獅子姫の婿殿

七辻ゆゆ

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「……あら?」
「マルーニャ様、あんなところで寝ちゃいけませんよ」
「……ごめんなさぁい」

 起きたらクルッサの背中だった。
 あくびが途中で挟まったせいで、間延びした声になった。ぜんぜん反省した感じがしないので、怒られそうだ。
 クルッサの顔は見えない。背負われているから仕方がない。見えないから、どのくらい怒っているかもわからない。背中は怒っているような気がする。

 マルーニャは慌てて言い訳をした。

「でもね、とてもいいお天気だし、グランノットは良い人ばかりだし、クルッサも忙しいわけだし」
「はあ。クルッサは忙しいのより、心配で心配で死にそうな方が嫌ですよ」
「まあ! それはいけないわ。死なないで」
「ええ、ええ、マルーニャ様が大人しくしてくだされば死にません」
「うーん、あのね、クルッサ、私は大人なの、母親なのよ。だから心配することはないわ」

 母親なのにおぶられているのはどうなのだろう。
 でも眠いし、歩きたくないので、マルーニャは言わないことにした。それにクルッサはとても大きくなった。しっかりしている。安心だ。

「いい子ね、クルッサ、大丈夫よ」

 マルーニャにとってクルッサは二番目の息子のようなものだ。リエレより年上だけど、リエレよりあとにできた息子なので弟みたいなものだ。
 初めて会ったとき、クルッサには両親がいなかった。だからマルーニャは母親になったのだ。その他にも色々あった気がするけれど、マルーニャはそれだけ覚えていれば充分なのだ。

「……私も大人ですよ」
「ふふ。でも私の子だもの」
「……そうですか。子供に心配をかけるのはやめてほしいです」
「ん~」

 マルーニャは寝た振りをすることにした。





「わあ、すごい。森の中ってこんな……すごい……」

 見える世界が違う。呼吸をした空気が違う。心までしんとして、外にいるときの自分とは違う気がした。
 前を歩く子ドラゴンはゆっくりだけれど、マルーニャはついていくのが大変だった。あちこちに目を向けてしまうからだ。

 木々も森の外とは顔が違うのだ。この世界の主のようにどっしり、ざらざらとした幹が、歓迎しているようにも、拒絶しているようにも見えた。

「待って、待って」

 道は意外に踏み固められており、荷車の轍らしき痕も見えた。恵みの日に人々が使っている道なのだろう。
 それでも木の根に躓きかけ、小動物が茂みを揺らすのに驚き、マルーニャの歩みは遅い。平地でくるくると回るより、ずっと遅いかもしれない。

「ずいぶん奥……でもないわね、光が見える」

 振り向けばまだ、木々の途切れる終わりがはっきり見えた。
 それに道がこれだけ明確なのだから、戻ろうと思えばいつでも戻れるはずだ。

「ねえ、どこまで行くの?」
「きゅ」

 子ドラゴンは尻尾をふりふりしながら一度振り返り、また進んでいく。背中の羽はとても小さい。親ドラゴンもこのくらいだったかな、とマルーニャは思い出す。
 ドラゴンたちの姿は様々だ。足の長いのもいれば、地を這うようなもの、常に空を飛んでいるもの、ジャンプするように進むもの。そんなにたくさんの種族がいて、仲良くしているのはすごいとマルーニャは思う。

 きっと、とてもいい子たちなのだ。
 森の奥にはまだ見たこともない子たちがいるのだろうか?

「きゅっ!」

 きょろきょろしていると子ドラゴンが呼ぶ。やっぱり、ついてこいと言っているように思えた。
 どこまで行くのだろう。そんなに奥にはいけないよ、と釘を刺す前にたどり着いたようだ。

 小ドラゴンが止まって、こいこいと足を踏んでいる。
 近づいてマルーニャは驚いた。

「ええっ!?」
「きゅっ、きゅうう!」
「たまご……!」

 見たまんま、口を丸く開けてそれしか言えなかった。たまご。見たこともない大きさの卵が、にょきにょき土から生えたように置かれている。
 親ドラゴンの姿はない。
 そして子ドラゴンは卵の上に乗っかった。

「あっ、だめよ、割れちゃうわ」
「きゅ!」
「……大丈夫そう?」

 子ドラゴンは卵の上にぺたりと体をくっつけた。温めようとしているようだ。

「おまえの卵なの? ……そんなことはないか」

 マルーニャだって馬鹿じゃないのだから、子ドラゴンに比して卵が大きすぎるというのはわかる。こんな卵を生んだら体がなくなってしまう。
 ということは、兄弟たちの卵なのだろう。

「もしかして、お母さんとお父さんが帰ってきてないの?」
「きゅうう」
「……そうなの。大変だったわね」

 マルーニャは生き物の卵になんて詳しくないが、たぶん温めないと孵化しないはずだ。大きな親ドラゴンなら全部の卵を温められるのかもしれないが、子ドラゴンでは一つ、二つの卵にしか被されていない。

「わかった。ちょっと待ってね」

 腕まくりをして、こわごわ、マルーニャは卵のひとつに触れた。割れそうにもない硬質の感触だけれど、ほのかに温かくも感じられた。

 そっと持ち上げて動かして、子ドラゴンの下に入れてやる。上手く重ねればたくさん温められるだろう。恐る恐るの動きもそのうち慣れて、マルーニャは卵を上手く組み合わせていく。

「うーん、でもやっぱり足りないか」

 どうなのだろう、少しでも体温が伝われば良いのだろうか。わからないけれど、やるだけのことはやった。
 マルーニャは最後に、はみ出した卵の上に自分の身体をくっつけた。子ドラゴンともくっつくことになる。

「きゅう」
「大丈夫かな? 早くお母さんが戻ってくるといいね」

 もしかしたらお父さんがいないのかもしれないけど。うちの子供たちみたいに。だからお母さんが食料を求めて、卵を置いていったのかもしれない。
 マルーニャも赤子のリエレを置いて、食べ物を探しに行ったことがある。その頃のリエレはやわらかくて、とても抱っこしたまま踊ったりできなかった。

 マルーニャはリエレの父親についてはもう気にしていない。だって長いこと会っていないのだ。もう顔も覚えているか怪しい。つまり死んだのと同じだ。死んじゃったなら、仕方がない。

 マルーニャは自分が王城にいる因果についてあまり考えない。生まれたときからいつでも、マルーニャはその場所で踊って糧を得てきた。それで充分なのだ。
 今は息子たちといっしょにいられて嬉しい。
 この卵たちのお母さんも、早く帰って来るといい。

「あったかいな……」

 硬い卵の殻を撫でながら、マルーニャは眠りに落ちていた。

「……あ」

 ころりと転がされて目を覚ました時、目の前に大きな体があった。マルーニャを押しのけて卵の上にいる。

「よかった。帰ってきたんだ」

 子ドラゴンも親ドラゴンにくっついて幸せそうだ。
 マルーニャは嬉しくなって、ごろごろしながらそれを眺めた。卵の置かれたこの場所は草葉がしきつめられていて、とても柔らかい。
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