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「殺すつもりはなくても、死んでも気にしないんだろうな」
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「いてっ! なんか刺さったぞ」
「……おまえもかよ」
「もしかして……」
「怪しげな術とおっしゃってたな……」
「そんな馬鹿なことあるわけないだろ。なんか……虫がいるんだろ」
使用人たちはルミナを薄気味悪そうに見て、あまり触れないように、丁重に倉庫に案内してくれた。
ルミナも逆らいはしない。なんとなく、自分を守ってくれている力は、とても弱いもののように感じられていたからだ。それを頼りに逃げ出してもすぐに捕まってしまうだろう。
そして倉庫の扉が閉められ、ルミナはため息をついた。
「さっさとこの屋敷を出ればよかった……」
2,3年前から考えはしていた。ルミナは自分の生まれが不幸だとは思わなかったが、かといって、このまま無給で家に囚われ続けようとも思っていない。
この家を出て仕事を探す。
メイドや下働きのような仕事なら、小さな頃からの経験がある。もちろん足りない部分もあるだろうが、きっとなんとかなるだろう。
ためらったのは、自分が小さな体だからだ。
同じ年のフローリアとは明らかに違う。栄養状態が良くなかったからだろう。使用人とともに働くようになってからは一緒にまかないを口にしていたが、それまでは常にお腹をすかせた状態だった。
ルミナは同い年の平民の子より小さいのだ。
フローリアにはよく「出来損ない」と言われる。
そんな幼く見える姿で働こうとしても、雇ってくれるところはないかもしれない。あったとしても再び搾取されるだけなのではないか。
そんな不安があって、今日までズルズルとこの家にいてしまったのだった。
「……どうしよう」
倉庫には小さな窓ひとつしかなく、とても脱出できそうにない。それだけでなく入口の前に見張りがいる気配だ。
わざわざ見張りをつけたということは、ルミナをもっといたぶり、反省させるつもりなのだろう。お嬢様の満足のいくまで。
「……っ」
ルミナはぶるりと震えた。
家族もなく、ひとりで気丈に育ってきたルミナだが、恐ろしいものが何もないわけではない。
『……よ』
「え?」
か細いけれど、鈴を鳴らすような愛らしい声が聞こえた。いくつも、重なるように、そして優しく体のあちこちを撫でられたような気がする。
「誰……?」
『……は……から……』
『心配……しないで……』
『だいじょうぶ』
誰もいないはずなのに聞こえてくる声だが、ルミナは不思議と恐ろしさを感じなかった。このところずっと守ってくれていた、それがこの小さな者たちではないかと思う。
それによってルミナはむしろ苦境に立たされた気もするが、しかし純粋な好意を向けられている気がして、悪い気はしなかった。
何より今は誰でもいいからそばにいてほしい。
恐ろしさを忘れたい。
「ここに……いるの……?」
ルミナは目を凝らして自分の体を見た。するとなんということか、キラキラといくつもの輝きがある。
息を呑み、ひとつ呼吸をして見直しても、やはりキラキラと輝いている。手でつまもうとしても、触れることなく消えていく。輝きとしか言いようがない。
倉庫には陽の光などろくに入ってこないというのに、輝きは消えない。同じ場所ではない、まるでルミナの体の周りを飛び回っているように、楽しげに動く。
「私を助けてくれたのは、あなたたち……?」
すると輝きが増して、動きが大きくなった気がする。自分の周りを飛び回る妖精のような姿を想像した。
「そう……ありがとう」
キラキラと美しい輝きを見ているだけでも心が慰められる。ルミナは久しぶりの微笑みを浮かべ、倉庫の床に座り込んだ。
床は埃だらけで汚いが、キラキラした彼らが動き回るだけで夢のように幻想的な光景になる。
ルミナは少し前向きな気分になり、まあ、そうね、と呟いた。
「仕事もないんだし」
何もすることがないのだ。このまま眠ってしまおう。
あとのことは目が覚めてから考えればいい。すぐに父やフローリアの気分が変わって、ここから出され、仕事を言いつけてくるかもしれない。
「……っ?」
ガン、と扉の閉じられる音でルミナは目を覚ました。
「なに……? あ……パン……」
扉の前にパンとスープが転がっていて、どうやら殺すつもりはないようだった。それだけはわかるが、あまりにも粗末な食事だ。
