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後悔

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「ああ、なぜ……」

 大神官は嘆いた。
 眼の前には息子の死体がある。大神官に次ぐ地位を持つ彼は、地方で頻発する魔物の侵攻の様子を見に行ったのだ。
 浄域を張れる巫女も、護衛も同行していた。

「も、申し訳ありません……」

 眼の前でひざまずいているのはその護衛だ。
 息子は死に、巫女は死に、そして彼だけが傷を負いながら生き残った。いや、息子と巫女が食われているうちに逃げたのだ。

「しかし、浄域が張られていなかったのです! 魔物が浄域に入り込んできたのです。あのようなことは初めてで、対応が遅れました。巫女どのがきちんと浄域を張ってくだされば、いつものように……」
「いつものように?」
「ええ、浄域ごしに魔物を倒すのであれば、簡単なことなのです」

 大神官は理解できず、呆然と護衛の男を見る。
 浄域は魔物をひるませ、近づかなくさせるものだ。しかし魔物が入ってこない効果はないし、いきりたった魔物を大人しくさせることもない。

「どのように……倒すのだ……」

 大神官は喉の乾きを感じながら聞いた。
 この護衛の男は元は自警団にいて、よく魔物を倒すので教会で雇った。浄域に入り込んできた魔物を、誰よりも多く倒したはずだ。

「浄域を挟めば魔物は入ってこられませんから、あとは逃さないことが大事なのです。できるだけ早く、強烈な一撃を入れることです。いつもはそうなのです。巫女がきちんと浄域さえ張ってくれれば……」
「馬鹿な……それは結界だ。結界越しに、攻撃してもこない魔物を倒して、あれほど偉ぶっていたというのか! 金を受け取っていたというのか……!」

 護衛の男は心外だという顔をして言った。

「そうです。それが我々の仕事ですよ。町に近づいてきた魔物を倒して、人々を安心させていたじゃないですか?」

 魔物を倒す自警団に金を渡しているのは王家だ。
 しかし、そのために教会への支援が減っているのは間違いなかった。結界がなければそのような戦い方はありえないというのに、本末転倒ではないか。

 しかし大神官は何も言うことができなかった。
 すでにセーラはいなくなり、彼の息子も死んでしまったのだ。何を言ったところでどうなるというのだろう。

 今も教会の外には、不満を抱えた人々が押しかけているのだ。

「教会は堕落した!」
「神の加護を失った!」
「浄域を張れる巫女を派遣しろ!」
 
「は、はは……」
「何を笑っているのですか!? 大神官様、いったい何が起こってるんですか? 浄域を張れる巫女はいるのですよね?」
「ああ、いるとも、いるとも、ははは!」

 もはやどうでもよかった。
 大神官にはわかっていた。神に見捨てられた、見捨てられても仕方のない間違いを犯したのだ。

「金の亡者め!」
「はは、ははっ」

 いくら金があっても息子は戻ってこない。
 護衛の男に復讐しようという気にもなれなかった。どうせ放っておいても死ぬだろう。魔物を倒して金を稼いで生きていた男なのだ。結界のない中でも人々は彼を前線に引っ張り出すに違いない。

「セーラ……」

 震える声で聖女の名を呼んだが、彼女はすでにこの国にはいないだろう。大神官は冷たい床に膝をついた。高価な貴石でつくられた床だが、彼を助けてはくれない。
 金で平和が、命が買えるなら、どれだけ安かったか。
 しかしもはや、金では買えない。
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