2 / 7
「私……本当に、こんな力があったんだ……」
しおりを挟む
「どうせ平民に荷物などないだろう、さっさと出ていけ。衛兵!」
「はっ!」
「……!」
ミュゼが何を言う前に、兵たちがミュゼを引きずるようにして部屋から出した。そのまま塔の出口まで。
「あっ……」
ミュゼは恐怖に身をすくませた。
物心ついたときから、魔道具のある塔に住んでいた。塔から出た記憶さえろくにないのだ。
塔の中はミュゼにとって決して心地よい場所ではなかったが、何もわからない外はもっと恐ろしい。
「おい、歩け! うすのろめ!」
「まったく、そうだと思っていたよ。何の仕事もせずに聖女様なんてな」
「今まで上手くやってきたんだろうが、ここまでだ」
(怖い……!)
声も出せず、ミュゼは城の裏口から放り出された。
体を丸めて身をかばう。知らない外の世界はあまりに広く、なにも遮るものがない。どこにもかしこにも、落ちてしまいそうに広かった。
「ちっ。この金で遠くに行けと殿下のお言葉だ。決して戻ってくるなよ。明日以降、城の近くに姿を見せたら命はないと思え」
チャリンと金属が落ちる音がして、それから扉の締まる音。
「あっ……」
ひとりにしないで。
たが、すでにそこには兵士たちの姿はなかった。ミュゼは震えて地面に身を押し付ける。
地面だけがひとつ頼りになるものだと感じた。
他は怖い。
ぜんぶ怖い。
(たすけて……だめ、誰も助けてくれない。誰も私を助けてなんてくれない。自分で……自分でなんとかしなきゃ……)
世界は広くて騒がしい。風の音、虫の音、命の音があちこちにある。
めまいがする、でも……。
『大丈夫よ』
そうだ、守ってくれる人がいたのだ。
ぬくもりがあったのだ。ミュゼは、かつて自分が母の胸に抱かれていたことを思い出した。
『大丈夫よ、わたしの子、なんにも怖くないわ。きっと幸せにしてあげる……』
しっかりと抱きしめられた記憶は、ミュゼの安心の記憶だった。
あの腕の中にいれば何もかも大丈夫だと感じた。あれが今もあればいいのに。あんなふうに、包み込むような。
「え……?」
ミュゼは自分の周囲に輝くものを見た。
清らかに、優しく自分を守ってくれている。物質ではない、力のかたまり。
「……結界……」
それが自分を守っているのだ。
ミュゼひとりぶんだけ、それも肌のすれすれを守っているだけの、小さく弱い結界だった。
それでもミュゼは、はじめて自分ひとりで結界を張ることができた。
「私……本当に、こんな力があったんだ……」
魔道具に力を注ぐのは誰でもいいのではないかと思っていた。自分にある力がよくわかっていなかった。
けれどミュゼにはきちんと力があって、それを使うことができたのだ。
「……」
ミュゼは輝く結界を心の頼りに、ゆっくり立ち上がった。足は震えたが、倒れてしまうことはない。
「お金……」
これがそうなのだろう。
手にしたことも、使ったこともなかったが、そういったものがあるのは使用人たちの話から知っていた。
ミュゼは震える手で投げ与えられた硬貨を拾い、城を背に歩き出した。
「はっ!」
「……!」
ミュゼが何を言う前に、兵たちがミュゼを引きずるようにして部屋から出した。そのまま塔の出口まで。
「あっ……」
ミュゼは恐怖に身をすくませた。
物心ついたときから、魔道具のある塔に住んでいた。塔から出た記憶さえろくにないのだ。
塔の中はミュゼにとって決して心地よい場所ではなかったが、何もわからない外はもっと恐ろしい。
「おい、歩け! うすのろめ!」
「まったく、そうだと思っていたよ。何の仕事もせずに聖女様なんてな」
「今まで上手くやってきたんだろうが、ここまでだ」
(怖い……!)
声も出せず、ミュゼは城の裏口から放り出された。
体を丸めて身をかばう。知らない外の世界はあまりに広く、なにも遮るものがない。どこにもかしこにも、落ちてしまいそうに広かった。
「ちっ。この金で遠くに行けと殿下のお言葉だ。決して戻ってくるなよ。明日以降、城の近くに姿を見せたら命はないと思え」
チャリンと金属が落ちる音がして、それから扉の締まる音。
「あっ……」
ひとりにしないで。
たが、すでにそこには兵士たちの姿はなかった。ミュゼは震えて地面に身を押し付ける。
地面だけがひとつ頼りになるものだと感じた。
他は怖い。
ぜんぶ怖い。
(たすけて……だめ、誰も助けてくれない。誰も私を助けてなんてくれない。自分で……自分でなんとかしなきゃ……)
世界は広くて騒がしい。風の音、虫の音、命の音があちこちにある。
めまいがする、でも……。
『大丈夫よ』
そうだ、守ってくれる人がいたのだ。
ぬくもりがあったのだ。ミュゼは、かつて自分が母の胸に抱かれていたことを思い出した。
『大丈夫よ、わたしの子、なんにも怖くないわ。きっと幸せにしてあげる……』
しっかりと抱きしめられた記憶は、ミュゼの安心の記憶だった。
あの腕の中にいれば何もかも大丈夫だと感じた。あれが今もあればいいのに。あんなふうに、包み込むような。
「え……?」
ミュゼは自分の周囲に輝くものを見た。
清らかに、優しく自分を守ってくれている。物質ではない、力のかたまり。
「……結界……」
それが自分を守っているのだ。
ミュゼひとりぶんだけ、それも肌のすれすれを守っているだけの、小さく弱い結界だった。
それでもミュゼは、はじめて自分ひとりで結界を張ることができた。
「私……本当に、こんな力があったんだ……」
魔道具に力を注ぐのは誰でもいいのではないかと思っていた。自分にある力がよくわかっていなかった。
けれどミュゼにはきちんと力があって、それを使うことができたのだ。
「……」
ミュゼは輝く結界を心の頼りに、ゆっくり立ち上がった。足は震えたが、倒れてしまうことはない。
「お金……」
これがそうなのだろう。
手にしたことも、使ったこともなかったが、そういったものがあるのは使用人たちの話から知っていた。
ミュゼは震える手で投げ与えられた硬貨を拾い、城を背に歩き出した。
517
お気に入りに追加
1,092
あなたにおすすめの小説

聖女の力を隠して塩対応していたら追放されたので冒険者になろうと思います
登龍乃月
ファンタジー
「フィリア! お前のような卑怯な女はいらん! 即刻国から出てゆくがいい!」
「え? いいんですか?」
聖女候補の一人である私、フィリアは王国の皇太子の嫁候補の一人でもあった。
聖女となった者が皇太子の妻となる。
そんな話が持ち上がり、私が嫁兼聖女候補に入ったと知らされた時は絶望だった。
皇太子はデブだし臭いし歯磨きもしない見てくれ最悪のニキビ顔、性格は傲慢でわがまま厚顔無恥の最悪を極める、そのくせプライド高いナルシスト。
私の一番嫌いなタイプだった。
ある日聖女の力に目覚めてしまった私、しかし皇太子の嫁になるなんて死んでも嫌だったので一生懸命その力を隠し、皇太子から嫌われるよう塩対応を続けていた。
そんなある日、冤罪をかけられた私はなんと国外追放。
やった!
これで最悪な責務から解放された!
隣の国に流れ着いた私はたまたま出会った冒険者バルトにスカウトされ、冒険者として新たな人生のスタートを切る事になった。
そして真の聖女たるフィリアが消えたことにより、彼女が無自覚に張っていた退魔の結界が消え、皇太子や城に様々な災厄が降りかかっていくのであった。
婚約破棄されましたが、帝国皇女なので元婚約者は投獄します
けんゆう
ファンタジー
「お前のような下級貴族の養女など、もう不要だ!」
五年間、婚約者として尽くしてきたフィリップに、冷たく告げられたソフィア。
他の貴族たちからも嘲笑と罵倒を浴び、社交界から追放されかける。
だが、彼らは知らなかった――。
ソフィアは、ただの下級貴族の養女ではない。
そんな彼女の元に届いたのは、隣国からお兄様が、貿易利権を手土産にやってくる知らせ。
「フィリップ様、あなたが何を捨てたのかーー思い知らせて差し上げますわ!」
逆襲を決意し、華麗に着飾ってパーティーに乗り込んだソフィア。
「妹を侮辱しただと? 極刑にすべきはお前たちだ!」
ブチギレるお兄様。
貴族たちは青ざめ、王国は崩壊寸前!?
「ざまぁ」どころか 国家存亡の危機 に!?
果たしてソフィアはお兄様の暴走を止め、自由な未来を手に入れられるか?
「私の未来は、私が決めます!」
皇女の誇りをかけた逆転劇、ここに開幕!

