8 / 14
8(もやもやするオレーリア)
しおりを挟む
「なんですって……?」
わたくしは耳を疑いました。
子飼いのものから、後宮の近くで陛下のお姿を見たという報告があったのです。後宮に入ることはなかったそうですが、まさかリアンナに興味をお持ちなのかしら?
あんな品のかけらもない小娘に……と思いますが、陛下もご幼少の頃はいずれ臣下に下るようにと育てられた方です。
万が一。
ええ、万が一ではありますけれど。
いくらそうであっても、わたくしがおそばにいて、あの小娘を求めるなどということ、あるわけがないでしょう。
ですが可能性があるならば芽を摘んでおくべきです。わたくしは、些細なことで隙を見せる怠惰な者たちとは違うのですから。
わたくしは配下を呼んで命じました。
「後宮の出入りを見張りなさい」
「御意」
直接リアンナを見張らせたいところですが、後宮の出入りは制限されています。目立った動きをすると、リアンナが嫁入りしていることを周囲に気づかれるかもしれません。
仮であってもわたくし以外の王妃がいることなんて、知られるべきではありませんもの。
レニがもっと役に立てばよいのに。腹立たしい。あの女は気が弱すぎて役に立ちません。いつもしどろもどろで、要領を得ない報告をあげてくるのです。リアンナを虐げさせたのは失敗だったかしら。
まったく、使えないわ。
レニの間抜けさを蔑みながら、わたくしは表向きは優雅に、陛下の執務室に向かいました。心の内を表すようでは貴族と呼べませんものね。
「陛下、オレーリアですわ」
「ああ……入ってくれ」
わたくしは微笑みました。陛下がいくら雑で鈍感なお方であっても、信用のないものを約束もなしに入室させたりはしないでしょう。
おまけにこの陛下の、気の抜けた声といったら。
わたくしを信頼しているのでしょうね。
「失礼いたします」
「どうかしたか?」
「先日お話しした、西地区の橋についてなのですが……」
陛下の仕事にはかなり関わっておりますから、口実はいくらでもあります。ひとしきり話をしてから、ついでのように本題を切り出しました。
「そういえば、陛下、後宮に向かわれたとお聞きしましたが、何か問題が……?」
あくまで陛下が心配で、という態度で聞きます。責めるようなことは何もありませんものね。あんな小娘にわたくしが負けるなんて思っていません。
わたくしのような素晴らしい人間が、まさか嫉妬なんてするわけがないでしょう。陛下にすり寄ったりもいたしません。あくまで陛下が、わたくしをそばに置きたがるのですわ。
「……、ああ、誰に聞いた……?」
陛下がわずかに驚いたのがわかりました。嘘をつかないのは良いことですが、何か後ろめたいことがおありなのかしら?
「わたくしの侍女が、下女のひとりに聞いたそうですわ。後宮に向かうお姿を見たと……」
「そうか……案外見られているものだな」
「ふふ。陛下がお忍びを好むのは知っておりますけれど……」
わたくしは微笑みながら、言外にたしなめました。王という立場で粗末な格好をするなんて、信じがたい暴挙ですわ。全く、育ちの悪さはどうしようもありませんわね。
それでも、あくまで心配だという表情で困ったように首をかしげてみせました。
ほら、悪いことをしたと思っておられますわ。
「……わかった。自重する」
「そうしてくださいませ。……リアンナ姫が気になっておられるのでしたら、顔合わせの場を設けましょうか」
「いや。三年で別れるのであれば、交流しない方があちらもよいだろう。ただ、姫に不自由がないか気になったのだ」
「まあ。それでしたら、レニがきちんとしておりますわ」
あの気弱女の名を出せば陛下は納得せざるをえません。全く理解できないことですが、陛下も気弱なところがあるので、同類なのかもしれません。
尊いお生まれの陛下をあの女と同類など思いたくもないですが。育ちからくる中身の出来の悪さは、似てしまうのも仕方がないのかもしれません。
わたくしがそばにいるので、カバーできるはずです。感謝してほしいところですわね。育ちのいいわたくしは、そんなことねだりませんけれど。
「そう……だな。もちろんだ」
「リアンナ姫と親しくなれば、そのお心の内もわかるはずですわ。……いえ、もうリアンナ姫とお話などされました?」
「下女と話をしただけだ。ずいぶん素朴な暮らしをしているらしいが、君に感謝していた」
「……わたくしに?」
「良くしてくれていると。やはりオレーリアは何でも上手くやってくれるな」
「……いえ」
わたくしは控えめに微笑みました。
ふふ。どこの下女か知りませんが、いい仕事をする者がいたようです。そう、わたくしのように優秀な者をこそ慕うべきでしょう。
もちろん下女ごときを直接褒めたりなどしません。こうして心の中で思うだけで、過分な栄誉ですわ。
「レニにも伝えておきます。きっと喜びますわ」
「ああ。それから、リアンナ姫は衣装をあまりお持ちでないようだ。仕立ての手配をしてほしい」
なんですって?
服なんていりませんわ。あの下民のような小娘、粗末な下女服で充分ではありませんか。
「……はい。よいものを手配するよう、レニに伝えておきましょう」
