獅子姫の婿殿

七辻ゆゆ

文字の大きさ
上 下
34 / 41

34

しおりを挟む
 それからマルーニャは、たびたび子ドラゴンに誘われて卵を温めるようになった。
 クルッサは忙しいようで、別の使用人が一緒にいてくれる。でも彼はマルーニャが「ひとりで大丈夫」と言うと、こっそり自由にさせてくれるのだ。

「なかなか孵らないね」

 卵の表面をそっと撫でる。
 もしかしたら母ドラゴンが離れる時間が長いせいかもしれない。でも食事は必要だ。子ドラゴンだってそれがないと生きていけない。

「お前の兄弟はどうしたの?」

 そういえば、と思い出して聞いてみる。
 こんなに卵がいっぱいなのだから、子ドラゴンの兄弟もいっぱいのはずだ。どこに行ったのだろう。もしかしたら子ドラゴンよりずっと早くに生まれて、もう旅立ってしまったのかもしれない。

「もうお嫁さんがいて、そっちにも卵があるのかも!」

 ああそうだったら、そちらも助けてあげたいけど、マルーニャには難しい。こうしてたまに卵を温めるくらいしかできない。

 食べ物をこっそり持ってきても、子ドラゴンは食べなかった。
 親ドラゴンが持って帰るみたいな、新鮮な獲物が必要なのだろう。でもマルーニャはそれをすすめられても食べられない。好みってそれぞれだ。

「あれ、今、ちょっと揺れた?」

 卵の中に命がある感覚が、たまにある。
 もうすぐなのかも。
 期待しながらマルーニャは卵を抱きしめ温度を分け与える。そうすると、うとうとと眠くなってくる。

 まどろみに入りながら、なんだか声が聞こえた。

「卵だと? なるほど……これはありかもしれないな。研究のためにも……」
「え?」

 ぱちりと目を開けると、そこには見知った男の姿があった。ええっと、とマルーニャは思い出す。

「レッグさん」
「おっと、マルーニャ殿、お手柄ですぞ」
「なあに?」
「子を奪えば怒り狂うのはどんな動物でも同じ。いや、この卵を孵化させ、家畜として使うことができれば、我が王国はさらなる発展を遂げるでしょう!」

 マルーニャは彼が何を言っているのかわからなかった。
 ぼんやりと、どうしてここにいるんだろうと思っただけだ。森の中に入ってはいけない。王都から来た人だから、知らないのかもしれない。

 だめよ、と言おうとしたところで、レッグが卵を持ち上げた。

「あ、動かさないで」
「知恵のない動物だ。一つなくなったところで気づきもしないでしょう」

 そう言うと、レッグは卵を抱えて小走りに離れていった。

「え?」

 マルーニャは一瞬呆然としてしまった。
 慌てて、よろけながら起き上がって彼を追う。大人なのに足が速いは伊達ではない。強い足腰が体を運び、一瞬でレッグの後ろに張り付いた。

「返しなさい!」
「あっ、ああ!?」
「返して!」
「ちょっと、何するんですか!」
「きゃっ!?」

 足は早いが、荒事には慣れていない女性だ。マルーニャは卵を奪われそうになったレッグに殴られ、衝撃で地面に倒れた。

「……ら、乱暴なことをするからですよ!」

 倒れたマルーニャにレッグは動揺したように後ずさった。そのまま離れていこうとしたが、また追いかけてくることを危惧した。大声をあげられてもたまらない。
 立ち上がれないよう、マルーニャの足首を体重をかけて踏みつけた。

「ぎっ!?」
「……まあ、しょうがないですよね」

 足を怪我した状態で森に置き去りにされればどうなるか。
 レッグにわからなかったわけはない。だが、その方が都合が良いのだ。騒ぐようなものはいないほうがいい。

「悪いですけど、さようなら」

 レッグは自分のしたことから目をそらすように、急いで背を向けた。

「ま、って……」

 マルーニャは手を伸ばし這いずったが、もはや届くはずもない。

「きゅうっ!」

 しかし、ぐっすりと眠り込んでいた子ドラゴンが目を覚ました。子ドラゴンはすぐにマルーニャに駆け寄り、立ち上がれない彼女の体を揺さぶった。

「だ、大丈夫、それより、卵、卵を……」
「きゅうううう!」

 何があったのか理解できない子ドラゴンは、必死の声をあげた。
 すると、遠くで地響きがする。
 ただ事でない子の声を聞いた親ドラゴンが、地を揺らしながら走ってきているのだ。

 まもなく親ドラゴンは巣にたどり着き、自分の卵が奪われたことを知った。マルーニャでない人間の匂いがあることも。

「ガアアアアア!」

 咆哮。
 そしてそれに唱和するように、他のドラゴンも咆哮した。彼らは協力して生きているわけではない。
 だが森を乱す侵入者については、誰もが攻撃的だった。ドラゴンは森に、人はその外に。誰に言われたわけでもない境界を、守り続けてきたのだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を愛することはない」と言った夫がざまぁされて、イケメンの弟君に変わっていました!?

kieiku
恋愛
「お前を愛することはない。私が愛するのはただひとり、あの女神のようなルシャータだけだ。たとえお前がどんな汚らわしい手段を取ろうと、この私の心も体も、」 「そこまでです、兄上」 「なっ!?」 初夜の場だったはずですが、なんだか演劇のようなことが始まってしまいました。私、いつ演劇場に来たのでしょうか。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました

山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。 王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。 レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。 3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。 将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ! 「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」 ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている? 婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

乙女ゲームはエンディングを迎えました。

章槻雅希
ファンタジー
卒業パーティでのジョフロワ王子の婚約破棄宣言を以って、乙女ゲームはエンディングを迎えた。 これからは王子の妻となって幸せに贅沢をして暮らすだけだと笑ったゲームヒロインのエヴリーヌ。 だが、宣言後、ゲームが終了するとなにやら可笑しい。エヴリーヌの予想とは違う展開が起こっている。 一体何がどうなっているのか、呆然とするエヴリーヌにジョフロワから衝撃的な言葉が告げられる。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様・自サイトに重複投稿。

押し付けられた仕事は致しません。

章槻雅希
ファンタジー
婚約者に自分の仕事を押し付けて遊びまくる王太子。王太子の婚約破棄茶番によって新たな婚約者となった大公令嬢はそれをきっぱり拒否する。『わたくしの仕事ではありませんので、お断りいたします』と。 書きたいことを書いたら、まとまりのない文章になってしまいました。勿体ない精神で投稿します。 『小説家になろう』『Pixiv』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

処理中です...