21 / 41
21
しおりを挟む
「む、婿殿、やはりこれは、ひらひらしすぎではないか? とても目にうるさいように思うんだが」
「うーん……姫にはもっと動きやすい方が似合うだろうけど、今の流行だから、目立ちはしないと思う」
「そう……か、そうか?」
ヴェネッダはこれでも辺境伯家の娘であるから、ドレスを着慣れないということはない。近隣の領との親睦のためであったり、辺境伯の名代として公式の場に出ることもあった。
しかし王都とはあまり縁がない。
辺境近くの領ではやはり、華美な装いはあまり流行らないのだ。
「ベニラ殿はもっと重ねようと言っていたが」
「あいつの言うことを聞いていたら大変だ。極端なんだ」
「でも姫に似合うものはよく知っていると思う。……姫、そろそろ入口だ」
「ああ」
ヴェネッダはリエレの腕をしっかり掴んだ。
仲の良いところを、それもヴェネッダがすっかり骨抜きだということを周囲に示しておこう。
本日の夜会は王城で行われる。
正式な謁見を申し込むより、こちらの方が良いだろうと判断したのだ。そもそも表向き、リエレの母は体調が悪くて王都にとどまっているだけだ。人質を返せと言っても話にならない。
「姫には面倒を……」
「それは言わないでくれ、婿殿。なんだか寂しい。我々は夫婦だ」
そう言ってくれるのは嬉しいのだが、返すものがないリエレは困ってしまう。だが母を諦めることなどできるはずもないのだ。
「婿殿、じっと目を合わせよう。その方がきっと仲良しだ」
「……確かに」
「ふふ。でも転ばないように気をつけよう」
「それは、うん」
二人は見つめ合いながら門番に身分を証明し、王城に足を踏み入れた。
きらびやかな景色は二人にとって慣れないものだ。リエレは王子として育ったが、ほとんど母の寂れた離宮にいるか、下町に買い物に出るだけだった。
このような世界に憧れがあるわけでもないので、リエレは眩しいなと思いながら、見知った姿を探す。
「いるか?」
「……いまのところ見当たらない。盛り上がった頃に来るのかもしれない」
「まあ、そうか。……じゃあ離れないでくれ」
「もちろん」
辺境伯の娘と、顔だけ有名で、めったに姿を見せなかった王子だ。物珍しげな視線がいくつかある。二人が離れてしまえば、それぞれどうでもいい相手にダンスを乞われるかもしれない。
いや、乞われるに違いないとヴェネッダは思う。なんといっても自分の夫はとても麗しいのだ。
「婿殿、ダンスは?」
「すまない、あまり」
「なら一緒だ」
「でも姫ならすぐに得意になりそうだ」
「そうだろうか? 体力はあると思うが……婿殿はすぐコツを覚えそうだ」
「ううん……どうだろう。ダンスと組手は似ていると思う?」
「まあ、ドラゴンと人間くらいには」
「ふ」
互いに笑い合って、少し肩から力が抜けた。
ともかくターゲットがいないのでは仕方がない。あとは仲の良さを振りまくくらいしかやることがないのだ。
ヴェネッダにとってそれは願ったりだ。母を心配しているリエレには悪いが、心配しても仕方がないのだから、今は許してほしい。
どうしたってリエレといると浮かれてしまう。
顔のせいか?
いや、実のところ、顔を見る前からヴェネッダはリエレに会いたかった。婚姻が決まったときにくれた手紙が、今でもヴェネッダの宝物だ。
辺境では見たことのない優しい文章だった。たぶんリエレにしてみれば、礼儀通りの手紙だったのだろうけれど。
「なら、なんとかなるかもしれないな。……踊ろうか?」
「喜んで」
手を差し伸べられて、ヴェネッダは恥ずかしいくらいすぐに取った。だって仕方がないだろう、嬉しいのだ。
ヴェネッダが嬉しそうにしていると、リエレも嬉しく思う。なにしろ感情表現の素直な人だ。こんなことに巻き込んでしまったのだから、せめて少しでも喜ばせたいと思う。
「うーん……姫にはもっと動きやすい方が似合うだろうけど、今の流行だから、目立ちはしないと思う」
「そう……か、そうか?」
ヴェネッダはこれでも辺境伯家の娘であるから、ドレスを着慣れないということはない。近隣の領との親睦のためであったり、辺境伯の名代として公式の場に出ることもあった。
しかし王都とはあまり縁がない。
辺境近くの領ではやはり、華美な装いはあまり流行らないのだ。
「ベニラ殿はもっと重ねようと言っていたが」
「あいつの言うことを聞いていたら大変だ。極端なんだ」
「でも姫に似合うものはよく知っていると思う。……姫、そろそろ入口だ」
「ああ」
ヴェネッダはリエレの腕をしっかり掴んだ。
仲の良いところを、それもヴェネッダがすっかり骨抜きだということを周囲に示しておこう。
本日の夜会は王城で行われる。
正式な謁見を申し込むより、こちらの方が良いだろうと判断したのだ。そもそも表向き、リエレの母は体調が悪くて王都にとどまっているだけだ。人質を返せと言っても話にならない。
「姫には面倒を……」
「それは言わないでくれ、婿殿。なんだか寂しい。我々は夫婦だ」
そう言ってくれるのは嬉しいのだが、返すものがないリエレは困ってしまう。だが母を諦めることなどできるはずもないのだ。
「婿殿、じっと目を合わせよう。その方がきっと仲良しだ」
「……確かに」
「ふふ。でも転ばないように気をつけよう」
「それは、うん」
二人は見つめ合いながら門番に身分を証明し、王城に足を踏み入れた。
きらびやかな景色は二人にとって慣れないものだ。リエレは王子として育ったが、ほとんど母の寂れた離宮にいるか、下町に買い物に出るだけだった。
このような世界に憧れがあるわけでもないので、リエレは眩しいなと思いながら、見知った姿を探す。
「いるか?」
「……いまのところ見当たらない。盛り上がった頃に来るのかもしれない」
「まあ、そうか。……じゃあ離れないでくれ」
「もちろん」
辺境伯の娘と、顔だけ有名で、めったに姿を見せなかった王子だ。物珍しげな視線がいくつかある。二人が離れてしまえば、それぞれどうでもいい相手にダンスを乞われるかもしれない。
いや、乞われるに違いないとヴェネッダは思う。なんといっても自分の夫はとても麗しいのだ。
「婿殿、ダンスは?」
「すまない、あまり」
「なら一緒だ」
「でも姫ならすぐに得意になりそうだ」
「そうだろうか? 体力はあると思うが……婿殿はすぐコツを覚えそうだ」
「ううん……どうだろう。ダンスと組手は似ていると思う?」
「まあ、ドラゴンと人間くらいには」
「ふ」
互いに笑い合って、少し肩から力が抜けた。
ともかくターゲットがいないのでは仕方がない。あとは仲の良さを振りまくくらいしかやることがないのだ。
ヴェネッダにとってそれは願ったりだ。母を心配しているリエレには悪いが、心配しても仕方がないのだから、今は許してほしい。
どうしたってリエレといると浮かれてしまう。
顔のせいか?
いや、実のところ、顔を見る前からヴェネッダはリエレに会いたかった。婚姻が決まったときにくれた手紙が、今でもヴェネッダの宝物だ。
辺境では見たことのない優しい文章だった。たぶんリエレにしてみれば、礼儀通りの手紙だったのだろうけれど。
「なら、なんとかなるかもしれないな。……踊ろうか?」
「喜んで」
手を差し伸べられて、ヴェネッダは恥ずかしいくらいすぐに取った。だって仕方がないだろう、嬉しいのだ。
ヴェネッダが嬉しそうにしていると、リエレも嬉しく思う。なにしろ感情表現の素直な人だ。こんなことに巻き込んでしまったのだから、せめて少しでも喜ばせたいと思う。
199
お気に入りに追加
527
あなたにおすすめの小説

