獅子姫の婿殿

七辻ゆゆ

文字の大きさ
上 下
11 / 41

11

しおりを挟む



 魔人が襲撃してくる目標が巫女だった場合と、獣人達だった場合では対処が全然変わってくることになる。

「只人のはるひ様が襲われたと言うことは……っ今すぐこの村人の避難をさせなさい。戻れないことも念頭に、すみやかに!」

 さっと後ろに控える護衛兵士達に叫ぶスティオンに、慌てて首を振ってみせた。

「あのっ待ってください! 違う かも、なんです……もしかしたらですけど…………」

 スティオンを遮ったオレに、かすが兄さんは困惑した瞳を向けてから首を振る。

「スティオン、指示は他に任せて先にはるひの治療を」
「わかりました。どうぞ中に、道具を持ってきますのでその間に浄化をお願いします」

 さっと宿に駆け込んでいったのを見ると、この宿がかすが兄さん達の拠点なんだろう。

「とにもかくにも、傷の手当だ、怖かったろう? すぐに浄化してあげるから……」

 オレの右手に手をかざそうとしたのを遮って首を振ると、かすが兄さんは困ったように柳眉をほんの少し寄せてどうした? と言う表情を作ってみせる。

「その黒いシミを消してしまうだけだから、痛かったり苦しかったりするものじゃないよ? いつも浄化の光を当てているだろう? あれと一緒だ、だから安心して……」

 にこにこと再び手を伸ばそうとしてくるのを止め、オレは右手を胸の前まで持ち上げた。

 右手は小さな子供が黒いマジックで落書きしたかのような黒いシミの筋が、幾本も幾本も絡まるように肘近くまで這っている。
 それが、あの魔人の這った後なのだと思うと……

 本能が引き起こす嫌悪からくる吐き気に、ぐっと喉が鳴った。

「怪我が痛むんだろう? 早く治療しよう!」
「見ててください。きっと、魔人がオレを襲った原因だと思うんです」
「な に  」

 神の寵愛が厚いと言われるかすが兄さんの前で力を使うことに抵抗がなかったわけじゃない。
 なんでオレが? とか、只人なのに? とかいろいろな葛藤が胸をチクチクと刺激したけれど、魔人が巫女以外を襲うのか襲わないのかの判断を誤ってしまうのはまずいと思った。

「  ──── 」

 すぅっと息を吸い込む瞬間、いつもより清浄な空気が肺に入った気がした。
 明確なこれだと説明できることはなかったのだけれど、それでもオレは自分の体内にかすが兄さんとよく似たものがあるんだってことがどうしてだか感じ取ることができて……

 それをすくい上げるように気持ちを込めてやれば、クラドに見せた時のように銀色の雫をころころと掌で躍らせてみせる。

 美しい銀色の球は水のようにぐにぐにと形を変えながらかすが兄さんの顔を映し込んだ。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を愛することはない」と言った夫がざまぁされて、イケメンの弟君に変わっていました!?

kieiku
恋愛
「お前を愛することはない。私が愛するのはただひとり、あの女神のようなルシャータだけだ。たとえお前がどんな汚らわしい手段を取ろうと、この私の心も体も、」 「そこまでです、兄上」 「なっ!?」 初夜の場だったはずですが、なんだか演劇のようなことが始まってしまいました。私、いつ演劇場に来たのでしょうか。

てめぇの所為だよ

章槻雅希
ファンタジー
王太子ウルリコは政略によって結ばれた婚約が気に食わなかった。それを隠そうともせずに臨んだ婚約者エウフェミアとの茶会で彼は自分ばかりが貧乏くじを引いたと彼女を責める。しかし、見事に返り討ちに遭うのだった。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様の重複投稿、自サイトにも掲載。

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました

山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。 王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。 レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。 3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。 将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ! 「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」 ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている? 婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

乙女ゲームはエンディングを迎えました。

章槻雅希
ファンタジー
卒業パーティでのジョフロワ王子の婚約破棄宣言を以って、乙女ゲームはエンディングを迎えた。 これからは王子の妻となって幸せに贅沢をして暮らすだけだと笑ったゲームヒロインのエヴリーヌ。 だが、宣言後、ゲームが終了するとなにやら可笑しい。エヴリーヌの予想とは違う展開が起こっている。 一体何がどうなっているのか、呆然とするエヴリーヌにジョフロワから衝撃的な言葉が告げられる。 『小説家になろう』様・『アルファポリス』様・自サイトに重複投稿。

押し付けられた仕事は致しません。

章槻雅希
ファンタジー
婚約者に自分の仕事を押し付けて遊びまくる王太子。王太子の婚約破棄茶番によって新たな婚約者となった大公令嬢はそれをきっぱり拒否する。『わたくしの仕事ではありませんので、お断りいたします』と。 書きたいことを書いたら、まとまりのない文章になってしまいました。勿体ない精神で投稿します。 『小説家になろう』『Pixiv』(敬称略)に重複投稿、自サイトにも掲載しています。

冷たかった夫が別人のように豹変した

京佳
恋愛
常に無表情で表情を崩さない事で有名な公爵子息ジョゼフと政略結婚で結ばれた妻ケイティ。義務的に初夜を終わらせたジョゼフはその後ケイティに触れる事は無くなった。自分に無関心なジョゼフとの結婚生活に寂しさと不満を感じながらも簡単に離縁出来ないしがらみにケイティは全てを諦めていた。そんなある時、公爵家の裏庭に弱った雄猫が迷い込みケイティはその猫を保護して飼うことにした。 ざまぁ。ゆるゆる設定

あなたを忘れる魔法があれば

美緒
恋愛
乙女ゲームの攻略対象の婚約者として転生した私、ディアナ・クリストハルト。 ただ、ゲームの舞台は他国の為、ゲームには婚約者がいるという事でしか登場しない名前のないモブ。 私は、ゲームの強制力により、好きになった方を奪われるしかないのでしょうか――? これは、「あなたを忘れる魔法があれば」をテーマに書いてみたものです――が、何か違うような?? R15、残酷描写ありは保険。乙女ゲーム要素も空気に近いです。 ※小説家になろう、カクヨムにも掲載してます

子育てが落ち着いた20年目の結婚記念日……「離縁よ!離縁!」私は屋敷を飛び出しました。

さくしゃ
恋愛
アーリントン王国の片隅にあるバーンズ男爵領では、6人の子育てが落ち着いた領主夫人のエミリアと領主のヴァーンズは20回目の結婚記念日を迎えていた。 忙しい子育てと政務にすれ違いの生活を送っていた二人は、久しぶりに二人だけで食事をすることに。 「はぁ……盛り上がりすぎて7人目なんて言われたらどうしよう……いいえ!いっそのことあと5人くらい!」 気合いを入れるエミリアは侍女の案内でヴァーンズが待つ食堂へ。しかし、 「信じられない!離縁よ!離縁!」 深夜2時、エミリアは怒りを露わに屋敷を飛び出していった。自室に「実家へ帰らせていただきます!」という書き置きを残して。 結婚20年目にして離婚の危機……果たしてその結末は!?

処理中です...