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8(もやもやするオレーリア)
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「なんですって……?」
わたくしは耳を疑いました。
子飼いのものから、後宮の近くで陛下のお姿を見たという報告があったのです。後宮に入ることはなかったそうですが、まさかリアンナに興味をお持ちなのかしら?
あんな品のかけらもない小娘に……と思いますが、陛下もご幼少の頃はいずれ臣下に下るようにと育てられた方です。
万が一。
ええ、万が一ではありますけれど。
いくらそうであっても、わたくしがおそばにいて、あの小娘を求めるなどということ、あるわけがないでしょう。
ですが可能性があるならば芽を摘んでおくべきです。わたくしは、些細なことで隙を見せる怠惰な者たちとは違うのですから。
わたくしは配下を呼んで命じました。
「後宮の出入りを見張りなさい」
「御意」
直接リアンナを見張らせたいところですが、後宮の出入りは制限されています。目立った動きをすると、リアンナが嫁入りしていることを周囲に気づかれるかもしれません。
仮であってもわたくし以外の王妃がいることなんて、知られるべきではありませんもの。
レニがもっと役に立てばよいのに。腹立たしい。あの女は気が弱すぎて役に立ちません。いつもしどろもどろで、要領を得ない報告をあげてくるのです。リアンナを虐げさせたのは失敗だったかしら。
まったく、使えないわ。
レニの間抜けさを蔑みながら、わたくしは表向きは優雅に、陛下の執務室に向かいました。心の内を表すようでは貴族と呼べませんものね。
「陛下、オレーリアですわ」
「ああ……入ってくれ」
わたくしは微笑みました。陛下がいくら雑で鈍感なお方であっても、信用のないものを約束もなしに入室させたりはしないでしょう。
おまけにこの陛下の、気の抜けた声といったら。
わたくしを信頼しているのでしょうね。
「失礼いたします」
「どうかしたか?」
「先日お話しした、西地区の橋についてなのですが……」
陛下の仕事にはかなり関わっておりますから、口実はいくらでもあります。ひとしきり話をしてから、ついでのように本題を切り出しました。
「そういえば、陛下、後宮に向かわれたとお聞きしましたが、何か問題が……?」
あくまで陛下が心配で、という態度で聞きます。責めるようなことは何もありませんものね。あんな小娘にわたくしが負けるなんて思っていません。
わたくしのような素晴らしい人間が、まさか嫉妬なんてするわけがないでしょう。陛下にすり寄ったりもいたしません。あくまで陛下が、わたくしをそばに置きたがるのですわ。
「……、ああ、誰に聞いた……?」
陛下がわずかに驚いたのがわかりました。嘘をつかないのは良いことですが、何か後ろめたいことがおありなのかしら?
「わたくしの侍女が、下女のひとりに聞いたそうですわ。後宮に向かうお姿を見たと……」
「そうか……案外見られているものだな」
「ふふ。陛下がお忍びを好むのは知っておりますけれど……」
わたくしは微笑みながら、言外にたしなめました。王という立場で粗末な格好をするなんて、信じがたい暴挙ですわ。全く、育ちの悪さはどうしようもありませんわね。
それでも、あくまで心配だという表情で困ったように首をかしげてみせました。
ほら、悪いことをしたと思っておられますわ。
「……わかった。自重する」
「そうしてくださいませ。……リアンナ姫が気になっておられるのでしたら、顔合わせの場を設けましょうか」
「いや。三年で別れるのであれば、交流しない方があちらもよいだろう。ただ、姫に不自由がないか気になったのだ」
「まあ。それでしたら、レニがきちんとしておりますわ」
あの気弱女の名を出せば陛下は納得せざるをえません。全く理解できないことですが、陛下も気弱なところがあるので、同類なのかもしれません。
尊いお生まれの陛下をあの女と同類など思いたくもないですが。育ちからくる中身の出来の悪さは、似てしまうのも仕方がないのかもしれません。
わたくしがそばにいるので、カバーできるはずです。感謝してほしいところですわね。育ちのいいわたくしは、そんなことねだりませんけれど。
「そう……だな。もちろんだ」
「リアンナ姫と親しくなれば、そのお心の内もわかるはずですわ。……いえ、もうリアンナ姫とお話などされました?」
「下女と話をしただけだ。ずいぶん素朴な暮らしをしているらしいが、君に感謝していた」
「……わたくしに?」
「良くしてくれていると。やはりオレーリアは何でも上手くやってくれるな」
「……いえ」
わたくしは控えめに微笑みました。
ふふ。どこの下女か知りませんが、いい仕事をする者がいたようです。そう、わたくしのように優秀な者をこそ慕うべきでしょう。
もちろん下女ごときを直接褒めたりなどしません。こうして心の中で思うだけで、過分な栄誉ですわ。
「レニにも伝えておきます。きっと喜びますわ」
「ああ。それから、リアンナ姫は衣装をあまりお持ちでないようだ。仕立ての手配をしてほしい」
なんですって?
