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3(意地悪な侍女役を押し付けられたレニ)
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「おはようございます、リアンナ様……」
「おはようレニさん!」
「な……何をしていらっしゃるのですか……?」
「え? 掃除ですよ!」
オレーリア様より「意地悪な侍女」の役を押し付けられているレニです。今日も胃が重く、憂鬱な気分で覗いたリアンナ様の部屋は、なぜか昨日よりきらきらしていました。
きらきら……?
朝日……?
朝日でしょうか。かつては高貴な女性達で賑わっていたこの後宮ですが、現代では使われておらず、使われる予定もないものですから、管理のための下女はいたのですが、やはり見捨てられた部屋達はどこかくすんで見えていました。
それがなんということでしょう!
床板の一枚一枚までが、その年月さえ誇りであるとばかりに磨き上げられ、高貴な美しさを見せています。
いえ、今まさに、磨かれているのです。
この部屋の主であるリアンナ様のお手によって。
「な、なんてこと……!」
「えっ!? いけませんでしたか!?」
「一体どこからそのような道具を……」
「雑巾も箒も用具入れにありましたよ?」
雑巾!
なんという響きでしょう。私はくらくらとめまいがしました。
たとえ名ばかりでも、我が国の王妃となられる方の手に、古びた雑巾があるのです。使い込まれたそれで、リアンナ様はせっせと床を拭いておられるのです。
ああ、耐えられません!
「おやめください! それは下女の仕事です!」
「あ、下女さん達なら、ここの掃除は自分たちの仕事じゃないそうですよ」
「それは……」
オレーリア様の指示です。
この後宮には数人の下女がおりますが、誰もがオレーリア様には逆らえません。いずれ王妃となられるはずだったお方です。
オレーリア様はおっしゃいました。
「あの方の面倒なんて見ることはないわ。あのようにお育ちが悪いのだもの。ご自分でなさったら」
お皿からスープを飲むさまを想像したのでしょう、オレーリア様は嫌そうな顔をしておられました。
ええ、あれについては私も慄きました。
『お、おやめください! 我が国のマナーでは、スープはスプーンを使って飲むものです!』
『あっ、そう、そうでした! すみません、母さんに教えてもらってたんだけど、つい……ここ最近忙しかったから、この方が早いなって……』
恥ずかしそうに笑ってスプーンを持ってくださったのですが、あの、とても姫とは思えない発言が耳に焼き付いています。
そうです。
そんな方のようなのです。
オレーリア様はこうもおっしゃいました。
「何もせず放っておきなさい。そのうち頭を下げて泣きついてきたら、お会いしてさしあげてもよくってよ」
(泣きついてきたら……?)
今、目の前にいるリアンナ様は、ふんふん鼻歌まじりに床を拭いています。時々、こつんと膝でリズムを取っているようでもあります。
とても泣きそうな様子ではありません。
(……ど、どうすれば……)
リアンナ様が全く堪えていないと知ったら、オレーリア様はお怒りになるでしょう。今の私の仕事はリアンナ様を泣かせることなのです。
オレーリア様がお怒りになったら、リアンナ様ももっとひどい目に合うでしょう。
どうか泣いていて欲しいのです。
そうすればオレーリア様も、命まではお取りにならないはずです。
「そっ……そのう、リアンナ様、みっともないお姿はおやめください……」
「え? やっぱり? でもあの綺麗な服を汚すわけにもいかないし……」
うーん、と思案顔のリアンナ様は、白い布を体に巻き付けておられます。よく見るとシーツなのです。
ねじり、むすび、上手く身にまとっていますが、シーツです。さほど質のよくないシーツです。
それでもリアンナ様が身につけてこられたドレスよりましでしょう。ごわごわとした、粗末な綿の感触がしました。
お国でリアンナ様がどのように扱われているか、よくわかるドレスでした。
それよりも良いシーツを与えてしまった時点で、嫌がらせというのは無理なのではないでしょうか。
私はもう泣きそうです。
それでも、オレーリア様のご機嫌をとらなければなりません。
「申し訳ありません、ただいまお持ちできるのは、下女達の服だけで……」
これもオレーリア様の指示です。着るものが用意できていない、まさか嫁入り道具がないなんて思わなくて、という言い訳が用意されています。
でも。
「え!? それ余ってるんですか!? お借りしてもいいですか? お金はないですが、掃除洗濯はできるので……!」
「は、はい……よろしくおねがいします」
やっぱり嬉しそうにされました。
そうですよね……。
「おはようレニさん!」
「な……何をしていらっしゃるのですか……?」
「え? 掃除ですよ!」
オレーリア様より「意地悪な侍女」の役を押し付けられているレニです。今日も胃が重く、憂鬱な気分で覗いたリアンナ様の部屋は、なぜか昨日よりきらきらしていました。
きらきら……?
