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「いやはや、こんな時間から酒とは」
「んああ?」
行きつけの店で、エンゼンは昼間っから酔いつぶれていた。良い酒ではない。どれだけ酔っても気分よくなどならないが、それでも飲まないとやっていられない。
それを、邪魔してきた輩がいる。
喧嘩を売るなら容赦しない。ぐらぐら揺れる体を無視して、エンゼンは叩きのめしてやるつもりだった。
「さすがは戦士の中の戦士、竜征隊の次期隊長と呼ばれる方だ。やはり英雄はこのくらい豪胆でなければ!」
「……ふんっ、わかってるじゃねえか」
見たことのない男だが、今のエンゼンにはどうでもよかった。
そうだ、自分はすごいのだ。だというのにどいつもこいつも、わからない。バカなのだ。誰だって、どんな女だって自分を選ぶべきだろう。
「ドラゴンというのはさぞ恐ろしいものなのでしょうねえ」
「そんなことはねえよ、この俺にとってはな! あんなでかぶつ、岩と同じだ。でかいだけで何の役にもたたねえ」
「向こうから襲っては来ないと?」
「んなわけねぇだろ。遅いんだよ、あくびがでるほど遅いんだ。おかげであれを森に追いやるには時間がかかる。さっさと追い立てるのが戦士としての技量なんてぇ……なあ? 馬鹿げた話だろうが……」
エンゼンはまともに話しているつもりだったが、レッグはすでにうんざりしていた。やたら間延びした話し方で、聞きたいことを聞き出すのにずいぶん時間がかかりそうだ。
しかしレッグには必要な情報だ。
他の戦士たちはレッグを見るなり嫌な顔をする。さすがに野蛮の国で、ここでは知的な人間は歓迎されないようだった。
ようやく酔っ払いの戦士を見つけたのだ。それも一応隊長候補という話で、信憑性の高い話が聞けるだろう。もちろん、頭がまともならの話だ。
しかし酔っ払っていないとこれほど口が滑らかになるとは思えない。なんとか詳細を聞き出したい。
「強さとは関係ねえんだ、ヴェネがもてはやされてるのだってよ、あいつは卑怯だ。女の身軽さでドラゴンを登って、ズルしてるだけなんだよ。一番強いのは俺だ。当たり前だろ?」
「女性では、そうでしょうねえ」
「そうさ。だから俺が、この俺が隊長になって、辺境伯にも、なってぇ……やろうって、言ったら、あいつは頼み込んでくるべきだろ? 男として最高のはずだ、俺は……」
「全く世の中には理不尽が多いものです」
酔っ払いはずいぶん気が大きくなっているようだ。内心呆れながらも、レッグは適当にそれらしいことを言った。
「りふ……なんだってぇ!?」
「い、いえ、ひどいことだと」
「そうだろ、ひでえんだよ」
「その、ドラゴンを倒してしまう……ということはしないんですか? あなたの力なら可能に思える」
「あァ!?」
「すっ、すみません!」
レッグに掴みかからんばかりの迫力で声をあげられ、思わず謝る。謝ってなんとかなるなら謝る。レッグは文官なので、そういった場所にプライドはない。
「はぁー、わかってねぇな、ドラゴンはグランノットの守り神だ」
「申し訳ない、あまりそのあたりが、わからなくて。だってほら、ドラゴンがいなくなれば、森の恵みは取り放題なわけでしょう?」
「まぁ……そうだな?」
「ドラゴンが、グランノットを守ってるようには見えんのですが」
「えぇー? ああ……まあ……」
「グランノットには強い戦士様がいるのだし、ドラゴンが必要ですかねえ」
「……確かに」
エンゼンはぐらぐらしているようだ。
酔っ払い故かわからないが、なるほど「ドラゴンがグランノットを守っている」は、ただそう言わてきたからそうなのだ、という程度の感覚らしい。
であれば、ドラゴンがはっきり脅威となればひっくり返る。
民というのはいつもは愚かで大人しいが、いざ命の脅威となれば上に従わない。民がドラゴン討伐を訴えれば、辺境伯とて押さえられないはずだ。
「戦士殿がドラゴンを討ち滅ぼせば、それはもう、戦士殿が王ですよ。建国王だ」
「……」
「はあ。となれば、こうしてお話もできない。今のうちにお会いできてよかった。孫にまで自慢できますよ」
「……確かにそうだな。なんで俺が、人の下につく必要があるんだ? そうだよ、そうだ……」
「ええ、もちろんそうですとも」
レッグは別にこの酔っぱらいにそこまでの期待はしていない。そもそも大して危険のないドラゴンを、森に押し返す作業で生きてきたやつらだ。
そもそもドラゴンがどれだけ頑丈でも動物、畜生だ。人間のような知恵はない。人間が集まって知恵を出せば、どうとでも始末できるだろう。
「んああ?」
行きつけの店で、エンゼンは昼間っから酔いつぶれていた。良い酒ではない。どれだけ酔っても気分よくなどならないが、それでも飲まないとやっていられない。
それを、邪魔してきた輩がいる。
喧嘩を売るなら容赦しない。ぐらぐら揺れる体を無視して、エンゼンは叩きのめしてやるつもりだった。
「さすがは戦士の中の戦士、竜征隊の次期隊長と呼ばれる方だ。やはり英雄はこのくらい豪胆でなければ!」
「……ふんっ、わかってるじゃねえか」
見たことのない男だが、今のエンゼンにはどうでもよかった。
そうだ、自分はすごいのだ。だというのにどいつもこいつも、わからない。バカなのだ。誰だって、どんな女だって自分を選ぶべきだろう。
「ドラゴンというのはさぞ恐ろしいものなのでしょうねえ」
「そんなことはねえよ、この俺にとってはな! あんなでかぶつ、岩と同じだ。でかいだけで何の役にもたたねえ」
「向こうから襲っては来ないと?」
「んなわけねぇだろ。遅いんだよ、あくびがでるほど遅いんだ。おかげであれを森に追いやるには時間がかかる。さっさと追い立てるのが戦士としての技量なんてぇ……なあ? 馬鹿げた話だろうが……」
エンゼンはまともに話しているつもりだったが、レッグはすでにうんざりしていた。やたら間延びした話し方で、聞きたいことを聞き出すのにずいぶん時間がかかりそうだ。
しかしレッグには必要な情報だ。
他の戦士たちはレッグを見るなり嫌な顔をする。さすがに野蛮の国で、ここでは知的な人間は歓迎されないようだった。
ようやく酔っ払いの戦士を見つけたのだ。それも一応隊長候補という話で、信憑性の高い話が聞けるだろう。もちろん、頭がまともならの話だ。
しかし酔っ払っていないとこれほど口が滑らかになるとは思えない。なんとか詳細を聞き出したい。
「強さとは関係ねえんだ、ヴェネがもてはやされてるのだってよ、あいつは卑怯だ。女の身軽さでドラゴンを登って、ズルしてるだけなんだよ。一番強いのは俺だ。当たり前だろ?」
「女性では、そうでしょうねえ」
「そうさ。だから俺が、この俺が隊長になって、辺境伯にも、なってぇ……やろうって、言ったら、あいつは頼み込んでくるべきだろ? 男として最高のはずだ、俺は……」
「全く世の中には理不尽が多いものです」
酔っ払いはずいぶん気が大きくなっているようだ。内心呆れながらも、レッグは適当にそれらしいことを言った。
「りふ……なんだってぇ!?」
「い、いえ、ひどいことだと」
「そうだろ、ひでえんだよ」
「その、ドラゴンを倒してしまう……ということはしないんですか? あなたの力なら可能に思える」
「あァ!?」
「すっ、すみません!」
レッグに掴みかからんばかりの迫力で声をあげられ、思わず謝る。謝ってなんとかなるなら謝る。レッグは文官なので、そういった場所にプライドはない。
「はぁー、わかってねぇな、ドラゴンはグランノットの守り神だ」
「申し訳ない、あまりそのあたりが、わからなくて。だってほら、ドラゴンがいなくなれば、森の恵みは取り放題なわけでしょう?」
「まぁ……そうだな?」
「ドラゴンが、グランノットを守ってるようには見えんのですが」
「えぇー? ああ……まあ……」
「グランノットには強い戦士様がいるのだし、ドラゴンが必要ですかねえ」
「……確かに」
エンゼンはぐらぐらしているようだ。
酔っ払い故かわからないが、なるほど「ドラゴンがグランノットを守っている」は、ただそう言わてきたからそうなのだ、という程度の感覚らしい。
であれば、ドラゴンがはっきり脅威となればひっくり返る。
民というのはいつもは愚かで大人しいが、いざ命の脅威となれば上に従わない。民がドラゴン討伐を訴えれば、辺境伯とて押さえられないはずだ。
「戦士殿がドラゴンを討ち滅ぼせば、それはもう、戦士殿が王ですよ。建国王だ」
「……」
「はあ。となれば、こうしてお話もできない。今のうちにお会いできてよかった。孫にまで自慢できますよ」
「……確かにそうだな。なんで俺が、人の下につく必要があるんだ? そうだよ、そうだ……」
「ええ、もちろんそうですとも」
レッグは別にこの酔っぱらいにそこまでの期待はしていない。そもそも大して危険のないドラゴンを、森に押し返す作業で生きてきたやつらだ。
そもそもドラゴンがどれだけ頑丈でも動物、畜生だ。人間のような知恵はない。人間が集まって知恵を出せば、どうとでも始末できるだろう。
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