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勝利
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「お父様、お母様っ!」
「クリスタ!」
クリスタは両親の胸に飛び込んだ。
その様子をユナは微笑ましく見ている。裁判中のクリスタは凛とした夫人だったが、本来の彼女はまだ子供らしさを残した少女だ。
「ああ、良かった! 良かった……!」
「おまえのおかげだ、すべて……」
ネマット家の領地はオフィリウス家の領地に接している。
そのため以前から領地の利益をめぐる揉め事があり、いつもオフィリウス家に有利な形で決着していた。近年にいたっては嫌がらせのように難癖をつけられ、ネマット家も領民も疲弊していたのだ。
そこに、婚姻とともに領地を併合してやろうという提案があった。提案という名の脅しである。
王に訴えたところで無駄なことはわかっていた。オフィリウス家は王の覚えのめでたい家だ。拭けば飛ぶような男爵家が何を言っても、黙殺されるに違いない。
オフィリウス家から裁判を起こさせる必要があった。
公にさえなれば勝機がある。王は気に入った者を優遇する俗物だが、表向きの評判も気にしている。王の一声で平民さえ利益を得ることがあった。
もちろん負けることも考えられたが、その場合はどうせ失うものなどない。一家で逃げる他ないと覚悟を決めていたのだ。
クリスタと結婚しても、ネーガスが彼女を大事にするはずがない。
ある程度の自由を得られるのなら、彼を怒らせることは可能だろう。その程度の予測から立てられた計画だった。本邸がろくに管理されていないことは、本当に幸運だったのだ。
「ユナ! あなたも、ありがとう。二年もの間、この子を守ってくれて」
「いいえ、奥様、大したことではありません。少しでもご恩をお返しできたのなら」
ユナはかつてネマット夫妻に命を助けられた。依頼人を守って傷を負い、瀕死のところを保護されたのだ。
その怪我が元で、護衛として万全に戦うことはできなくなった。
守った依頼人はネマット領地の商人だ。そして、それをならずものに襲わせたのはオフィリウス家だった。
「ろくに戦えない護衛として、過分な報酬もいただきましたから」
貴族女性に仕える女護衛は希少であるため、男の護衛より給料が高い。
しかしそれは貴族女性に気に入られればの話だ。社交性が高いわけでもなく、古傷を抱えたユナに高給などはあり得ない。
だが彼女が傷を負ったことは、斡旋所にも知られていなかった。おかげで「貴族の指名を受けた高給取りの護衛」という、どうしても必要な、浪費と思われず大金を必要とする役を演じられたのだ。
「いいえ、ユナ、あなたがいてくれてどれほど心強かったか!」
「ああ、君がいなければできなかったことだ。危険な立場を引き受けてくれた。やはり金はすべて君が受け取るといい」
ネマット男爵は目に涙を滲ませながら言う。なにより家族が戻り、そして領民にもこれから苦労をさせずにすむ。金のことは力を合わせてどうにかするつもりだ。
もともとの予定では、裁判に負けたとき、ユナの給料の大部分を逃亡資金にするはずだった。その必要はもうない。裁判で面目を失い、この領地とのことを知られたオフィリウス家は、しばらく大きな動きはできないだろう。
だが月に九十万を二年、二千万ベルという膨大な額をユナは受け取っている。これは多少強引な手段でも取り返しにくる可能性があった。
信頼できる銀行に預けてはいるが、危険な立場なのだ。ユナだけは、裁判に勝とうとも姿をくらます必要があった。
だがそれにしたって、ユナはオフィリウス家の金で暮らす気にはなれなかった。幸いにして命はあるのだし、二年ゆっくり暮らしたことで、古傷が痛むこともなくなった。
以前ほどではなくとも、働いて稼ぐことは可能だろう。
「いえ、オフィリウス家から得た金を持っていたくないのです。こちらの領地でどうか良いことに使ってください」
追い詰められた領地だ。この金があれば、多少は領民を助けることが可能なはずだ。かつてユナが助けられたように。
「ユナ……どれだけ感謝しても足りないわ!」
泣きながらクリスタが言う。
二年の間、一度も見たことのなかった涙だ。ユナは心から、ネーガスが愚かで本当によかったと思った。
「クリスタ!」
クリスタは両親の胸に飛び込んだ。
その様子をユナは微笑ましく見ている。裁判中のクリスタは凛とした夫人だったが、本来の彼女はまだ子供らしさを残した少女だ。
「ああ、良かった! 良かった……!」
「おまえのおかげだ、すべて……」
ネマット家の領地はオフィリウス家の領地に接している。
そのため以前から領地の利益をめぐる揉め事があり、いつもオフィリウス家に有利な形で決着していた。近年にいたっては嫌がらせのように難癖をつけられ、ネマット家も領民も疲弊していたのだ。
そこに、婚姻とともに領地を併合してやろうという提案があった。提案という名の脅しである。
王に訴えたところで無駄なことはわかっていた。オフィリウス家は王の覚えのめでたい家だ。拭けば飛ぶような男爵家が何を言っても、黙殺されるに違いない。
オフィリウス家から裁判を起こさせる必要があった。
公にさえなれば勝機がある。王は気に入った者を優遇する俗物だが、表向きの評判も気にしている。王の一声で平民さえ利益を得ることがあった。
もちろん負けることも考えられたが、その場合はどうせ失うものなどない。一家で逃げる他ないと覚悟を決めていたのだ。
クリスタと結婚しても、ネーガスが彼女を大事にするはずがない。
ある程度の自由を得られるのなら、彼を怒らせることは可能だろう。その程度の予測から立てられた計画だった。本邸がろくに管理されていないことは、本当に幸運だったのだ。
「ユナ! あなたも、ありがとう。二年もの間、この子を守ってくれて」
「いいえ、奥様、大したことではありません。少しでもご恩をお返しできたのなら」
ユナはかつてネマット夫妻に命を助けられた。依頼人を守って傷を負い、瀕死のところを保護されたのだ。
その怪我が元で、護衛として万全に戦うことはできなくなった。
守った依頼人はネマット領地の商人だ。そして、それをならずものに襲わせたのはオフィリウス家だった。
「ろくに戦えない護衛として、過分な報酬もいただきましたから」
貴族女性に仕える女護衛は希少であるため、男の護衛より給料が高い。
しかしそれは貴族女性に気に入られればの話だ。社交性が高いわけでもなく、古傷を抱えたユナに高給などはあり得ない。
だが彼女が傷を負ったことは、斡旋所にも知られていなかった。おかげで「貴族の指名を受けた高給取りの護衛」という、どうしても必要な、浪費と思われず大金を必要とする役を演じられたのだ。
「いいえ、ユナ、あなたがいてくれてどれほど心強かったか!」
「ああ、君がいなければできなかったことだ。危険な立場を引き受けてくれた。やはり金はすべて君が受け取るといい」
ネマット男爵は目に涙を滲ませながら言う。なにより家族が戻り、そして領民にもこれから苦労をさせずにすむ。金のことは力を合わせてどうにかするつもりだ。
もともとの予定では、裁判に負けたとき、ユナの給料の大部分を逃亡資金にするはずだった。その必要はもうない。裁判で面目を失い、この領地とのことを知られたオフィリウス家は、しばらく大きな動きはできないだろう。
だが月に九十万を二年、二千万ベルという膨大な額をユナは受け取っている。これは多少強引な手段でも取り返しにくる可能性があった。
信頼できる銀行に預けてはいるが、危険な立場なのだ。ユナだけは、裁判に勝とうとも姿をくらます必要があった。
だがそれにしたって、ユナはオフィリウス家の金で暮らす気にはなれなかった。幸いにして命はあるのだし、二年ゆっくり暮らしたことで、古傷が痛むこともなくなった。
以前ほどではなくとも、働いて稼ぐことは可能だろう。
「いえ、オフィリウス家から得た金を持っていたくないのです。こちらの領地でどうか良いことに使ってください」
追い詰められた領地だ。この金があれば、多少は領民を助けることが可能なはずだ。かつてユナが助けられたように。
「ユナ……どれだけ感謝しても足りないわ!」
泣きながらクリスタが言う。
二年の間、一度も見たことのなかった涙だ。ユナは心から、ネーガスが愚かで本当によかったと思った。
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