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「頼んだぞ……!」
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「それはどうも。では私が精霊王となり、あの娘は我が番となるわけですね?」
「へぁっ?」
「必ずそうとも限りませんが。少なくとも精霊王でないあなたの因果の先には、あの娘はいないのでは?」
「……」
とんでもない、番を失いかねない状況に気づいて俺はようやく冷静になった。
精霊王の番は特別な因果が決めると言われている。それがゆえにあの子が番となったのならば、精霊王でなくなった俺の番ではないかもしれない。
「い、いや……一度決まった番が……そんな、馬鹿な……」
「前例はありますよ? なにしろ精霊王というお立場は、世界を成り立たせる重要な要素ですから。その番となれば、やはりそれ相応の」
「……くっ」
もしその確率がとても低いものだとしても、とても冒険する勇気はなかった。あの子は番だ。俺の番だ。
失うことなど考えられない!
「だが……っ、こうしている間にも、あの子はひどい扱いを……あの、あの可愛い子が、悲しんでいると思うと、とても、とても無理だ……!」
「まあまあ、落ち着いてください」
「落ち着いていられるか! お前だって喧嘩した番に『パンを尻に挟みながら町中を踊り狂ったら許す』と言われて大急ぎで実行していたじゃないか」
「殺しますよ」
「やってみろ、こっちは王だぞ!」
「……こほん。つまり、後悔した経験のある私の話を聞くべきですよ」
「それは……まあ……」
パンを尻に挟みながら必死の顔をしていた補佐官を思い出し、俺は深呼吸した。ああはなりたくない。
いくら番が大事だからといって、最低限の尊厳は持っていたい。
そう思ってしまったあとで愕然とした。あの子はそんなものを持てる環境にいないというのに、この俺ばかりがなんと欲深いのだ!
「やはり行く! とにかくもあの子を助ける、話はそれからだ」
「なにもあなたが行かなくても、人間界にいる精霊たちに頼めばいいではありませんか?」
「むっ……? 力なき者たちにか……?」
人間界にも精霊はいるが、小動物程度の力もない者たちだ。
というよりも、その程度の力だから簡単に人間界に渡れている。彼らの多くは人間が好きなので、精霊界から出られなくならないよう、自分の力が増えないよう気をつけている者さえいるそうだ。
そのような者たちなので、人間に対してすら弱い。ちょっとしたイタズラで困らせるくらいが関の山で、とてもあの子を助けられるとは思えなかった。
「力なき者たちですが、見てください、彼女の周りに大勢いますよ」
「……おお」
目を凝らしてみると確かに、小さな小さな者たちが愛らしい少女の周囲に集まっていた。イタズラをしようという様子ではなく、肩に乗り、頬を擦り寄せて、まるで甘えているようだ。
「ぅうん。この俺よりも先にいちゃついているのは許しがたいが、さすがは精霊王の番だ。精霊に愛されている。……うん、そうだな……」
その姿を見ていると一層、精霊王でなくなった俺ではだめかもしれないと背中が冷える。うっかり飛び出していかなくてよかった。
補佐官に感謝しよう。
今はなんかまだ、こう、モヤッとしているし気まずいので、後日、彼の番が喜びそうなものを贈っておこう。
「さ、彼らに声をかけてください。大声を出すと驚きますのでお気をつけて」
「うむ、そうだな」
どのような精霊であろうとも、この精霊王の声は届く。だがどうに命じれば良いのだろう。あまり重い責任を追わせても気の毒だ。しかしなんとしてでもあの子を助けてもらわなければ。
「おや、そうこうしている間に」
「むっ」
掃除を続けている、愛らしい我が番の前に、少し年上らしい少女がやってきた。
どことなく我が番と似た顔に見えなくもない。だが俺からすれば「ただの人間」である。相手を見下すような姿勢と、隙のない化粧、ぴったりと体に合ったドレスが、いかにも人間らしい欲を表している。
彼女は慣れた様子で声を張り上げた。
『ルミナ! またグズグズしているの!』
『申し訳ありません』
「は?」
俺は思わず声をあげ、震えた。
こんなにも愛らしい子が健気に掃除をしているのに、なんということを、という憤り。
そして我が番が「ルミナ」という名前なのだ、という感動に打ち震えていたのだ。
「ああ……」
「精霊王、変顔をするのはやめてください」
「おまえを永遠の変顔にしてやろうか? 違う、そうじゃない……なんてことだ、ル、ルミナ」
「ルルミナではなくルミナと聞こえましたが」
「おまえの耳をまんじゅうにしてやろうか?」
「はいはい。遊んでないで小精霊たちに助けを求めるんです」
「わかっている!」
冷静で真面目な補佐官だと思っていたが、意外とめんどくさいなこいつ。いや、番についてからかい倒した仕返しか?
