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「森に感謝を!」
「感謝を!」
人々は唱和し、杯を空にした。
「我らが戦士たちに尊敬を!」
「尊敬を!」
戦った者たちが称えられ、また杯が空になる。
「そしてドラゴンに誓いを。永遠に、我らは戦い続ける!」
「戦い続ける!」
ひときわ大きな声が上がり、宴が始まった。
突発的なドラゴン排除と違い、決められた「森の恵みを得る日」だ。この日は戦士がドラゴンを森の奥に押しやり、その後は動ける領民すべてが駆り出されて収穫を行う。
果実、花の蜜、石、木材、薬草、大型動物の肉から毛皮、牙、肥料となる小動物の糞の堆積、さまざまな、あらゆる森の恵みが収穫され、集会の場に積み上げられている。
明日には大々的な分配が行われるが、今宵するべきことは祝いと労いの祭りだ。
中でも次期辺境伯であるヴェネッダの元には多くのものがやってきて、寿ぎ、その杯が乾くことはない。
「おいヴェネ、まだいけるよな!」
宴も中盤になって、あちこちの美女の間を行き交っていたエンゼンがやってきた。ヴェネッダはもはや作業のように、杯をあけて「ん」と差し出す。
「おまえなあ」
「そろそろ私は帰るぞ」
「あ? なんだよ、まだ始まったばっかりだろ。醒めるようなこと言うんじゃねえよ」
「既婚者だからな」
「ハッ」
結婚しても宴で夜明かしする者もいるにはいるが、日が落ちてからは基本的には未婚者の時間だ。この宴が出会いの場にもなっている。
ヴェネッダも付き合いとしてそれに倣ってきたが、ほどほどのところで引き上げていた。既婚者という大義名分を手に入れたからには、付き合う理由もない。
「アレが夫じゃあ、既婚者のうちに入らねえだろ。いま帰ったところでさっさとおねんねしてるんじゃねえか?」
「そんなことはない」
「あるさ、ある。王家を黙らせるために迎えただけなんだろ。みんなわかってるさ。なあ?」
エンゼンが視線を向けると、竜征隊の戦士の一人は肩をすくめた。なんとでも取れる態度だ。
まあそうだろうなとヴェネッダは思う。エンゼンほど饒舌でないだけで、リエレは辺境伯当主の夫として認められていない。
理由はひとつ、戦えないからだ。
こんな状態でグランノットを留守にするわけにはいかない。戦士たちが大人しくしていないのは目に見えている。
リエレが、自分がグランノットにふさわしいことを示さねばならない。決してその地位を譲ることはないとわからせなければならないのだ。
「そうか。私はわかっていないが、おまえたちはわかってるんだな?」
「……」
ヴェネッダに問いかけられた男は、困惑した様子でエンゼンを見た。
「わかってるなら教えてくれ。どうしてこの私が、体面のために気に入らない男を迎えなければならない?」
「……勘弁してくれ。姫、こいつは妬いてるだけだろ」
「そうなのか、エンゼン?」
「はぁっ? よせよ、あの顔だけ男のどこに妬く要素があるって? たったひとつも羨ましくねえよ! あれに生まれ変わるくらいなら豚の方がマシだ」
「なるほど、まあ、侮辱には応えよう」
夫を豚以下と言われて黙っているなら、自分も人間ではあるまい。ヴェネッダは杯を置いて立ち上がり、剣を握った。
もとより人の目を引く存在だ。周囲はざわめき、エンゼンとヴェネッダを残して人の円が出来上がった。戦いを期待する目もあれば、心配する目もある。
「おいおい、俺とやるって? あの坊やのためにかよ」
「……」
「落ち着けよ、なんだよ、機嫌が悪いな。血の巡りが悪いのか? ……ああ、そりゃあんなの押し付けられちゃあ、鬱憤もたまるだろうよ!」
「構えろ」
「おい……できるわけねえだろうが、いくらあんたが野蛮でも女だ。冷静になれよ、宴の席だ。男と女のやることなんて他にいくらでもあるだろ? あの坊っちゃんなんかより俺の方がよっぽど楽しませてやれる」
