獅子姫の婿殿

七辻ゆゆ

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「む、婿殿、やはりこれは、ひらひらしすぎではないか? とても目にうるさいように思うんだが」
「うーん……姫にはもっと動きやすい方が似合うだろうけど、今の流行だから、目立ちはしないと思う」
「そう……か、そうか?」

 ヴェネッダはこれでも辺境伯家の娘であるから、ドレスを着慣れないということはない。近隣の領との親睦のためであったり、辺境伯の名代として公式の場に出ることもあった。
 しかし王都とはあまり縁がない。
 辺境近くの領ではやはり、華美な装いはあまり流行らないのだ。

「ベニラ殿はもっと重ねようと言っていたが」
「あいつの言うことを聞いていたら大変だ。極端なんだ」
「でも姫に似合うものはよく知っていると思う。……姫、そろそろ入口だ」
「ああ」

 ヴェネッダはリエレの腕をしっかり掴んだ。
 仲の良いところを、それもヴェネッダがすっかり骨抜きだということを周囲に示しておこう。

 本日の夜会は王城で行われる。
 正式な謁見を申し込むより、こちらの方が良いだろうと判断したのだ。そもそも表向き、リエレの母は体調が悪くて王都にとどまっているだけだ。人質を返せと言っても話にならない。

「姫には面倒を……」
「それは言わないでくれ、婿殿。なんだか寂しい。我々は夫婦だ」

 そう言ってくれるのは嬉しいのだが、返すものがないリエレは困ってしまう。だが母を諦めることなどできるはずもないのだ。

「婿殿、じっと目を合わせよう。その方がきっと仲良しだ」
「……確かに」
「ふふ。でも転ばないように気をつけよう」
「それは、うん」

 二人は見つめ合いながら門番に身分を証明し、王城に足を踏み入れた。
 きらびやかな景色は二人にとって慣れないものだ。リエレは王子として育ったが、ほとんど母の寂れた離宮にいるか、下町に買い物に出るだけだった。

 このような世界に憧れがあるわけでもないので、リエレは眩しいなと思いながら、見知った姿を探す。

「いるか?」
「……いまのところ見当たらない。盛り上がった頃に来るのかもしれない」
「まあ、そうか。……じゃあ離れないでくれ」
「もちろん」

 辺境伯の娘と、顔だけ有名で、めったに姿を見せなかった王子だ。物珍しげな視線がいくつかある。二人が離れてしまえば、それぞれどうでもいい相手にダンスを乞われるかもしれない。
 いや、乞われるに違いないとヴェネッダは思う。なんといっても自分の夫はとても麗しいのだ。

「婿殿、ダンスは?」
「すまない、あまり」
「なら一緒だ」

「でも姫ならすぐに得意になりそうだ」
「そうだろうか? 体力はあると思うが……婿殿はすぐコツを覚えそうだ」
「ううん……どうだろう。ダンスと組手は似ていると思う?」
「まあ、ドラゴンと人間くらいには」
「ふ」

 互いに笑い合って、少し肩から力が抜けた。
 ともかくターゲットがいないのでは仕方がない。あとは仲の良さを振りまくくらいしかやることがないのだ。

 ヴェネッダにとってそれは願ったりだ。母を心配しているリエレには悪いが、心配しても仕方がないのだから、今は許してほしい。
 どうしたってリエレといると浮かれてしまう。

 顔のせいか?
 いや、実のところ、顔を見る前からヴェネッダはリエレに会いたかった。婚姻が決まったときにくれた手紙が、今でもヴェネッダの宝物だ。
 辺境では見たことのない優しい文章だった。たぶんリエレにしてみれば、礼儀通りの手紙だったのだろうけれど。

「なら、なんとかなるかもしれないな。……踊ろうか?」
「喜んで」

 手を差し伸べられて、ヴェネッダは恥ずかしいくらいすぐに取った。だって仕方がないだろう、嬉しいのだ。
 ヴェネッダが嬉しそうにしていると、リエレも嬉しく思う。なにしろ感情表現の素直な人だ。こんなことに巻き込んでしまったのだから、せめて少しでも喜ばせたいと思う。
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