11 / 14
11(自覚する国王ルガー、激怒するオレーリア)
しおりを挟む
「ふっ……いやいや、顔が緩んでいかんな」
ルガーは自分の頬を叩きながら、商人の姿のままこそこそと執務室に戻った。
「リアと話をしていると楽しくて、どうも。……うむ、しかし、この変装はあまり効果がないようだな……どうしたものか……」
王がひとりの下女と何度も会っているなど、知られるべきではない。
彼女を自分付きにできればなあ、と思うが、彼女はあまりに若すぎる。下々ではどうとでもなる年齢制限も、王である自分のそばに置くとなると問題だろう。
「リアンナ姫も嫌がるだろうしな」
あれだけ愛らしく明るい彼女だ。
姫とも気安い仲であることが、話の中から察せられた。ただでさえ不遇な立場を押し付けているのに、身近にいる少女を引き抜きたくはない。
「ううむ……」
しかし、彼女と話すのを諦めるという選択肢も、なぜか浮かばない。考えたくもないのだ。
「……そばにいて欲しい。い、いや、これは下心などはなく……純粋な……癒やしを……」
そこまで自分に言い訳して、ルガーはため息をついた。
彼女に「逢引」などと言われて動揺してしまった、それが答えなのかもしれない。
(だいたい、二人で何度も会っているのだ。それは……逢引……だろう……)
ルガーはうめいて頭を抱えた。
王として教育を受けてこなかった自分が、王になってしまった。そのときから、国のために身を尽くそうと考えてきた。生半可な努力では愚王となり、民を苦しませることが間違いないからだ。
私情、まして色恋などは捨てたはずだった。
優秀な女性を王妃とし、公人として生きる覚悟をしたはずだ。
「だが……」
彼女を思うと心が踊る。彼女のためなら何でもしてやりたくなる。
ああ、想像するだけで楽しいのだ。いったい自分が王だと知れば、どれほど驚くだろう。どれほどかわいい反応をしてくれるだろう。
「怒るかもしれないな。だがそんな顔も見てみたい。困らされたい。いくらでも優しく宥めてやりたい……」
いけないと思いながら、もはやルガーは彼女を諦める選択肢を持たなかった。
オレーリアは怒りのあまり拳を震わせていた。
「どうしてなの!?」
おかしい。間違っている。
彼女の中にはその言葉がぐるぐると回る。最高の女たる自分がこれだけ献身しているというのに、王が他の女と会っているのだ。
なぜ、ありえない。意味がわからない。
「リアンナですらない、汚らしい下女ですって……!?」
報告によるとルガーは、何度も何度もオレーリアを裏切って、後宮の下女と楽しく会話していたそうだ。
リアンナであれば、オレーリアはまだいくらか自分を抑えられた。馬鹿みたいに真面目な王のことだ。
だが、現実は下女である。なんの身分も優れたところもなさそうな下女である。見目も平凡、若いだけが取り柄の女だという。
到底受け入れられないことだった。
そんな事実があるというだけで虫唾が走る。
「始末して」
オレーリアは即座に配下にそう命じた。
彼女が最も信頼している、常にそばに置いている男だ。元は父より譲り受けた手勢だったが、今ではオレーリアに心酔し、どのようなことでも速やかに行ってくれる。
もちろんオレーリアは馬鹿ではないので、普段、露見したら自分の身が危なくなるような悪事は命じない。だが、相手が下女なら問題ないだろう。
「とびきり無惨なのがいいわ。陛下が二度と思い出したくなくなるような。……そうだ、獣にでも食わせてちょうだい。それでいて、誰かはわかるくらいにね」
「望みのままに」
「期待してるわ」
配下の気配が消えて、オレーリアはゆっくりとお茶を飲んだ。落ち着かないといけない。冷静さえを失えば、どんなたくらみも露見してしまう。
下女を殺したところで問題になどならないが、他でもない王に知られてはいけない。自分は愛される女なのだから。
「優雅に微笑んで言ってさしあげてよ? ……まあ、お気の毒ね。陛下、知っている方でしたの?」
彼はどんな顔をするだろう。
疑われるはずだ。たかが下女が殺される理由なんて、王と関わったからに決まっているからだ。けれどオレーリアがやったのか、他の者がオレーリアの意を察したのか、それとも別の派閥か、それとも誰かが利用しようとしたのか、それはわからない。
「きっと信じてくれるわ」
オレーリアには自信がある。
下女を好むなどほんの気の迷いで、本当は彼は自分を愛しているはずだ。こんなにも美しく、優秀で、けなげな自分を愛さないわけがない。
ルガーは自分の頬を叩きながら、商人の姿のままこそこそと執務室に戻った。
「リアと話をしていると楽しくて、どうも。……うむ、しかし、この変装はあまり効果がないようだな……どうしたものか……」
王がひとりの下女と何度も会っているなど、知られるべきではない。
彼女を自分付きにできればなあ、と思うが、彼女はあまりに若すぎる。下々ではどうとでもなる年齢制限も、王である自分のそばに置くとなると問題だろう。
「リアンナ姫も嫌がるだろうしな」
あれだけ愛らしく明るい彼女だ。
姫とも気安い仲であることが、話の中から察せられた。ただでさえ不遇な立場を押し付けているのに、身近にいる少女を引き抜きたくはない。
「ううむ……」
しかし、彼女と話すのを諦めるという選択肢も、なぜか浮かばない。考えたくもないのだ。
「……そばにいて欲しい。い、いや、これは下心などはなく……純粋な……癒やしを……」
そこまで自分に言い訳して、ルガーはため息をついた。
彼女に「逢引」などと言われて動揺してしまった、それが答えなのかもしれない。
(だいたい、二人で何度も会っているのだ。それは……逢引……だろう……)
ルガーはうめいて頭を抱えた。
王として教育を受けてこなかった自分が、王になってしまった。そのときから、国のために身を尽くそうと考えてきた。生半可な努力では愚王となり、民を苦しませることが間違いないからだ。
私情、まして色恋などは捨てたはずだった。
優秀な女性を王妃とし、公人として生きる覚悟をしたはずだ。
「だが……」
彼女を思うと心が踊る。彼女のためなら何でもしてやりたくなる。
ああ、想像するだけで楽しいのだ。いったい自分が王だと知れば、どれほど驚くだろう。どれほどかわいい反応をしてくれるだろう。
「怒るかもしれないな。だがそんな顔も見てみたい。困らされたい。いくらでも優しく宥めてやりたい……」
いけないと思いながら、もはやルガーは彼女を諦める選択肢を持たなかった。
オレーリアは怒りのあまり拳を震わせていた。
「どうしてなの!?」
おかしい。間違っている。
彼女の中にはその言葉がぐるぐると回る。最高の女たる自分がこれだけ献身しているというのに、王が他の女と会っているのだ。
なぜ、ありえない。意味がわからない。
「リアンナですらない、汚らしい下女ですって……!?」
報告によるとルガーは、何度も何度もオレーリアを裏切って、後宮の下女と楽しく会話していたそうだ。
リアンナであれば、オレーリアはまだいくらか自分を抑えられた。馬鹿みたいに真面目な王のことだ。
だが、現実は下女である。なんの身分も優れたところもなさそうな下女である。見目も平凡、若いだけが取り柄の女だという。
到底受け入れられないことだった。
そんな事実があるというだけで虫唾が走る。
「始末して」
オレーリアは即座に配下にそう命じた。
彼女が最も信頼している、常にそばに置いている男だ。元は父より譲り受けた手勢だったが、今ではオレーリアに心酔し、どのようなことでも速やかに行ってくれる。
もちろんオレーリアは馬鹿ではないので、普段、露見したら自分の身が危なくなるような悪事は命じない。だが、相手が下女なら問題ないだろう。
「とびきり無惨なのがいいわ。陛下が二度と思い出したくなくなるような。……そうだ、獣にでも食わせてちょうだい。それでいて、誰かはわかるくらいにね」
「望みのままに」
「期待してるわ」
配下の気配が消えて、オレーリアはゆっくりとお茶を飲んだ。落ち着かないといけない。冷静さえを失えば、どんなたくらみも露見してしまう。
下女を殺したところで問題になどならないが、他でもない王に知られてはいけない。自分は愛される女なのだから。
「優雅に微笑んで言ってさしあげてよ? ……まあ、お気の毒ね。陛下、知っている方でしたの?」
彼はどんな顔をするだろう。
疑われるはずだ。たかが下女が殺される理由なんて、王と関わったからに決まっているからだ。けれどオレーリアがやったのか、他の者がオレーリアの意を察したのか、それとも別の派閥か、それとも誰かが利用しようとしたのか、それはわからない。
「きっと信じてくれるわ」
オレーリアには自信がある。
下女を好むなどほんの気の迷いで、本当は彼は自分を愛しているはずだ。こんなにも美しく、優秀で、けなげな自分を愛さないわけがない。
401
お気に入りに追加
2,964
あなたにおすすめの小説

虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました
お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。
その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。
まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。
だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥
たまにやりたくなる短編。
ちょっと連載作品
「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる