獅子姫の婿殿

七辻ゆゆ

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「おっとヴェネ、ずいぶんのんびりな登場だな!」
「すまない、私のやることがまだ残っていて良かった」

 てっきりもう片付いているかと思った。
 言外に告げると、エンゼンは鼻を鳴らして黙った。

「久しぶりだなあ、白雪」

 名の通り真っ白なドラゴンだ。人間が区別のためにつける呼称であるので、たいていは見た目のとおりになっている。
 白雪はメスであり、子供が多い。人の住処に近づいてくるのは子供を遊ばせるためではないかと思われるほどだ。森の中には危険が多く、白雪にしてみれば当然の選択かもしれないが、これが厄介だ。

 子供に手を出すと怒り出す。
 だが、子供を置いて退いてはくれないのだから、子供をまず森に押し返すしかない。

「キィァアアアアア」

 白雪自体はさほど危険なドラゴンではないのだが、なんといっても子供の数が問題だ。もっとも今回連れてきたのは五匹で、最大数ではなかった。

「悪いが急いで帰ってくれ」

 ヴェネッダは剣を握った。あまり切れ味の良くない、棒のような剣だ。ドラゴンと対峙していては必ず刃こぼれするので、どの戦士の剣もそのようなものだ。
 重さを叩きつけてドラゴンに衝撃を与える。
 王都や他領で行われている剣術とはまるで異質だろう。

 狙う場所も違う。人間を相手にすることのないグランノットの戦士は、ドラゴンの弱点ばかりを知り尽くしている。
 むやみに殴りかかっても、ドラゴンの厚い皮膚に遮られてしまう。よく衝撃が伝わる場所、嫌がる場所、どうにか痛みを与えられる場所を狙うのだ。

「姫、こちらに引き付けます!」
「頼んだ!」

 しかし弱点が人の目前にそうそうあるものではない。
 なのでいつもの通り、部下に白雪の注意を引き付けてもらう。ギルクというこの男は実に実直で、派手さはないがこういった補佐は誰より信用できる。

(行く!)

 白雪を興奮させないよう視線だけで伝え、ヴェネッダはドラゴンの足に手を伸ばした。彼女は小柄だが、それにしても人間が見上げるほどある。登るのも大変だ。
 急に足を動かされては危険であるし、尻のあたりも割合活発だ。長い尻尾をぶつけられて、あるいは、尻尾が跳ね上げた砂や石で負傷することもある。

「さあ、来い! こっちだ!」

 ギルクとその部下が声をあげながら、彼女の周囲を走り回っている。他の者は白雪の子供たちを追い立てている。もちろん子供といっても人間より大きく、決して気を抜けない相手だ。

 ヴェネッダはドラゴンの足の付け根に捕まったままで時を待った。これより上がると振り落とされる恐れがある。明確な確信があるわけではないが、こうして体に密着していれば、感覚でわかるものだ。

 白雪は子供を気にして、そちらに向かおうとしている。しかし子供たちもバラバラに動いているので、動きに困って、ひとまずダンダンと地を蹴りつけ、鬱陶しい馬と人間たちを追い払おうとしている。

(もう少し……今だ!)

 子供たちが森の側に押しのけられ、白雪が叫ぶ。その隙にヴェネッダは彼女の体をぐいぐいと掴んで登った。
 この瞬間に体を震わされたら落下するだろう。急に飛ばれても困る。しかし白雪はもうそんなことを考えられないでいる。子供たち、その周囲にいるグランノットの戦士たちに向けて突進する。

 予測のついたその動きに合わせて、ヴェネッダは身を屈め、白雪の背までに上がった。

「キィェエエエエエ」

 白雪が叫んで威嚇する。前足を振り上げ、下ろした。ずし、と地面が沈むような衝撃、白雪自身でさえその時には動きを止める。

 ヴェネッダは白雪の背を駆けた。
 そして鈍器のような剣を振り上げる。

 その時、ようやく白雪が首を曲げてヴェネッダを見た。ちょうどいい。

 ヴェネッダはそのまま、白雪の眉間に剣を叩きつけた。

「グゥェッ」

 相手はドラゴンだ。一撃だけで倒せるわけもない。ヴェネッダはすぐさま二撃を構え、今度はのけぞった喉を狙った。

「…………!」

 一瞬でも黙らせたのなら、ずいぶん深くまで衝撃が入ったようだ。白雪が首を振りたくる。
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