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「ところで、婿殿は馬に乗れるだろうか?」
「あまり経験がない。大人しい馬であれば大丈夫だと思う」
「わかった。良い子を用意するから、領地を回ろう。案内する」
「……ああ、ありがとう」
形だけでもグランノットの婿になったのだから、領地について知っておくのは当然だ。断れない。
少し不安になったのは、辺境には暴れ馬が多いと聞くからだ。王都にいて馬に乗る機会などさほどない。貴族は皆、たしなみとして一応乗れるようになるだけだ。
辺境の、あるいはヴェネッダの「良い子」評価が自分とズレていないことを願いながら、リエレは言われるまま庭に出て、ヴェネッダを待った。
「婿殿!」
ヴェネッダが嬉しそうにぶんぶんと手を振って戻ってくる。近づいてくるならそんなに振る必要はないのではないかとリエレは思った。もちろん言わない。
一頭の白馬を引き、もう一頭の栗毛を馬丁らしき男に引かせている。
「この子はグータだ。おとなしいがちゃんと仕事をしてくれる良い子なんだ」
「……よろしく、グータ」
リエレはいくらか警戒しつつ近づいたが、グータは素知らぬ顔をしている。リエレのことなど意に介していないようだ。
「色男だ」
「ははっ、婿殿にぴったりだろう。それにこのナッテと仲が良いんだ」
「ナッテは君の馬か?」
「うん。昨日、なんとか間に合ったときもこの子が駆けてくれた」
なるほど。間に合ってはいなかったと思うが、リエレは無難な顔で頷く。グータに触れてみても確かにおとなしい子のようだ。
となれば覚悟を決めて、教わったことを思い返しながら鐙に足を乗せ、体を持ち上げた。
「んっ」
力強い馬体がしっかりと受け止めてくれる。リエレはほっと息を吐いた。大丈夫だろうとは思っていたが、なんとかなりそうだ。
「婿殿は白馬がよく似合うな!」
リエレは曖昧な微笑を浮かべるしかなかった。
なにしろ顔は良いものだから、これを着てほしいと言われたり、エスコートを頼まれたり、そういうことは多かった。踊り子の息子である王子と婚姻したい貴族女性はいない、というだけだ。
当のリエレだって、顔しか見ていない相手との結婚は遠慮したかった。どうなるか先が見えているではないか。
「こっちに来てくれ。まず丘に上がって、グランノットの全体を見せる」
「わ、かった」
すぐにヴェネッダも騎乗して先に進み始めた。
追いつけるか微妙だったが、置いていこうという意地悪ではなかったらしい。分かれ道の前でリエレを待っていたし、そこからはゆっくりな進みにしてくれた。
「馬に慣れないので、時間がかかってしまうと思う。すまない」
「いや、大丈夫だ。今日は仕事がない。ほら、我々は……新婚なわけだから」
「そ……うだな……」
馬を並べて進んでも、どうしても間に距離ができる。リエレはそのことを幸いに思った。多少おかしな反応をしても、聞き逃してくれるだろう。
「ふふ、ゆっくりで嬉しい。ベニラに何度ものろけられたんだ。馬上デートというものを!」
しかしヴェネッダの嬉しそうな声は、わずかな距離に負けずによく届いた。楽しげな笑い声もだ。どうしたって嫌いになるのが難しいような、朗らかな女なのだった。
化粧毛のない顔も決して地味ではない。たてがみのような髪は陽に透け、瞳はきらきらと輝いている。
「これで私も自慢ができる。ありがとう、婿殿」
「大したことでは……」
「大したことだ。びっくりだぞ。私はたくさんの男……ええと、誤解しないで欲しいんだが、ただの部下だ。男を率いてドラゴンと戦いに行く。だがベニラが言うにはそれとは違うらしい。それを……実感した。とても心が浮き立つ」
「……そうか。だったら、良かった」
「うん」
気の利いた返事もしてやれないというのに、ヴェネッダはどこまでも嬉しそうだ。はにかんだ、汚いことを何も知らない少女の顔をしている。
けれど堂々と馬上にある姿は、グランノットの次代にふさわしいものだった。
どちらにしても好ましく思わない理由がないのだ。困ったことに。
せめて自分の、それだけは良いと言われる顔を、気に入ってもらえていればいい。そんな、初めてかもしれないことを考えた。