「ごほん。精霊たちよ、聞こえるか? ルミナを助けるのだ。わずかだが力を送ろう……」
精霊王の言葉は精霊の指針であり、背を押すものだ。この言葉だけで精霊たちは少しだけ強い力を発揮できる。
「頼んだぞ……!」
「へぁっ?」
「必ずそうとも限りませんが。少なくとも精霊王でないあなたの因果の先には、あの娘はいないのでは?」
「……」
とんでもない、番を失いかねない状況に気づいて俺はようやく冷静になった。
精霊王の番は特別な因果が決めると言われている。それがゆえにあの子が番となったのならば、精霊王でなくなった俺の番ではないかもしれない。
「い、いや……一度決まった番が……そんな、馬鹿な……」
「前例はありますよ? なにしろ精霊王というお立場は、世界を成り立たせる重要な要素ですから。その番となれば、やはりそれ相応の」
「……くっ」
もしその確率がとても低いものだとしても、とても冒険する勇気はなかった。あの子は番だ。俺の番だ。
失うことなど考えられない!
「だが……っ、こうしている間にも、あの子はひどい扱いを……あの、あの可愛い子が、悲しんでいると思うと、とても、とても無理だ……!」
「まあまあ、落ち着いてください」
「落ち着いていられるか! お前だって喧嘩した番に『パンを尻に挟みながら町中を踊り狂ったら許す』と言われて大急ぎで実行していたじゃないか」
「殺しますよ」
「やってみろ、こっちは王だぞ!」
「……こほん。つまり、後悔した経験のある私の話を聞くべきですよ」
「それは……まあ……」
パンを尻に挟みながら必死の顔をしていた補佐官を思い出し、俺は深呼吸した。ああはなりたくない。
いくら番が大事だからといって、最低限の尊厳は持っていたい。
そう思ってしまったあとで愕然とした。あの子はそんなものを持てる環境にいないというのに、この俺ばかりがなんと欲深いのだ!
「やはり行く! とにかくもあの子を助ける、話はそれからだ」
「なにもあなたが行かなくても、人間界にいる精霊たちに頼めばいいではありませんか?」
「むっ……? 力なき者たちにか……?」
人間界にも精霊はいるが、小動物程度の力もない者たちだ。
というよりも、その程度の力だから簡単に人間界に渡れている。彼らの多くは人間が好きなので、精霊界から出られなくならないよう、自分の力が増えないよう気をつけている者さえいるそうだ。
そのような者たちなので、人間に対してすら弱い。ちょっとしたイタズラで困らせるくらいが関の山で、とてもあの子を助けられるとは思えなかった。
「力なき者たちですが、見てください、彼女の周りに大勢いますよ」
「……おお」
目を凝らしてみると確かに、小さな小さな者たちが愛らしい少女の周囲に集まっていた。イタズラをしようという様子ではなく、肩に乗り、頬を擦り寄せて、まるで甘えているようだ。
「ぅうん。この俺よりも先にいちゃついているのは許しがたいが、さすがは精霊王の番だ。精霊に愛されている。……うん、そうだな……」
その姿を見ていると一層、精霊王でなくなった俺ではだめかもしれないと背中が冷える。うっかり飛び出していかなくてよかった。
補佐官に感謝しよう。
今はなんかまだ、こう、モヤッとしているし気まずいので、後日、彼の番が喜びそうなものを贈っておこう。
「さ、彼らに声をかけてください。大声を出すと驚きますのでお気をつけて」
「うむ、そうだな」
どのような精霊であろうとも、この精霊王の声は届く。だがどうに命じれば良いのだろう。あまり重い責任を追わせても気の毒だ。しかしなんとしてでもあの子を助けてもらわなければ。
「おや、そうこうしている間に」
「むっ」
掃除を続けている、愛らしい我が番の前に、少し年上らしい少女がやってきた。
どことなく我が番と似た顔に見えなくもない。だが俺からすれば「ただの人間」である。相手を見下すような姿勢と、隙のない化粧、ぴったりと体に合ったドレスが、いかにも人間らしい欲を表している。
彼女は慣れた様子で声を張り上げた。
『ルミナ! またグズグズしているの!』
『申し訳ありません』
「は?」
俺は思わず声をあげ、震えた。
こんなにも愛らしい子が健気に掃除をしているのに、なんということを、という憤り。
そして我が番が「ルミナ」という名前なのだ、という感動に打ち震えていたのだ。
「ああ……」
「精霊王、変顔をするのはやめてください」
「おまえを永遠の変顔にしてやろうか? 違う、そうじゃない……なんてことだ、ル、ルミナ」
「ルルミナではなくルミナと聞こえましたが」
「おまえの耳をまんじゅうにしてやろうか?」
「はいはい。遊んでないで小精霊たちに助けを求めるんです」
「わかっている!」
冷静で真面目な補佐官だと思っていたが、意外とめんどくさいなこいつ。いや、番についてからかい倒した仕返しか?
「ごほん。精霊たちよ、聞こえるか? ルミナを助けるのだ。わずかだが力を送ろう……」
精霊王の言葉は精霊の指針であり、背を押すものだ。この言葉だけで精霊たちは少しだけ強い力を発揮できる。
「頼んだぞ……!」
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