「感謝を!」
人々は唱和し、杯を空にした。
「我らが戦士たちに尊敬を!」
「尊敬を!」
戦った者たちが称えられ、また杯が空になる。
「そしてドラゴンに誓いを。永遠に、我らは戦い続ける!」
「戦い続ける!」
ひときわ大きな声が上がり、宴が始まった。
突発的なドラゴン排除と違い、決められた「森の恵みを得る日」だ。この日は戦士がドラゴンを森の奥に押しやり、その後は動ける領民すべてが駆り出されて収穫を行う。
果実、花の蜜、石、木材、薬草、大型動物の肉から毛皮、牙、肥料となる小動物の糞の堆積、さまざまな、あらゆる森の恵みが収穫され、集会の場に積み上げられている。
明日には大々的な分配が行われるが、今宵するべきことは祝いと労いの祭りだ。
中でも次期辺境伯であるヴェネッダの元には多くのものがやってきて、寿ぎ、その杯が乾くことはない。
「おいヴェネ、まだいけるよな!」
宴も中盤になって、あちこちの美女の間を行き交っていたエンゼンがやってきた。ヴェネッダはもはや作業のように、杯をあけて「ん」と差し出す。
「おまえなあ」
「そろそろ私は帰るぞ」
「あ? なんだよ、まだ始まったばっかりだろ。醒めるようなこと言うんじゃねえよ」
「既婚者だからな」
「ハッ」
結婚しても宴で夜明かしする者もいるにはいるが、日が落ちてからは基本的には未婚者の時間だ。この宴が出会いの場にもなっている。
ヴェネッダも付き合いとしてそれに倣ってきたが、ほどほどのところで引き上げていた。既婚者という大義名分を手に入れたからには、付き合う理由もない。
「アレが夫じゃあ、既婚者のうちに入らねえだろ。いま帰ったところでさっさとおねんねしてるんじゃねえか?」
「そんなことはない」
「あるさ、ある。王家を黙らせるために迎えただけなんだろ。みんなわかってるさ。なあ?」
エンゼンが視線を向けると、竜征隊の戦士の一人は肩をすくめた。なんとでも取れる態度だ。
まあそうだろうなとヴェネッダは思う。エンゼンほど饒舌でないだけで、リエレは辺境伯当主の夫として認められていない。
理由はひとつ、戦えないからだ。
こんな状態でグランノットを留守にするわけにはいかない。戦士たちが大人しくしていないのは目に見えている。
リエレが、自分がグランノットにふさわしいことを示さねばならない。決してその地位を譲ることはないとわからせなければならないのだ。
「そうか。私はわかっていないが、おまえたちはわかってるんだな?」
「……」
ヴェネッダに問いかけられた男は、困惑した様子でエンゼンを見た。
「わかってるなら教えてくれ。どうしてこの私が、体面のために気に入らない男を迎えなければならない?」
「……勘弁してくれ。姫、こいつは妬いてるだけだろ」
「そうなのか、エンゼン?」
「はぁっ? よせよ、あの顔だけ男のどこに妬く要素があるって? たったひとつも羨ましくねえよ! あれに生まれ変わるくらいなら豚の方がマシだ」
「なるほど、まあ、侮辱には応えよう」
夫を豚以下と言われて黙っているなら、自分も人間ではあるまい。ヴェネッダは杯を置いて立ち上がり、剣を握った。
もとより人の目を引く存在だ。周囲はざわめき、エンゼンとヴェネッダを残して人の円が出来上がった。戦いを期待する目もあれば、心配する目もある。
「おいおい、俺とやるって? あの坊やのためにかよ」
「……」
「落ち着けよ、なんだよ、機嫌が悪いな。血の巡りが悪いのか? ……ああ、そりゃあんなの押し付けられちゃあ、鬱憤もたまるだろうよ!」
「構えろ」
「おい……できるわけねえだろうが、いくらあんたが野蛮でも女だ。冷静になれよ、宴の席だ。男と女のやることなんて他にいくらでもあるだろ? あの坊っちゃんなんかより俺の方がよっぽど楽しませてやれる」
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