22 / 41
22
しおりを挟む
「婿殿は、ダンスは誰に?」
聞かれてリエレは少し考えた。
「……まだ小さなころは家庭教師をつけられていた」
「王家に?」
「そう。だから、教師に基礎を教えてもらった……のだと思う。あまり覚えていない」
「それにしては上手だ」
音楽に合わせて、そしてヴェネッダに合わせて、リエレの動きは慣れたものだ。確かに周囲に比べて派手ではないが、ちゃんとできているように見える。
「母が踊り子なので」
「あ」
ヴェネッダはすっかり忘れていた。
いや、忘れてはいないが、すぐに思いつかなかった。踊り子を母に持つ王子。ヴェネッダにとっては、特に重要なことではない。
「職業以前に踊ることが好きなんだ。だからその授業を聞いていて、それをたびたび俺に教えてくれた」
「婿殿の教師なのに?」
「ふ、そうだね。俺より熱心で、俺より理解が早くて、楽しそうだった。踊ることに関してはそういう人なんだ」
「グランノットの踊りも気に入ってくれるだろうか?」
「宴で……数人でやっていた? こういう」
思い出しながらリエレは、彼らのやっていたステップを踏んだ。ヴェネッダは一度かくんとぐらついたが、すぐに姿勢を取り戻す。
「ん、そう、これだ。こう」
手振りも少しだけ付け加えて笑う。
グランノットはドラゴンと対する、他にない特別な領地だ。入ってくる人間はあまりいないし、戦い以外のグランノットの文化がもてはやされることもない。
だから宴で出る踊りなんてグランノット特有のものだ。
「他にないから、たぶん気に入ると思う」
「そうか! ぜひ踊ってほしい」
「うん。ぜひ。……ただ、母は踊りはなんでも好きだから、他の踊りも踊ると思う」
リエレは母を思い返して微笑む。
あまりにも踊り子らしい踊り子、踊り以外は何もできない、今でも少女のような母だ。簡単に楽しいことには乗せられるが、空気を読めないこともある。
今更ながらにリエレは心配になった。王都が合わないのは間違いないが、グランノットでやっていけるだろうか。
そんな心配ができるのも贅沢なことだ。母と共に、グランノットに行く。ヴェネッダがあまりにも当然に、そうしようと言ってくれた。
目を細めて彼女の後ろに未来を見て、それから、別のものも見えた。
「……」
「婿殿?」
「デルシェード王子だ」
「第二王子?」
「そう。こっちを見ている」
「じゃあ、この曲はたっぷり仲良く踊ろう」
ヴェネッダの言葉にもちろん頷いて、微笑みをかわしながら揺れる。距離はいっそう近づいて、互いに重みをかけあうようだ。
ダンスが上手くなくてよかったかもしれない。慣れないたどたどしさが、二人の少し行き過ぎた接触をどうにか微笑ましいものにさせていた。
「ふふ」
ヴェネッダが笑うとリエレも笑う。互いしか見えないように、見つめながらくるりくるりと回った。視界の端で会場の様子を確認している。
第二王子デルシェードは相変わらずそこにいるようだ。不愉快になってすぐに立ち去ることも考えられたので、良いことだ。こちらから引き止めたのでは、必死になっていると知られてしまう。
二人は、少なくともヴェネッダは、リエレの母を心配などしていない。そう思わせないといけない。
デルシェードのそばには彼の側近が二人いる。王城の中であるから、張り付くような護衛ではない。社交の補佐のためにいるのだろう。
「彼はどういう人なんだ?」
頭をこてりと肩に寄せるようにして、ヴェネッダが聞く。
実際のところ、少し緊張はしていた。男性にこんな馴れ馴れしい態度をとるのは初めてなのだ。多くの戦士と同じ杯で酒を飲むこととは、まったく話が違う。
「……私的な付き合いはなかったよ。たまに王室の行事で会うと、偉そうにされたくらいかな」
リエレは、こんな馴れ馴れしい態度を女性に取られるのは初めてではない。この王都でリエレに近づいてくるのは大抵、そういう目的の女性だったものだ。
しかしヴェネッダにされると、不思議なほど嫌悪感がなかった。あんなに鬱陶しかったのに、彼女のことはむしろ愛らしく感じている。相手によるのだなと思う。
聞かれてリエレは少し考えた。
「……まだ小さなころは家庭教師をつけられていた」
「王家に?」
「そう。だから、教師に基礎を教えてもらった……のだと思う。あまり覚えていない」
「それにしては上手だ」
音楽に合わせて、そしてヴェネッダに合わせて、リエレの動きは慣れたものだ。確かに周囲に比べて派手ではないが、ちゃんとできているように見える。
「母が踊り子なので」
「あ」
ヴェネッダはすっかり忘れていた。
いや、忘れてはいないが、すぐに思いつかなかった。踊り子を母に持つ王子。ヴェネッダにとっては、特に重要なことではない。
「職業以前に踊ることが好きなんだ。だからその授業を聞いていて、それをたびたび俺に教えてくれた」
「婿殿の教師なのに?」
「ふ、そうだね。俺より熱心で、俺より理解が早くて、楽しそうだった。踊ることに関してはそういう人なんだ」
「グランノットの踊りも気に入ってくれるだろうか?」
「宴で……数人でやっていた? こういう」
思い出しながらリエレは、彼らのやっていたステップを踏んだ。ヴェネッダは一度かくんとぐらついたが、すぐに姿勢を取り戻す。
「ん、そう、これだ。こう」
手振りも少しだけ付け加えて笑う。
グランノットはドラゴンと対する、他にない特別な領地だ。入ってくる人間はあまりいないし、戦い以外のグランノットの文化がもてはやされることもない。
だから宴で出る踊りなんてグランノット特有のものだ。
「他にないから、たぶん気に入ると思う」
「そうか! ぜひ踊ってほしい」
「うん。ぜひ。……ただ、母は踊りはなんでも好きだから、他の踊りも踊ると思う」