何故、わたくしだけが貴方の事を特別視していると思われるのですか?
ラララキヲ
ファンタジー
王家主催の夜会で婚約者以外の令嬢をエスコートした侯爵令息は、突然自分の婚約者である伯爵令嬢に婚約破棄を宣言した。
それを受けて婚約者の伯爵令嬢は自分の婚約者に聞き返す。
「返事……ですか?わたくしは何を言えばいいのでしょうか?」
侯爵令息の胸に抱かれる子爵令嬢も一緒になって婚約破棄を告げられた令嬢を責め立てる。しかし伯爵令嬢は首を傾げて問返す。
「何故わたくしが嫉妬すると思われるのですか?」
※この世界の貴族は『完全なピラミッド型』だと思って下さい……
◇テンプレ婚約破棄モノ。
◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。
◇なろうにも上げています。

妹が真の聖女だったので、偽りの聖女である私は追放されました。でも、聖女の役目はものすごく退屈だったので、最高に嬉しいです【完結】
小平ニコ
ファンタジー
「お姉様、よくも私から夢を奪ってくれたわね。絶対に許さない」
私の妹――シャノーラはそう言うと、計略を巡らし、私から聖女の座を奪った。……でも、私は最高に良い気分だった。だって私、もともと聖女なんかになりたくなかったから。
退職金を貰い、大喜びで国を出た私は、『真の聖女』として国を守る立場になったシャノーラのことを思った。……あの子、聖女になって、一日の休みもなく国を守るのがどれだけ大変なことか、ちゃんと分かってるのかしら?
案の定、シャノーラはよく理解していなかった。
聖女として役目を果たしていくのが、とてつもなく困難な道であることを……

【完結】慈愛の聖女様は、告げました。
BBやっこ
ファンタジー
1.契約を自分勝手に曲げた王子の誓いは、どうなるのでしょう?
2.非道を働いた者たちへ告げる聖女の言葉は?
3.私は誓い、祈りましょう。
ずっと修行を教えを受けたままに、慈愛を持って。
しかし。、誰のためのものなのでしょう?戸惑いも悲しみも成長の糧に。
後に、慈愛の聖女と言われる少女の羽化の時。

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します
白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。
あなたは【真実の愛】を信じますか?
そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。
だって・・・そうでしょ?
ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!?
それだけではない。
何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!!
私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。
それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。
しかも!
ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!!
マジかーーーっ!!!
前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!!
思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。
世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】聖女と結婚するのに婚約者の姉が邪魔!?姉は精霊の愛し子ですよ?
つくも茄子
ファンタジー
聖女と恋に落ちた王太子が姉を捨てた。
正式な婚約者である姉が邪魔になった模様。
姉を邪魔者扱いするのは王太子だけではない。
王家を始め、王国中が姉を排除し始めた。
ふざけんな!!!
姉は、ただの公爵令嬢じゃない!
「精霊の愛し子」だ!
国を繁栄させる存在だ!
怒り狂っているのは精霊達も同じ。
特に王太子!
お前は姉と「約束」してるだろ!
何を勝手に反故してる!
「約束」という名の「契約」を破っておいてタダで済むとでも?
他サイトにも公開中

辺境地で冷笑され蔑まれ続けた少女は、実は土地の守護者たる聖女でした。~彼女に冷遇を向けた街人たちは、彼女が追放された後破滅を辿る~
銀灰
ファンタジー
陸の孤島、辺境の地にて、人々から魔女と噂される、薄汚れた少女があった。
少女レイラに対する冷遇の様は酷く、街中などを歩けば陰口ばかりではなく、石を投げられることさえあった。理由無き冷遇である。
ボロ小屋に住み、いつも変らぬ質素な生活を営み続けるレイラだったが、ある日彼女は、住処であるそのボロ小屋までも、開発という名目の理不尽で奪われることになる。
陸の孤島――レイラがどこにも行けぬことを知っていた街人たちは彼女にただ冷笑を向けたが、レイラはその後、誰にも知られずその地を去ることになる。
その結果――?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる