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婚約者、そして家族
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「ほんとうに君との茶会は退屈だよ。婚約者だからって定期的な茶会が必要だってのは誰が決めたんだろうね?」
私はなんとも言えずに曖昧な笑みを浮かべました。
親に決められた婚約者同士だからこそ、時間をとって会話の場を設けるのは大事なことだと思います。いずれは夫婦になって、同じ道を行かなければならないのです。
お互いを理解しなければ、協力し合うことは難しいでしょう。
でもそれを一言で告げるのは難しいです。
そして私の婚約者、ディーグ様が長々と私の話を聞いてくれることはないでしょう。
私がもっと上手に話ができるなら、とは、私も思っています。私の友人でさえ、はっきりしない私の話に呆れていることがあるのです。
「ねえアイシャ、相手によると思わないかい。可愛い婚約者か、せめて面白い婚約者だったら、僕だって喜んで話に来るさ。でも君はろくに話もしないで、僕に話させてばかりだ」
「それは申し訳ないと」
「申し訳ない? そのわりに毎回、うつむいて黙っているじゃないか。君が一度だって面白い話をしてくれたことがあるかい。そうしようと努力している様子さえないよ。あの、だとか、その、だとか、もごもご言っておしまいだ。そうやって誤魔化して楽に生きてるんだろうね、君は」
「……」
「ああ、全く、僕の苦労をわかってほしいよ。本当ならすぐにでも婚約を破棄したいけど、君、他に貰い手なんてないだろ」
「それなら」
「何? まさか貰い手があると思ってるの? はあ、君、せめて自分の価値のなさを理解くらいしちゃどうかな。僕以外の男と会話してるところなんて見たことがないのに」
「そうではなくて」
「別にいいよ、会話しただけで不貞だなんて言わないから、なんとか貰い手を探しなよ。僕だって早く開放されたいんだ。まあ、君のクラスに君に釣り合う男なんていないだろうけどね。馬鹿みたいに勉強ばっかりするからそういうことになる」
そうではなくて、婚約を破棄したいなら、そうしてほしい。私もこうしている時間は楽しくないのだから、それで構わない。結婚もしたくありません。
でも一言以上の言葉は発することも許されません。強引に話そうとしても、私のか細い声は、嘲る彼の声にかき消されてしまうのです。
「あの、婚約のことは」
「もういいよ、はあ、君は本当に憂鬱な話しかしないな。卒業までもうわずかだっていうのに。結婚したら、せめて君は黙って僕の言うことに従いなよ」
「このまま結婚というのは」
「ああ、鬱陶しいな。だから、これ以上面倒をかけないでくれよ。今日はもう帰るから、少しはまともな話術を練習して欲しいな。ぜひとも鏡の前で。そうすればその陰気臭い表情もどうにかしようと思えるだろうからね」
ディーグ様はそう言って立ち上がると、私の挨拶さえ待たずに背中を向けました。ひらひらと振られた手の残像が虚しく私の目に残ります。
ため息をついて、私もその場を離れることにしました。いつまでも落ち込んでいても、使用人たちの片付けの邪魔になるだけです。彼女たちの目が嘲笑しているように見えて、嫌になります。被害妄想なのでしょう。
私は口下手で婚約者に迷惑をかけています。
ですが話を聞いてくれないのに、どうやって前向きに努力すればいいのかわかりません。一言しか許されていなくても、皆はきちんと自分の意思を伝えられるのでしょうか。
「アイシャ? ディーグ様はどうしたの」
「……お母様」
「まだ終わりの時間じゃないでしょう。いくら親しい仲でも、きちんとしなければならないわ。ただでさえあなたはいつも元気そうに見えないのだから、上手くいっていないなんて噂が流れたら、フォントン家と話し合わなければならなくなるわ」
ただでさえ忙しいのに、と続きが聞こえたような気がしました。お母様が眉を潜めると、お母様の周囲を飛ぶウィスプも、ちかちかと迷惑そうに瞬きます。
「あら、お母様、心配することはないわよ。アイシャとあれだけ話ができるのはディーグ様だけだもの。ディーグ様も大人しいアイシャを気に入ってるの。ぴったりだわ」
そこにグローリアお姉様がやってきて、流れるように楽しげに話します。お母様の声とよく似た、自信に満ちた話し方でした。
とても私にはできません。
「そう? なら、いいけれど。アイシャ、ディーグ様と仲良くね。もうすぐ結婚するのだから」
「あの、そのことで」
「準備はきちんとしているから、何も心配することはないわ。お母様はまた領地に戻らなきゃいけないけど、グローリアの言うことを聞いて、いい子にしてるのよ」
「任せて頂戴、お母様」
「グローリアにはいつも面倒をかけるわ。ごめんなさいね。いくらか執事に渡しておいたから、美味しいものでも食べなさい」
「ありがとうお母様! ドレスも買っていい?」
「ええ、いいわ。一緒に選ぶことはできないけど、今度はもう少しゆっくりできるから、そのときに見せてちょうだいね」
仲のいい親子そのものの二人は互いに触れ合いながら、私から離れていきます。ウィスプも楽しげに二人の周囲を飛び回っています。
