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前編
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その日、旅の魔術師が王に謁見しました。
「おお、そなたが名高い魔術師レヴィオス殿か。古の秘術の復活は、そなたの力あってのものと聞いている」
「いえ。秘術はそもそも、人の魔力が減るごとに失われたもの。魔力を得る方法さえあれば、復活させることは大した苦労ではありません」
「ほうほう。詳しい話を聞かせてくれ。おい、酒と食事を。宴の準備だ」
「めっそうもない。わたくしごとき一介の魔術師が、偉大なる陛下の御前で食事など」
王が親しげに話しかけても魔術師は固辞し、恐縮した態度を変えることはありません。
それを王は少し不満に思いました。
「皆、なぜそのようにかしこまる。この俺は暴君ではないのだぞ。魔術師よ、俺の評判をどのように聞いている」
「……は。全てを見通すがごとき目を持つ、厳しいお方だと」
魔術師は城に来る前に何度も言われていました。
失礼のないように。
決して逆らわないように。
親しい態度を取られても、馴れ馴れしくしてはならない。
王様は恐ろしいお方なのだと。
「ふむ。それはそうだ。先日も侍女を罰したばかりでな。この俺の側に仕えられる名誉を軽んじ、仕事をサボったのだ。いかに取るに足らぬものであっても、そのような不敬、見逃すはずがあるまい」
「……それは慧眼でございます」
「だろう。だがな」
王様は眉を寄せて不快を表しながら言いました。
「死刑ではなく、両の腕を切り落とすだけですませたのだぞ。もはや腕を使う仕事はできまいが、美しい女だ。いくらでも生きる術はあるだろう」
「……」
「どうだ、俺は優しいだろう?」
王は素直に、思ったままを告げています。
脅しや悪い冗談でないことは、魔術師にはわかりました。王様はただただ、優しい自分が優しく思われないことが不満なのです。
「だというのに、どいつもこいつも俺の前では怯えて身を縮める。つまらんことだ。俺は優しい王だぞ。気に入れば友人のように遇してやるというのに!」
「恐れ多いのでしょう、あまりの賢君を前に」
魔術師は心にもないことを言いました。
多くの国を旅してきた魔術師は、処世術を理解しています。傲慢な王に無礼講だと言われても、それを信じては命がありません。
「ふん。素晴らしすぎるのも考えものだ」
「とんでもない。このように素晴らしい王を持ち、民は幸せだと申しておりました」
城内のものの言葉が、はたしてどこまで本音なのか、旅の魔術師にはわかりません。
王の悪口を言うような勇者はもはや存在しないようです。しかし現実として王の治世はそれほどひどいものでもないのです。
城に仕えさえしなければ、王に会いさえしなければ、豊かなこの国で幸せに暮らしていけます。
「だが俺は不満だ。どのような民も貴族も、仕事が終われば友や家族と親しい時間を過ごすのだろう? この国でもっとも高貴なる俺が、どうしてそれができないのか」
「それは……陛下が高貴であるがゆえに、それに相応しいものがこの国にいないのでしょう」
「いないものは仕方がないから、多少足りない者でも我慢してやろうというのだ。だがどいつもこいつも……」
と、王は思い出したように魔術師を見ました。
「そうだ、魔術師よ。そなたは古の、心を操る魔術を復活させたと言うではないか?」
「心を、というほどのものではありません。ただ、人にどのように思われるかをコントロールできる魔法です」
「うむ、うむ! ではこの俺を優しい、親しみのある王と思わせることも可能ではないか?」
慌てたのは話を聞いていた側近たちでした。
そのような相手に選ばれてはたまりません。王の望むまま、遠慮なく対していては、どうせ不興をかって処罰されるに決まっています。
「……陛下、どうぞそればかりは。陛下は素晴らしき方。我々の手には届かぬ、崇高なるお方なのです」
宰相が青ざめながらも必死に割って入りました。
王が側仕えを処分するたび、その始末に追われてきたのが宰相です。これ以上に王の求心力が下がれば、貴族たちが新たな王を担ぎ出すかもしれません。
国力が下がれば、きな臭い隣国は更に強く出てくるかもしれません。王にはこのままおとなしくしていて欲しいのです。
「そうだとも! だが俺の気持ちはどうなる! 俺はこんなにも優しい男だというのに、友の一人もいないのだぞ!」
「…………宰相どの。この魔法は心を操るというものではないのです。目の前にいる相手がどのような者かは、誰もが想像することでしょう。その印象が少しばかり変わるだけ。王への畏敬の気持ちが消えてしまうわけではないのです」
「し、しかし」
「宰相よ、黙れ! 俺はその魔法を試してみることにしたぞ!」
「危険です、陛下!」
「は。もちろん他国の者である私が、直接王に魔法をかけるなどできません。方法をお教えしますので」
「うむ。そうだな、それならば文句はあるまい?」
魔法使いは、王のそばに仕える魔法使いにその方法を教えました。魔法使いたちは話し合い、確かに害のない魔法だと確かめた上で、王にそれを試みます。
その場ものたちは戦々恐々、顔を覆って王に見えない位置に移動するものもいました。そのような姿を見せて不興をかうわけにもいかず、堂々としながら震えているものもいました。
そして魔法は成りました。
「お、王よ」
「さあ、どうだ! この俺は優しい王だと、わかるか!」
「は、はい。陛下はお優しい方です。そのお姿を見るだけでわかります」
「なんという、慈愛にあふれる……恐れ多いとわかっていても」
「名君、賢君でありながらも、なんと親しみやすい」
人々は恐る恐るながら、思わず王への距離を詰めていました。そのくらいに、優しそうな、穏やかそうな姿の王なのです。
