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2(王妃になるはずだったオレーリア)

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「陛下」
「……ああ、オレーリア」

 疲れた顔をしたルガー陛下は、わたくしに安堵の顔を見せました。
 ほかでもないこの国の王が、わたくしを頼りにしているのです。わたくしは優越感に浸りました。たとえ問題のある王でも、王は王。その隣は女として持てる最高の位置です。

「リアンナ王女はどうだった」
 隣国から嫁いできた姫の世話を任されたことも、わたくしへの信頼を示すものです。わたくしは微笑んで、その信頼に応えます。
「こちらの食事を美味しいと言っておられました。侍女にレニをつけましたから、上手くやってくれるでしょう」
「レニか。それは安心だな」

 わたくしは内心、少し不快に思いました。
 レニは陛下のお気に入りで、実直な侍女とされています。けれどわたくしに言わせれば、気が弱く愚鈍な、つまらない侍女です。
 無口で、いつも陰気な顔をしています。
 見ているだけで気が滅入るったら。

 でもとにかく気が弱いので、少し脅しつければ言うことを聞きます。
 私の指示通り、しっかりリアンナをいじめてくれるでしょう。それでいてレニは、一国の姫であるリアンナを虐げていることに怯えるに違いないのです。
 ああ、素敵なこと!
 陰気なレニも、図々しい隣国の姫も惨めな生活をすればいいのだわ。

 このわたくしを侮辱したのだから当然の報いです。
 あのリアンナという小国の小娘がこなければ、わたくしが陛下の妃になる話が進んでいたのですから。

「……オレーリア?」
「あ、申し訳ありません。少し、考え事を」
 わたくしは少しうつむいてお詫びしました。

 するとこの鈍感な陛下でも、わたくしの気分が晴れないことに気づいたのでしょう。
「すまない。本来なら翌年にも君を王妃とする話だったが……」
「いいえ。陛下の尽力はわかっております。今回は、仕方のないことですわ」

 小国ロキスタは我がグリータニアへ姫を嫁がせる。
 それは戦で我が国が勝ってからの伝統でした。昔はよかったのです。王はいくらでも姫を娶れました。
 けれど今、我が国の王妃はひとりだけと定められています。
 陛下はもはや利のない伝統を断ち切ろうとしておられましたが、国内意見の統一が間に合わず、ひとまず今回はリアンナを娶ることになったのです。

 ロキスタは小国とはいえ、我が国と領地を接しています。属国とするがごとき伝統を取りやめることで、他国に付かれてはたまらないということでしょう。
 あんな田舎国、そんな評価さえも過大でしょうに。

「力不足を詫びる。三年だけ耐えてくれ」
「ええ、いつまででも」

 わたくしは健気に微笑みました。
 三年。
 三年子供ができなければ、リアンナの望みを聞いて、国に帰すか臣下に下げ渡す、そういう約束です。下げ渡すとなればロキスタから文句が出るかもしれないため、できればさっさと帰ってもらいたいものです。

 だからリアンナに「わからせる」のは陛下のためでもあります。
 けれど……。

「ただ、あの……まだわからないのですが、リアンナ姫は、あれは、本当に姫君なのでしょうか?」
「どういうことだ?」
 大喜びでゴミのような料理を食べていた姿が思い出されます。
 レニを庇ったのかと思いましたが、それにしても、とても嬉しそうに見えたのです。

「所作がまるで……その、これはわたくしの印象ですから、悪く言っているように聞こえてしまうかもしれませんが、」
「構わん。忌憚なく言ってくれ」
「侍女のレニよりもずっと、下々の者の動きのように思えたのです」

「……それは、もしや」
「王家の一員として認められておられなかったそうですから、教育がなされなかったのかもしれません、けれど……」
「そうと考えても異常なほど、か?」

 わたくしはしばらく考えるそぶりをしてから、頷きました。
「スープを、スプーンでなく、お皿からお飲みでしたの……」
「それは……」
 陛下が眉をひそめました。

 わたくしも震えて首を振ります。
 とても、とても、今思い出してもぞっとする光景です。貴族の令嬢があんなことをすれば、すぐさま鞭が飛んできます。
 陛下であっても、子供の頃はそうだったでしょう。

「後宮には侍女も下女も多くおりますし、リアンナ姫の持ち物は少なく、随伴の侍女もおりません。危険は少ないと思うのですが……もしものことを考えて、陛下はどうか、あまり近づかないように願いたいのです」
「……わかった。オレーリア、君も気をつけてくれ」

「はい。ありがとうございます」
 わたくしは心配されたことが嬉しい、という笑顔を浮かべました。

 まさかとは思いますけれど。
 あのみじめな小娘が、みじめな小娘だからこそ、陛下の同情を引くかもしれませんものね。近づけないに越したことはありません。
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