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王の事情
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「東の果てに……っ、消失が、見られた、と……!」
王への謁見時間が終わりかけていたところだ。兵士が飛び込んできて、叫ぶように報告した。
「何……?」
立ち上がりかけていた王は眉をひそめ、座り直すかどうかを迷った。
すっかり仕事は終わりの気分でいたものだから、気が進まない。だが放っておける問題でもなかった。
果ての国は北だけが大陸と繋がっている。首都は中央。
南から消失が始まるのは納得のいく話で、聖女交代のたびに起こっていたが、他の方角からの消失は近年全く記録がない。
「200ルッツが消失。果ての民は移動を始めているとのこと……」
「その場に留まらせよ。周辺の町の門を開かせるな」
「しかし」
「人が居れば消失は進まぬのだろう」
「……陛下、東の果てには長らく消失が起こっておりませんでした。民は動揺しています。とどまらせるのは不可能でしょう」
王は顔をしかめた。
「だが、では、何のために税の優遇をしていたのだ?」
「それは……」
「東の果ての地には犯罪奴隷がおります。それらを繋げばよいでしょう」
宰相の部下の一人が提案し、王は頷いた。
「ああ、それはよいな。そうせよ」
「ですが陛下、人がいれば必ずしも消失が起こらないわけではないのです」
「速度は緩むのだろう。消失が進む前に聖女を教会へ戻せ、祈らせろ」
「聖女とは」
「リーリエだ」
その場が静まり返った。
王はさすがに気まずく目を逸したが、こうなっては仕方がない。リーリエがたとえ役に立たないとしても、王子が選んだだけのマイラよりは可能性があるだろう。
「……恐れながら申し上げます。陛下、リーリエ様は、王妃殿下とともに南の地へ向かわれております」
「なんだと?」
聞いていない。
ユーファミアが聖女見習いとともに南の地へ行くことは許可した。あれも元聖女であるし、もし旅路で命を落としたとしても、けなげな元聖女の美談になるだろうと考えたのだ。
だが、なぜリーリエが共にいるのだ。
「リーリエ様は教会の要望により、聖女見習いとして同行しております」
「聖女見習い……」
役職でくくってしまえば、確かに王は話を聞いていた。どの聖女見習いを連れて行くのかなど、わざわざ聞いたりはしない。
「……あれは囚人として捕らえているのではなかったか?」
「バルカス殿下の許可がありました」
「あの……」
王は呻き、ごく小さな声で罵倒した。
「勝手なことを」
謁見時間外の問題をバルカスに任せているのは他でもない王だ。
けれどバルカスでなく、喪われた兄王子であったなら、こんなことにはならなかっただろう。
優秀であった息子のことは今でも王の頭にある。
彼がいなくなってしまった今、かつて燃えていた理想も消えた。自分がどんなに国のために働いたところで、引き継ぐものがあれでは。
そう育ててしまった王の罪である。
優秀な兄がいるのだから、あまり優秀すぎても争いになると、自由に過ごさせたのが間違いだったのだ。
しかしそれを矯正しようというほどの力が、もはや王には湧いてこないのだった。
「……早急にリーリエを王都に戻せ。どんな手を使っても構わん、急げ」
この消失がすべてリーリエを聖女でなくしたせいだというのなら、リーリエを失うわけにはいかない。
元のとおりに聖女を教会に戻す。
「バルカスはどこにいる?」
「は。マイラ様とともに、部屋で祈っていると……」
その曖昧な表情は、とてもそうは思えないということだろう。
「……バルカスには自室で謹慎するよう、伝えておけ」
臣下の目がうろんになった。
直接命じることもしないのかと、責める目だ。あるいは王の妄想かもしれなかった。王自身が引け目を感じているからだ。
(あれの顔を見たくないのだ)
どうしてこうも、と思ってしまう。
喪われることなど考えもしなかった、あの神に愛されたような兄王子が、どうして天に召されてしまったのか。どうしてその弟が、ああであるのか。どうして。
「陛下!」
今度こそは背を向けた王に、ふたたび兵士の声がかかる。
「なんだ」