朝日……?
朝日でしょうか。かつては高貴な女性達で賑わっていたこの後宮ですが、現代では使われておらず、使われる予定もないものですから、管理のための下女はいたのですが、やはり見捨てられた部屋達はどこかくすんで見えていました。
それがなんということでしょう!
床板の一枚一枚までが、その年月さえ誇りであるとばかりに磨き上げられ、高貴な美しさを見せています。
いえ、今まさに、磨かれているのです。
この部屋の主であるリアンナ様のお手によって。
「な、なんてこと……!」
「えっ!? いけませんでしたか!?」
「一体どこからそのような道具を……」
「雑巾も箒も用具入れにありましたよ?」
雑巾!
なんという響きでしょう。私はくらくらとめまいがしました。
たとえ名ばかりでも、我が国の王妃となられる方の手に、古びた雑巾があるのです。使い込まれたそれで、リアンナ様はせっせと床を拭いておられるのです。
ああ、耐えられません!
「おやめください! それは下女の仕事です!」
「あ、下女さん達なら、ここの掃除は自分たちの仕事じゃないそうですよ」
「それは……」
オレーリア様の指示です。
この後宮には数人の下女がおりますが、誰もがオレーリア様には逆らえません。いずれ王妃となられるはずだったお方です。
オレーリア様はおっしゃいました。
「あの方の面倒なんて見ることはないわ。あのようにお育ちが悪いのだもの。ご自分でなさったら」
お皿からスープを飲むさまを想像したのでしょう、オレーリア様は嫌そうな顔をしておられました。
ええ、あれについては私も慄きました。
『お、おやめください! 我が国のマナーでは、スープはスプーンを使って飲むものです!』
『あっ、そう、そうでした! すみません、母さんに教えてもらってたんだけど、つい……ここ最近忙しかったから、この方が早いなって……』
恥ずかしそうに笑ってスプーンを持ってくださったのですが、あの、とても姫とは思えない発言が耳に焼き付いています。
そうです。
そんな方のようなのです。
オレーリア様はこうもおっしゃいました。
「何もせず放っておきなさい。そのうち頭を下げて泣きついてきたら、お会いしてさしあげてもよくってよ」
(泣きついてきたら……?)
今、目の前にいるリアンナ様は、ふんふん鼻歌まじりに床を拭いています。時々、こつんと膝でリズムを取っているようでもあります。
とても泣きそうな様子ではありません。
(……ど、どうすれば……)
リアンナ様が全く堪えていないと知ったら、オレーリア様はお怒りになるでしょう。今の私の仕事はリアンナ様を泣かせることなのです。
オレーリア様がお怒りになったら、リアンナ様ももっとひどい目に合うでしょう。
どうか泣いていて欲しいのです。
そうすればオレーリア様も、命まではお取りにならないはずです。
「そっ……そのう、リアンナ様、みっともないお姿はおやめください……」
「え? やっぱり? でもあの綺麗な服を汚すわけにもいかないし……」
うーん、と思案顔のリアンナ様は、白い布を体に巻き付けておられます。よく見るとシーツなのです。
ねじり、むすび、上手く身にまとっていますが、シーツです。さほど質のよくないシーツです。
それでもリアンナ様が身につけてこられたドレスよりましでしょう。ごわごわとした、粗末な綿の感触がしました。
お国でリアンナ様がどのように扱われているか、よくわかるドレスでした。
それよりも良いシーツを与えてしまった時点で、嫌がらせというのは無理なのではないでしょうか。
私はもう泣きそうです。
それでも、オレーリア様のご機嫌をとらなければなりません。
「申し訳ありません、ただいまお持ちできるのは、下女達の服だけで……」
これもオレーリア様の指示です。着るものが用意できていない、まさか嫁入り道具がないなんて思わなくて、という言い訳が用意されています。
でも。
「え!? それ余ってるんですか!? お借りしてもいいですか? お金はないですが、掃除洗濯はできるので……!」
「は、はい……よろしくおねがいします」
やっぱり嬉しそうにされました。
そうですよね……。
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