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「私が陛下のおそばを離れることはありません」

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「ずいぶんと華やかなのだな」
 庭に案内されてルナは少し驚いた。
 強いものを頂点に置くという獣人の国だ。もっと無骨な木々に囲まれていると想像していた。美しく繊細に、蔦はアーチを描いて歩く者を歓迎している。

「我が国の庭師は人間などより優秀だからな」
 臣下を自慢するのはいいことだが、そのためになぜ他を下げなければならないのか。
 ルナは微妙な気分で肩をすくめた。

「この庭の花はすべておまえのものにしてやる。ここだけではない。ほしい花があれば、いくらでも、山のように取り寄せてやるぞ」
「いえ、結構」
「……花は好きではないのか?」
「見て悪い気はしないが、特に必要とは思わない」

 木陰のできる、ぶつかっても問題ない大木の方が好ましい。ルナはなにしろそういう女である。
「あなたから貰いたいのは、帰国の途だけだ」
「まだ言うか。……身の程を知らぬネズミめ」
「好かれたいのか嫌われたいのか、はっきりしてほしいな」

 ルナの言葉にぐっと王は押し黙った。
「……嫌われる一方の自覚はあるのか?」
「ネズミが俺を嫌うだと……? そんなわけはない」
「番に嫌われる一方の自覚は?」
「そんなわけがあるものかっ! 俺を脅そうとしても無駄だ。これ以上のものは与えられないぞ」

 また騒ぎ始めそうなので、ルナは適当に無視して庭を眺めた。
(こちら側ではないか。広そうだ……)
 飛竜は草食であるから、こんな綺麗に整えられた花壇のそばには住まわせない。下草を食われた形跡もないのだ。

 ファギル国の城の大きさなど知らないが、四方に庭と、更に中庭がいくつかあってもおかしくない。ルナはため息をついた。
 空を見上げる。
 ちょうど飛竜が、ということもなく、微妙な青空だ。

「馬はいないのか」
 さすがに飛竜の場所を直接聞いても教えてくれないだろう。番に狂っているにしても、一応はそれなりに育てられたはずの王だ。
「……馬が見たいのか? まあ、そうだな。花より裸馬の似合いそうなネズミだ」
「いちいちネズミと言わなければならないのか?」
「……」

 王は不快そうな顔をしている。
 言わなければならないのだろう。人間などが番であるという不幸を主張せずにいられないのだ。不本意である。あえて選んだわけではないと言いたいのだ。

「器が小さいな」
 あまりにも。
「な」
「ネズミの夫であるだけで無価値なら、大した価値の男ではないな」
「な、なにを……っ、きさま、」
「で? 馬はどっちだ」

 どうせルナを害することはできない。
 王もそれをわかってしまっているはずだ。だから、この話題転換に仕方がなさそうに乗ってくるのは想像がついた。

「……向こうだ」
「そうか」
 ルナは案内もなしに歩きだす。王は機嫌が悪いせいかすぐについてはこなかった。
 かわりにメサイアが近づいてきたので、ルナはそちらに意識を向ける。

「……陛下に無礼は許しませんよ」
「はあ」
「心得違いを正さないなら、こちらにも考えがあります」
「うん?」

 ちらりと視線を向けると、メサイアの手に小さな短剣があるのを見た。王からは見えない位置なのだろう、それもすぐに隠された。
 ルナは思わず足を止めそうになり、しかし、何事もなかったように歩き続ける。

「私は本気です」
「そうか」
 とはいえメサイアの手は震えているし、とても扱い慣れた刃物のようではない。メサイアがルナを傷つけるのは難しいだろう。
 もし切りつけることができたとしても、おそらく大した傷にはならない。

 けれど手練が使うのなら、人を殺すことも可能な大きさだろう。

「だが、あなたはそれほどそばにいられないだろう?」
「私が陛下のおそばを離れることはありません」
「それはそれは」

 ありがたいことだ、とルナは小さく呟いた。
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