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東に向かっています。

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 ふたりを乗せた馬車は進む。

「どこに向かってるんですか?」
「東よ。町をいくつか通るから、美味しいものを買いましょう。お菓子だけじゃお腹がふくれないし。何か食べたいもの、ある?」
 マイラに聞かれて、リーリエはくらくら目眩がした。
 食べたいもの。
 それを言えば、手に入るのだろうか。

「な、なにが……あるんでしょうか……?」
「なんでも! 芋も、お米も、小麦もあるし、果物もたくさん! 有名なのが、えっと……このあたりなら、肉まんじゅう!」
「肉まんじゅう!」
 思わずリーリエは唱和した。肉まんじゅうだ。

「た、食べたい……肉で、まんじゅうなのですね? 食べたいです!」
「わかったわ! じゃあ、次の町で……そうね、寝て起きたらついてるわ」

「……寝ている間も、馬は走っているのですか?」
「ええ。そして朝になったら町で乗り換えるの。そうしたら馬も疲れないし、とても早くつくでしょう?」

 リーリエはよくわからなかったが頷いた。早く着くならその方がいい。まだ見ぬ肉まんじゅうで頭がいっぱいになっている。

「早く食べたいです」
「そうね。果物も食べたいわ。リーリエ様、酸っぱいものとかは?」
「すっぱい……」
 よくわからない。味覚だという知識はあるが、記憶にない。もしかするとはるか昔に味わったかもしれない。

「じゃあレモンを買いましょう。ふふ、楽しみ!」
「楽しみです!」
 マイラが勧めてくれるのなら、きっと良いものなのだろう。ユーファミアの勧めてくれたものも、なにもかも素晴らしかった。
 時によくわからない味もあったけれど、それさえも新鮮だった。

(……おばさま)
 今、どうしているのだろう。

 リーリエにはどうすることもできない。なぜ自分がここにいるのかさえわからないのだ。彼女の助けになることができない。
(……本当に?)
 本当は、あるのではないか。いちばんユーファミアの、あるいはすべての人のためになることが。
 リーリエが唯一できることが、あるのではないか。
(いやだ)
 考えたくもない。リーリエは自らの身体を抱いた。

「リーリエ様?」
「……ユーファミア様は、どうなったのですか?」
「王妃様は南の果ての聖女としてご活躍なさっているそうよ。私も頑張らないと」
「マイラ様は……祈らないのですか?」

 自分が言われて嫌なことを、言いたくなどない。けれど、どうしても気になって聞いた。
 こうして馬車の旅をしながら、マイラは一度も祈る様子を見せなかった。

「そのために東に向かっているの」
「東に……?」
「東の地でも消失が始まっている。放っておくわけにはいかない」
「……消失が、そんなに……」

 知らなかった。
 リーリエは南の地で消失を見ていない。家族であるユーファミアがそこで祈りを捧げている。
 祈り続けなければ消えてしまう国。

(どうして?)
 かつて大陸で居場所を失った王女と民が、神に祈りを捧げて手に入れた国。けれど幻のような国だ。彼らは安住の地など手に入れていない。

「大丈夫よ」
「……マイラ様」
 マイラに微笑まれると、なぜかそれだけで安心できるような気がした。
「大丈夫、ぜんぶうまくいくわ。もう何も悪いことは起こらない」
「でも」
「王妃様が南の消失を止めたんだもの。東の消失は私が止めます」
 リーリエは眩しさに目を細めた。

「だからリーリエ様は、何も心配しなくていいの」
「でも、おばさまが……おばさまは、聖女をやめられたのに、どうして……」
「王妃様はきっと、この国を愛しておられるのよ」

 そっとマイラが、リーリエの手を握る。
 ユーファミアのものとは明らかに違う、華奢な指、小さな手のひらだ。それでも強く励まされた。リーリエの手よりもずっと柔らかく、優しさを感じる手だ。

「美味しいものがたくさんある国だもの」
「……」
「守りたいと思うのは当然だわ。リーリエ様も、この国の食べ物は好きでしょう?」
「……はい」
 好きだ。
 それは好きだ。

 好きだけれど。
 何かひやりと、嫌な感じがした。じっとマイラの目が、リーリエを逃すまいと見つめている。
(そんなわけないのに)
 マイラは聖女だ。
 リーリエの役目であったそれを引き取ってくれた、天使のような人だ。

「…………肉まんじゅうを食べればもっと好きになるわ! 楽しみね」
 にこりと笑ったマイラが、手を離して言った。
 リーリエは詰めていた息を吐く。手のひらがわずかに汗ばんでいた。
「ええ! 早く食べたいです」
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