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マイラ様も美味しいものをくれます。

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 ずっと世界に揺られている。
 いつまでも、いつまでも、繰り返し、繰り返し。リーリエは目が覚めてもぼんやりと、その揺れに体を任せていた。

 意識がはっきりしてくると、これは馬の歩みだとわかる。4つの足で、一歩一歩。それがニ頭。
 馬車を引く馬の歩みが頭に浮かぶ。あれほど骨ばった足であるのに、とても力強く、恐ろしいまでの力を出す。

 躍動する体は締まっている。見るだけで重みを感じるそれが、前に、前に進む。世界は進む。リーリエは流れていく景色を見ていた。

 ふいに視線をずらすと、愛らしい横顔があった。
「……マイラ様?」
「ああ」
 呼びかければ彼女はリーリエを見て、にこりと笑う。悪いものを何一つ知らないような笑顔だった。
「お目覚めになったのね。お腹はすいてない?」
「おなか……」

 とにかく眠気が先にあるので、すいているかどうかわからない。リーリエはまだぼうっとして、マイラの滑らかな頬を見ていた。
「マフィンとお茶があるの」
「……食べます!」
 マフィンが何かはわからないが、食べ物だ。リーリエは重い体を忘れて飛び起きた。

「ふふ。リーリエ様は、甘いものがお好きなのね」
「いえ……おいしいものが、好きです」
「そうね、それは私もそう」

 彼女が当たり前のように、親しげに話しかけてくるので、リーリエはよくわからなくなってきた。いったい何をしていたのだったか。

 なぜ馬車に乗っているのだろう。
 どこに向かっているのだろう。

 マイラが旅行かばんから美味しそうなお菓子を取り出したので、リーリエは考えるのをやめた。
 どうせ言われるままに生きてきたリーリエだ。なるようになるしかない。

「暖かいお茶ではないけれど」
「冷たいのも好きです」
「そう。どうぞ」

 マイラは微笑み、水筒からカップに茶を入れて渡してくれた。気をつけながら受け取る。ガタガタと揺れる馬車の中で、つい先日も経験したことだった。
 ユーファミアとの道行きは楽しかった。
 マイラといるのは、不思議な感じだ。

「あ。……水出しなんですね」
 冷めたお茶ではなく、最初から水で出したお茶の味だ。
「おわかりになるのね?」
「はい。おばさ……ユーファミア様と、たくさん飲みました。いろんなお話もして……」
「楽しい旅だった?」
「とても!」

 リーリエが強く答えると、マイラは微笑んだ。
「そう。私とも楽しい旅をしてね。ユーファミア様ほど、備えはないのだけれど」
「備え……」
「このマフィンも、道中で手に入れたの。目立たない、地味な色のお店だったけど、とてもいい匂いがして」
「はい! いい匂いがします!」
「そうでしょう? 買わなきゃだめだと思ったのよ」
「正しいと思います!」

 マフィンはクッキーよりも膨らみがあって、けれど手のひらに乗るかわいい大きさだ。リーリエはうっとりと眺めた。
 きっと美味しい。
 けれど食べるのがもったいないくらい愛らしい。

 手の上に掲げると、まるい頭の向こうに動く景色が見える。
「素敵です……」
「そ、そう、ね……?」
「ずっとこうしていたいです。食べると、なくなってしまうので」
「まあ」
 マイラが思わずというように笑った。

「そうね、なくなってしまうから、覚悟が決まったら食べてね」
「はい……! あ、マイラ様は先に食べてください」
「私はもう食べたの。美味しかったわ」
「そうなんですか……これは、どんなお菓子ですか?」

 聞かれて、マイラは一瞬だけ戸惑った。
「食べたことがないのね」
「はい。おばさまにいろいろ頂きましたが、マフィンというのは初めてです」
「そう……。マフィンはねえ、見ればわかるけれど、クッキーよりパンに近くて」
「やわらかいんですね……」
 想像するだけでよだれが落ちそうになった。慌てて口をしっかり閉じる。

「でもパンより甘くて、柔らかい……ちょっと違うかしら。柔らかいっていうより、ポロポロしていて」
「ポロポロ」
「くしゅっとして甘いの」
「くしゅっ」
 リーリエの胸はくしゅっとして、たまらなくなった。今すぐ食べたい。食べないと死んでしまいそうだ。
 でももったいない。

「あ、リーリエ様、もう一つあります」
「ああ……っ!」
 我慢する理由がなくなり、リーリエはマフィンの頭に噛みついた。それは簡単に噛み切れる。ふわっ、としかし溶けずに残るふかふかの生地だ。甘さに愛された甘さのための生地だ。
「はふ……」
 美味しい。
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