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「偉そうなのは、王都の貴族みんなそう見える」
「確かに。まあ、第一王子に対してはそれなりの態度だったから、一応、相手を選んで偉そうにしているようだ」
「貴族らしい貴族」
「たぶんね。平民については会話に出すのも、目にいれるのもだめ」
「貴族だなあ……」
貴族が平民に偉そうなのは、いまさら言うまでもない。平民に優しい貴族の方が珍しいのだ。
王都のことをあまり知らないヴェネッダでも、それはわかっている。グランノットをひとたび出れば、周辺の領地にもそういう貴族はいくらでもいた。
グランノット辺境伯のように、平民に混じって戦う方がおかしい。ましてや平民の成り上がりがあり得るなど、信じがたいことであるようだ。
「そろそろ曲が終わる」
「……最後にキスでもするか?」
「さすがにそれは……」
ヴェネッダがそっとねだり、リエレは消極的に拒否した。ヴェネッダがちょっと眉を下げる。
「い、嫌なわけではないけれど」
「うん。人前だものな」
実のところ初めてキスをした日から、もう何度かしている。
一度してしまえば何度しても同じ、というわけではないが心のハードルは明らかに下がった。繰り返すたびにまた下がる。
ヴェネッダとしては、夫婦だからいいのだ。
リエレにはためらいがあるが、ヴェネッダに望まれれば拒めない。嫌ではないのだ。まったく。
こんな中途半端な状態で良いのだろうかという困惑だ。
「ざんねんだ……」
心から悲しそうにヴェネッダが言う。その響きはリエレの胸をきゅっと痛めるほどだ。
しかし、いったい何が悲しいというのだろう。まるでそれではキスがしたいようだ。いや、キスがしたいのだ。
ヴェネッダはリエレとキスがしたいのだ。
リエレはそんなことをぐるぐると考えてしまった。
冷静になろう。
じっとリエレの口を見てくるヴェネッダも、冷静になるべきだ。そんなにキスがしたいのだろうか。キスをしたって何も得はないはずだ。
でもしたいかしたくないかと言われたら、リエレだってしたい。と、言わざるを得ない。
「……す、すまない、婿殿、困らせてしまった」
「いや……そんなことは」
「こうしていられるだけで充分だ。……今は」
いずれはもっと欲しい。
そんな響きを言葉の裏に感じてしまって、リエレはたまらなくなる。戦士たちの中にいれば揺るぎない辺境伯の次代である彼女が、実に健気に思えてたまらないのだ。
「…………うん」
何も言えなくなってしまい、リエレはただ頷いた。
指の先が震える。もっときつく抱きしめてしまいたくなった。そうするべきだろう。そうしたい。二人はもっと深く触れ合うべきだった。
意味のわからない強迫観念を振り払い、名残惜しく、リエレはヴェネッダから少しだけ距離を取った。
切なくヴェネッダが見つめてくる。
「……これはこれは、仲良くしていただいているようで、良かったな、リエレ」
「デルシェード殿下、お会いできて光栄です」
すぐにリエレは臣下の礼を取った。ただの一度も兄などと呼んだことはないし、弟として扱われたこともない。
だがそうなれば、ただの臣下にしてはひどい扱いをされている。都合の良いものだ。
ヴェネッダはデルシェードの姿をさっと見て、確かに偉そうだなと思った。挨拶など向こうからしてくるものだという態度だ。
これ幸い、ヴェネッダは田舎の無礼者になることにして、そそ、とリエレの体に隠れるようにした。無駄に触れるいちゃいちゃ感も忘れない。
「殿下のおかげをもちまして、妻にはよくして頂いております」
「ふふ」
ヴェネッダがリエレの耳元で笑う。
デルシェードの方など見なかった。挨拶されていないのだから、大した無礼にもならないだろう。
今のヴェネッダはリエレのことしか見えていないのだ。
「……ならば良いが。グランノット流はずいぶん王都とは違うようだ。おまえも苦労するだろうな」
「姫のためであれば、それも喜びです」
「おまえの顔が役立って良かったよ。威厳も何もない、踊り子の顔そのままに生まれてきてしまって、どうなるものかと心配していたんだ」
「ご配慮に感謝します」
リエレは美しく微笑んで礼を言った。デルシェードの顔が歪んだが、リエレはもうそちらを見てはいなかった。
ヴェネッダが袖を引くからだ。
「私はおまえの顔が好きだぞ」
「そう? だったらいいけど」
「中身も好きだ。私に優しくしてくれる。婿殿といると自分が本当に姫になった気がする」
「ふふ。本当にグランノットの姫だけどね」
「ドラゴンと戦うのは姫ではないだろう」
「そういうときはかっこいいから、姫じゃないもね。二度美味しいってことだ」
「ごほん!」
なかなか馬鹿げた会話に腹を立てたのか、デルシェードがわかりやすく遮った。
ヴェネッダはつい笑ってしまいそうになったが、そろそろ仲良しアピールも充分だろう。仕方なくデルシェードを見た。
