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面白い女は、面白い考え方をしてるでしょうよ。
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「ルビニア、君との婚約を破棄する。俺は愛に生きることに決めたんだ!」
なごやかな学園の食堂で、ゼラスは堂々と宣言した。周囲の者たちの視線を集めたが、食堂中の視線は集めない、その程度の堂々さであった。
「わあ、ゼラスくん、やっと言えたね、かっこいい!」
「レナ……!」
「ふふっ、えらいえらい」
ルビニアは食事の手を止め、目を点にして彼らを見るしかなかった。
婚約者である彼、ゼラスは第三王子である。卒業とともに侯爵令嬢ルビニアの家に婿入りしてくる、そういう婚約であった。
それを一方的に破棄すると言った上、今は平民の娘に頭を撫で撫でされて喜んでいる。
この学園は貴族が設立し、貴族子女のほとんどが通うが、平民が通えないわけではない。優秀な成績をおさめたり、特筆すべき特技がある場合、授業料を免除されて入学できる。人材確保のための国策である。
平民入学者はたいてい平民同士で集まるものだが、レナは物怖じしない性格で、貴族子息にもよく関わった。
彼女が愛らしい容姿をしていたこともあり、貴族子息のアイドルのような立ち位置になってしまっている。
損得を考え、体面を保つ貴族と違い、彼女は無垢で気まぐれだ。
そういうところが貴族子息には物珍しく、魅力的に見えるのだろう。ルビニアにもわからなくはない。
それにしても。
「……まあ、婚約についてはわたくしがどうこうできることではありません。父に伝えるためにお聞きしたいのですが、レナさんと婚約なさるの?」
「そうだ! レナこそが我が妻にふさわしい、心清らかで愛すべき人だ。婚約どころか、いますぐにでも結婚したいほどだ」
「結婚なさるの? レナさん」
「やだ、まっさかー!」
レナは笑い飛ばして、ゼラスの背中をべしべしと叩く。
叩かれたゼラスは目を丸くして驚いたようだ。
「はっ?」
「結婚だの婚約だのって、私達まだ16歳ですよ? 気が早すぎますって!」
「え、あ、いや、もちろん卒業後に……」
「卒業後って18でしょ? 早い早い。笑っちゃう。そういうことはちゃんと就職して、身を立ててから考えましょうね!」
子供に言い聞かせるようにして、そしてまたゼラスの頭をよしよししている。
「そうよね」
ルビニアは頷いた。
卒業後すぐに結婚が珍しくない貴族と違い、平民の初婚平均年齢は女性で25前後、男性ならばもっと高い。
まず自立して、子供のための資金をためてから結婚というのが定石なのだ。
「なっ、レナ、俺を愛していると……!」
「ゼラスくんのことは好きだけど、結婚は別! そりゃ長く付き合って結婚までたどり着けたら嬉しいけどね」
「いや、だから、ならば卒業後に結婚を……」
「えぇ~……」
レナは疑わしそうにゼラスを見て、ちょっと笑った。
「だめだめ、ゼラスくん、お金持ってそうだけど生活力なさそうだもん。そんな状態で結婚しても苦労するよ? だから婚約を破棄したんじゃないの?」
「せ、生活力?」
「そうだよ、生活力大事だよ。たとえば自炊能力ないと外食ばっかりでお金かかるし健康にも悪いし」
「そんなもの、コックを雇えばいいだろう」
ルビニアは笑ってしまいそうなのをこらえながら、二人の会話を聞いている。
やはり、レナは面白い女である。生活力を求められる王子など、貴族社会には存在していない。
「外食よりお金かかるじゃん!? その金銭感覚はやばいよ!」
「その程度の金はある!」
「いやおうちのお金でしょ? 大人になったら親におんぶにだっことかどうかと思うよ。親だっていつまでも元気じゃないんだしさ」
「な……」
ゼラスの親とは国王夫妻なので、なかなか不敬なことを言っている。
しかし、内容は正しいかもしれない。ゼラスはルビニアの家に婿入する予定だ。それがなくなり、平民のレナと結婚するとなれば、まあ放り出されはしないにしても、使える金はぐっと少なくなるだろう。
今の金銭感覚では確実にやっていけない。
「だからゼラスくん、結婚とか言い出すのはちゃんと自立してからにしよ? 今のまま結婚したって、周りに迷惑かけるだけだよ!」
「そ、そんなことはない。これは運命の愛なんだ、祝福されるべきだ!」
「うんうん、あたしもゼラスくんのこと好きだよ。運命だったらいいよね。でも、それってあたしとゼラスくん以外には何の関係もないじゃない?」
「何の……関係も……」
「運命の愛だからってお金をくれる人はいないんだから、真面目に働いてお金稼ご?」
「い、いや、俺は王子で」
「家がお金持ちで堂々としてるゼラスくんが好きだけどさ、結婚は無理だよ。結婚ってなるとそれ全部マイナス要素だよ」
「マイナス……」
「お金のためにはちょっとは我慢しないといけないし、トイレ掃除もしなきゃならないし」
「トイレ掃除……」
「まっ、そういうことだから、ゼラスくんはまず自立。そのために勉強だよ! あ、次の授業、先生に手伝い頼まれてるから先に行くね。婚約破棄おめでとう~!」
そうして愕然とした王子が残された。
ルビニアは食べかけのオムライスをしっかり飲み込んで、口を開く。
「なるほど、がんばってくださいね」
「な……なぜ……」
「レナさんは平民ですものね」
「わ、わからない、わからない……金はあるんだ。働く必要などない。何を考えているんだ。平民とは……平民とは……!」
「平民でしょうね」
ルビニアは立ち上がって、絶望しているゼラスを置いて食堂をあとにした。
