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「え、ええと……ありがとう、姫」
リエレは恥ずかしげな様子で、困ったように微笑んだ。そういう控えめなところだ。そういうところにヴェネッダはグッと来てしまう。こんな男は他にいないと思ってしまうのだ。
「結婚が決まったときに、婿殿からもらった手紙は今でも」
「え、あの手紙?」
「いい加減にしろ!」
ヴェネッダの言葉を遮って、エンゼンが声をあげた。
今まで以上の、森まで響き渡るほどの声だった。ヴェネッダはとっさにリエレを庇おうと彼の前に出る。
エンゼンがそれを見て舌打ちした。
「何だ、そりゃあ……何の役にも立たねえ、クソみてえなやつだ、クソみてぇな男だろうが!」
こうまで侮辱されてはやはり会話をする価値もないだろう。ヴェネッダは再び剣を握り、抜こうとした。
「姫」
「え……?」
「ここは任せて」
「だが……」
エンゼンを怒らせることは予定通りだ。リエレを認めさせるためには、ある程度の騒動が必要だ。それを上手くおさめることだ。
しかしヴェネッダはどのように始末をつけるのか、聞いていない。聞いてもわからないと思ったからだ。リエレが戦うわけがないから、きっと言葉で、あるいは何かの情報でエンゼンを説得することができるのだろう。
そう思っていた。
しかし予想以上にエンゼンは怒っている。理性も知性もなさそうな怒りだ。本当に、大丈夫なのだろうか?
だがリエレは目を細めて、大丈夫だと伝えてくるのだ。
ヴェネッダは一瞬だけ迷った。けれど、思う男を信じることにした。それでも警戒しながら、二人の間から退く。
「ふん、女の尻に守られるほどクソじゃなかったらしいなあ? それともただの虚勢か? ああ?」
「姫は俺の方が好きらしいので、そろそろ引いた方が良いと思う」
「……あああぁ!?」
「男として余裕のあるところを見せるべきだろう」
「……こ、の」
「それに、人間相手に暴力を振るうと除隊になるはずだ」
「だったら決闘だ! おまえを叩きのめしてヴィネの名誉を守る。こいつはこんなみっともねえ女じゃねえんだ!」
「……ずいぶん雑な決闘だ」
「ハッ、怖気付いたか、そりゃそうだよなあ、いますぐ地に手をついて謝ってみたらどうだ?」
「いや」
「そーかよ、だったら死ね」
エンゼンが剣を握り、振り上げた。それはあまりに大ぶりだ。反撃されることを考えてもいない、力任せの一撃だった。
宴の場にいくつも悲鳴があがる。
ドラゴンを相手取る戦士が力を振るえば、一般人などひとたまりもない。ましてやリエレのような優男が、耐えられるとはとても思えなかったのだ。
「婿ど……のっ!?」
ヴェネッダはすぐに割って入ろうとした。
けれど、信じがたいことにリエレの動きの方が早かった。するりと流れるように、風に押されたように、無駄のない動きでエンゼンの懐に入り込んだ。
そのままエンゼンに重なり、彼の体の下をくぐるようにして投げた。
「うっ、が!?」
あまりにきれいな投げ方で、誰もそれが荒事だと思わなかったかもしれない。宴の場はまた静まり、ただエンゼンの苦しむ声だけが響いた。
「ぐっ、げほ、げほっ!」
「やりすぎたかな。すまない、君は次期隊長として期待されている人だろう?」
何もわかっていないような笑顔で、リエレは彼の前にかがんだ。エンゼンはなにか言おうとしたが、喉を押さえて咳き込む。
それもそうだろう。
ヴェネッダには見えていた。リエレは投げ飛ばす瞬間に、片手でエンゼンの喉を突いたのだ。ただ触れただけのような流麗なやり方だったが、この様子では、しばらくエンゼンの喉は使い物にならないだろう。
「俺も期待している。人相手なら多少の心得があるが、ドラゴンと戦う力は俺にはないからね。仲間として、これからも妻を助けてほしい」
それからリエレは立ち上がって、宴の人々とじっくり視線を合わせた。
「君たちもどうか、よろしく頼む」
静寂のあと「おお!」と誰かが鬨の声のように叫んだ。
ほとんど反射であったかもしれない。それから誰かが「任せておけ」と言い「ようこそグランノットへ」と彼を迎えた。
結局、グランノットは強者が好きなのだ。
エンゼンは強いが、尊敬を集めるというよりは、皆を力で従わせるような男だ。そんな男をぶん投げて黙らせたのだから、尊敬するに値する。そういうことだ。
リエレは恥ずかしげな様子で、困ったように微笑んだ。そういう控えめなところだ。そういうところにヴェネッダはグッと来てしまう。こんな男は他にいないと思ってしまうのだ。
「結婚が決まったときに、婿殿からもらった手紙は今でも」
「え、あの手紙?」
「いい加減にしろ!」
ヴェネッダの言葉を遮って、エンゼンが声をあげた。
今まで以上の、森まで響き渡るほどの声だった。ヴェネッダはとっさにリエレを庇おうと彼の前に出る。
エンゼンがそれを見て舌打ちした。
「何だ、そりゃあ……何の役にも立たねえ、クソみてえなやつだ、クソみてぇな男だろうが!」
こうまで侮辱されてはやはり会話をする価値もないだろう。ヴェネッダは再び剣を握り、抜こうとした。
「姫」
「え……?」
「ここは任せて」
「だが……」
エンゼンを怒らせることは予定通りだ。リエレを認めさせるためには、ある程度の騒動が必要だ。それを上手くおさめることだ。
しかしヴェネッダはどのように始末をつけるのか、聞いていない。聞いてもわからないと思ったからだ。リエレが戦うわけがないから、きっと言葉で、あるいは何かの情報でエンゼンを説得することができるのだろう。
そう思っていた。
しかし予想以上にエンゼンは怒っている。理性も知性もなさそうな怒りだ。本当に、大丈夫なのだろうか?
だがリエレは目を細めて、大丈夫だと伝えてくるのだ。
ヴェネッダは一瞬だけ迷った。けれど、思う男を信じることにした。それでも警戒しながら、二人の間から退く。
「ふん、女の尻に守られるほどクソじゃなかったらしいなあ? それともただの虚勢か? ああ?」
「姫は俺の方が好きらしいので、そろそろ引いた方が良いと思う」
「……あああぁ!?」
「男として余裕のあるところを見せるべきだろう」
「……こ、の」
「それに、人間相手に暴力を振るうと除隊になるはずだ」
「だったら決闘だ! おまえを叩きのめしてヴィネの名誉を守る。こいつはこんなみっともねえ女じゃねえんだ!」
「……ずいぶん雑な決闘だ」
「ハッ、怖気付いたか、そりゃそうだよなあ、いますぐ地に手をついて謝ってみたらどうだ?」
「いや」
「そーかよ、だったら死ね」
エンゼンが剣を握り、振り上げた。それはあまりに大ぶりだ。反撃されることを考えてもいない、力任せの一撃だった。
宴の場にいくつも悲鳴があがる。
ドラゴンを相手取る戦士が力を振るえば、一般人などひとたまりもない。ましてやリエレのような優男が、耐えられるとはとても思えなかったのだ。
「婿ど……のっ!?」
ヴェネッダはすぐに割って入ろうとした。
けれど、信じがたいことにリエレの動きの方が早かった。するりと流れるように、風に押されたように、無駄のない動きでエンゼンの懐に入り込んだ。
そのままエンゼンに重なり、彼の体の下をくぐるようにして投げた。
「うっ、が!?」
あまりにきれいな投げ方で、誰もそれが荒事だと思わなかったかもしれない。宴の場はまた静まり、ただエンゼンの苦しむ声だけが響いた。
「ぐっ、げほ、げほっ!」
「やりすぎたかな。すまない、君は次期隊長として期待されている人だろう?」
何もわかっていないような笑顔で、リエレは彼の前にかがんだ。エンゼンはなにか言おうとしたが、喉を押さえて咳き込む。
それもそうだろう。
ヴェネッダには見えていた。リエレは投げ飛ばす瞬間に、片手でエンゼンの喉を突いたのだ。ただ触れただけのような流麗なやり方だったが、この様子では、しばらくエンゼンの喉は使い物にならないだろう。
「俺も期待している。人相手なら多少の心得があるが、ドラゴンと戦う力は俺にはないからね。仲間として、これからも妻を助けてほしい」
それからリエレは立ち上がって、宴の人々とじっくり視線を合わせた。
「君たちもどうか、よろしく頼む」
静寂のあと「おお!」と誰かが鬨の声のように叫んだ。
ほとんど反射であったかもしれない。それから誰かが「任せておけ」と言い「ようこそグランノットへ」と彼を迎えた。
結局、グランノットは強者が好きなのだ。
エンゼンは強いが、尊敬を集めるというよりは、皆を力で従わせるような男だ。そんな男をぶん投げて黙らせたのだから、尊敬するに値する。そういうことだ。
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