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「リ、リアンナ姫、何か手違いがあったようで、申し訳ありません!」
「えっ? ど、どうしたんですか、頭を上げてください!」
私は慌てて彼女を立たせようとして、触れるのをためらいました。だってこの侍女さん、すごくきれいなんだもの!
ぴしっと決めた侍女服には汚れどころかしわのひとつもなくて、どうやって拭き掃除とかしてるんでしょうか? 髪もさらさら、肌が白く、まるで貴族のお嬢様のよう。
陛下に仕えている高級侍女さんを思い出しました。関わることがなかったので遠くから見ていただけですが、こんな感じでした。どうして私の前にいるんでしょうか……。
おまけに私に謝って膝をついているんです。ああっ、すごい罪悪感。
「下働きの者の食事が紛れ込んだようです。すぐにこちらは下げさせますので、どうか、今しばらくお待ちを……」
「さ、下げちゃうんですか!?」
そっか、これ手違いなんだ。
テーブルの上の料理にため息がでます。母国で出されていたスープより、見ただけで具材が多いのがわかります。それに変色してないパン、やわらかそうなお肉。
そうですよね。
人質として来た私に出される料理じゃありませんよね。あ、でも下働きの食事って言ってました?
いいなあ。
うちの国の下働きの食事よりずっと美味しそうです。
「は、はい。どうかお許しください。手違いなのです……」
なぜか侍女さんは泣きそうな顔で言いました。えっ。
もしかして私がすごく怒って、これを食わせろと言うと思っているのでしょうか。言いたいのはやまやまですが、私だって道理はわきまえています。
「だ、大丈夫です! はい、大丈夫です……大丈夫なので、ご心配なく!」
侍女さんの大変さはよくわかっています。きっとミスを取り戻すようきつく言われているんでしょうね。私がこの食事に手をつけたりしたら、侍女さんの食事が犠牲になるのかもしれません。
私はできるだけ料理を見ないようにしました。諦めましょう。あれは私のご飯じゃないのです……。
「あら、レニ、あなたまた手違いをしたの?」
「オ、オレーリア様……」
わあ。
あからさまに偉そうな上司の人が入ってきました。私は他人事ながら緊張して、できるだけレニさんがいじめられないように願いました。
人質である私が口を出しても、上司さんの怒りは増すだけでしょう。がんばれ、がんばれ侍女さん。
「手違いってなあに?」
「それは……この、料理が……」
「間違ってないわよ?」
「えっ……で、ですが」
「指示の通りよ。ねえ、リアンナ様、豪華な食事なんて慣れてらっしゃらないのでしょう? リアンナ様は王女とはいえ、お母さまは男爵家の出で、王室の一員とは数えられなかったとお伺いしていますわ」
「はいっ? はい、そうです」
急に話しかけられて驚きましたが、私は頷きました。
一応、私の父はロキスタ国の王です。けれど側妃だった私の母は男爵令嬢で、身分の低さからとても苦労したそうです。私が覚えてる限りでも、母さんは普通の平民みたいな人だったし……。
そんな母に育てられた私も、平民というか、ほとんど自分を城の使用人と思って生きていました。
それが三日前、十六になった私はこの大国グリータニアへ人質として送り込まれました。どうやらそのために育てられたのだ、ということでした。
育てられたっていう覚えもないんですけど……。まあ死なない程度の食べ物はもらっていたので、そうなのかもしれません。
一応は王の娘、姫ということで、嫁入りという形になっています。でも、私のようなものを嫁にする王様なんているわけないでしょう。
「では遠慮することはありませんわ、その食事をお食べになって」
「いいんですか!?」
私はつい大声をあげてしまってから、慌てて身を縮め、レニさんを見ました。上司さんはこう言ってますけど、いいんでしょうか?
食べるとやっぱりレニさん怒られたりしません?
「え? ええどうぞ、お好きなだけ」
「ありがとうございます! あ、あのう、でも、レニさん、あっすみませんお名前で呼んでしまって。ミスを怒られたりしないのでしょうか?」
「……まあ。ふふっ! おわかりにならなかった? ミスではないのよ」
「だったらよかったです!」
なんだか思わせぶりですが、レニさんが怒られないならいいです。レニさんは困惑したような顔をしてらっしゃいますが、怯えているという様子ではありません。
上司の気まぐれって困りますよねえ。
勝手に親近感を持ちながら、私は上司さんが出ていくのを待ちました。
上司さんのいる前で、使用人が食事なんて取れるわけがありません。
「……?」
「さ、どうぞ、我がグリータニア国の料理の感想を聞かせてくださらない?」
なるほど、試食会みたいなものでしょうか。
そういえば国の料理長も、他国の方の感想をとても気にしていました。住むところが違うと味覚も違うって言いますもんね。
「いただきます!」
私は意気揚々とフォークを掴みました。やわらかそうだからナイフはいりませんね。期待にお応えして素直な感想を伝えるため、遠慮なんていらないでしょう!
「美味しーい!」
ああ、頬が落ちそうです!
たっぷりの具材のなんて贅沢なこと! パンは見た目以上にやわらかく、口に入れただけで溶けるようでした。
なんて、なんていい人なのでしょうか。
私の上司さんへの印象が一瞬で好転しました。
レニさんに嫌味を言っていたように見えましたが、悪気はなかったのでしょう。こんなに美味しい料理を食べさせてくれるんですから!
