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しおりを挟む「……!」
思わずリエレは飛び出しかけたが、ヴェネッダが腕を掴んで止めた。
リエレはヴェネッダと視線を合わせ、小さく息を吐く。
やったことの責任は取らねばならない。相手がドラゴンであるだけ、あまりにも大きな責任になってしまったが、彼は自分で始末をつけた。それだけだ。
二人はレッグがドラゴンに食われていくさまを見つめながら、後退りする。
だがドラゴンの目はじっと二人を見ているのだ。
終わったかもしれない。ひやりと、背に冷たいものが流れた。
その時だ。
どこかで「ぴぃっ」と声がした。
「あ」
卵だ。
卵が割れている。その中から、小さな、あまりにも頼りない羽が見えた。
「まあっ! 生まれたのね!」
そして、その場にあまりにも不似合いな声が割入った。
「は、母上……?」
「マルーニャ!?」
姿もまた不釣り合いにすぎる。大きなドラゴンの前にひょこひょこと、手足と髪の長い、華奢な姿が入り込む。
まして卵の前に座り込んだ。
「きゅうっ!」
「なんて可愛いの!」
「マ、マルーニャ!」
「マルーニャ様!」
「……クルッサ?」
転ぶようにして走ってきたのはクルッサだ。
彼は異常な事態に森の周囲を観察し、足を引きずるように歩くマルーニャを見つけたのだ。彼女をおぶってここまでやってきたが、マルーニャは親子ドラゴンを見つけるなり走り出してしまったのだ。
足を痛めているというのに、信じがたい足の速さだった。
ようやく追いついたクルッサだったが、この状況では動けない。
マルーニャが生まれたてのドラゴンのヒナを抱いている。
ドラゴンは止まっている。
まともに見れば、ヒナを人質に取っているようなものだ。そう思うと動けるはずがない。むやみに近づいて、この硬直した状況を壊したくない。
ドラゴンが襲ってくれば、マルーニャなどひとたまりもないのだ。
クルッサはゆっくり呼吸をして、静かに呼びかけた。
「マルーニャ様……」
しかしどうすれば良いのだろうか。
ヒナを離せばマルーニャは終わりかもしれない。しかしこのままでは、マルーニャも逃げられるはずがない。
「きゅうっ!」
その時、子ドラゴンが動いた。
小さな身体で、小さな羽をはたはたとさせながら、マルーニャに近づいていく。
子供とはいえ人間よりずっと大きい。クルッサと、リエレとヴェネッダ、まともな感覚を持つ三人は固まった。誰ひとりどうするべきかわからなかったのだ。
マルーニャだけが楽しげに、子ドラゴンに微笑みかけた。
「見て! 生まれたてはやっぱり小さいのね!」
彼女の周りだけがあまりにも別世界だ。
そんな空気を、三人は知っていた。そういう人だと知っていた。だがそれが、ドラゴンの前で発揮されてどうなるのか。
わかるはずがない。
「きゅうん!」
子ドラゴンがマルーニャの抱いたヒナに頬ずりすることも、想像できるはずがなかった。
「ふふっ、かわいいよね! 向こうにいる子達も生まれたのかな?」
マルーニャが森の方を見た時、親ドラゴンが動いた。
のしのしとやってきて、小さなマルーニャの抱いた、小さすぎるヒナと顔を合わせている。
「はい」
にこにことしたマルーニャが、ヒナを親ドラゴンに差し出した。
親ドラゴンはぱくりとヒナをくわえた。
「わ、そうやって運ぶんだ。すごいね」
そして親ドラゴンは大きく羽を広げた。
「きゅっ!」
子ドラゴンも小さな羽を広げる。
「マルーニャ!」
「母上!」
「きゃっ!」
ドラゴンが空に舞い上がる寸前に、ヴェネッダとリエレが飛び出して彼女を地面に押し倒した。ごうっと凄まじい暴風がふいて、必死に伏せていても三人を吹き飛ばしそうになる。
クルッサも手を伸ばして、誰ともわからない足を掴んだ。
なんとか風がやんだときには、ドラゴンはすでに遠い空の上にいた。
それに追従するように、他のドラゴンたちも森に帰っていく。
「わあ……」
絵に描いたような、非現実的な光景だった。様々なドラゴンが、優雅に羽を振り、滑空する。
マルーニャは立ち上がろうにも体が痛かったので、ただただ、その美しい光景を見上げた。できるなら踊りたかったけれど、さすがに疲れている。
でもヒナが無事で良かった。
マルーニャは小さく欠伸をしたのだった。
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