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「私……本当に、こんな力があったんだ……」

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「どうせ平民に荷物などないだろう、さっさと出ていけ。衛兵!」
「はっ!」
「……!」

 ミュゼが何を言う前に、兵たちがミュゼを引きずるようにして部屋から出した。そのまま塔の出口まで。

「あっ……」

 ミュゼは恐怖に身をすくませた。
 物心ついたときから、魔道具のある塔に住んでいた。塔から出た記憶さえろくにないのだ。
 塔の中はミュゼにとって決して心地よい場所ではなかったが、何もわからない外はもっと恐ろしい。

「おい、歩け! うすのろめ!」
「まったく、そうだと思っていたよ。何の仕事もせずに聖女様なんてな」
「今まで上手くやってきたんだろうが、ここまでだ」

(怖い……!)

 声も出せず、ミュゼは城の裏口から放り出された。
 体を丸めて身をかばう。知らない外の世界はあまりに広く、なにも遮るものがない。どこにもかしこにも、落ちてしまいそうに広かった。

「ちっ。この金で遠くに行けと殿下のお言葉だ。決して戻ってくるなよ。明日以降、城の近くに姿を見せたら命はないと思え」

 チャリンと金属が落ちる音がして、それから扉の締まる音。

「あっ……」

 ひとりにしないで。
 
 たが、すでにそこには兵士たちの姿はなかった。ミュゼは震えて地面に身を押し付ける。
 地面だけがひとつ頼りになるものだと感じた。

 他は怖い。
 ぜんぶ怖い。

(たすけて……だめ、誰も助けてくれない。誰も私を助けてなんてくれない。自分で……自分でなんとかしなきゃ……)

 世界は広くて騒がしい。風の音、虫の音、命の音があちこちにある。
 めまいがする、でも……。

『大丈夫よ』

 そうだ、守ってくれる人がいたのだ。
 ぬくもりがあったのだ。ミュゼは、かつて自分が母の胸に抱かれていたことを思い出した。

『大丈夫よ、わたしの子、なんにも怖くないわ。きっと幸せにしてあげる……』

 しっかりと抱きしめられた記憶は、ミュゼの安心の記憶だった。
 あの腕の中にいれば何もかも大丈夫だと感じた。あれが今もあればいいのに。あんなふうに、包み込むような。

「え……?」

 ミュゼは自分の周囲に輝くものを見た。
 清らかに、優しく自分を守ってくれている。物質ではない、力のかたまり。

「……結界……」

 それが自分を守っているのだ。
 ミュゼひとりぶんだけ、それも肌のすれすれを守っているだけの、小さく弱い結界だった。

 それでもミュゼは、はじめて自分ひとりで結界を張ることができた。

「私……本当に、こんな力があったんだ……」

 魔道具に力を注ぐのは誰でもいいのではないかと思っていた。自分にある力がよくわかっていなかった。
 けれどミュゼにはきちんと力があって、それを使うことができたのだ。

「……」

 ミュゼは輝く結界を心の頼りに、ゆっくり立ち上がった。足は震えたが、倒れてしまうことはない。

「お金……」

 これがそうなのだろう。
 手にしたことも、使ったこともなかったが、そういったものがあるのは使用人たちの話から知っていた。
 ミュゼは震える手で投げ与えられた硬貨を拾い、城を背に歩き出した。
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