私はえーっと、確かオレーリア様? への恩義を忘れるまいと誓いました。食べ物の恩は大きいです。
「えっ? ど、どうしたんですか、頭を上げてください!」
私は慌てて彼女を立たせようとして、触れるのをためらいました。だってこの侍女さん、すごくきれいなんだもの!
ぴしっと決めた侍女服には汚れどころかしわのひとつもなくて、どうやって拭き掃除とかしてるんでしょうか? 髪もさらさら、肌が白く、まるで貴族のお嬢様のよう。
陛下に仕えている高級侍女さんを思い出しました。関わることがなかったので遠くから見ていただけですが、こんな感じでした。どうして私の前にいるんでしょうか……。
おまけに私に謝って膝をついているんです。ああっ、すごい罪悪感。
「下働きの者の食事が紛れ込んだようです。すぐにこちらは下げさせますので、どうか、今しばらくお待ちを……」
「さ、下げちゃうんですか!?」
そっか、これ手違いなんだ。
テーブルの上の料理にため息がでます。母国で出されていたスープより、見ただけで具材が多いのがわかります。それに変色してないパン、やわらかそうなお肉。
そうですよね。
人質として来た私に出される料理じゃありませんよね。あ、でも下働きの食事って言ってました?
いいなあ。
うちの国の下働きの食事よりずっと美味しそうです。
「は、はい。どうかお許しください。手違いなのです……」
なぜか侍女さんは泣きそうな顔で言いました。えっ。
もしかして私がすごく怒って、これを食わせろと言うと思っているのでしょうか。言いたいのはやまやまですが、私だって道理はわきまえています。
「だ、大丈夫です! はい、大丈夫です……大丈夫なので、ご心配なく!」
侍女さんの大変さはよくわかっています。きっとミスを取り戻すようきつく言われているんでしょうね。私がこの食事に手をつけたりしたら、侍女さんの食事が犠牲になるのかもしれません。
私はできるだけ料理を見ないようにしました。諦めましょう。あれは私のご飯じゃないのです……。
「あら、レニ、あなたまた手違いをしたの?」
「オ、オレーリア様……」
わあ。
あからさまに偉そうな上司の人が入ってきました。私は他人事ながら緊張して、できるだけレニさんがいじめられないように願いました。
人質である私が口を出しても、上司さんの怒りは増すだけでしょう。がんばれ、がんばれ侍女さん。
「手違いってなあに?」
「それは……この、料理が……」
「間違ってないわよ?」
「えっ……で、ですが」
「指示の通りよ。ねえ、リアンナ様、豪華な食事なんて慣れてらっしゃらないのでしょう? リアンナ様は王女とはいえ、お母さまは男爵家の出で、王室の一員とは数えられなかったとお伺いしていますわ」
「はいっ? はい、そうです」
急に話しかけられて驚きましたが、私は頷きました。
一応、私の父はロキスタ国の王です。けれど側妃だった私の母は男爵令嬢で、身分の低さからとても苦労したそうです。私が覚えてる限りでも、母さんは普通の平民みたいな人だったし……。
そんな母に育てられた私も、平民というか、ほとんど自分を城の使用人と思って生きていました。
それが三日前、十六になった私はこの大国グリータニアへ人質として送り込まれました。どうやらそのために育てられたのだ、ということでした。
育てられたっていう覚えもないんですけど……。まあ死なない程度の食べ物はもらっていたので、そうなのかもしれません。
一応は王の娘、姫ということで、嫁入りという形になっています。でも、私のようなものを嫁にする王様なんているわけないでしょう。
「では遠慮することはありませんわ、その食事をお食べになって」
「いいんですか!?」
私はつい大声をあげてしまってから、慌てて身を縮め、レニさんを見ました。上司さんはこう言ってますけど、いいんでしょうか?
食べるとやっぱりレニさん怒られたりしません?
「え? ええどうぞ、お好きなだけ」
「ありがとうございます! あ、あのう、でも、レニさん、あっすみませんお名前で呼んでしまって。ミスを怒られたりしないのでしょうか?」
「……まあ。ふふっ! おわかりにならなかった? ミスではないのよ」
「だったらよかったです!」
なんだか思わせぶりですが、レニさんが怒られないならいいです。レニさんは困惑したような顔をしてらっしゃいますが、怯えているという様子ではありません。
上司の気まぐれって困りますよねえ。
勝手に親近感を持ちながら、私は上司さんが出ていくのを待ちました。
上司さんのいる前で、使用人が食事なんて取れるわけがありません。
「……?」
「さ、どうぞ、我がグリータニア国の料理の感想を聞かせてくださらない?」
なるほど、試食会みたいなものでしょうか。
そういえば国の料理長も、他国の方の感想をとても気にしていました。住むところが違うと味覚も違うって言いますもんね。
「いただきます!」
私は意気揚々とフォークを掴みました。やわらかそうだからナイフはいりませんね。期待にお応えして素直な感想を伝えるため、遠慮なんていらないでしょう!
「美味しーい!」
ああ、頬が落ちそうです!
たっぷりの具材のなんて贅沢なこと! パンは見た目以上にやわらかく、口に入れただけで溶けるようでした。
なんて、なんていい人なのでしょうか。
私の上司さんへの印象が一瞬で好転しました。
レニさんに嫌味を言っていたように見えましたが、悪気はなかったのでしょう。こんなに美味しい料理を食べさせてくれるんですから!
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