獅子姫の婿殿

七辻ゆゆ

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「仲が良いのは何よりだが、この婚姻も陛下のためであることを忘れてはならない。よく励み、尽くすように」
「非力ながら尽力します」
「我がグランノットは王都から遠いが、もちろん有事のさいは駆けつけさせていただく」

 リエレは無難な返答をし、ヴェネッダは具体的な返答をした。どちらもデルシェードの望む返答でないことは明らかだった。
 彼はイライラした様子で口を開く。

「そうではなく……いな……、辺境にいても王国がどのような状態かはおわかりだろう。北の帝国は情けないことに蛮族の侵入を許し、我が国との貿易を滞らせている。帝国の怠慢だが、こちらとしても対策は必要だ。より多くの領地、より多くの耕作地が必要とされている」
「殿下の民を思うお気持ちには感服しますが、何事もすぐにとはいかないでしょう」
「悠長なことを! あの忌々しいドラゴンさえ追い払えれば、すぐにでも土地は手に入る」
「耕作地とするにはどのみち時間がかかりますよ。北の平定を援助した方がよろしいのでは」
「それは帝国がするべきことだ。なぜ我が国がそのようなことをせねばならん」

 この国にも得があるからでしょう、とはリエレは言わない。
 別に怒らせたいわけではないし、そもそも国事に関わっていないのだから、実際のところはわかっていないのだ。そんな相手に話をふっかけてくるデルシェードがどうかしている話だが。

「辺境伯はすぐにでも領民をまとめ、ドラゴンの征伐に乗り出すべきだ」
「ううん、私は学がないのでなんともわかりかねる。父に書状を送っていただきたい」

 ヴェネッダは笑顔でそう言った。
 グランノットが野蛮人の地だとは、王都のものがよく言うことだ。否定することなどできないだろう。

「そうですね。私も踊り子の子にすぎませんので、殿下のお言葉はいつも難しすぎます」

 リエレもにこりと笑って言った。
 どうせそんなところにプライドなどない。ましてこうしてヴェネッダと並んで馬鹿な物言いをしているのは、なんだか楽しいほどだった。

「ああ! そうだ婿殿、その踊り子だという母上に挨拶がしたかったのだ。私は婿殿のつ、妻だからな」

 頬をわずかに赤くしながら言う、実に説得力のある言葉だ。リエレも見ていて意味もなく恥ずかしくなった。
 努力して、対象的に暗い顔をしてみせた。

「母上は……」

「踊り子殿ならば体調を崩してグランノットには行けなかったようだな。残念だ、ようやくあの無駄な費用を負担せずにすむと思ったのに」
「そうなのか? ならばすぐグランノットにお迎えしよう!」
「なっ」

 リエレへのいつもの嫌がらせの言葉だったのだろう、ヴェネッダが乗っかるとデルシェードが動揺した。
 リエレもあまりの都合のよさに驚いた。迂闊すぎる。

「そ、それは、いや」

 まさかこのことで、水源の話を持ち出して脅すわけにはいかないだろう。
 そもそもデルシェードは、グランノットを動かすためにリエレを送り込んでいる。イライラしているようだが、リエレとヴェネッダの仲が良いのは良いことのはずだ。
 そのリエレの人質の話など、ヴェネッダにしても仕方がない。二人の仲をまずくするだけだ。

「……それはおすすめしないな。体調の悪い女性に過酷な旅をさせるなど」
「なに、父からはゆっくりしてきていいと言われている。休みながらのんびりいけば良い。お母上も息子の姿が見られて安心するはずだ」
「ゆっくりしていい、など! どうやら私の話を全く聞いていないようだな。ドラゴン征伐の話を、すぐさま戻って辺境伯に伝えるべきだろう」
「ふむ?」

 ヴェネッダは首をかしげて考えるそぶりをした。
 それから、少しだけ眉を下げて困ったように言うのだ。

「そうは言うが、私より偉い人が書面を送った方が良いと思う。私はこれでも女だから、父はそういった話には参加させない」

 事実ではないが、説得力のある話だろう。跡継ぎになれない女性、嫁に出ることになる女性に、家の重要事を話さないのは普通のことだ。
 というよりデルシェードもそう考えて、リエレを次の辺境伯にしようとしていたはずだ。

 もっともヴェネッダは普通の女性ではないし、グランノットも平凡な領地ではない。

「……曲がりなりにも王子を婿に迎えたのだ。自覚を持ってもらわなければ困る。次代の辺境伯の……いや辺境伯夫妻として、領地を主導していくべきだ」

 辺境伯の妻として、と言おうとしたのだろうとリエレは思う。
 それではグランノットを乗っ取るように聞こえるので、言い直したのだろう。どう言ったところでグランノットを好きに操ろうとしているのは間違いない。

 しかし残念ながら冷遇してきたリエレしか、辺境伯に送り込める王子がいなかった。だから人質を取って、王家に利するようにとしたわけだ。

「そうはいっても、私には器がないので」

 リエレはうっすらと笑いながら言った。
 この殿下のやり方で、上手くいくことなどろくにないだろう。結局、人の心を掴まなければ、思うような成果は出ない。

「母上のためにも努力するべきだと思うが? 少なくともその、ご立派な顔をいただいたわけだからな」

 嘲るような言葉の裏には、実のところコンプレックスがあるのだろう。代々の王族の顔は美麗とは言い難い、いかつい造作だ。
 統治者の顔としてそちらの方がふさわしいだろうとリエレは思う。しかし裏で女性に「あなたは王家の顔じゃなくてよかった」と喜ばれたこともあり、まあ、良いばかりでもないだろうとはわかる。

「ええと、偉い方、婿殿に無理を言うのはやめてくれ。いきなり一人でグランノットに来た身で、いきなり何かできるわけがないだろう。誰も従わない。側近さえいないのだから」
「おお、それだ!」

 デルシェードが大きな声をあげ、手を叩いた。

「この結婚は急なことだったので、誰もつけられないことを心配していたのだよ。今からでも側近をつけようじゃないか。なんでも補佐できるような優秀な男だ」
「それはとても助かる!」

 ヴェネッダはぱっと、大げさなくらい嬉しそうに笑った。

「こちらに連れてきたものは侍女が多くてな、力仕事は難しかったのだ。側近とやらをつけてくれるなら、安全に母上を連れて帰れるだろう!」
「え、いや、それは」
「ええ、まったく、ありがたいことです」

 リエレは口元を引き締めて礼を言った。
 ヴェネッダがぎゅっと腕にしがみついてくる。

「本当にありがたい。王都の優秀な方がいれば、グランノットも安泰だ」
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