「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ

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「おまえは……まあ、がんばれ」

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「こちらに入ってください!」
「ああっ、神よ……」
「ありがとう、ありがとう!」
「なんてこと……こんなことになるなんて……」

 ミュゼの結界は広がり、小さな村の人々を守っている。
 ここはもともと大結界の端にある集落だった。強力な魔物も多く存在するため、大結界が消えるなり、人々は魔物に襲われはじめたのだ。

 近くに薬草の採取場があり、そこにミュゼがいたことが最高の幸運であった。そうでなければ村の人々は壊滅的な被害を受けていただろう。

「おいっ、外は危ないぞ!」
「エルーガが、息子がいないんです、きっとまだ外に……」
「……あんたが出ても被害が増えるだけだ。可哀想だが、もう……」
「離してください、私は息子を……ああっ!?」
「…………あんなところに……おい、こっちだ! こっちに早く!」

 人々は手招きしたが、結界の外で彼は魔物に囲まれている。どれもそれほど早い魔物ではない。ただ、数が多すぎる。
 囲まれてしまい、こちらに来ることができないのだ。

「エルーガ! 今、今行くわ、離してください!」
「待てっ、ダメだ!」

「動かないでください! 結界を広げます!」

 彼がこちらに来られないのなら、結界を広げればいい。
 ミュゼはすぐにそう考え、集中した。

(大丈夫、まだ広げられる)

 きっとまだ限界ではない。
 かつての大聖女は国を覆う大結界をひとりで維持していたのだ。きっとミュゼはそこまでの域に達してはいないが、もう少しなら。

(できる……!)

 仕事で毎日結界を張り続けてきた成果か、今では息をするように広範囲の結界を作り出せる。
 邪悪から人々を守る輝きはじりじりと広がった。

「おおっ……」
「聖女さま……!」
「ああ、感謝します! 神よ……!」

 ミュゼの結界は村全体を覆った。
 そのさまを見て、ミュゼはほっと息を吐く。これでこの村は大丈夫だ。

 けれど、遠くに視線を向ける。
 城まで届くほどの結界を張ることはできない。




「ち、父上、いますぐ聖女の力を持つものを集めてください! 大結界をこちらまで広げなければ……」
「広げる? 何を言っている」
「どういうわけかあんな遠くに結界があり、こちらまでやってこないのです!」
「……そうか。ミュゼが結界を張れるようになったのだろうな。こちらまで広げるほどの力はまだないのだろう」
「は? ミュゼはただの魔道具の燃料ではないですか!」
「あれは大聖女の生まれ変わりだ」

 父王があっさりと告げた言葉に、王子は引きつった笑いを浮かべた。

「こんなときに、つまらない冗談ですよ。あれは大聖女に似ても似つかない……」
「あれほど強い力を持つものは一人しか生まれて来ない。いつの時代もそうだ。つまりは、そういうことなのだろう。慈悲深い大聖女は何度も生まれてくる。他の誰にもできぬ仕事、燃料になるためにな」
「……そんなわけがありません。そ、それに、もしそうなら……」
「もしそうなら?」
「なぜミュゼを追放することを黙認していたのですか!」

 王子は叫ぶように言った。
 ミュゼの追放は王子が選んだことだ。しかし、王に止められることはなく、あとから知って怒られることもなかった。

「決まっているだろう。儂は、大結界が嫌いだからだ」
「は……?」
「あれのためにこの国がどう言われているか知っているか? 結界に頼り切った豚の国、豚の王だ」
「そ、そんな……不敬な!」

「ふん。そのとおりだとは思わないか? 大結界に守られた国だ。大結界があるからこそ、成り立つ国だ。おかげで他国のように防衛に力を割く必要がない。実りも多い。なんと肥え太った国だ」
「何を……」
「聖女がいれば、王も貴族も必要がないのだ。民を搾取するだけの役立たずの豚でしかない」
「そ、そんな……そんなわけは……」
「だが、国をぶち壊してまで大結界を消そうという気概は儂にはなかったぞ。ははははっ、素晴らしいことだな、おまえは、よくも国を壊す選択ができたものだ」
「そんなつもりは!」
「だがそうなった。……よいよい、我が国は今、人の生きる誇り高き国に生まれ変わったのだ。さあ、魔物が押し寄せてくるぞ」
「ひっ」

 想像するだけで王子は身を震わせ怯えた。
 大結界のあるこの国では、魔物はどこか他人事の、絵空事の存在だ。しかし確かに存在するそれが、自分たちの命を狙ってくる。
 想像の中でしか存在しない魔物たちは、現実の魔物よりも強力で、醜悪で、どうしようもない。

「せ、聖女を……ミュゼを連れ戻して……」
「連れ戻してどうするのだ?」
「だから、結界を!」
「そうだな。ミュゼはすぐに大結界も張れるようになるかもしれないな。それで? どうするのだ? 結界を持つミュゼに誰が命令できるのだ? 何をもって働かせるのだ? すでにミュゼは聖女として人々に崇められているだろうに」
「……」
「我が豚の王家が続くためには、聖女は燃料でなければならなかった。決して聖なる力の使い方など教えてはならない。ただの燃料でなければ」

 淡々と語る王は、懐から短刀を取り出した。

「ち、父上、いったい何を……?」
「いずれ聖女は、王などいらぬと知るだろう。そうなれば終わりだ。すべて……終わりだ」
「ミュゼは……っ、馬鹿な女です! どうとでも説得して……」
「してみるがいい。近づけもしないだろうがな」

 王は短刀を鞘から抜き、恍惚の微笑みさえ浮かべてその刃を見つめた。

「大聖女がなぜ魔道具をつくったか、わかるか?」
「……」

 王子が黙ると、王は鼻で笑う。

「慈悲深い大聖女は悪人も守ろうと考えたのだ」
「は……?」
「聖女の結界は、聖女を傷つけるものを通さん。聖女の敵は魔物に食われて死ぬしかなかったのだ。魔道具を発動元とすることでそれを回避した。はは、つまりは儂とて、魔道具を壊そうと思えば国から追い出されていたわけだ。そんな勇気はないと見透かされていたようなものだ。ははは!」
「……」
「儂のかわりに大結界を壊した勇者よ。どうだ、ミュゼの結界に入れてもらう自信はあるか?」

 王は笑ったあとで、疲れたように小さくため息をついた。

「王家は終わりだ。儂は王のまま死のう。おまえは……まあ、がんばれ」
「父上っ……!」

 止めることはできなかった。
 王子の前で、王は自決した。溢れ出した血が床に広がっていく。
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