リエレは母を思い返して微笑む。
あまりにも踊り子らしい踊り子、踊り以外は何もできない、今でも少女のような母だ。簡単に楽しいことには乗せられるが、空気を読めないこともある。
今更ながらにリエレは心配になった。王都が合わないのは間違いないが、グランノットでやっていけるだろうか。
そんな心配ができるのも贅沢なことだ。母と共に、グランノットに行く。ヴェネッダがあまりにも当然に、そうしようと言ってくれた。
目を細めて彼女の後ろに未来を見て、それから、別のものも見えた。
「……」
「婿殿?」
「デルシェード王子だ」
「第二王子?」
「そう。こっちを見ている」
「じゃあ、この曲はたっぷり仲良く踊ろう」
ヴェネッダの言葉にもちろん頷いて、微笑みをかわしながら揺れる。距離はいっそう近づいて、互いに重みをかけあうようだ。
ダンスが上手くなくてよかったかもしれない。慣れないたどたどしさが、二人の少し行き過ぎた接触をどうにか微笑ましいものにさせていた。
「ふふ」
ヴェネッダが笑うとリエレも笑う。互いしか見えないように、見つめながらくるりくるりと回った。視界の端で会場の様子を確認している。
第二王子デルシェードは相変わらずそこにいるようだ。不愉快になってすぐに立ち去ることも考えられたので、良いことだ。こちらから引き止めたのでは、必死になっていると知られてしまう。
二人は、少なくともヴェネッダは、リエレの母を心配などしていない。そう思わせないといけない。
デルシェードのそばには彼の側近が二人いる。王城の中であるから、張り付くような護衛ではない。社交の補佐のためにいるのだろう。
「彼はどういう人なんだ?」
頭をこてりと肩に寄せるようにして、ヴェネッダが聞く。
実際のところ、少し緊張はしていた。男性にこんな馴れ馴れしい態度をとるのは初めてなのだ。多くの戦士と同じ杯で酒を飲むこととは、まったく話が違う。
「……私的な付き合いはなかったよ。たまに王室の行事で会うと、偉そうにされたくらいかな」
リエレは、こんな馴れ馴れしい態度を女性に取られるのは初めてではない。この王都でリエレに近づいてくるのは大抵、そういう目的の女性だったものだ。
しかしヴェネッダにされると、不思議なほど嫌悪感がなかった。あんなに鬱陶しかったのに、彼女のことはむしろ愛らしく感じている。相手によるのだなと思う。
136
お気に入りに追加
501
あなたにおすすめの小説
「おまえを愛することはない。名目上の妻、使用人として仕えろ」と言われましたが、あなたは誰ですか!?
kieiku
恋愛
いったい何が起こっているのでしょうか。式の当日、現れた男にめちゃくちゃなことを言われました。わたくし、この男と結婚するのですか……?
悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。
三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。
何度も断罪を回避しようとしたのに!
では、こんな国など出ていきます!
婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました
kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」
王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。
【完結】婚約者が好きなのです
maruko
恋愛
リリーベルの婚約者は誰にでも優しいオーラン・ドートル侯爵令息様。
でもそんな優しい婚約者がたった一人に対してだけ何故か冷たい。
冷たくされてるのはアリー・メーキリー侯爵令嬢。
彼の幼馴染だ。
そんなある日。偶然アリー様がこらえきれない涙を流すのを見てしまった。見つめる先には婚約者の姿。
私はどうすればいいのだろうか。
全34話(番外編含む)
※他サイトにも投稿しております
※1話〜4話までは文字数多めです
注)感想欄は全話読んでから閲覧ください(汗)
【完結】離縁されたので実家には戻らずに自由にさせて貰います!
山葵
恋愛
「キリア、俺と離縁してくれ。ライラの御腹には俺の子が居る。産まれてくる子を庶子としたくない。お前に子供が授からなかったのも悪いのだ。慰謝料は払うから、離婚届にサインをして出て行ってくれ!」
夫のカイロは、自分の横にライラさんを座らせ、向かいに座る私に離婚届を差し出した。
婚約者だと思っていた人に「俺が望んだことじゃない」と言われました。大好きだから、解放してあげようと思います
kieiku
恋愛
サリは商会の一人娘で、ジークと結婚して商会を継ぐと信じて頑張っていた。
でも近ごろのジークは非協力的で、結婚について聞いたら「俺が望んだことじゃない」と言われてしまった。
サリはたくさん泣いたあとで、ジークをずっと付き合わせてしまったことを反省し、解放してあげることにした。
ひとりで商会を継ぐことを決めたサリだったが、新たな申し出が……
【完結】婚姻無効になったので新しい人生始めます~前世の記憶を思い出して家を出たら、愛も仕事も手に入れて幸せになりました~
Na20
恋愛
セレーナは嫁いで三年が経ってもいまだに旦那様と使用人達に受け入れられないでいた。
そんな時頭をぶつけたことで前世の記憶を思い出し、家を出ていくことを決意する。
「…そうだ、この結婚はなかったことにしよう」
※ご都合主義、ふんわり設定です
※小説家になろう様にも掲載しています
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる