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 たとえ旦那様が本当に彼女を愛していたとしても、私は妻として愛されていれば充分だと思います。
 こういったところが不感症と言われるのかもしれません。

「まあ、そんな、意地を張るものではないわ。残念だけど、愛はそう簡単に消えてしまうものではないもの……」
「では愛ではなかったのだろう」
「トーリー、ねえ、意地っ張りなあなたも可愛いけれど、事実は変わらないわ。ぜんぶ私のためだってことはわかっているのよ。ミラレッタさんだって、それを知っておいたほうがいいと思うの。期待したらつらいでしょう?」
「悪いが、君の妄言には付き合わない」

 旦那様がこれだけ拒絶しているのに、楽しげなアイニアさんに、私は少しの恐ろしさを感じました。
 高級な布地をまとって、お化粧にもかなりお金をかけているのでしょう、仕草も可愛らしいものでした。けれど現実から浮き上がったその姿は、まるで違う世界にいるかのようです。

「ミラレッタ、帰ろう」
「はい」

 私は旦那様の手を取り、できるだけ離れないように寄り添いました。私の存在がアイニアさんから旦那様を守れればよいのにと思います。

「トーリー、なにもかもあるべきところに戻るわ。ミラレッタさんにあまり迷惑をかけないようにね」

 旦那様は何も言いませんでしたが、足を止めました。

「……」

 私は心配になって旦那様を見上げます。
 すると旦那様が私を見て、にこりと笑いました。

「えっ、あ」

 そして力強い手が、私の腰を引き寄せました。
 私達はぴったりと触れ合うことになります。ダンスの時よりも近く、強く、まるで夜に寝室でそうするように、互いの肌を押し合う触れ合いでした。

「んんっ……!」

 私が戸惑っていると、本当にその時のように唇同士が触れました。
 熱い。唇だけではなく体全体が熱く、こんな場所で、と恥ずかしいのに、それがまた熱に変わるのです。くらくらしている私を旦那様の腕が支えて、でも、こんなに熱いのは旦那様のせいです。

「う、ん……」

 ああ、いけません。
 嫌がりたいのに、でも、嫌ではありません。こんな場でなければ旦那様の熱に埋もれてしまいたいのです。

「……ミラレッタ」
「あっ」

 私を呼ぶ声も熱く湿っています。
 そのせいで私の体も湿らされて、だから、唇が離れたことにしばらく気づけませんでした。うるんだ瞳の向こうに旦那様の微笑みがあります。

「さあ、行こう」
「はい……」

 私はすべてのことを忘れてしまって、旦那様にもたれかかるように、出口へと導かれました。
 視界の端にアイニアさんの姿が見えましたが、凍りついた表情を思い出したのはあとになってのことです。今は誰のことも気にならず、旦那様の腕のぬくもりだけを頼りに、ふらふらと会場を出たのでした。
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