(完結)獅子姫の婿殿

七辻ゆゆ

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「婿殿は、ダンスは誰に?」

 聞かれてリエレは少し考えた。

「……まだ小さなころは家庭教師をつけられていた」
「王家に?」
「そう。だから、教師に基礎を教えてもらった……のだと思う。あまり覚えていない」
「それにしては上手だ」

 音楽に合わせて、そしてヴェネッダに合わせて、リエレの動きは慣れたものだ。確かに周囲に比べて派手ではないが、ちゃんとできているように見える。

「母が踊り子なので」
「あ」

 ヴェネッダはすっかり忘れていた。
 いや、忘れてはいないが、すぐに思いつかなかった。踊り子を母に持つ王子。ヴェネッダにとっては、特に重要なことではない。

「職業以前に踊ることが好きなんだ。だからその授業を聞いていて、それをたびたび俺に教えてくれた」
「婿殿の教師なのに?」
「ふ、そうだね。俺より熱心で、俺より理解が早くて、楽しそうだった。踊ることに関してはそういう人なんだ」
「グランノットの踊りも気に入ってくれるだろうか?」
「宴で……数人でやっていた? こういう」

 思い出しながらリエレは、彼らのやっていたステップを踏んだ。ヴェネッダは一度かくんとぐらついたが、すぐに姿勢を取り戻す。

「ん、そう、これだ。こう」

 手振りも少しだけ付け加えて笑う。
 グランノットはドラゴンと対する、他にない特別な領地だ。入ってくる人間はあまりいないし、戦い以外のグランノットの文化がもてはやされることもない。
 だから宴で出る踊りなんてグランノット特有のものだ。

「他にないから、たぶん気に入ると思う」
「そうか! ぜひ踊ってほしい」
「うん。ぜひ。……ただ、母は踊りはなんでも好きだから、他の踊りも踊ると思う」

 リエレは母を思い返して微笑む。
 あまりにも踊り子らしい踊り子、踊り以外は何もできない、今でも少女のような母だ。簡単に楽しいことには乗せられるが、空気を読めないこともある。

 今更ながらにリエレは心配になった。王都が合わないのは間違いないが、グランノットでやっていけるだろうか。
 そんな心配ができるのも贅沢なことだ。母と共に、グランノットに行く。ヴェネッダがあまりにも当然に、そうしようと言ってくれた。

 目を細めて彼女の後ろに未来を見て、それから、別のものも見えた。

「……」
「婿殿?」
「デルシェード王子だ」
「第二王子?」
「そう。こっちを見ている」
「じゃあ、この曲はたっぷり仲良く踊ろう」

 ヴェネッダの言葉にもちろん頷いて、微笑みをかわしながら揺れる。距離はいっそう近づいて、互いに重みをかけあうようだ。
 ダンスが上手くなくてよかったかもしれない。慣れないたどたどしさが、二人の少し行き過ぎた接触をどうにか微笑ましいものにさせていた。

「ふふ」

 ヴェネッダが笑うとリエレも笑う。互いしか見えないように、見つめながらくるりくるりと回った。視界の端で会場の様子を確認している。

 第二王子デルシェードは相変わらずそこにいるようだ。不愉快になってすぐに立ち去ることも考えられたので、良いことだ。こちらから引き止めたのでは、必死になっていると知られてしまう。

 二人は、少なくともヴェネッダは、リエレの母を心配などしていない。そう思わせないといけない。

 デルシェードのそばには彼の側近が二人いる。王城の中であるから、張り付くような護衛ではない。社交の補佐のためにいるのだろう。

「彼はどういう人なんだ?」

 頭をこてりと肩に寄せるようにして、ヴェネッダが聞く。
 実際のところ、少し緊張はしていた。男性にこんな馴れ馴れしい態度をとるのは初めてなのだ。多くの戦士と同じ杯で酒を飲むこととは、まったく話が違う。

「……私的な付き合いはなかったよ。たまに王室の行事で会うと、偉そうにされたくらいかな」

 リエレは、こんな馴れ馴れしい態度を女性に取られるのは初めてではない。この王都でリエレに近づいてくるのは大抵、そういう目的の女性だったものだ。
 しかしヴェネッダにされると、不思議なほど嫌悪感がなかった。あんなに鬱陶しかったのに、彼女のことはむしろ愛らしく感じている。相手によるのだなと思う。
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