獅子姫の婿殿

七辻ゆゆ

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 一歩進んだ。
 ドラゴンが地面を蹴る。

「……!」

 どうすべきか迷った。
 卵を置いて退くか?
 しかし迷う間などなかった。ドラゴンが爪を振り上げた瞬間に、それは目の前にいた。

(早い!)

 ヴェネッダは横に避けて転がったが、まだ卵を抱いているのに気づいた。卵を置く。しかしドラゴンがまた爪を振り上げる。

 竜征隊がドラゴンを退けられるのは、相手が本気ではないからだ。本気のドラゴンをどうにかできる者などいない。ドラゴンを怒らせれば、かならず隊に犠牲が出る。
 ヴェネッダはただひたすらに避けた。
 しかし、そもそもが無理な話だ。

「あ」

 これは避けられない。
 どうにか致命傷だけは回避したい。

「ヴェネッダ!」
「……っ!?」

 衝撃とともにヴェネッダは突き飛ばされていた。

「リエレ!」

 幸い、突き飛ばした彼の方も無事のようだ。
 今度は呼べたなと少し笑って、自分を励まし立ち上がった。倒れていては死が待つばかりだ。

「ドラゴン! 卵を盗んだのはそいつだ!」
「えっ?」

 見れば地面にレッグの体が放り出されていた。意識はないらしい。意識のない男の体を抱えて、リエレは馬で駆けてきたのだ。
 乗馬が得意ではないくせに無茶をする。

「グア」
「きゅう!」
「ガァッ?」

 親ドラゴンと子ドラゴンが何やら顔を合わせて話し合っている、ように見えた。
 レッグの顔を覚えていたのだろうか?

「これでどうにかなると思う?」
「いや……どうだろうか。昔、卵を盗んだ時には、宴の場にいたものすべて屠られたと聞いている」
「……姫、馬は?」
「逃がした。そっちに乗せてもらえるか?」

 その場にレッグを置いて、二人はじりじりとドラゴンから離れ始めた。とにかく、レッグで我慢してもらうしかない。犯人はこいつなのだ。
 しかし、親ドラゴンがぎょろりとこちらを見た。

 二人は動きを止める。
 こちらを追ってこられてはたまらない。せめて、レッグには時間稼ぎくらいの役目は果たしてもらわなければ。

「はっ……ここは……?」

 そんな時になって、ドラゴンと二人の間に倒れていたレッグが目を覚ました。
 のそのそと起き上がって、不幸なことにドラゴンの方と目が合ったようだ。

「ひぃっ! な、なん、なんで、ドラゴン!」
「キュゥッ!」

 子ドラゴンが声をあげた。まるで、それだと名指しするかのような声だった。
 実際そうだったのかもしれない。
 親ドラゴンが、のしりと地を踏みしめ、レッグとの距離を詰めた。

「ち、近づくな! 知っているぞ、ドラゴンなど家畜だ、人間様には勝てない! 勝てるものかっ!」

 レッグは何を思ったか、落ちていた石を拾ってドラゴンに投げつけた。その石はこつんとドラゴンの肌に当たったが、それだけだ。巨体に石が当たったから、いったい何だというのか。

「ほら、どっか行け、行ってしまえっ」

 ヴェネッダは信じられない思いでレッグの愚行を見つめていた。
 小さなドラゴンに石を投げ、追い払うことはある。小さなドラゴンであってもその程度、蚊に刺されたようなものだ。鬱陶しいからその場を離れるだけなのだ。

「行けっ、行くんだよ! なん、で、近づいてくる……!」

 ドラゴンの爪が振り上げられた。

「ギャッ」

 悲鳴が聞こえてそれから静になる。地面に押し付けられながら、それでもまだレッグの体は動いていた。ドラゴンが大きく口を開ける。
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