パンは最悪なくても数日は耐えられるだろうが、問題は水分だった。スープ皿一杯分だけでどれだけ保つだろうと考える。
「殺すつもりはなくても、死んでも気にしないんだろうな」
「……おまえもかよ」
「もしかして……」
「怪しげな術とおっしゃってたな……」
「そんな馬鹿なことあるわけないだろ。なんか……虫がいるんだろ」
使用人たちはルミナを薄気味悪そうに見て、あまり触れないように、丁重に倉庫に案内してくれた。
ルミナも逆らいはしない。なんとなく、自分を守ってくれている力は、とても弱いもののように感じられていたからだ。それを頼りに逃げ出してもすぐに捕まってしまうだろう。
そして倉庫の扉が閉められ、ルミナはため息をついた。
「さっさとこの屋敷を出ればよかった……」
2,3年前から考えはしていた。ルミナは自分の生まれが不幸だとは思わなかったが、かといって、このまま無給で家に囚われ続けようとも思っていない。
この家を出て仕事を探す。
メイドや下働きのような仕事なら、小さな頃からの経験がある。もちろん足りない部分もあるだろうが、きっとなんとかなるだろう。
ためらったのは、自分が小さな体だからだ。
同じ年のフローリアとは明らかに違う。栄養状態が良くなかったからだろう。使用人とともに働くようになってからは一緒にまかないを口にしていたが、それまでは常にお腹をすかせた状態だった。
ルミナは同い年の平民の子より小さいのだ。
フローリアにはよく「出来損ない」と言われる。
そんな幼く見える姿で働こうとしても、雇ってくれるところはないかもしれない。あったとしても再び搾取されるだけなのではないか。
そんな不安があって、今日までズルズルとこの家にいてしまったのだった。
「……どうしよう」
倉庫には小さな窓ひとつしかなく、とても脱出できそうにない。それだけでなく入口の前に見張りがいる気配だ。
わざわざ見張りをつけたということは、ルミナをもっといたぶり、反省させるつもりなのだろう。お嬢様の満足のいくまで。
「……っ」
ルミナはぶるりと震えた。
家族もなく、ひとりで気丈に育ってきたルミナだが、恐ろしいものが何もないわけではない。
『……よ』
「え?」
か細いけれど、鈴を鳴らすような愛らしい声が聞こえた。いくつも、重なるように、そして優しく体のあちこちを撫でられたような気がする。
「誰……?」
『……は……から……』
『心配……しないで……』
『だいじょうぶ』
誰もいないはずなのに聞こえてくる声だが、ルミナは不思議と恐ろしさを感じなかった。このところずっと守ってくれていた、それがこの小さな者たちではないかと思う。
それによってルミナはむしろ苦境に立たされた気もするが、しかし純粋な好意を向けられている気がして、悪い気はしなかった。
何より今は誰でもいいからそばにいてほしい。
恐ろしさを忘れたい。
「ここに……いるの……?」
ルミナは目を凝らして自分の体を見た。するとなんということか、キラキラといくつもの輝きがある。
息を呑み、ひとつ呼吸をして見直しても、やはりキラキラと輝いている。手でつまもうとしても、触れることなく消えていく。輝きとしか言いようがない。
倉庫には陽の光などろくに入ってこないというのに、輝きは消えない。同じ場所ではない、まるでルミナの体の周りを飛び回っているように、楽しげに動く。
「私を助けてくれたのは、あなたたち……?」
すると輝きが増して、動きが大きくなった気がする。自分の周りを飛び回る妖精のような姿を想像した。
「そう……ありがとう」
キラキラと美しい輝きを見ているだけでも心が慰められる。ルミナは久しぶりの微笑みを浮かべ、倉庫の床に座り込んだ。
床は埃だらけで汚いが、キラキラした彼らが動き回るだけで夢のように幻想的な光景になる。
ルミナは少し前向きな気分になり、まあ、そうね、と呟いた。
「仕事もないんだし」
何もすることがないのだ。このまま眠ってしまおう。
あとのことは目が覚めてから考えればいい。すぐに父やフローリアの気分が変わって、ここから出され、仕事を言いつけてくるかもしれない。
「……っ?」
ガン、と扉の閉じられる音でルミナは目を覚ました。
「なに……? あ……パン……」
扉の前にパンとスープが転がっていて、どうやら殺すつもりはないようだった。それだけはわかるが、あまりにも粗末な食事だ。
パンは最悪なくても数日は耐えられるだろうが、問題は水分だった。スープ皿一杯分だけでどれだけ保つだろうと考える。
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