わたくしは耳を疑いました。
子飼いのものから、後宮の近くで陛下のお姿を見たという報告があったのです。後宮に入ることはなかったそうですが、まさかリアンナに興味をお持ちなのかしら?
あんな品のかけらもない小娘に……と思いますが、陛下もご幼少の頃はいずれ臣下に下るようにと育てられた方です。
万が一。
ええ、万が一ではありますけれど。
いくらそうであっても、わたくしがおそばにいて、あの小娘を求めるなどということ、あるわけがないでしょう。
ですが可能性があるならば芽を摘んでおくべきです。わたくしは、些細なことで隙を見せる怠惰な者たちとは違うのですから。
わたくしは配下を呼んで命じました。
「後宮の出入りを見張りなさい」
「御意」
直接リアンナを見張らせたいところですが、後宮の出入りは制限されています。目立った動きをすると、リアンナが嫁入りしていることを周囲に気づかれるかもしれません。
仮であってもわたくし以外の王妃がいることなんて、知られるべきではありませんもの。
レニがもっと役に立てばよいのに。腹立たしい。あの女は気が弱すぎて役に立ちません。いつもしどろもどろで、要領を得ない報告をあげてくるのです。リアンナを虐げさせたのは失敗だったかしら。
まったく、使えないわ。
レニの間抜けさを蔑みながら、わたくしは表向きは優雅に、陛下の執務室に向かいました。心の内を表すようでは貴族と呼べませんものね。
「陛下、オレーリアですわ」
「ああ……入ってくれ」
わたくしは微笑みました。陛下がいくら雑で鈍感なお方であっても、信用のないものを約束もなしに入室させたりはしないでしょう。
おまけにこの陛下の、気の抜けた声といったら。
わたくしを信頼しているのでしょうね。
「失礼いたします」
「どうかしたか?」
「先日お話しした、西地区の橋についてなのですが……」
陛下の仕事にはかなり関わっておりますから、口実はいくらでもあります。ひとしきり話をしてから、ついでのように本題を切り出しました。
「そういえば、陛下、後宮に向かわれたとお聞きしましたが、何か問題が……?」
あくまで陛下が心配で、という態度で聞きます。責めるようなことは何もありませんものね。あんな小娘にわたくしが負けるなんて思っていません。
わたくしのような素晴らしい人間が、まさか嫉妬なんてするわけがないでしょう。陛下にすり寄ったりもいたしません。あくまで陛下が、わたくしをそばに置きたがるのですわ。
「……、ああ、誰に聞いた……?」
陛下がわずかに驚いたのがわかりました。嘘をつかないのは良いことですが、何か後ろめたいことがおありなのかしら?
「わたくしの侍女が、下女のひとりに聞いたそうですわ。後宮に向かうお姿を見たと……」
「そうか……案外見られているものだな」
「ふふ。陛下がお忍びを好むのは知っておりますけれど……」
わたくしは微笑みながら、言外にたしなめました。王という立場で粗末な格好をするなんて、信じがたい暴挙ですわ。全く、育ちの悪さはどうしようもありませんわね。
それでも、あくまで心配だという表情で困ったように首をかしげてみせました。
ほら、悪いことをしたと思っておられますわ。
「……わかった。自重する」
「そうしてくださいませ。……リアンナ姫が気になっておられるのでしたら、顔合わせの場を設けましょうか」
「いや。三年で別れるのであれば、交流しない方があちらもよいだろう。ただ、姫に不自由がないか気になったのだ」
「まあ。それでしたら、レニがきちんとしておりますわ」
あの気弱女の名を出せば陛下は納得せざるをえません。全く理解できないことですが、陛下も気弱なところがあるので、同類なのかもしれません。
尊いお生まれの陛下をあの女と同類など思いたくもないですが。育ちからくる中身の出来の悪さは、似てしまうのも仕方がないのかもしれません。
わたくしがそばにいるので、カバーできるはずです。感謝してほしいところですわね。育ちのいいわたくしは、そんなことねだりませんけれど。
「そう……だな。もちろんだ」
「リアンナ姫と親しくなれば、そのお心の内もわかるはずですわ。……いえ、もうリアンナ姫とお話などされました?」
「下女と話をしただけだ。ずいぶん素朴な暮らしをしているらしいが、君に感謝していた」
「……わたくしに?」
「良くしてくれていると。やはりオレーリアは何でも上手くやってくれるな」
「……いえ」
わたくしは控えめに微笑みました。
ふふ。どこの下女か知りませんが、いい仕事をする者がいたようです。そう、わたくしのように優秀な者をこそ慕うべきでしょう。
もちろん下女ごときを直接褒めたりなどしません。こうして心の中で思うだけで、過分な栄誉ですわ。
「レニにも伝えておきます。きっと喜びますわ」
「ああ。それから、リアンナ姫は衣装をあまりお持ちでないようだ。仕立ての手配をしてほしい」
なんですって?
服なんていりませんわ。あの下民のような小娘、粗末な下女服で充分ではありませんか。
「……はい。よいものを手配するよう、レニに伝えておきましょう」
388
お気に入りに追加
2,964
あなたにおすすめの小説