「はっはははは! 素晴らしい魔法ではないか!」
王はご満悦で笑い声をあげました。
「おお、そなたが名高い魔術師レヴィオス殿か。古の秘術の復活は、そなたの力あってのものと聞いている」
「いえ。秘術はそもそも、人の魔力が減るごとに失われたもの。魔力を得る方法さえあれば、復活させることは大した苦労ではありません」
「ほうほう。詳しい話を聞かせてくれ。おい、酒と食事を。宴の準備だ」
「めっそうもない。わたくしごとき一介の魔術師が、偉大なる陛下の御前で食事など」
王が親しげに話しかけても魔術師は固辞し、恐縮した態度を変えることはありません。
それを王は少し不満に思いました。
「皆、なぜそのようにかしこまる。この俺は暴君ではないのだぞ。魔術師よ、俺の評判をどのように聞いている」
「……は。全てを見通すがごとき目を持つ、厳しいお方だと」
魔術師は城に来る前に何度も言われていました。
失礼のないように。
決して逆らわないように。
親しい態度を取られても、馴れ馴れしくしてはならない。
王様は恐ろしいお方なのだと。
「ふむ。それはそうだ。先日も侍女を罰したばかりでな。この俺の側に仕えられる名誉を軽んじ、仕事をサボったのだ。いかに取るに足らぬものであっても、そのような不敬、見逃すはずがあるまい」
「……それは慧眼でございます」
「だろう。だがな」
王様は眉を寄せて不快を表しながら言いました。
「死刑ではなく、両の腕を切り落とすだけですませたのだぞ。もはや腕を使う仕事はできまいが、美しい女だ。いくらでも生きる術はあるだろう」
「……」
「どうだ、俺は優しいだろう?」
王は素直に、思ったままを告げています。
脅しや悪い冗談でないことは、魔術師にはわかりました。王様はただただ、優しい自分が優しく思われないことが不満なのです。
「だというのに、どいつもこいつも俺の前では怯えて身を縮める。つまらんことだ。俺は優しい王だぞ。気に入れば友人のように遇してやるというのに!」
「恐れ多いのでしょう、あまりの賢君を前に」
魔術師は心にもないことを言いました。
多くの国を旅してきた魔術師は、処世術を理解しています。傲慢な王に無礼講だと言われても、それを信じては命がありません。
「ふん。素晴らしすぎるのも考えものだ」
「とんでもない。このように素晴らしい王を持ち、民は幸せだと申しておりました」
城内のものの言葉が、はたしてどこまで本音なのか、旅の魔術師にはわかりません。
王の悪口を言うような勇者はもはや存在しないようです。しかし現実として王の治世はそれほどひどいものでもないのです。
城に仕えさえしなければ、王に会いさえしなければ、豊かなこの国で幸せに暮らしていけます。
「だが俺は不満だ。どのような民も貴族も、仕事が終われば友や家族と親しい時間を過ごすのだろう? この国でもっとも高貴なる俺が、どうしてそれができないのか」
「それは……陛下が高貴であるがゆえに、それに相応しいものがこの国にいないのでしょう」
「いないものは仕方がないから、多少足りない者でも我慢してやろうというのだ。だがどいつもこいつも……」
と、王は思い出したように魔術師を見ました。
「そうだ、魔術師よ。そなたは古の、心を操る魔術を復活させたと言うではないか?」
「心を、というほどのものではありません。ただ、人にどのように思われるかをコントロールできる魔法です」
「うむ、うむ! ではこの俺を優しい、親しみのある王と思わせることも可能ではないか?」
慌てたのは話を聞いていた側近たちでした。
そのような相手に選ばれてはたまりません。王の望むまま、遠慮なく対していては、どうせ不興をかって処罰されるに決まっています。
「……陛下、どうぞそればかりは。陛下は素晴らしき方。我々の手には届かぬ、崇高なるお方なのです」
宰相が青ざめながらも必死に割って入りました。
王が側仕えを処分するたび、その始末に追われてきたのが宰相です。これ以上に王の求心力が下がれば、貴族たちが新たな王を担ぎ出すかもしれません。
国力が下がれば、きな臭い隣国は更に強く出てくるかもしれません。王にはこのままおとなしくしていて欲しいのです。
「そうだとも! だが俺の気持ちはどうなる! 俺はこんなにも優しい男だというのに、友の一人もいないのだぞ!」
「…………宰相どの。この魔法は心を操るというものではないのです。目の前にいる相手がどのような者かは、誰もが想像することでしょう。その印象が少しばかり変わるだけ。王への畏敬の気持ちが消えてしまうわけではないのです」
「し、しかし」
「宰相よ、黙れ! 俺はその魔法を試してみることにしたぞ!」
「危険です、陛下!」
「は。もちろん他国の者である私が、直接王に魔法をかけるなどできません。方法をお教えしますので」
「うむ。そうだな、それならば文句はあるまい?」
魔法使いは、王のそばに仕える魔法使いにその方法を教えました。魔法使いたちは話し合い、確かに害のない魔法だと確かめた上で、王にそれを試みます。
その場ものたちは戦々恐々、顔を覆って王に見えない位置に移動するものもいました。そのような姿を見せて不興をかうわけにもいかず、堂々としながら震えているものもいました。
そして魔法は成りました。
「お、王よ」
「さあ、どうだ! この俺は優しい王だと、わかるか!」
「は、はい。陛下はお優しい方です。そのお姿を見るだけでわかります」
「なんという、慈愛にあふれる……恐れ多いとわかっていても」
「名君、賢君でありながらも、なんと親しみやすい」
人々は恐る恐るながら、思わず王への距離を詰めていました。そのくらいに、優しそうな、穏やかそうな姿の王なのです。
「はっはははは! 素晴らしい魔法ではないか!」
王はご満悦で笑い声をあげました。
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