「お前を愛することはない」と言った夫がざまぁされて、イケメンの弟君に変わっていました!?
kieiku
恋愛
「お前を愛することはない。私が愛するのはただひとり、あの女神のようなルシャータだけだ。たとえお前がどんな汚らわしい手段を取ろうと、この私の心も体も、」
「そこまでです、兄上」
「なっ!?」
初夜の場だったはずですが、なんだか演劇のようなことが始まってしまいました。私、いつ演劇場に来たのでしょうか。

てめぇの所為だよ
章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました
山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。
王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。
レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。
3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。
将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ!
「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」
ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている?
婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

乙女ゲームはエンディングを迎えました。
章槻雅希
ファンタジー
卒業パーティでのジョフロワ王子の婚約破棄宣言を以って、乙女ゲームはエンディングを迎えた。
これからは王子の妻となって幸せに贅沢をして暮らすだけだと笑ったゲームヒロインのエヴリーヌ。
だが、宣言後、ゲームが終了するとなにやら可笑しい。エヴリーヌの予想とは違う展開が起こっている。
一体何がどうなっているのか、呆然とするエヴリーヌにジョフロワから衝撃的な言葉が告げられる。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様・自サイトに重複投稿。

冷たかった夫が別人のように豹変した
京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。
ざまぁ。ゆるゆる設定

あなたを忘れる魔法があれば
美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。
ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。
私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――?
これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような??
R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。
※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます
子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。
さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。
忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。
「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」
気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、
「信じられない!離縁よ!離縁!」
深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。
結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

押し付けられた仕事は致しません。
章槻雅希
ファンタジー
婚約者に自分の仕事を押し付けて遊びまくる王太子。王太子の婚約破棄茶番によって新たな婚約者となった大公令嬢はそれをきっぱり拒否する。『わたくしの仕事ではありませんので、お断りいたします』と。
書きたいことを書いたら、まとまりのない文章になってしまいました。勿体ない精神で投稿します。
『小説家になろう』『Pixiv』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる