獅子姫の婿殿

七辻ゆゆ

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「なんにせよ……ドラゴンを森に帰してからだが」
「ああ」

 もちろん簡単な話ではない。

 二人は空を見上げた。
 ドラゴンたちはうろうろと空を飛び、何かを探しているように見える。卵を持っていると知られれば、自分たちが襲われるのは間違いない。

 しかし、卵を返さなければおさまらない。

「向こうに、子連れのドラゴンがいた。当たりかどうかはわからないが」
「試すしかない」

 多くのドラゴンに襲われては、ヴェネッダとて無事ではすまないだろう。一匹一匹、目の前に持って行くしかない。

「リエ……婿殿は辺境伯邸へ」
「いや、同行する。……遅かったら置いていっていい。あとで追いつく」
「しかし」
「待つだけはつらい、さすがに」

 確かにそうだ。自分だったら、この状況で結果を待つだけなど耐えられないだろう。
 どうせドラゴンが怒りを収めなければグランノットはおしまいだ。

「では行く! お前たちは市街で避難を手伝ってくれ。ドラゴンを刺激しないよう、私と婿殿で行く」
「はっ!」

 隊の者たちに命じて、ヴェネッダは駆けた。抱きしめた卵がわずかに揺れた気がしてひやりとする。これが割れたら、それこそおしまいだ。
 リエレがついてきているか、確認のために振り返りなどしない。ひたすらに、リエレが示したドラゴンに向けて走る。

 大きなドラゴンの影に、小さなドラゴンがいる。確かにこれだ。

 思うよりずっと早くたどり着きそうだ。
 竜征隊でも上空にいるドラゴンを見ることはあまりなく、あったとしても近づこうとは思わない。通り過ぎるのを待つだけだ。
 彼らにとって地上を歩くことと空を飛ぶことはかなり違うことのようで、簡単に切り替えられないようなのだ。

「ここだ!」

 充分に近づいたとみて、ヴェネッダはドラゴンへ声をあげた。

「卵はここにある!」

 聞こえているだろうか。
 両手で卵を捧げ持ち、両足だけで馬上に踏ん張る。ドラゴンを登ることを考えれば大した苦労ではなかった。

「大事なものはここにあるぞ!」

 ドラゴンはこちらを見ない。聞こえないか、あるいは、この個体ではないのか。しかし同調して現れたのであれば、卵に対して何か反応はするはずだ。

 ヴェネッダが近づく。ドラゴンは見ない。
 いったい何を見ているのかというと、市街を見下ろしているのだ。そこに何があるというのか。
 求めるものはこちらだ。

「こっちだ!」

 ヴェネッダが叫ぶと、ようやくぴくりと動いた。
 動いただろう。
 こちらを見ている。

「来い! 返す!」
「グアアアアアア!」
「ぐっ!?」

 咆哮ひとつで吹き飛ばされるかと思った。
 ヴェネッダは卵を抱えるようにして愛馬にしがみつく。耐えている間に、ドラゴンは翼を何度か羽ばたかせ、こちらに降りてこようとしている。

 踏み潰されたら終わりだ。
 ヴェネッダは手綱を握り、どうにか距離を取った。ドラゴンが少し離れた場所に降りたのを確認して、馬から降りる。尻を叩いてやると、そのまま駆け離れていった。
 いくらドラゴンに慣れていても、あんな咆哮を聞いてしまったのでは恐慌状態だ。ヴェネッダを振り落とさなかっただけありがたい。
 
 ヴェネッダはしっかりと卵を抱いて、ドラゴンの元へ向かう。
 大きなドラゴンの影に、子ドラゴンが見えた。通常、次の卵を生む頃には前の子供はすでに巣立っている。生まれるのが遅かったのか、発育の悪い子だったのか。

 ドラゴンは弱い子供も見捨てない。そのくらいに、子供への情を持つ生き物なのだ。

「……」

 ヴェネッダは深い呼吸をしてドラゴンへと近づく。ドラゴンは地に爪をたて、歯をむき出しにして怒りを表している。

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