「確かに。まあ、第一王子に対してはそれなりの態度だったから、一応、相手を選んで偉そうにしているようだ」
「貴族らしい貴族」
「たぶんね。平民については会話に出すのも、目にいれるのもだめ」
「貴族だなあ……」
貴族が平民に偉そうなのは、いまさら言うまでもない。平民に優しい貴族の方が珍しいのだ。
王都のことをあまり知らないヴェネッダでも、それはわかっている。グランノットをひとたび出れば、周辺の領地にもそういう貴族はいくらでもいた。
グランノット辺境伯のように、平民に混じって戦う方がおかしい。ましてや平民の成り上がりがあり得るなど、信じがたいことであるようだ。
「そろそろ曲が終わる」
「……最後にキスでもするか?」
「さすがにそれは……」
ヴェネッダがそっとねだり、リエレは消極的に拒否した。ヴェネッダがちょっと眉を下げる。
「い、嫌なわけではないけれど」
「うん。人前だものな」
実のところ初めてキスをした日から、もう何度かしている。
一度してしまえば何度しても同じ、というわけではないが心のハードルは明らかに下がった。繰り返すたびにまた下がる。
ヴェネッダとしては、夫婦だからいいのだ。
リエレにはためらいがあるが、ヴェネッダに望まれれば拒めない。嫌ではないのだ。まったく。
こんな中途半端な状態で良いのだろうかという困惑だ。
「ざんねんだ……」
心から悲しそうにヴェネッダが言う。その響きはリエレの胸をきゅっと痛めるほどだ。
しかし、いったい何が悲しいというのだろう。まるでそれではキスがしたいようだ。いや、キスがしたいのだ。
ヴェネッダはリエレとキスがしたいのだ。
リエレはそんなことをぐるぐると考えてしまった。
冷静になろう。
じっとリエレの口を見てくるヴェネッダも、冷静になるべきだ。そんなにキスがしたいのだろうか。キスをしたって何も得はないはずだ。
でもしたいかしたくないかと言われたら、リエレだってしたい。と、言わざるを得ない。
「……す、すまない、婿殿、困らせてしまった」
「いや……そんなことは」
「こうしていられるだけで充分だ。……今は」
いずれはもっと欲しい。
そんな響きを言葉の裏に感じてしまって、リエレはたまらなくなる。戦士たちの中にいれば揺るぎない辺境伯の次代である彼女が、実に健気に思えてたまらないのだ。
「…………うん」
何も言えなくなってしまい、リエレはただ頷いた。
指の先が震える。もっときつく抱きしめてしまいたくなった。そうするべきだろう。そうしたい。二人はもっと深く触れ合うべきだった。
意味のわからない強迫観念を振り払い、名残惜しく、リエレはヴェネッダから少しだけ距離を取った。
切なくヴェネッダが見つめてくる。
「……これはこれは、仲良くしていただいているようで、良かったな、リエレ」
「デルシェード殿下、お会いできて光栄です」
すぐにリエレは臣下の礼を取った。ただの一度も兄などと呼んだことはないし、弟として扱われたこともない。
だがそうなれば、ただの臣下にしてはひどい扱いをされている。都合の良いものだ。
ヴェネッダはデルシェードの姿をさっと見て、確かに偉そうだなと思った。挨拶など向こうからしてくるものだという態度だ。
これ幸い、ヴェネッダは田舎の無礼者になることにして、そそ、とリエレの体に隠れるようにした。無駄に触れるいちゃいちゃ感も忘れない。
「殿下のおかげをもちまして、妻にはよくして頂いております」
「ふふ」
ヴェネッダがリエレの耳元で笑う。
デルシェードの方など見なかった。挨拶されていないのだから、大した無礼にもならないだろう。
今のヴェネッダはリエレのことしか見えていないのだ。
「……ならば良いが。グランノット流はずいぶん王都とは違うようだ。おまえも苦労するだろうな」
「姫のためであれば、それも喜びです」
「おまえの顔が役立って良かったよ。威厳も何もない、踊り子の顔そのままに生まれてきてしまって、どうなるものかと心配していたんだ」
「ご配慮に感謝します」
リエレは美しく微笑んで礼を言った。デルシェードの顔が歪んだが、リエレはもうそちらを見てはいなかった。
ヴェネッダが袖を引くからだ。
「私はおまえの顔が好きだぞ」
「そう? だったらいいけど」
「中身も好きだ。私に優しくしてくれる。婿殿といると自分が本当に姫になった気がする」
「ふふ。本当にグランノットの姫だけどね」
「ドラゴンと戦うのは姫ではないだろう」
「そういうときはかっこいいから、姫じゃないもね。二度美味しいってことだ」
「ごほん!」
なかなか馬鹿げた会話に腹を立てたのか、デルシェードがわかりやすく遮った。
ヴェネッダはつい笑ってしまいそうになったが、そろそろ仲良しアピールも充分だろう。仕方なくデルシェードを見た。
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