幼子に向けるみたいな言葉ひとつで、もう、お母様は私に何も言いませんでした。グローリアお姉様に「それじゃ、アイシャのことよろしくね」と言って、私のことを見さえせず、馬車に乗って領地に戻っていくのです。
私はなんとも言えずに曖昧な笑みを浮かべました。
親に決められた婚約者同士だからこそ、時間をとって会話の場を設けるのは大事なことだと思います。いずれは夫婦になって、同じ道を行かなければならないのです。
お互いを理解しなければ、協力し合うことは難しいでしょう。
でもそれを一言で告げるのは難しいです。
そして私の婚約者、ディーグ様が長々と私の話を聞いてくれることはないでしょう。
私がもっと上手に話ができるなら、とは、私も思っています。私の友人でさえ、はっきりしない私の話に呆れていることがあるのです。
「ねえアイシャ、相手によると思わないかい。可愛い婚約者か、せめて面白い婚約者だったら、僕だって喜んで話に来るさ。でも君はろくに話もしないで、僕に話させてばかりだ」
「それは申し訳ないと」
「申し訳ない? そのわりに毎回、うつむいて黙っているじゃないか。君が一度だって面白い話をしてくれたことがあるかい。そうしようと努力している様子さえないよ。あの、だとか、その、だとか、もごもご言っておしまいだ。そうやって誤魔化して楽に生きてるんだろうね、君は」
「……」
「ああ、全く、僕の苦労をわかってほしいよ。本当ならすぐにでも婚約を破棄したいけど、君、他に貰い手なんてないだろ」
「それなら」
「何? まさか貰い手があると思ってるの? はあ、君、せめて自分の価値のなさを理解くらいしちゃどうかな。僕以外の男と会話してるところなんて見たことがないのに」
「そうではなくて」
「別にいいよ、会話しただけで不貞だなんて言わないから、なんとか貰い手を探しなよ。僕だって早く開放されたいんだ。まあ、君のクラスに君に釣り合う男なんていないだろうけどね。馬鹿みたいに勉強ばっかりするからそういうことになる」
そうではなくて、婚約を破棄したいなら、そうしてほしい。私もこうしている時間は楽しくないのだから、それで構わない。結婚もしたくありません。
でも一言以上の言葉は発することも許されません。強引に話そうとしても、私のか細い声は、嘲る彼の声にかき消されてしまうのです。
「あの、婚約のことは」
「もういいよ、はあ、君は本当に憂鬱な話しかしないな。卒業までもうわずかだっていうのに。結婚したら、せめて君は黙って僕の言うことに従いなよ」
「このまま結婚というのは」
「ああ、鬱陶しいな。だから、これ以上面倒をかけないでくれよ。今日はもう帰るから、少しはまともな話術を練習して欲しいな。ぜひとも鏡の前で。そうすればその陰気臭い表情もどうにかしようと思えるだろうからね」
ディーグ様はそう言って立ち上がると、私の挨拶さえ待たずに背中を向けました。ひらひらと振られた手の残像が虚しく私の目に残ります。
ため息をついて、私もその場を離れることにしました。いつまでも落ち込んでいても、使用人たちの片付けの邪魔になるだけです。彼女たちの目が嘲笑しているように見えて、嫌になります。被害妄想なのでしょう。
私は口下手で婚約者に迷惑をかけています。
ですが話を聞いてくれないのに、どうやって前向きに努力すればいいのかわかりません。一言しか許されていなくても、皆はきちんと自分の意思を伝えられるのでしょうか。
「アイシャ? ディーグ様はどうしたの」
「……お母様」
「まだ終わりの時間じゃないでしょう。いくら親しい仲でも、きちんとしなければならないわ。ただでさえあなたはいつも元気そうに見えないのだから、上手くいっていないなんて噂が流れたら、フォントン家と話し合わなければならなくなるわ」
ただでさえ忙しいのに、と続きが聞こえたような気がしました。お母様が眉を潜めると、お母様の周囲を飛ぶウィスプも、ちかちかと迷惑そうに瞬きます。
「あら、お母様、心配することはないわよ。アイシャとあれだけ話ができるのはディーグ様だけだもの。ディーグ様も大人しいアイシャを気に入ってるの。ぴったりだわ」
そこにグローリアお姉様がやってきて、流れるように楽しげに話します。お母様の声とよく似た、自信に満ちた話し方でした。
とても私にはできません。
「そう? なら、いいけれど。アイシャ、ディーグ様と仲良くね。もうすぐ結婚するのだから」
「あの、そのことで」
「準備はきちんとしているから、何も心配することはないわ。お母様はまた領地に戻らなきゃいけないけど、グローリアの言うことを聞いて、いい子にしてるのよ」
「任せて頂戴、お母様」
「グローリアにはいつも面倒をかけるわ。ごめんなさいね。いくらか執事に渡しておいたから、美味しいものでも食べなさい」
「ありがとうお母様! ドレスも買っていい?」
「ええ、いいわ。一緒に選ぶことはできないけど、今度はもう少しゆっくりできるから、そのときに見せてちょうだいね」
仲のいい親子そのものの二人は互いに触れ合いながら、私から離れていきます。ウィスプも楽しげに二人の周囲を飛び回っています。
幼子に向けるみたいな言葉ひとつで、もう、お母様は私に何も言いませんでした。グローリアお姉様に「それじゃ、アイシャのことよろしくね」と言って、私のことを見さえせず、馬車に乗って領地に戻っていくのです。
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