服なんていりませんわ。あの下民のような小娘、粗末な下女服で充分ではありませんか。
「……はい。よいものを手配するよう、レニに伝えておきましょう」
わたくしは耳を疑いました。
子飼いのものから、後宮の近くで陛下のお姿を見たという報告があったのです。後宮に入ることはなかったそうですが、まさかリアンナに興味をお持ちなのかしら?
あんな品のかけらもない小娘に……と思いますが、陛下もご幼少の頃はいずれ臣下に下るようにと育てられた方です。
万が一。
ええ、万が一ではありますけれど。
いくらそうであっても、わたくしがおそばにいて、あの小娘を求めるなどということ、あるわけがないでしょう。
ですが可能性があるならば芽を摘んでおくべきです。わたくしは、些細なことで隙を見せる怠惰な者たちとは違うのですから。
わたくしは配下を呼んで命じました。
「後宮の出入りを見張りなさい」
「御意」
直接リアンナを見張らせたいところですが、後宮の出入りは制限されています。目立った動きをすると、リアンナが嫁入りしていることを周囲に気づかれるかもしれません。
仮であってもわたくし以外の王妃がいることなんて、知られるべきではありませんもの。
レニがもっと役に立てばよいのに。腹立たしい。あの女は気が弱すぎて役に立ちません。いつもしどろもどろで、要領を得ない報告をあげてくるのです。リアンナを虐げさせたのは失敗だったかしら。
まったく、使えないわ。
レニの間抜けさを蔑みながら、わたくしは表向きは優雅に、陛下の執務室に向かいました。心の内を表すようでは貴族と呼べませんものね。
「陛下、オレーリアですわ」
「ああ……入ってくれ」
わたくしは微笑みました。陛下がいくら雑で鈍感なお方であっても、信用のないものを約束もなしに入室させたりはしないでしょう。
おまけにこの陛下の、気の抜けた声といったら。
わたくしを信頼しているのでしょうね。
「失礼いたします」
「どうかしたか?」
「先日お話しした、西地区の橋についてなのですが……」
陛下の仕事にはかなり関わっておりますから、口実はいくらでもあります。ひとしきり話をしてから、ついでのように本題を切り出しました。
「そういえば、陛下、後宮に向かわれたとお聞きしましたが、何か問題が……?」
あくまで陛下が心配で、という態度で聞きます。責めるようなことは何もありませんものね。あんな小娘にわたくしが負けるなんて思っていません。
わたくしのような素晴らしい人間が、まさか嫉妬なんてするわけがないでしょう。陛下にすり寄ったりもいたしません。あくまで陛下が、わたくしをそばに置きたがるのですわ。
「……、ああ、誰に聞いた……?」
陛下がわずかに驚いたのがわかりました。嘘をつかないのは良いことですが、何か後ろめたいことがおありなのかしら?
「わたくしの侍女が、下女のひとりに聞いたそうですわ。後宮に向かうお姿を見たと……」
「そうか……案外見られているものだな」
「ふふ。陛下がお忍びを好むのは知っておりますけれど……」
わたくしは微笑みながら、言外にたしなめました。王という立場で粗末な格好をするなんて、信じがたい暴挙ですわ。全く、育ちの悪さはどうしようもありませんわね。
それでも、あくまで心配だという表情で困ったように首をかしげてみせました。
ほら、悪いことをしたと思っておられますわ。
「……わかった。自重する」
「そうしてくださいませ。……リアンナ姫が気になっておられるのでしたら、顔合わせの場を設けましょうか」
「いや。三年で別れるのであれば、交流しない方があちらもよいだろう。ただ、姫に不自由がないか気になったのだ」
「まあ。それでしたら、レニがきちんとしておりますわ」
あの気弱女の名を出せば陛下は納得せざるをえません。全く理解できないことですが、陛下も気弱なところがあるので、同類なのかもしれません。
尊いお生まれの陛下をあの女と同類など思いたくもないですが。育ちからくる中身の出来の悪さは、似てしまうのも仕方がないのかもしれません。
わたくしがそばにいるので、カバーできるはずです。感謝してほしいところですわね。育ちのいいわたくしは、そんなことねだりませんけれど。
「そう……だな。もちろんだ」
「リアンナ姫と親しくなれば、そのお心の内もわかるはずですわ。……いえ、もうリアンナ姫とお話などされました?」
「下女と話をしただけだ。ずいぶん素朴な暮らしをしているらしいが、君に感謝していた」
「……わたくしに?」
「良くしてくれていると。やはりオレーリアは何でも上手くやってくれるな」
「……いえ」
わたくしは控えめに微笑みました。
ふふ。どこの下女か知りませんが、いい仕事をする者がいたようです。そう、わたくしのように優秀な者をこそ慕うべきでしょう。
もちろん下女ごときを直接褒めたりなどしません。こうして心の中で思うだけで、過分な栄誉ですわ。
「レニにも伝えておきます。きっと喜びますわ」
「ああ。それから、リアンナ姫は衣装をあまりお持ちでないようだ。仕立ての手配をしてほしい」
なんですって?
服なんていりませんわ。あの下民のような小娘、粗末な下女服で充分ではありませんか。
「……はい。よいものを手配するよう、レニに伝えておきましょう」
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