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「結界……消えちゃった……」

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「あっ……?」
「ミュゼちゃん、どうかした?」

 一緒に採取をしていた女に問われる。
 この頃にはミュゼの結界の力は強くなっていた。使えば使うほど強くなる力なのだろう。採取場全体を覆うほどに大きくなったので、チームを組んで大人数で仕事に向かうことが多くなっていた。

 ミュゼは皆から安全代を受け取っていたが、そうでなくても同行を断ることはないだろう。
 しかし時折、参加しようとして結界から弾き出される者はいる。
 ミュゼは理由がわからず申し訳なく思うのだが、他の同行者は「まあ、あいつらはダメだよね」と呆れたように言っていた。

「なんだあ……?」

 ミュゼの視線を追った男が、遠くを見ながらつぶやいた。
 城の方角だ。

「何か、いつもと……違うような」
「結界……消えちゃった……」
「えっ!?」
「え、でもキラキラしてるよ」
「ちがう……国の、大結界……」

 皆、言葉をなくして城の方角を見た。
 確かに、力強く存在していた大結界が、その姿を消していた。




「どういうことだ!」
「も、申し訳……」

 寝台の上からルーチェが謝罪した。
 その姿は肉がごっそりと落ち、目の下は落ち窪んでいる。魔道具はルーチェから多くの力を奪った。それでも満たされない魔道具に、ルーチェは毎日絶望を味わっていた。

 いっそ魔道具を壊してやりたい。そう思った瞬間に、ルーチェの両手両足は音をたてて折れた。
 それ以降、ルーチェはベッドから出られない。出られるとしても、恐ろしくて魔道具に近づきたくもなかった。

「力は注げると言っただろう! 貴様、この俺を謀ったのか!」
「とんでもございませ……わ、わたくしの……力が、足りず……お許しください、どうか、わたくしには無理だったのです。お許しを……」
「で、殿下! おやめください、見ればおわかりでしょう、話ができる状態ではありません! 殿下のご命令に努力して従った結果なのです!」

 ルーチェの父がかばった。
 貴族である自分の愛娘がこのような状況にあることは、父にとって大結界よりも大事であった。弱りきって生気のないルーチェは、今にも儚くなってしまいそうだ。

 しかし王子はそんなことなど斟酌しない。

「努力だと? 病を得るなどそれこそ努力も、自覚も足りぬわ! 俺に与えられた役目を果たす栄誉を馬鹿にしているとしか思えぬ。さあ立て、あの平民ですらやっていた仕事だぞ!」
「殿下、しかし、平民にしかできない仕事もございましょう!」
「ははっ、下賤の仕事であればな。我が国の宝、大結界を守る仕事だぞ。高貴なるもののやるべきことだ」
「では殿下がおやりください!」
「なに?」

 今の父にとっては王子の機嫌より、ルーチェを連れていかれることが恐ろしい。ほんのすこしでも動かせば、もはや命の保証はない。ルーチェの様子は父にそう予感させていた。
 思い上がった娘が、聖女の役目を奪った。それはルーチェの罪であるとわかっていたが、父はそれでも娘を失う選択などできない。

「栄光ある我が国の王の子たる貴方様であれば、娘ごときにできたこと、できぬはずがありますまい!」
「何を馬鹿なことを……聖女だぞ。この俺が女に見えるとでもいうのかっ!」
「あっはははははは!」
「……っ!」

 父親が大声をあげて笑い、その狂気じみたさまに王子は気圧された。
 父にしてみればここが正念場、娘の命にために無我夢中であった。

「ご冗談を、殿下。女ごときにできたことを、殿下にできないと!? まさか、まさかの話でしょうねえ! あははははは!」

 めちゃくちゃな話である。
 しかし父にはあとがない。ともかくここで王子を押し切り、あとはどうにかして娘を連れて逃げる他ない。

「なんだと!? 貴様、この俺を馬鹿にしているのか!」
「とんでもない! 殿下の御威光に勝てるものなどいるでしょうか? 殿下にできぬことなどあるでしょうか? 選ばれし王の子たる殿下が!」
「……っ」

 否定することもできずに王子は口を開閉させたが、ハッと窓の外を見た。
 結界はやはり存在していない。

「む……?」

 だが遠くに輝きがある。

「なんだ……? ああ……」

 輝きは円形に広がっていく。
 王子は安堵して体の力を抜いた。

「……誰かが魔道具を発動させたようだな。ふん、貴様の娘はやはり役立たずだ。二度と城に入れると思うな……」

 しかし遠くに見える結界はそれ以上広がることはなかった。

「何……?」

 そもそもおかしい。魔道具を中心に広がるはずの結界が、どうしてあんな僻地に見えているのだろう。
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