不遇の人形王妃は三語しかしゃべれません。

中編

「王妃ラレッタよ、長く放っておいて悪かった」
「問題ありませんわ」

　早速、茶の席を用意した王は、しっかりと背筋を伸ばして正面に座る王妃に目を見張りました。
（美しい）
　人形のようであったラレッタは、人形のようなままです。
　十年前と同じであるのに、王は彼女から目を離すことができません。

　いったい自分はどうして、このように美しい女を放っておいたのだろうか。
　王は自分が信じられなくなりました。十年の時が過ぎたというのに、まったく人形のようなまま、ひとつの傷も感じられないのです。

　確かにその微笑みも、姿勢も、姫かくあるべしという形です。
　ですが、それが何だというのでしょうか？
　姫が姫であることに、何の問題があるのでしょうか。

「……俺は目が曇っていたようだ。君は美しい」
　あの奔放なスザンヌとは正反対の、静謐で美しい女性でした。スザンヌと長く共にいたからこそ、それがとても新鮮で素晴らしいことに感じられます。

「そうですか」
　褒められて大喜びするスザンヌと違い、彼女は微笑んでそう告げるだけです。気位の高さが目に見えるようです。
　かつての自分であれば、確かに気に入らないと感じだろうと王は思いました。

　ですが今は、その高貴さにたまらない衝動を感じました。この高貴で、何にも汚されていない彼女を、この腕に抱きたい。
　己のものにしたい。
　王は興奮を押し殺しました。

　みっともなくすがるような真似はできません。

「……急な話で悪いとは思っている。だが、この国のために、君の力が必要だ。どうか公の場に王妃として出てもらいたい」
「おっしゃるとおりにいたします」
　ラレッタは微笑みながら言いました。

「ありがとう」
　王もまた微笑みを浮かべ、彼女に手を差し伸べました。
　すると彼女はその手に手を重ね、席を立ちます。

「……、」
　頬に触れようと思っていたのですが、肩透かしを食らったようです。ラレッタは美しい微笑みを浮かべたままで、王はつれなくされたのか、意図せずそうなってしまったのかわかりません。
　ですが高貴な人々の間で、その意を問いただすような不躾なことはできません。

「……君の侍女は？」
　ラレッタを自室に送るよう言おうとして、侍女がいないことに気づきました。高貴な女性のそばに侍女がいないなどということはありません。
「問題ありませんわ」

　けれどラレッタがそう微笑むので、王も微笑みました。
　きっと王と二人きりで話がしたかったのでしょう。こちらは人を連れてきて、悪いことをしてしまったと感じました。
　次はただの二人で話をしよう。
　他に人がいるから、素を出せないでいるのかもしれません。

　高貴で完璧な姫が二人きりになってどのような顔を見せるのか。
　王は今から楽しみになりました。

「ラレッタ？」
　と、王は、彼女のドレスの裾がほつれていることに気づきました。顔をしかめます。
「……もっと優秀な侍女をつけるよう言っておこう。すまない、気が回らなかった」
　十年も放っておいたので、ラレッタの立場がいいはずがありません。妻にこのような古びた衣装を着せていることに、王は恥じらいました。

「問題ありませんわ」
　ラレッタは微笑みます。
　本当に、心から問題などないと思っていそうな微笑みです。その輝くような笑顔を見ていると、ドレスのほつれなど些細なことのように思えるのです。

「ああ、そうだな……侍女ではないか。新しいドレスを贈ろう……」
　いくら侍女が優秀でも、王が与えなければ、王妃の暮らしはよくなりません。王妃の生活費がどうなっているのか、王はそういえば考えたこともありませんでした。

「そうですか」
「他に、何か不自由があるなら教えてくれ。なんとかする」
「問題ありませんわ」
　ラレッタは人形のように微笑みました。

　これがスザンヌであれば「ありがとう！」と抱きついてくるでしょう。そして恥ずかしそうに「あのね、あれが欲しいわ」と甘えてくるのです。
　昔の王はそんなスザンヌが可愛くて仕方がありませんでした。
　ですが今となっては、ずいぶんはしたないことだと思うのです。

　ラレッタの矜持は今の王には好ましく、いじらしく思えてなりませんでした。
　不自由はあるに決まっているのです。王は必ず彼女を喜ばせようと決意しました。