(停止中)愛し、愛されたいのです。

七辻ゆゆ

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卒業式

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 ひとつ幸いなことといえば、卒業式にお母様が来ないことです。
 ただそれは、卒業のあと、すぐに私が結婚する予定だからです。お母様はなかなか領地から離れられないので、両方に来るのは無理だろうとなりました。跡取りでもないディーグ様に嫁ぐとはいえ、さすがに式に両親が欠席とはいきません。

 ああでも、王太子殿下は家に圧力をかけると言っていました。それが伝われば駆けつけて来るでしょう。
 そしてまた、ユストスを捨てろと言うのでしょうか。そうなったら私は……。

 考え込みながら着いた学園で、すぐに友人が話しかけてきました。

「お、おはようアイシャ。ねえ、その人、ずっとそばにいるの?」
「……おはよう。うん、ウィスプだから……」
「それって、どういう感じなの?」

 好奇心でいっぱいの瞳が私に向けられています。いつにないことに私は動揺して、上手く言葉が出てきません。

「どういう……って……」
「だってそんなきれいな男の人がずっといるんでしょ? どうなの、嬉しいの?」

 私はユストスを見ました。
 ユストスはにこりと笑って、ふわふわ私にくっついています。その姿を見ると私は嬉しくなります。

「嬉しい」
「へぇ! アイシャってやっぱりそうなのね。かっこいい男の人が好きなんだ。だからそんなウィスプと契約することになったんだ」
「え?」
「あっ、ねえみんな、アイシャってやっぱり……」

 私が一言答えただけで、彼女には充分だったようです。他の友人に声をかけて盛り上がっています。
 とても私には真似できません。
 私は彼女たちの友人、なのだろうと思うのですが、いつも黙ってついていくだけです。今は、そんな気にもなれませんでした。

「そうよね……だって、ろくに話もしないし」
「男と話すのは好きだなんて!」
「私達じゃお呼びじゃなかったってことね」
「婚約者に相手にされてないから、寂しそうだったもの」
「だからってウィスプに? ぷっ、可哀想じゃない」

 こちらをちらちらと見る、彼女たちの話に入ろうとも、誤解を解こうとも思わないのです。きっと、こういうところが駄目なのでしょう。
 ただ、学園に通う三年の間、こんな関係しか作れなかった、そのことを恥ずかしく思いました。こんな契約者で、ユストスには申し訳ないです。

 私はそっと彼女たちから離れて、自分の席につきました。

「ねえ、彼女たちって、友達?」

 ユストスが聞いてきて、私は困ってしまいました。
 彼女たちが友達のようであってくれたおかげで、学園で一人にならずにすみました。でも、心を通わせた友達かというと、そうではないでしょう。

「あの人達の話を聞いていたい?」
「ううん……あんまり、今は」
「じゃ、聞こえないようにしてあげる」

 驚きました。ユストスの言葉と同時に、彼女たちの声がまったく聞こえなくなったのです。まだ楽しそうに盛り上がっている姿は見えるし、他の人たちの声は聞こえます。彼女たちの声だけが聞こえません。

「すごい……」
「そう? 本当はね、アイシャには僕の言葉だけ聞いてほしいけど」
「それはちょっと」
「そうだよねえ。聞こえないのは聞こえないで、危ないからね」

 ユストスは残念そうですが、私はいまだにこの不思議に感動しています。
 昨日、ユストスが見せた力は、私を他の人から隠すものでした。今行われているのはその逆で、外側から私への音を防いでいます。それも、どの音かを選んで。
 つまりユストスの力とは、私を何かから遮断できる、ということでしょうか。とても範囲が広いです。

「あの、もしかして、ユストスの声って……」
「アイシャにしか聞こえないよ。聞かせたくもない」
「……じゃあ、どうして、こんなに近くで」
「僕はアイシャから離れるつもりはないからね?」

 ユストスは相変わらず、私の耳に口を近づけて囁いてきます。くすぐったいし、落ち着かないです。周囲が私の方を見ているのがわかって、うつむいてしまいます。
 でも他の皆だって、ウィスプを肩に乗せているのです。彼らは囁いてこそいませんが、距離の近さでいうと同じくらいでしょう。時折、髪にじゃれついているのも見ます。

 そのうちに先生がやってきて、出席を取ったあと、私たちは式のため講堂に移動を始めました。

「アイシャ、卒業式って何するの?」
「何……ええと、偉い人の話がある、くらいかな」
「面白い話?」
「ふふ。そうね、ためになる話、かも」

 貴族家に生まれた自覚を持って、だとか、ウィスプの力を悪用しないように、だとか、いつもの話になるでしょう。私達にとっては聞き飽きたくらいのものですが、ユストスにとってはどうでしょうか。

 結果としては、式の間中、ユストスはずっと私にこそこそと話しかけてきました。私は真面目な顔をつくるのが大変でした。
 授業中に友達とこっそり話をするのは、こんな気分なのでしょう。ちょっと悪い気分で、ちょっとわくわくする、そんなことを、学園最後の一日に知ったのでした。
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