虐げられた令嬢、ペネロペの場合
キムラましゅろう
ファンタジー
ペネロペは世に言う虐げられた令嬢だ。
幼い頃に母を亡くし、突然やってきた継母とその後生まれた異母妹にこき使われる毎日。
父は無関心。洋服は使用人と同じくお仕着せしか持っていない。
まぁ元々婚約者はいないから異母妹に横取りされる事はないけれど。
可哀想なペネロペ。でもきっといつか、彼女にもここから救い出してくれる運命の王子様が……なんて現れるわけないし、現れなくてもいいとペネロペは思っていた。何故なら彼女はちっとも困っていなかったから。
1話完結のショートショートです。
虐げられた令嬢達も裏でちゃっかり仕返しをしていて欲しい……
という願望から生まれたお話です。
ゆるゆる設定なのでゆるゆるとお読みいただければ幸いです。
R15は念のため。

石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました
お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。
その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。

追放された薬師でしたが、特に気にもしていません
志位斗 茂家波
ファンタジー
ある日、自身が所属していた冒険者パーティを追い出された薬師のメディ。
まぁ、どうでもいいので特に気にもせずに、会うつもりもないので別の国へ向かってしまった。
だが、密かに彼女を大事にしていた人たちの逆鱗に触れてしまったようであった‥‥‥
たまにやりたくなる短編。
ちょっと連載作品
「拾ったメイドゴーレムによって、いつの間にか色々されていた ~何このメイド、ちょっと怖い~」に登場している方が登場したりしますが、どうぞ読んでみてください。

私のお父様とパパ様
棗
ファンタジー
非常に過保護で愛情深い二人の父親から愛される娘メアリー。
婚約者の皇太子と毎月あるお茶会で顔を合わせるも、彼の隣には幼馴染の女性がいて。
大好きなお父様とパパ様がいれば、皇太子との婚約は白紙になっても何も問題はない。
※箱入り娘な主人公と娘溺愛過保護な父親コンビのとある日のお話。
追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。

【完結】精霊に選ばれなかった私は…
まりぃべる
ファンタジー
ここダロックフェイ国では、5歳になると精霊の森へ行く。精霊に選んでもらえれば、将来有望だ。
しかし、キャロル=マフェソン辺境伯爵令嬢は、精霊に選んでもらえなかった。
選ばれた者は、王立学院で将来国の為になるべく通う。
選ばれなかった者は、教会の学校で一般教養を学ぶ。
貴族なら、より高い地位を狙うのがステータスであるが…?
☆世界観は、緩いですのでそこのところご理解のうえ、お読み下さるとありがたいです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。
どうも、死んだはずの悪役令嬢です。
西藤島 みや
ファンタジー
ある夏の夜。公爵令嬢のアシュレイは王宮殿の舞踏会で、婚約者のルディ皇子にいつも通り罵声を浴びせられていた。
皇子の罵声のせいで、男にだらしなく浪費家と思われて王宮殿の使用人どころか通っている学園でも遠巻きにされているアシュレイ。
アシュレイの誕生日だというのに、エスコートすら放棄して、皇子づきのメイドのミュシャに気を遣うよう求めてくる皇子と取り巻き達に、呆れるばかり。
「幼馴染みだかなんだかしらないけれど、もう限界だわ。あの人達に罰があたればいいのに」
こっそり呟いた瞬間、
《願いを聞き届けてあげるよ!》
何故か全くの別人になってしまっていたアシュレイ。目の前で、アシュレイが倒れて意識不明になるのを見ることになる。
「よくも、義妹にこんなことを!皇子、婚約はなかったことにしてもらいます!」
義父と義兄はアシュレイが状況を理解する前に、アシュレイの体を持ち去ってしまう。
今までミュシャを崇めてアシュレイを冷遇してきた取り巻き達は、次々と不幸に巻き込まれてゆき…ついには、ミュシャや皇子まで…
ひたすら一人づつざまあされていくのを、呆然と見守ることになってしまった公爵令嬢と、怒り心頭の義父と義兄の物語。
はたしてアシュレイは元に戻れるのか?
剣と魔法と妖精の住む世界の、まあまあよくあるざまあメインの物語です。
ざまあが書きたかった。それだけです。

無能なので辞めさせていただきます!
サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。
マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。
えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって?
残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、
無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって?
はいはいわかりました。
辞めますよ。
退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。
自分無能なんで、なんにもわかりませんから。
カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる