(完結)獅子姫の婿殿

七辻ゆゆ

文字の大きさ
上 下
30 / 41

30

しおりを挟む
「いやはや、こんな時間から酒とは」
「んああ?」

 行きつけの店で、エンゼンは昼間っから酔いつぶれていた。良い酒ではない。どれだけ酔っても気分よくなどならないが、それでも飲まないとやっていられない。
 それを、邪魔してきた輩がいる。
 喧嘩を売るなら容赦しない。ぐらぐら揺れる体を無視して、エンゼンは叩きのめしてやるつもりだった。

「さすがは戦士の中の戦士、竜征隊の次期隊長と呼ばれる方だ。やはり英雄はこのくらい豪胆でなければ!」
「……ふんっ、わかってるじゃねえか」

 見たことのない男だが、今のエンゼンにはどうでもよかった。
 そうだ、自分はすごいのだ。だというのにどいつもこいつも、わからない。バカなのだ。誰だって、どんな女だって自分を選ぶべきだろう。

「ドラゴンというのはさぞ恐ろしいものなのでしょうねえ」
「そんなことはねえよ、この俺にとってはな! あんなでかぶつ、岩と同じだ。でかいだけで何の役にもたたねえ」
「向こうから襲っては来ないと?」
「んなわけねぇだろ。遅いんだよ、あくびがでるほど遅いんだ。おかげであれを森に追いやるには時間がかかる。さっさと追い立てるのが戦士としての技量なんてぇ……なあ? 馬鹿げた話だろうが……」

 エンゼンはまともに話しているつもりだったが、レッグはすでにうんざりしていた。やたら間延びした話し方で、聞きたいことを聞き出すのにずいぶん時間がかかりそうだ。
 しかしレッグには必要な情報だ。
 他の戦士たちはレッグを見るなり嫌な顔をする。さすがに野蛮の国で、ここでは知的な人間は歓迎されないようだった。

 ようやく酔っ払いの戦士を見つけたのだ。それも一応隊長候補という話で、信憑性の高い話が聞けるだろう。もちろん、頭がまともならの話だ。
 しかし酔っ払っていないとこれほど口が滑らかになるとは思えない。なんとか詳細を聞き出したい。

「強さとは関係ねえんだ、ヴェネがもてはやされてるのだってよ、あいつは卑怯だ。女の身軽さでドラゴンを登って、ズルしてるだけなんだよ。一番強いのは俺だ。当たり前だろ?」
「女性では、そうでしょうねえ」
「そうさ。だから俺が、この俺が隊長になって、辺境伯にも、なってぇ……やろうって、言ったら、あいつは頼み込んでくるべきだろ? 男として最高のはずだ、俺は……」
「全く世の中には理不尽が多いものです」

 酔っ払いはずいぶん気が大きくなっているようだ。内心呆れながらも、レッグは適当にそれらしいことを言った。

「りふ……なんだってぇ!?」
「い、いえ、ひどいことだと」
「そうだろ、ひでえんだよ」
「その、ドラゴンを倒してしまう……ということはしないんですか? あなたの力なら可能に思える」
「あァ!?」
「すっ、すみません!」

 レッグに掴みかからんばかりの迫力で声をあげられ、思わず謝る。謝ってなんとかなるなら謝る。レッグは文官なので、そういった場所にプライドはない。

「はぁー、わかってねぇな、ドラゴンはグランノットの守り神だ」
「申し訳ない、あまりそのあたりが、わからなくて。だってほら、ドラゴンがいなくなれば、森の恵みは取り放題なわけでしょう?」
「まぁ……そうだな?」
「ドラゴンが、グランノットを守ってるようには見えんのですが」
「えぇー? ああ……まあ……」
「グランノットには強い戦士様がいるのだし、ドラゴンが必要ですかねえ」
「……確かに」

 エンゼンはぐらぐらしているようだ。
 酔っ払い故かわからないが、なるほど「ドラゴンがグランノットを守っている」は、ただそう言わてきたからそうなのだ、という程度の感覚らしい。
 であれば、ドラゴンがはっきり脅威となればひっくり返る。

 民というのはいつもは愚かで大人しいが、いざ命の脅威となれば上に従わない。民がドラゴン討伐を訴えれば、辺境伯とて押さえられないはずだ。

「戦士殿がドラゴンを討ち滅ぼせば、それはもう、戦士殿が王ですよ。建国王だ」
「……」
「はあ。となれば、こうしてお話もできない。今のうちにお会いできてよかった。孫にまで自慢できますよ」
「……確かにそうだな。なんで俺が、人の下につく必要があるんだ? そうだよ、そうだ……」
「ええ、もちろんそうですとも」

 レッグは別にこの酔っぱらいにそこまでの期待はしていない。そもそも大して危険のないドラゴンを、森に押し返す作業で生きてきたやつらだ。
 そもそもドラゴンがどれだけ頑丈でも動物、畜生だ。人間のような知恵はない。人間が集まって知恵を出せば、どうとでも始末できるだろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「おまえを愛することはない。名目上の妻、使用人として仕えろ」と言われましたが、あなたは誰ですか!?

kieiku
恋愛
いったい何が起こっているのでしょうか。式の当日、現れた男にめちゃくちゃなことを言われました。わたくし、この男と結婚するのですか……?

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

【完結】婚約者が好きなのです

maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。 でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。 冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。 彼の幼馴染だ。 そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。 私はどうすればいいのだろうか。 全34話(番外編含む) ※他サイトにも投稿しております ※1話〜4話までは文字数多めです 注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)

覚えてないけど婚約者に嫌われて首を吊ってたみたいです。

kieiku
恋愛
いやいやいやいや、死ぬ前に婚約破棄! 婚約破棄しよう!

【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!

山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」 夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。

婚約者だと思っていた人に「俺が望んだことじゃない」と言われました。大好きだから、解放してあげようと思います

kieiku
恋愛
サリは商会の一人娘で、ジークと結婚して商会を継ぐと信じて頑張っていた。 でも近ごろのジークは非協力的で、結婚について聞いたら「俺が望んだことじゃない」と言われてしまった。 サリはたくさん泣いたあとで、ジークをずっと付き合わせてしまったことを反省し、解放してあげることにした。 ひとりで商会を継ぐことを決めたサリだったが、新たな申し出が……

【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~

Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。 そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。 「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」 ※ご都合主義、ふんわり設定です ※小説家になろう様にも掲載しています

処理中です...