慰める気はない。何の得もないのにそんなことはしない。それが貴族というものである。
なごやかな学園の食堂で、ゼラスは堂々と宣言した。周囲の者たちの視線を集めたが、食堂中の視線は集めない、その程度の堂々さであった。
「わあ、ゼラスくん、やっと言えたね、かっこいい!」
「レナ……!」
「ふふっ、えらいえらい」
ルビニアは食事の手を止め、目を点にして彼らを見るしかなかった。
婚約者である彼、ゼラスは第三王子である。卒業とともに侯爵令嬢ルビニアの家に婿入りしてくる、そういう婚約であった。
それを一方的に破棄すると言った上、今は平民の娘に頭を撫で撫でされて喜んでいる。
この学園は貴族が設立し、貴族子女のほとんどが通うが、平民が通えないわけではない。優秀な成績をおさめたり、特筆すべき特技がある場合、授業料を免除されて入学できる。人材確保のための国策である。
平民入学者はたいてい平民同士で集まるものだが、レナは物怖じしない性格で、貴族子息にもよく関わった。
彼女が愛らしい容姿をしていたこともあり、貴族子息のアイドルのような立ち位置になってしまっている。
損得を考え、体面を保つ貴族と違い、彼女は無垢で気まぐれだ。
そういうところが貴族子息には物珍しく、魅力的に見えるのだろう。ルビニアにもわからなくはない。
それにしても。
「……まあ、婚約についてはわたくしがどうこうできることではありません。父に伝えるためにお聞きしたいのですが、レナさんと婚約なさるの?」
「そうだ! レナこそが我が妻にふさわしい、心清らかで愛すべき人だ。婚約どころか、いますぐにでも結婚したいほどだ」
「結婚なさるの? レナさん」
「やだ、まっさかー!」
レナは笑い飛ばして、ゼラスの背中をべしべしと叩く。
叩かれたゼラスは目を丸くして驚いたようだ。
「はっ?」
「結婚だの婚約だのって、私達まだ16歳ですよ? 気が早すぎますって!」
「え、あ、いや、もちろん卒業後に……」
「卒業後って18でしょ? 早い早い。笑っちゃう。そういうことはちゃんと就職して、身を立ててから考えましょうね!」
子供に言い聞かせるようにして、そしてまたゼラスの頭をよしよししている。
「そうよね」
ルビニアは頷いた。
卒業後すぐに結婚が珍しくない貴族と違い、平民の初婚平均年齢は女性で25前後、男性ならばもっと高い。
まず自立して、子供のための資金をためてから結婚というのが定石なのだ。
「なっ、レナ、俺を愛していると……!」
「ゼラスくんのことは好きだけど、結婚は別! そりゃ長く付き合って結婚までたどり着けたら嬉しいけどね」
「いや、だから、ならば卒業後に結婚を……」
「えぇ~……」
レナは疑わしそうにゼラスを見て、ちょっと笑った。
「だめだめ、ゼラスくん、お金持ってそうだけど生活力なさそうだもん。そんな状態で結婚しても苦労するよ? だから婚約を破棄したんじゃないの?」
「せ、生活力?」
「そうだよ、生活力大事だよ。たとえば自炊能力ないと外食ばっかりでお金かかるし健康にも悪いし」
「そんなもの、コックを雇えばいいだろう」
ルビニアは笑ってしまいそうなのをこらえながら、二人の会話を聞いている。
やはり、レナは面白い女である。生活力を求められる王子など、貴族社会には存在していない。
「外食よりお金かかるじゃん!? その金銭感覚はやばいよ!」
「その程度の金はある!」
「いやおうちのお金でしょ? 大人になったら親におんぶにだっことかどうかと思うよ。親だっていつまでも元気じゃないんだしさ」
「な……」
ゼラスの親とは国王夫妻なので、なかなか不敬なことを言っている。
しかし、内容は正しいかもしれない。ゼラスはルビニアの家に婿入する予定だ。それがなくなり、平民のレナと結婚するとなれば、まあ放り出されはしないにしても、使える金はぐっと少なくなるだろう。
今の金銭感覚では確実にやっていけない。
「だからゼラスくん、結婚とか言い出すのはちゃんと自立してからにしよ? 今のまま結婚したって、周りに迷惑かけるだけだよ!」
「そ、そんなことはない。これは運命の愛なんだ、祝福されるべきだ!」
「うんうん、あたしもゼラスくんのこと好きだよ。運命だったらいいよね。でも、それってあたしとゼラスくん以外には何の関係もないじゃない?」
「何の……関係も……」
「運命の愛だからってお金をくれる人はいないんだから、真面目に働いてお金稼ご?」
「い、いや、俺は王子で」
「家がお金持ちで堂々としてるゼラスくんが好きだけどさ、結婚は無理だよ。結婚ってなるとそれ全部マイナス要素だよ」
「マイナス……」
「お金のためにはちょっとは我慢しないといけないし、トイレ掃除もしなきゃならないし」
「トイレ掃除……」
「まっ、そういうことだから、ゼラスくんはまず自立。そのために勉強だよ! あ、次の授業、先生に手伝い頼まれてるから先に行くね。婚約破棄おめでとう~!」
そうして愕然とした王子が残された。
ルビニアは食べかけのオムライスをしっかり飲み込んで、口を開く。
「なるほど、がんばってくださいね」
「な……なぜ……」
「レナさんは平民ですものね」
「わ、わからない、わからない……金はあるんだ。働く必要などない。何を考えているんだ。平民とは……平民とは……!」
「平民でしょうね」
ルビニアは立ち上がって、絶望しているゼラスを置いて食堂をあとにした。
慰める気はない。何の得もないのにそんなことはしない。それが貴族というものである。
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