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「一週間でそれくらい稼げるからさ」
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ミュゼは立ち尽くしていた。
「あっははは、そりゃないだろ。ひでえって」
「おい、避けろ! 轢き殺されたいのか!」
「ねえねえ、その髪飾り、どこで買ったの?」
人々が声を出しながら往来している。
ガタガタと音をたてる箱も、力強い動物に引かれていた。何もかもすべてミュゼは初めて見る光景で、呆然とする他なかった。
(ど、どうすれば……)
城のそばにいるなと言われたので、まず離れないといけないのだろう。でも、ミュゼにはどうしていいかわからない。
体を覆う結界はある。他の人々にはないものだが、それほど目立ってはいないようだ。
(結界って、たぶん珍しいと思うんだけど……珍しいよね? 私、珍しい力があるんだよね?)
それさえわからない。ミュゼは完全に異世界にきた気分だった。
新しいものの洪水で目が回る。動けない。
(どうしよう……)
ミュゼは突っ立っていることしかできない。
時折、ミュゼを不審そうに見てくる人もいる。
「お嬢ちゃん、どうしたの?」
「えっ? あっ……?」
若い男性に話しかけられて、ミュゼは困った。しかし、話ができる相手が来たのはありがたかった。
「も、申し訳ありません、ここから離れたいのです」
ミュゼは周囲の人間から邪険にされて育ってきたので、いつものように、できる限りの低姿勢で話した。
「離れたい……? うーん、その格好、貴族のメイドか何かかな? 何か粗相しちゃったの?」
「え? いえ……」
「違うの? 逃げて故郷に帰りたいんじゃない?」
「故郷に……」
ミュゼに故郷というものはない。
そう告げようとしたが、さきほど思い出したばかりの母親の体温を思った。母と自分がいた場所はつまり故郷なのだろう。
きっと自然に溢れていた。
虫たちの音が聞こえていた。みずみずしい匂いがしていた。
「はい……故郷に、帰りたいです。どうすればいいですか?」
「故郷はどこ?」
「ど、こ……」
わからない。
きっとそこから城に連れてこられたのだけれど、どう記憶を探っても何も思い出せない。おそらく何もわからないほど小さな頃だったのだ。
「山の……中です……きっと小川も流れていて……」
「あー、わかんないんだ。ちっちゃい頃に買われてきた系かな? それは困るな、悪いこと言わないけど帰ったほうがいいよ? 貴族が持ち物を奪われたら何するかわかんないから」
「持ち物……」
「表向き奴隷ってものは禁止されてるけど、親兄弟から離されたら、もう助けてくれる人はいないからねえ。どこの貴族?」
「貴族……?」
「どっちから来たの?」
「お城から……」
「へえ、お城にいたんだ」
「でも、もう、仕事がないから、出て行けって……」
「……なるほど。なにか不興をかったんだろうねえ。放り出されたのは幸運かもだよ。まあ、すぐのたれ死ぬだろうと思われたんだろうけど」
彼はミュゼの頭から足元までを見て、小さく「じゃあ大丈夫かな」と言った。
「え?」
「とりあえず仕事を紹介してあげるよ。お金がないと故郷には帰れないから」
「お金なら……」
ミュゼは貰った硬貨を見せたが、彼は鼻で笑った。
「全く足りないよ。田舎にいくならその数倍は必要だろうね」
「数倍……」
「落ち込むことはないよ。紹介する職場で頑張れば、上手くすれば一週間でそれくらい稼げるからさ」
「本当ですか!?」
「うんうん。詳しい話は歩きながらしよう。こっちだよ」
言われるままに脇道に入っていく。道などわかるはずもないミュゼだ。親切な人に会えてよかったと喜び、未来への希望が少し生まれていた。
あの故郷へ、顔もわからない母の元へ帰れるかもしれない。
「おい待てよ」
「えっ?」
そんな二人に声をかけてきたのは、三人組の男たちだった。
「あっははは、そりゃないだろ。ひでえって」
「おい、避けろ! 轢き殺されたいのか!」
「ねえねえ、その髪飾り、どこで買ったの?」
人々が声を出しながら往来している。
ガタガタと音をたてる箱も、力強い動物に引かれていた。何もかもすべてミュゼは初めて見る光景で、呆然とする他なかった。
(ど、どうすれば……)
城のそばにいるなと言われたので、まず離れないといけないのだろう。でも、ミュゼにはどうしていいかわからない。
体を覆う結界はある。他の人々にはないものだが、それほど目立ってはいないようだ。
(結界って、たぶん珍しいと思うんだけど……珍しいよね? 私、珍しい力があるんだよね?)
それさえわからない。ミュゼは完全に異世界にきた気分だった。
新しいものの洪水で目が回る。動けない。
(どうしよう……)
ミュゼは突っ立っていることしかできない。
時折、ミュゼを不審そうに見てくる人もいる。
「お嬢ちゃん、どうしたの?」
「えっ? あっ……?」
若い男性に話しかけられて、ミュゼは困った。しかし、話ができる相手が来たのはありがたかった。
「も、申し訳ありません、ここから離れたいのです」
ミュゼは周囲の人間から邪険にされて育ってきたので、いつものように、できる限りの低姿勢で話した。
「離れたい……? うーん、その格好、貴族のメイドか何かかな? 何か粗相しちゃったの?」
「え? いえ……」
「違うの? 逃げて故郷に帰りたいんじゃない?」
「故郷に……」
ミュゼに故郷というものはない。
そう告げようとしたが、さきほど思い出したばかりの母親の体温を思った。母と自分がいた場所はつまり故郷なのだろう。
きっと自然に溢れていた。
虫たちの音が聞こえていた。みずみずしい匂いがしていた。
「はい……故郷に、帰りたいです。どうすればいいですか?」
「故郷はどこ?」
「ど、こ……」
わからない。
きっとそこから城に連れてこられたのだけれど、どう記憶を探っても何も思い出せない。おそらく何もわからないほど小さな頃だったのだ。
「山の……中です……きっと小川も流れていて……」
「あー、わかんないんだ。ちっちゃい頃に買われてきた系かな? それは困るな、悪いこと言わないけど帰ったほうがいいよ? 貴族が持ち物を奪われたら何するかわかんないから」
「持ち物……」
「表向き奴隷ってものは禁止されてるけど、親兄弟から離されたら、もう助けてくれる人はいないからねえ。どこの貴族?」
「貴族……?」
「どっちから来たの?」
「お城から……」
「へえ、お城にいたんだ」
「でも、もう、仕事がないから、出て行けって……」
「……なるほど。なにか不興をかったんだろうねえ。放り出されたのは幸運かもだよ。まあ、すぐのたれ死ぬだろうと思われたんだろうけど」
彼はミュゼの頭から足元までを見て、小さく「じゃあ大丈夫かな」と言った。
「え?」
「とりあえず仕事を紹介してあげるよ。お金がないと故郷には帰れないから」
「お金なら……」
ミュゼは貰った硬貨を見せたが、彼は鼻で笑った。
「全く足りないよ。田舎にいくならその数倍は必要だろうね」
「数倍……」
「落ち込むことはないよ。紹介する職場で頑張れば、上手くすれば一週間でそれくらい稼げるからさ」
「本当ですか!?」
「うんうん。詳しい話は歩きながらしよう。こっちだよ」
言われるままに脇道に入っていく。道などわかるはずもないミュゼだ。親切な人に会えてよかったと喜び、未来への希望が少し生まれていた。
あの故郷へ、顔もわからない母の元へ帰れるかもしれない。
「おい待てよ」
「えっ?」
そんな二人に声をかけてきたのは、三人組の男たちだった。
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