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めでたし、めでたし

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「ええと……その荷物はなんだ?」
 ルナの問いかけに、行軍前のような格好をした男が答える。
「長い旅になるだろう」

「ああ、餞別か。いやすまん、そうたくさんは持てない」
「いや、俺の荷物だ」

 そのように言う。男は同僚である。
 幼い頃から知っている気のおけない仲だが、ルナは理解しかねて首をかしげた。すると男は少しすねたように眉を寄せる。

「なんだ。俺も行くに決まっているだろう」
「……えぇ?」
 間抜けな声も出ようというものだ。

 ここはアリアレッサの王都である。ファギルで川に飛び込んだあと、なかなかの苦労をして、ようやく帰り着いた母国だ。
 しかしライファン王は諦めずに捜索を続けているようで、このまま国に仕えていては、いずれ見つかる可能性が高い。となれば、国や仲間に迷惑をかけることになるかもしれない。

 もともとルナは、いずれ国を出て他国を見て回るつもりだった。女であるからこそ見えることもある。その知見はきっと国のためになるだろう。
 いいきっかけだとばかり、さっさと出発することに決めたのだ。

「俺が連れでは不満か?」
「不満など……いや、セルジュ、おまえは国を離れる気はないと言っていただろう」

 セルジュとルナが騎士になる前、学生だった頃の話だ。
 彼が他国への留学を提案されて、そう言って断ったのを知っている。

「……少し違うな。数年でも、おまえのそばを離れる気がなかった」
「はあっ!?」
「というか、あのな……いくらなんでも、まさかと思っていたが、おまえ……忘れているな?」
「……何をだ?」

 ルナは混乱しながら問い返した。
 友として大事な相手だが「おまえと数年も離れたくなかった」では、まるで口説かれているようではないか。
 まさかそんなわけはないと思うが、居心地が悪い。ルナがそういったことに疎いと知っている彼が、そんなからかい方をしてきたことはない。

「俺とお前は婚約者同士だ」
「な? ……な、……あっ!」
 ルナは思い出した。

 そういえば、そうだった。
 自分には婚約者がいたのだ。幼い頃に決められたもので、ほとんど意識することもなく、セルジュとは幼馴染、長じては気の合う同僚、友とだけ思っていたのだ。

「い、いや、あれは、仮のものだろう。そんなものに義理立てすることはない!」
「ルナ、おまえはいくつになった?」
「……22……」
「成人を超えても続く仮の婚約とはなんだ」
「……」

 言葉もない。
 確かに、仮の婚約ならもうとっくに解消されているべきである。

「で、でも、じゃあ、今からでも」
「どうせおまえのことだ、結婚など考えもしなかったのだろう。だが、待っていた男の純情をなかったことにする気か?」
「い……え?」
「どこぞの獣に攫われて、かと思えば助けに行く前に帰ってくるとはな。まったくひどい」
「……ええっと」

 セルジュがため息をついている。
 ルナは困りきっている。
 婚約?
「婚約者のいる身で攫われたのか、私は……」

「ああ、そうだ。どうせ思い出しもしなかったのだろうが」
「うっ」
「わかったら、さっさと行くぞ」
「え、えっと、そっちじゃないが、あの」
「先に教会で誓約を」
「なんの!?」
「婚姻の」
「なぜ!?」
「ここまで待っていた男を袖にする気がないのなら、そうするべきだと思わないか?」

 そこまで言われては、ルナとしても拒絶はし難い。
 ううむ、と腕を組み、うん、と頷いた。

「わかった。だが、おまえこそ後悔しないか?」
「するわけがない。さ、行くぞ」
「早い!」
「無駄に時間をかけるつもりはないからな」

 この男もだいぶ情緒がないのではないか。ルナはそう思ったが、であれば自分とはかなり似合いなのだろう。
「……長い旅になるかもしれないぞ」
「わかっているさ。新婚旅行は長い方がいい」
「おまえな……」

 しかしこういうのは自分たちには全く向いていない。
 さっさと終わらせよう。なんとも微妙な熱を持て余し、見上げれば男もわずかに顔が赤い。

 二人はそうして教会で最速の婚姻を結び、夫婦として世界を回った。
 そのうち、全ての気力を失ったというライファン王が退位したので、母国にも帰った。人々からすれば彼らはずいぶん仲のいい、だが友人のような夫婦だ。
 実際、彼らの間に熱烈な愛があったかは、彼らのみが知っている。
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