「王妃殿下が神の光を得られ、消失が止まったと、さきほど、連絡が……!」
「何……?」
王への謁見時間が終わりかけていたところだ。兵士が飛び込んできて、叫ぶように報告した。
「何……?」
立ち上がりかけていた王は眉をひそめ、座り直すかどうかを迷った。
すっかり仕事は終わりの気分でいたものだから、気が進まない。だが放っておける問題でもなかった。
果ての国は北だけが大陸と繋がっている。首都は中央。
南から消失が始まるのは納得のいく話で、聖女交代のたびに起こっていたが、他の方角からの消失は近年全く記録がない。
「200ルッツが消失。果ての民は移動を始めているとのこと……」
「その場に留まらせよ。周辺の町の門を開かせるな」
「しかし」
「人が居れば消失は進まぬのだろう」
「……陛下、東の果てには長らく消失が起こっておりませんでした。民は動揺しています。とどまらせるのは不可能でしょう」
王は顔をしかめた。
「だが、では、何のために税の優遇をしていたのだ?」
「それは……」
「東の果ての地には犯罪奴隷がおります。それらを繋げばよいでしょう」
宰相の部下の一人が提案し、王は頷いた。
「ああ、それはよいな。そうせよ」
「ですが陛下、人がいれば必ずしも消失が起こらないわけではないのです」
「速度は緩むのだろう。消失が進む前に聖女を教会へ戻せ、祈らせろ」
「聖女とは」
「リーリエだ」
その場が静まり返った。
王はさすがに気まずく目を逸したが、こうなっては仕方がない。リーリエがたとえ役に立たないとしても、王子が選んだだけのマイラよりは可能性があるだろう。
「……恐れながら申し上げます。陛下、リーリエ様は、王妃殿下とともに南の地へ向かわれております」
「なんだと?」
聞いていない。
ユーファミアが聖女見習いとともに南の地へ行くことは許可した。あれも元聖女であるし、もし旅路で命を落としたとしても、けなげな元聖女の美談になるだろうと考えたのだ。
だが、なぜリーリエが共にいるのだ。
「リーリエ様は教会の要望により、聖女見習いとして同行しております」
「聖女見習い……」
役職でくくってしまえば、確かに王は話を聞いていた。どの聖女見習いを連れて行くのかなど、わざわざ聞いたりはしない。
「……あれは囚人として捕らえているのではなかったか?」
「バルカス殿下の許可がありました」
「あの……」
王は呻き、ごく小さな声で罵倒した。
「勝手なことを」
謁見時間外の問題をバルカスに任せているのは他でもない王だ。
けれどバルカスでなく、喪われた兄王子であったなら、こんなことにはならなかっただろう。
優秀であった息子のことは今でも王の頭にある。
彼がいなくなってしまった今、かつて燃えていた理想も消えた。自分がどんなに国のために働いたところで、引き継ぐものがあれでは。
そう育ててしまった王の罪である。
優秀な兄がいるのだから、あまり優秀すぎても争いになると、自由に過ごさせたのが間違いだったのだ。
しかしそれを矯正しようというほどの力が、もはや王には湧いてこないのだった。
「……早急にリーリエを王都に戻せ。どんな手を使っても構わん、急げ」
この消失がすべてリーリエを聖女でなくしたせいだというのなら、リーリエを失うわけにはいかない。
元のとおりに聖女を教会に戻す。
「バルカスはどこにいる?」
「は。マイラ様とともに、部屋で祈っていると……」
その曖昧な表情は、とてもそうは思えないということだろう。
「……バルカスには自室で謹慎するよう、伝えておけ」
臣下の目がうろんになった。
直接命じることもしないのかと、責める目だ。あるいは王の妄想かもしれなかった。王自身が引け目を感じているからだ。
(あれの顔を見たくないのだ)
どうしてこうも、と思ってしまう。
喪われることなど考えもしなかった、あの神に愛されたような兄王子が、どうして天に召されてしまったのか。どうしてその弟が、ああであるのか。どうして。
「陛下!」
今度こそは背を向けた王に、ふたたび兵士の声がかかる。
「なんだ」
「王妃殿下が神の光を得られ、消失が止まったと、さきほど、連絡が……!」
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