気分で、跳ねる少女の背を見送ったのだ。
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