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宴はリエレを中心に再び盛り上がったが、ほどほどのところで彼は妻を連れて辞した。
新婚夫婦のことを誰も邪魔はしない。少しのからかいを込めた声がかけられたが、彼らの幸福を祈る声でもある。
そして二人は辺境伯邸の自室にたどり着いた。
「……婿殿」
ヴェネッダはすぐに、今まで堪えていたものを開放してリエレに迫った。
「あれは!? 婿殿、戦えたのか? なぜ? どうやって? すごい動きだった!」
興奮である。
あまりの興奮を自覚していたので、ここまで堪えていたのだ。いくら誰もいない場所でも、ちょっと人には見せたくないほどの興奮だった。
「あ、ええっと、大したことじゃないんだが」
リエレは少し引き気味になりながら答えた。
隠していたわけではない。ただ、先に言ってもあまり信じられない気がしたのだ。リエレの見た目は完全に優男であるし、性格も攻撃的なものではない。
「王子というのはああいったことも学ぶのか?」
「そんなことはないよ。王子扱いされていたわけでもない。ただ、母上を守るためには必要だったから、クルッサが色々と教えてくれた」
「クルッサ! 何者!」
もはや単語だけで話すほど興奮した妻に、リエレは少し笑って腰に手を回し、誘導してベッドに座らせた。
討伐からの宴会のあとだ。疲れていないわけはない。
どうも寝かしつけられそうな気がしたヴェネッダは、しっかりリエレにしがみついた。抱きついたとも言う。
「……っ、クルッサは、もともと王家の暗部にいて」
「暗部!」
ヴェネッダが満面の笑みになった。
「知っているぞ。姫のために悪い奴らを懲らしめて、しかもそれを主張しないかっこいい奴らだ」
「ああうん、小説か演劇かなにか……? まあ、色々とできる人なんだ。出世欲がなくてうちの離宮にサボりに来てた」
「サボり」
「それでうちの母と仲良くなって、俺にも良くしてくれている」
リエレは説明しながら、自分でもわけがわからないなと思った。
子供の頃からそばにいるので、もちろん感謝はしているが、いて当たり前の存在だったのだ。王家から給料を貰っているのだと思うが、それにしても過分な世話をしてもらっていた。
今度会ったら改めて礼をしようと思った。リエレは何も持たないが、せめて言葉くらいは尽くせる。
「そうか、では婿殿の師匠ということだな」
「いや……まあ、そうだろうか」
様々なことを教えてもらった。
彼がいなければ母も自分も生きられなかっただろう。
「なあ婿殿、それでだ、あの時どうやったんだ? こう、腕を握ったあと」
「ん、んん~」
ヴェネッダが実に無邪気に腕を掴んで引っ張るので、リエレは困った。なんと言っても、ここはベッドの上なのだ。そしてヴェネッダは魅力的な女だった。
そう、魅力的なのだ。
王都の貴族女性とはあまりにも違う。
淑やかさの裏で侮蔑され続けたリエレにとって、ヴェネッダの無邪気さはたまらなく貴重なものに感じる。同じ人間だと感じさせてくれる、尊敬すべき善性の持ち主であり、これだけで充分だろうに、抱きしめたくなるような魅力があった。
尊敬と欲は相反するものではないだろうか?