「あまり経験がない。大人しい馬であれば大丈夫だと思う」
「わかった。良い子を用意するから、領地を回ろう。案内する」
「……ああ、ありがとう」
形だけでもグランノットの婿になったのだから、領地について知っておくのは当然だ。断れない。
少し不安になったのは、辺境には暴れ馬が多いと聞くからだ。王都にいて馬に乗る機会などさほどない。貴族は皆、たしなみとして一応乗れるようになるだけだ。
辺境の、あるいはヴェネッダの「良い子」評価が自分とズレていないことを願いながら、リエレは言われるまま庭に出て、ヴェネッダを待った。
「婿殿!」
ヴェネッダが嬉しそうにぶんぶんと手を振って戻ってくる。近づいてくるならそんなに振る必要はないのではないかとリエレは思った。もちろん言わない。
一頭の白馬を引き、もう一頭の栗毛を馬丁らしき男に引かせている。
「この子はグータだ。おとなしいがちゃんと仕事をしてくれる良い子なんだ」
「……よろしく、グータ」
リエレはいくらか警戒しつつ近づいたが、グータは素知らぬ顔をしている。リエレのことなど意に介していないようだ。
「色男だ」
「ははっ、婿殿にぴったりだろう。それにこのナッテと仲が良いんだ」
「ナッテは君の馬か?」
「うん。昨日、なんとか間に合ったときもこの子が駆けてくれた」
なるほど。間に合ってはいなかったと思うが、リエレは無難な顔で頷く。グータに触れてみても確かにおとなしい子のようだ。
となれば覚悟を決めて、教わったことを思い返しながら鐙に足を乗せ、体を持ち上げた。
「んっ」
力強い馬体がしっかりと受け止めてくれる。リエレはほっと息を吐いた。大丈夫だろうとは思っていたが、なんとかなりそうだ。
「婿殿は白馬がよく似合うな!」
リエレは曖昧な微笑を浮かべるしかなかった。
なにしろ顔は良いものだから、これを着てほしいと言われたり、エスコートを頼まれたり、そういうことは多かった。踊り子の息子である王子と婚姻したい貴族女性はいない、というだけだ。
当のリエレだって、顔しか見ていない相手との結婚は遠慮したかった。どうなるか先が見えているではないか。
「こっちに来てくれ。まず丘に上がって、グランノットの全体を見せる」
「わ、かった」
すぐにヴェネッダも騎乗して先に進み始めた。
追いつけるか微妙だったが、置いていこうという意地悪ではなかったらしい。分かれ道の前でリエレを待っていたし、そこからはゆっくりな進みにしてくれた。
「馬に慣れないので、時間がかかってしまうと思う。すまない」
「いや、大丈夫だ。今日は仕事がない。ほら、我々は……新婚なわけだから」
「そ……うだな……」
馬を並べて進んでも、どうしても間に距離ができる。リエレはそのことを幸いに思った。多少おかしな反応をしても、聞き逃してくれるだろう。
「ふふ、ゆっくりで嬉しい。ベニラに何度ものろけられたんだ。馬上デートというものを!」
しかしヴェネッダの嬉しそうな声は、わずかな距離に負けずによく届いた。楽しげな笑い声もだ。どうしたって嫌いになるのが難しいような、朗らかな女なのだった。
化粧毛のない顔も決して地味ではない。たてがみのような髪は陽に透け、瞳はきらきらと輝いている。
「これで私も自慢ができる。ありがとう、婿殿」
「大したことでは……」
「大したことだ。びっくりだぞ。私はたくさんの男……ええと、誤解しないで欲しいんだが、ただの部下だ。男を率いてドラゴンと戦いに行く。だがベニラが言うにはそれとは違うらしい。それを……実感した。とても心が浮き立つ」
「……そうか。だったら、良かった」
「うん」
気の利いた返事もしてやれないというのに、ヴェネッダはどこまでも嬉しそうだ。はにかんだ、汚いことを何も知らない少女の顔をしている。
けれど堂々と馬上にある姿は、グランノットの次代にふさわしいものだった。
どちらにしても好ましく思わない理由がないのだ。困ったことに。
せめて自分の、それだけは良いと言われる顔を、気に入ってもらえていればいい。そんな、初めてかもしれないことを考えた。
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