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そろそろ夕陽も沈むだろう。
宴は続いているが、本日の主役の片方が現れる気配はない。
「やはり、いらっしゃいませんか」
「そうだろうね」
リエレは目の前にあるたくさんの料理の中から、一皿を選んで手をつけた。
今日のために時間をかけたのだろう味がする。とはいえリエレにとって親しみのない味で、どう評価すべきかはわからない。
ただ今日はできるだけ多くの料理を口にするつもりだ。
こうして隣に毒見がいてくれるうちに、元の料理の味を覚えておきたい。毒を入れられたときに、すぐに気付けるように。
「こちらの料理は味が濃いですね。水にまで味がついているとは……」
「毒殺を心配する必要がなかったんだろう。羨ましいことだ」
「それだけのんきな辺境で、嫌がらせだけは忘れなかったとは」
「……クルッサ、獅子姫殿は用事があって現れないだけだよ」
王都から唯一ついてきてくれたクルッサは、小さく鼻を鳴らした。
リエレだって信じてはいない。だが、そういうつもりならそういうことにしてやるだけだ。
リエレは辺境の地グランノットに婿としてやってきた。父親は王であり、母親は踊り子だ。グランノットはつまり、不要な王子を押し付けられたのだ。
ましてグランノットは長年、好きにやれとばかり放置されていた。王都への仕官不要、社交も不要、ただその地のドラゴンを外に出すなと、貴族というより兵隊の扱いだった。
それが北がきな臭くなったからと、王家はグランノットに、ドラゴンの縄張りを奪えと要求した。
今のところ断られているが、リエレを婿として入りこませて、態度を変えさせたい。大変にわかりやすい王家の思惑だ。
だから獅子姫、ヴェネッダ・グランノットは現れない。
祝言などあげたくないから。
「おいっ、場所を開けろ!」
「姫様の凱旋だぞ!」
「ああ、よくぞご無事で! お早く!」
「え?」
にわかに入口のあたりが騒がしくなっている。
リエレは顔をあげたが、ベールを被っているために遠くまでは見通せなかった。
グランノットに来る嫁婿はみな、最初に顔を見せるのは結婚相手と決まっているのだそうだ。変わった風習だと思ったが、リエレとしても自分の顔は、あえて見せたいものではなかった。
そのベールのはしをつまんで、持ち上げた。
「……」
夕日が眩しい。
そしてそれを遮るように、しなやかな体が近づいてくる。衣服のあちこちに泥がついていた。祝いの席にふさわしくない。
「すまない、討伐帰りで……間に合っただろうか!?」
決して細くはない、堂々たる、けれど女の声だ。
これが妻かと、リエレは見上げている。
不思議な感覚だった。彼女は……そう、間違いなく女性だ。しかしリエレの知る女性とは、まったく違う存在だった。
たてがみのように、豊かな髪を高い位置で結んでいる。
なんの化粧もない瞳は、ただそのものの力で輝く。感情的に、あまりに感情的に、焦りながらリエレの手を握った。
「で、できるだけ早く帰ろうとしたんだ。だがよりによって背の高いドラゴンで、よじ登るのに時間がかかった。でも間に合っただろう? 式はまだ途中だ……いや、これからだ!」
「あ」
彼女の手が、ベールをしっかりあげてしまった。
眩しい。
目に入ったのは赤色、夕陽が溶け込んだような赤い髪だった。
「初めまして、婿殿。……うん? いや、ちょっと待って。話には聞いていたがとんでもなく美形だな」
「……お初にお目にかかる」
唖然としていたリエレがどうにか挨拶すると、彼女は大きく口を開いて笑った。
「皆、見てくれ! 私の夫はなんと美しいのだろう!」
そしてリエレの腕を掴み、人々に向けて振ってみせた。むちゃくちゃだ。
しかしこの雑な獅子姫の行動に、人々は喝采した。
「おめでとう!」
「おめでとう姫様! お似合いよ!」
「グランノットもこれで安泰だ!」
熱狂する人々を、リエレは信じがたい気分で見ている。
(なんだ、この、国?)
そしてなんだ、この姫は?
しかしひとまず愛想笑いを浮かべた。
覚悟していたよりは、ずいぶん歓迎されている。そういうことだ。そういうことだろう。
しかし予想外というのは不安で仕方がないものだ。できれば冷遇されていたほうが、まあ、そうだろうと思えたのだけれど。
宴は続いているが、本日の主役の片方が現れる気配はない。
「やはり、いらっしゃいませんか」
「そうだろうね」
リエレは目の前にあるたくさんの料理の中から、一皿を選んで手をつけた。
今日のために時間をかけたのだろう味がする。とはいえリエレにとって親しみのない味で、どう評価すべきかはわからない。
ただ今日はできるだけ多くの料理を口にするつもりだ。
こうして隣に毒見がいてくれるうちに、元の料理の味を覚えておきたい。毒を入れられたときに、すぐに気付けるように。
「こちらの料理は味が濃いですね。水にまで味がついているとは……」
「毒殺を心配する必要がなかったんだろう。羨ましいことだ」
「それだけのんきな辺境で、嫌がらせだけは忘れなかったとは」
「……クルッサ、獅子姫殿は用事があって現れないだけだよ」
王都から唯一ついてきてくれたクルッサは、小さく鼻を鳴らした。
リエレだって信じてはいない。だが、そういうつもりならそういうことにしてやるだけだ。
リエレは辺境の地グランノットに婿としてやってきた。父親は王であり、母親は踊り子だ。グランノットはつまり、不要な王子を押し付けられたのだ。
ましてグランノットは長年、好きにやれとばかり放置されていた。王都への仕官不要、社交も不要、ただその地のドラゴンを外に出すなと、貴族というより兵隊の扱いだった。
それが北がきな臭くなったからと、王家はグランノットに、ドラゴンの縄張りを奪えと要求した。
今のところ断られているが、リエレを婿として入りこませて、態度を変えさせたい。大変にわかりやすい王家の思惑だ。
だから獅子姫、ヴェネッダ・グランノットは現れない。
祝言などあげたくないから。
「おいっ、場所を開けろ!」
「姫様の凱旋だぞ!」
「ああ、よくぞご無事で! お早く!」
「え?」
にわかに入口のあたりが騒がしくなっている。
リエレは顔をあげたが、ベールを被っているために遠くまでは見通せなかった。
グランノットに来る嫁婿はみな、最初に顔を見せるのは結婚相手と決まっているのだそうだ。変わった風習だと思ったが、リエレとしても自分の顔は、あえて見せたいものではなかった。
そのベールのはしをつまんで、持ち上げた。
「……」
夕日が眩しい。
そしてそれを遮るように、しなやかな体が近づいてくる。衣服のあちこちに泥がついていた。祝いの席にふさわしくない。
「すまない、討伐帰りで……間に合っただろうか!?」
決して細くはない、堂々たる、けれど女の声だ。
これが妻かと、リエレは見上げている。
不思議な感覚だった。彼女は……そう、間違いなく女性だ。しかしリエレの知る女性とは、まったく違う存在だった。
たてがみのように、豊かな髪を高い位置で結んでいる。
なんの化粧もない瞳は、ただそのものの力で輝く。感情的に、あまりに感情的に、焦りながらリエレの手を握った。
「で、できるだけ早く帰ろうとしたんだ。だがよりによって背の高いドラゴンで、よじ登るのに時間がかかった。でも間に合っただろう? 式はまだ途中だ……いや、これからだ!」
「あ」
彼女の手が、ベールをしっかりあげてしまった。
眩しい。
目に入ったのは赤色、夕陽が溶け込んだような赤い髪だった。
「初めまして、婿殿。……うん? いや、ちょっと待って。話には聞いていたがとんでもなく美形だな」
「……お初にお目にかかる」
唖然としていたリエレがどうにか挨拶すると、彼女は大きく口を開いて笑った。
「皆、見てくれ! 私の夫はなんと美しいのだろう!」
そしてリエレの腕を掴み、人々に向けて振ってみせた。むちゃくちゃだ。
しかしこの雑な獅子姫の行動に、人々は喝采した。
「おめでとう!」
「おめでとう姫様! お似合いよ!」
「グランノットもこれで安泰だ!」
熱狂する人々を、リエレは信じがたい気分で見ている。
(なんだ、この、国?)
そしてなんだ、この姫は?
しかしひとまず愛想笑いを浮かべた。
覚悟していたよりは、ずいぶん歓迎されている。そういうことだ。そういうことだろう。
しかし予想外というのは不安で仕方がないものだ。できれば冷遇されていたほうが、まあ、そうだろうと思えたのだけれど。
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