エンゼンの態度はヴェネッダを尊敬するものではなかった。しかし、理解できてしまう部分があるのだ。
許され、親しくされては誤解してしまう。
「婿殿はエンゼンよりずっと軽いだろう。うん? それとも意外に重いのか」
「っ姫」
思い切り体重をかけて引っ張られて、そうなれば姿勢を保てない。リエレはそれほど体を鍛えているわけではないのだ。
「あれ」
あっさり倒れ込んできたのでヴェネッダは首を傾げた。そのまま少し膝をたてて、リエレの重さを確認する。見た目通りというべきか、そんなに重くない。
ヴェネッダはぺたぺたとリエレの体に触れた。腕は細い。腰も細い。太ももも細い。女人ほどではないが、男性としてはグランノットではありえない細さだ。
新婚夫婦のことを誰も邪魔はしない。少しのからかいを込めた声がかけられたが、彼らの幸福を祈る声でもある。
そして二人は辺境伯邸の自室にたどり着いた。
「……婿殿」
ヴェネッダはすぐに、今まで堪えていたものを開放してリエレに迫った。
「あれは!? 婿殿、戦えたのか? なぜ? どうやって? すごい動きだった!」
興奮である。
あまりの興奮を自覚していたので、ここまで堪えていたのだ。いくら誰もいない場所でも、ちょっと人には見せたくないほどの興奮だった。
「あ、ええっと、大したことじゃないんだが」
リエレは少し引き気味になりながら答えた。
隠していたわけではない。ただ、先に言ってもあまり信じられない気がしたのだ。リエレの見た目は完全に優男であるし、性格も攻撃的なものではない。
「王子というのはああいったことも学ぶのか?」
「そんなことはないよ。王子扱いされていたわけでもない。ただ、母上を守るためには必要だったから、クルッサが色々と教えてくれた」
「クルッサ! 何者!」
もはや単語だけで話すほど興奮した妻に、リエレは少し笑って腰に手を回し、誘導してベッドに座らせた。
討伐からの宴会のあとだ。疲れていないわけはない。
どうも寝かしつけられそうな気がしたヴェネッダは、しっかりリエレにしがみついた。抱きついたとも言う。
「……っ、クルッサは、もともと王家の暗部にいて」
「暗部!」
ヴェネッダが満面の笑みになった。
「知っているぞ。姫のために悪い奴らを懲らしめて、しかもそれを主張しないかっこいい奴らだ」
「ああうん、小説か演劇かなにか……? まあ、色々とできる人なんだ。出世欲がなくてうちの離宮にサボりに来てた」
「サボり」
「それでうちの母と仲良くなって、俺にも良くしてくれている」
リエレは説明しながら、自分でもわけがわからないなと思った。
子供の頃からそばにいるので、もちろん感謝はしているが、いて当たり前の存在だったのだ。王家から給料を貰っているのだと思うが、それにしても過分な世話をしてもらっていた。
今度会ったら改めて礼をしようと思った。リエレは何も持たないが、せめて言葉くらいは尽くせる。
「そうか、では婿殿の師匠ということだな」
「いや……まあ、そうだろうか」
様々なことを教えてもらった。
彼がいなければ母も自分も生きられなかっただろう。
「なあ婿殿、それでだ、あの時どうやったんだ? こう、腕を握ったあと」
「ん、んん~」
ヴェネッダが実に無邪気に腕を掴んで引っ張るので、リエレは困った。なんと言っても、ここはベッドの上なのだ。そしてヴェネッダは魅力的な女だった。
そう、魅力的なのだ。
王都の貴族女性とはあまりにも違う。
淑やかさの裏で侮蔑され続けたリエレにとって、ヴェネッダの無邪気さはたまらなく貴重なものに感じる。同じ人間だと感じさせてくれる、尊敬すべき善性の持ち主であり、これだけで充分だろうに、抱きしめたくなるような魅力があった。
尊敬と欲は相反するものではないだろうか?
エンゼンの態度はヴェネッダを尊敬するものではなかった。しかし、理解できてしまう部分があるのだ。
許され、親しくされては誤解してしまう。
「婿殿はエンゼンよりずっと軽いだろう。うん? それとも意外に重いのか」
「っ姫」
思い切り体重をかけて引っ張られて、そうなれば姿勢を保てない。リエレはそれほど体を鍛えているわけではないのだ。
「あれ」
あっさり倒れ込んできたのでヴェネッダは首を傾げた。そのまま少し膝をたてて、リエレの重さを確認する。見た目通りというべきか、そんなに重くない。
ヴェネッダはぺたぺたとリエレの体に触れた。腕は細い。腰も細い。太ももも細い。女人ほどではないが、男性としてはグランノットではありえない細さだ。
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