「魔道具の燃料でしかない」と言われた聖女が追い出されたので、結界は消えます

七辻ゆゆ

文字の大きさ
上 下
3 / 7

「一週間でそれくらい稼げるからさ」

しおりを挟む
 ミュゼは立ち尽くしていた。

「あっははは、そりゃないだろ。ひでえって」
「おい、避けろ! 轢き殺されたいのか!」
「ねえねえ、その髪飾り、どこで買ったの?」

 人々が声を出しながら往来している。
 ガタガタと音をたてる箱も、力強い動物に引かれていた。何もかもすべてミュゼは初めて見る光景で、呆然とする他なかった。

(ど、どうすれば……)

 城のそばにいるなと言われたので、まず離れないといけないのだろう。でも、ミュゼにはどうしていいかわからない。
 体を覆う結界はある。他の人々にはないものだが、それほど目立ってはいないようだ。

(結界って、たぶん珍しいと思うんだけど……珍しいよね? 私、珍しい力があるんだよね?)

 それさえわからない。ミュゼは完全に異世界にきた気分だった。
 新しいものの洪水で目が回る。動けない。

(どうしよう……)

 ミュゼは突っ立っていることしかできない。
 時折、ミュゼを不審そうに見てくる人もいる。

「お嬢ちゃん、どうしたの?」
「えっ? あっ……?」

 若い男性に話しかけられて、ミュゼは困った。しかし、話ができる相手が来たのはありがたかった。

「も、申し訳ありません、ここから離れたいのです」

 ミュゼは周囲の人間から邪険にされて育ってきたので、いつものように、できる限りの低姿勢で話した。

「離れたい……? うーん、その格好、貴族のメイドか何かかな? 何か粗相しちゃったの?」
「え? いえ……」
「違うの? 逃げて故郷に帰りたいんじゃない?」
「故郷に……」

 ミュゼに故郷というものはない。
 そう告げようとしたが、さきほど思い出したばかりの母親の体温を思った。母と自分がいた場所はつまり故郷なのだろう。

 きっと自然に溢れていた。
 虫たちの音が聞こえていた。みずみずしい匂いがしていた。

「はい……故郷に、帰りたいです。どうすればいいですか?」
「故郷はどこ?」
「ど、こ……」

 わからない。
 きっとそこから城に連れてこられたのだけれど、どう記憶を探っても何も思い出せない。おそらく何もわからないほど小さな頃だったのだ。

「山の……中です……きっと小川も流れていて……」
「あー、わかんないんだ。ちっちゃい頃に買われてきた系かな? それは困るな、悪いこと言わないけど帰ったほうがいいよ? 貴族が持ち物を奪われたら何するかわかんないから」
「持ち物……」
「表向き奴隷ってものは禁止されてるけど、親兄弟から離されたら、もう助けてくれる人はいないからねえ。どこの貴族?」
「貴族……?」

「どっちから来たの?」
「お城から……」
「へえ、お城にいたんだ」
「でも、もう、仕事がないから、出て行けって……」
「……なるほど。なにか不興をかったんだろうねえ。放り出されたのは幸運かもだよ。まあ、すぐのたれ死ぬだろうと思われたんだろうけど」

 彼はミュゼの頭から足元までを見て、小さく「じゃあ大丈夫かな」と言った。

「え?」
「とりあえず仕事を紹介してあげるよ。お金がないと故郷には帰れないから」
「お金なら……」

 ミュゼは貰った硬貨を見せたが、彼は鼻で笑った。

「全く足りないよ。田舎にいくならその数倍は必要だろうね」
「数倍……」
「落ち込むことはないよ。紹介する職場で頑張れば、上手くすれば一週間でそれくらい稼げるからさ」
「本当ですか!?」
「うんうん。詳しい話は歩きながらしよう。こっちだよ」

 言われるままに脇道に入っていく。道などわかるはずもないミュゼだ。親切な人に会えてよかったと喜び、未来への希望が少し生まれていた。
 あの故郷へ、顔もわからない母の元へ帰れるかもしれない。

「おい待てよ」
「えっ?」

 そんな二人に声をかけてきたのは、三人組の男たちだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います

登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」 「え? いいんですか?」  聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。  聖女となった者が皇太子の妻となる。  そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。  皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。  私の一番嫌いなタイプだった。  ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。  そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。  やった!   これで最悪な責務から解放された!  隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。  そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。

【完結】どうやら魔森に捨てられていた忌子は聖女だったようです

山葵
ファンタジー
昔、双子は不吉と言われ後に産まれた者は捨てられたり、殺されたり、こっそりと里子に出されていた。 今は、その考えも消えつつある。 けれど貴族の中には昔の迷信に捕らわれ、未だに双子は家系を滅ぼす忌子と信じる者もいる。 今年、ダーウィン侯爵家に双子が産まれた。 ダーウィン侯爵家は迷信を信じ、後から産まれたばかりの子を馭者に指示し魔森へと捨てた。

団長サマの幼馴染が聖女の座をよこせというので譲ってあげました

毒島醜女
ファンタジー
※某ちゃんねる風創作 『魔力掲示板』 特定の魔法陣を描けば老若男女、貧富の差関係なくアクセスできる掲示板。ビジネスの情報交換、政治の議論、それだけでなく世間話のようなフランクなものまで存在する。 平民レベルの微力な魔力でも打ち込めるものから、貴族クラスの魔力を有するものしか開けないものから多種多様である。勿論そういった身分に関わらずに交流できる掲示板もある。 今日もまた、掲示板は悲喜こもごもに賑わっていた――

【完結】聖女と結婚するのに婚約者の姉が邪魔!?姉は精霊の愛し子ですよ?

つくも茄子
ファンタジー
聖女と恋に落ちた王太子が姉を捨てた。 正式な婚約者である姉が邪魔になった模様。 姉を邪魔者扱いするのは王太子だけではない。 王家を始め、王国中が姉を排除し始めた。 ふざけんな!!!   姉は、ただの公爵令嬢じゃない! 「精霊の愛し子」だ! 国を繁栄させる存在だ! 怒り狂っているのは精霊達も同じ。 特に王太子! お前は姉と「約束」してるだろ! 何を勝手に反故してる! 「約束」という名の「契約」を破っておいてタダで済むとでも? 他サイトにも公開中

宮廷から追放された聖女の回復魔法は最強でした。後から戻って来いと言われても今更遅いです

ダイナイ
ファンタジー
「お前が聖女だな、お前はいらないからクビだ」 宮廷に派遣されていた聖女メアリーは、お金の無駄だお前の代わりはいくらでもいるから、と宮廷を追放されてしまった。 聖国から王国に派遣されていた聖女は、この先どうしようか迷ってしまう。とりあえず、冒険者が集まる都市に行って仕事をしようと考えた。 しかし聖女は自分の回復魔法が異常であることを知らなかった。 冒険者都市に行った聖女は、自分の回復魔法が周囲に知られて大変なことになってしまう。

離縁をさせて頂きます、なぜなら私は選ばれたので。

kanon
恋愛
「アリシア、お前はもうこの家に必要ない。ブライト家から追放する」 父からの予想外の言葉に、私は目を瞬かせる。 我が国でも名高いブライト伯爵家のだたっぴろい応接間。 用があると言われて足を踏み入れた途端に、父は私にそう言ったのだ。 困惑する私を楽しむように、姉のモンタナが薄ら笑いを浮かべる。 「あら、聞こえなかったのかしら? お父様は追放と言ったのよ。まさか追放の意味も知らないわけじゃないわよねぇ?」

〈完結〉この女を家に入れたことが父にとっての致命傷でした。

江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」アリサは父の後妻の言葉により、家を追い出されることとなる。 だがそれは待ち望んでいた日がやってきたでもあった。横領の罪で連座蟄居されられていた祖父の復活する日だった。 十年前、八歳の時からアリサは父と後妻により使用人として扱われてきた。 ところが自分の代わりに可愛がられてきたはずの異母妹ミュゼットまでもが、義母によって使用人に落とされてしまった。義母は自分の周囲に年頃の女が居ること自体が気に食わなかったのだ。 元々それぞれ自体は仲が悪い訳ではなかった二人は、お互い使用人の立場で二年間共に過ごすが、ミュゼットへの義母の仕打ちの酷さに、アリサは彼女を乳母のもとへ逃がす。 そして更に二年、とうとうその日が来た…… 

聖女らしくないと言われ続けたので、国を出ようと思います

菜花
ファンタジー
 ある日、スラムに近い孤児院で育ったメリッサは自分が聖女だと知らされる。喜んで王宮に行ったものの、平民出身の聖女は珍しく、また聖女の力が顕現するのも異常に遅れ、メリッサは偽者だという疑惑が蔓延する。しばらくして聖女の力が顕現して周囲も認めてくれたが……。メリッサの心にはわだかまりが残ることになった。カクヨムにも投稿中。

処理中です...